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2021年12月16日

Skeb作品『紫口紅騒動譚』(遊戯王OCG・霊使いSS)

 スケブ募集中

 Skebでテキスト作成の依頼を受け付けております。
 この間、初めての依頼を受けて無事納品いたしまして。一応著作権は此方に在るようですが、そう衆目に晒すのも気が引けるのでこのブログ内でだけ掲載します。興味あったらどうぞ♪

 ※遊戯王OCGの、霊使いシリーズに該当します。
  好きな方がいらっしゃって嬉しいワン♡


 

 ソレは、今から28年前のとある夜。
 数多の争乱により混沌の極みにあったかの世界において、ソレは些事。
 取るに足らない、あまりにも小さな異変。
 けれど、当事者にとっては普通に大事。
「ハッ、ハァ……おのれ、ダイレンジャーめ……」
 遠い空から落ちた紅い星。立ち上がった異形の者が、歯軋りと共に呻く。
「この屈辱、決して忘れないわ! もう一度力を蓄え、今度こそ奴らの綺麗な顔をギタギタに……って言いたい所だけど……」
 溜息ついて、見覚えのない星空を見上げる。
「この星の並び、どう見ても『元の世界』じゃないわねぇ……」
 正しく、ソレは今まで彼女が居た世界のモノではなく。並びどころか、そもそも見た事のない星ばかり。つまりコレは――。
「ズバリ、『異世界転生』……いや、私が『私のまま』なのだから、『異世界転移』って事でしょうね……」
 真っ赤な唇に指を添えて悩む。普通に考えたら絶対出て来ない現象が真っ先に発想されるあたり、彼女もやっぱり『その界隈』のモノ。
「……元の世界との位相ズレの距離も位置も分からないし、そもそも私に次元を渡る術なんてないし……ウウム……」
 考え込む事、数分。
「うん。考えるだけ無駄だわ」
 諦めた。
「大体、アイツらにやられたダメージも残ってるし。こんなんじゃ何か策があっても実行出来ないわ。寝ましょ寝ましょ。丁度この世界にも龍脈みたいな気の流れはあるみたいだし、傷を癒すのに不自由はなさそうね」
 そう言って、フラフラと草原を地平に向かって歩き始める。
「待っていなさい……ダイレンジャー……。傷を癒した暁には新たな力を引っ提げて必ずやこの借りを……そして、我がゴーマ族に勝利の栄光を……」
 彼女の名は、『口紅歌姫』。何処かの世界の何処かの国で、いつか起こった正義と悪の戦い。その悪の尖兵として災禍を撒いた妖の者。
 その悪意と憎悪を胸に抱き、彼女は泡沫の眠りについた。

 ◆

「宿題です」
「ついてない」
 顔を合わせて一番、優しい笑顔と共にプレゼントされた言葉に、闇霊使いダルクは脊髄反射でそう返した。
「ダメですよ。そんな折角召喚したグレートモスに奈落打たれたみたいな顔しては」
「……リカバリー効く分、そっちの方がマシです……」
 ニコニコ笑いながら注意してくる師、ドリアードの顔を眺めながら溜息をつく。この人の出す『宿題』は、大体『宿題』と言って良いレベルに収まらない。真面目に死にかけた事とて、一度や二度ではないのだ。正直ごめん被りたいし、逃げたい。じゃあ逃げれば良いじゃないかと言われれば寧ろソッチの方が命の危険に晒されると言うまさに前門の虎に後門の狼。
 実力に訴えると言う方法もあるにはあるし、実際ドリアードもソレを望んでるっぽいのだが。今の自分じゃどう逆立ちしたって敵う算段が無い有様。
 結局、なんぼでも生存の可能性が高い方を選ぶしかないのである。悲しいなぁ。
「……で、内容は何ですか……?」
「根源龍(レヴィオニア)を使役してきてください」
「……死ねとおっしゃる……?」
「冗談です」
 冗談に聞こえないから嫌なのだ。
「『口紅歌姫』。ご存じですか?」
 口紅歌姫。聞いた事がある。
 何年か前にフラリと現れたと言う、種族不明のモンスター(姿格好から絶対悪魔族か天使族だろと言われている)。何か、面倒な効果(パーソナル・エフェクト)持ちだと聞いている。
「簡単に言うと、『洗脳』系の効果持ちみたいですね。それも、女性限定」
「……何か、随分限定的ですね……。使えるんだか使えないんだか……」
「条件も厳しいですね。なんでも対象の女の子に自分の手でお化粧をしてあげないといけないそうです」
「……ますます使えねぇ……」
 この超高速化&ワンキル上等の修羅環境で、ソレが通用すると思うのか。
「通れば強いでしょう。それと、メタ発言は控える様に」
 すいません。
「……で、その微妙についてない奴が何か……?」
「此処の所、少々おいたが過ぎている様です」
「……と言うと……?」
「あちこちで女の子を洗脳して、勢力を地味に拡大しています」
「……ハーレムでも作る気ですか? そいつ……」
「ご本人も、女性ですよ? 多分」
「……百合……?」
「それならそれで楽しそうですが、如何せん相手方の気持ちがそっちのけです。一方通行はよろしくない。と言う訳で……」
 ペラリと差し出す書類。
「中央(エンディミオン)から『焼き入れとけ』との通達です」
 簡潔な文章の殺意が凄い。流石ステゴロ国家。暴力万歳。
「……癇に障るなら国の方で何とかしたら良いんじゃないです? 専属の魔導士なり戦士なり寄越せば一瞬で片が付きますし……」
「こんな些事で特別手当とか交通費とか出したくないそうです」
 財政難なのかケチなのか。どの道世知辛い。
「本来なら教師陣(私達)が出張る所なのでしょうが、然したる危険も無い様ですし。折角だから修行に使わせて頂こうかと」
「……そりゃ良いですけど、何で僕なんです……?」
「かの御仁、どうやら闇属性の様で」
「……ついてない……」
 まあ、事情は飲めたし。拒否する選択肢がない以上はさっさと行動に移るに限る。と言うか、グズグズしてると根源龍の件をぶり返されかねない。分かりました行ってきますと言って踵を返そうとして、ふと思い当たった。
「……そう言えば、ライナ達にもちゃんと言っておいてくださいよ。アイツら結構抜けてるから、その手の奴には良い獲物ですから……?」
 浮かび上がったイヤ〜な予感。元々ネガティブなので、一旦この手の不安が考え付くと落ち着かない事この上ない。
 可愛い教え子の事。予測済みだったのか、ドリアードは待ってましたとばかりにニコリと笑う。
「それなら大丈夫です」
「……と言うと……?」
「あの子達なら、今朝方攫われちゃいましたから」
「………」
「ダルクさんも、ちゃんとした『目標』があった方がやる気が出るでしょう?」
 ニッコリと、微塵の悪意も無い笑顔。だからして、怖い。
「ばっかやろぉおおおお!!!」
 魂の叫びと共に、ぶっ飛んでいくダルク。
「しっかり頑張るんですよ〜」
 無辜の魔王が、激励する様に手を振った。

 ◆

「ああ……やっと終わったわ……」
 時は黄昏。何所とも知れない薄闇の中に、心底疲弊した声が響く。
 ダルク達の住む魔法族の里からそれなり遠く、人もモンスターも見当たらない隔離の空間。その中心で、主である怪異――口紅歌姫は荒い息と共に崩れ落ちていた。
「も〜、何よ。この程度でへたばちゃって。なっさけないわね。そんな有様であたしのお姉さまが務まると思ってるの?」
「あのさ、ご主人様。わたし、お腹空いたな〜。何かない?」
「なあ、姉貴。あんた顔色悪くないか? さっきのガチンコでも見てくれの割に力なかったし。ひょっとして、禄に食ってないんじゃねぇか? 駄目だぞ? ガタイデカいんだから、ちゃんとしたモノ食わないと。何なら、オレが何か作ろうか?」
「ふ〜む。違う世界線の洗脳術と言うから、期待して見たけど。こちらのモノと感覚としては大差がないようだね。さて、姉上殿。貴女は別世界の妖術師と言う事だけど、他に何か面白い術はないのかな? これではこの身を捧げた甲斐がないと言うモノだけど?」
「う〜ん。あねさまがおけしょううまいときいたからおまかせしたのですが……。どんなモンですかね〜? コレ。むらさきのルージュとか、しんきくさくないですか? ダルク、きにいってくれますかね〜?」
「あ……あのね、貴女達……。自分でやっといて何だけど、ちゃんと洗脳されてるんでしょうね……?」
 滝の様に流れる汗を拭いながら、口紅歌姫は自身を囲む『彼女達』を見回す。
 お揃いのローブ。各々の属性に彩られる髪。そして杖。
 精霊使い、略して『霊使い』。当然の如く、闇霊使いダルクの級友たる少女達。順に水霊使いエリア・風霊使いウィン・火霊使いヒータ・地霊使いアウス・光霊使いライナの五人。彼女達には一様に紫のルージュが引かれ、お揃いのリボンカチューシャが飾られている。ゴーマの妖術師たる口紅歌姫の洗礼の証。施された霊使いの少女達は成す術無く、歌姫の手駒と化した……筈だったのだが。
「は? 何、寝惚けた事言ってんのよ? 洗脳されてなけりゃ、このエリア様がアンタみたいなブッサイクで陰気な悪趣味ピエロになんか傅く筈ないでしょ?」
「もー、お腹空いたってばー! お姉ちゃんはわたしのご主人様なんでしょー? しもべのご飯の保証はご主人様の義務なんだからねー!」
「なー、ボス。冷蔵庫見たけど碌なモンねーぞ? 特に野菜が足りねー。コレだから一人モンの独り暮らしは……。買い出し行くぞ買い出し!」
「ああ、姉上殿。奥の方にあった魔導書らしき資料を見させて貰ってたけど、こんな『趣味』の雑誌が挟まってたよ。どんな性癖でも個人の嗜好と主義は認められるべきだけど、隠したいと言うのならもう少し策を練るべきじゃないかな?」
「ああ、でもどうしましょう……。なんかジッとみてたらこのルージュもあやしげでこわくてきなきがしてきたのです。ひょっとしたら、ネガなダルクにはこういうののほうが……。あああ、でもでももしソレでダルクがそのきになってしまったら……。きょうだいのちぎりをかわしたときから、もうそういうきもちはすてようとやくそくしたのに……。ああああ、でもでもでも、このあいだのたびでふたたびともってしまったこのほのおは……あああああ、ライナはわるいこなのです!」
「貴女達、本当に洗脳されてる!? ねえ、本当に効いてる!??」
 あまりと言えばあんまりな傍若無人ぶり。もの凄い不信感に駆られてキョドりまくる歌姫。
 無理もない。本来彼女の『お化粧』を施された女性は完全に自我を失い、操り人形となる筈なのにこの自我丸出しの暴走っぷり。自身とか自負とか、此れまでの人?生をかけて培ってきた色々なモノが揺らぐ。
「だから、ちゃんと効いてるってば! 自分の力と下僕くらい信用出来ないの? 器が小さいわね!」
「ひぃいいい!?」
 そんな主人の体たらくにイラついたのか、容赦なくがなり立てるエリア。だからそういう所だと言うに
「まあまあ、そう姉上殿を責めるモノじゃないよ。エリア女史」
 イラつきMaxの同僚と傷心に怯える主人の有様に、ニコニコと間に入ってくるアウス。
「姉上殿、エリア女史の言う通りだよ。正しく、この術の効果は大したモノさ。実際、ボクからして態度はこうではあれど、いつもの通りこの機に乗じて貴女の事を陥れようとか玩具にしてみようとか何なら貴重な異世界の生体標本として保存しようとか言う気が全く起こらないのだから」
「……今、シレッと悍ましい言葉が混じってなかった?」
 青ざめながら他の面子に確認すると、返って来たのは『いや、通常運転だな』とか『寧ろソレを隠す事なく流した辺り、アウス(この娘)が完全に忠誠を誓ってる証拠よ。お姉さま』などと言う言葉。
「そう言う事。納得してくれたかな? 姉上殿♡」
 理屈は分ったが、根本的に何の安心にも繋がらない。反応に困る歌姫を置いてけぼりに、小悪魔アウスの講義は続く。
「にも関わらず今までと効果状況が異なるのは、姉上殿とは世界線の違う生物のボク達では術の及ぼす効果もまた差異が現れると言う事だろうね。身体の構造や、魔力経路も多少の違いがあって然るべきだし」
 そう言って、自分の豊かな胸ををポンポンと叩く。
(……ちょっと。説明してくれるのは良いけれど、今のモーション必要ある?)
(……嫌味に決まってんだろ? 隙あらばチョイムカを挟むんだよ。アイツは)
 コソコソと話し合う歌姫とヒータ。貧乳二人。そして、聞こえているだろう本人は気にする事なく涼しい顔。むしろ、楽しそう。
「で、だ。こう言った所で、姉上殿の猜疑が晴れる訳でもないだろう。そしてそれは、姉上殿に心からの忠誠を誓うボク達にとっても非常に心苦しい事だ」
「……嘘ね」
「……ウソっぽいね」
「うさんくさいですね〜〜〜」
「……人?を安心させたいのか不安がらせたいのかハッキリしてちょうだい……。と言うか、アンタ達ホントに仲間なんでしょうね? 微塵の信頼も垣間見えないんだけど……」
 仲間で信頼しているが故の結論なのだが。
「なので、この愉快とは言い難い状況を打破するには、行動によってボク達の忠誠を証明するより他にないと結論付けた」
「行動? 行動って何する訳?」
「メシ作るか?」
「ご飯、一緒に食べる?」
「おともだちになりましょう〜」
「……いや、わたくし別に家庭の温もりとか熱い友情が欲しい訳じゃ……ってか、そんな目的で洗脳とか普通に引くんですけど……」
 引いちゃうのか。悪の帝国の怪人。
「そう、ソレだよ」
 アウスの指が、ピッと歌姫の鼻先に付けられる。
「さあ、愛しき姉上殿。教えておくれ」
「な、何を?」
「貴女は、何故ボク達を選んだんだい?」
 眼鏡の奥の眼差しが、笑む。酷く酷く、優しく笑む。まるで、誘惑する悪魔のソレの様に。意を知る級友達。背を這う悪寒に、居心地悪く肩を竦める。
「そ、ソレは……」
 今だ不信が晴れない歌姫。そんな主を、サラリと愛でて。
「大丈夫。大丈夫。貴女が何であろうと。悪であろうと。人外であろうと。世に忌み招く災禍であったとしても」
 微笑む。愛でる。愛しく。優しく。確かな、心からの『愛』を持って。
「ボク達は、貴女だけを慕い、愛するよ」
「あ……貴女……」
 如何に数多の女性を傅かせて来たと言え、ソレは所詮自我無き人形相手の一人遊び。虚無しか在り得なかった世界に落ちた心は、乾土に落ちた慈雨の如く染みていく。
「そんなにも、私の事を……」
 震え伸ばされる手を、彼女の手がしかと握る。
「さあ、姉上殿。示してくれないか? ボク達が、この切なく苦しい愛を放てるその術を」
「ああ……私は……私は……」
 脳漿を、甘くくすぐる蜜の声。愛も知らずに生まれたモンスターが堕ちるのは、花の盃に蜂が溺れるよりも容易くて。

「……ヤバイわね」
「ヤバイね」
「ヤベーな」
「やっべぇですぅ」
 離れて見てた他の面子。別に切なくも苦しくもないんだけど、巻き込まれるのは御免被る。馴染む同僚の小悪魔の笑み。同じ洗脳を受けてる身故、語る『愛』は誠だと分かるのがなお質が悪い。愛を纏って溢れる邪智。此れ程コワイ代物が他にあろうか。
 合掌。

 ◆

「つまり、かの狼藉者が姫達を攫ったのは、『霊使い』の固有能力(パーソナル・エフェクト)である『魅了(チャーム)』が目的とおっしゃられるか?」
「……ああ。でないと、他の壊れ面子を差し置いて基本戦闘力は低い僕達を優先する理由がない……」
 隣りを歩く稲荷火にそう答えると、ダルクは言葉を続ける。
「……先生の話を聞く限り、口紅歌姫が何かしらの意図を持って戦力を得ようとしてるのは間違いない。けれど、その能力以外に目立った噂が無い所を見ると直接的な攻撃力はさほどでもない筈だ……」
「確かにね。ウィン達を攫った時も、講師陣や腕っぷしの強い高位の先輩達との衝突は避けてたみたいだもんな」
 頭の上を飛ぶランリュウも頷く。
「……ああ、つまりヤツは霊使い(僕達)の能力を利用して、力では捻じ伏せられないレベルの連中を手駒にするつもりなんだろうさ……」
「回りくどい手でありんすねぇ……。成就するのにどれくらいかかるやら」
 呆れた調子で言うのは、ハッピー・ラヴァ―(大)。
「……言ってやるなよ。制限のある効果は運用が難しいんだ……。特に洗脳系は調整を間違えると顰蹙を買ったあげくに牢獄行きだ。色々と世知辛いのさ……」
 世界の暗部。
「……成程……つまり今の僕なら十分に捻り殺せる可能性がある訳だ……」
 昏く剣呑な声と共に、バチバチと響く電華の音。
 振り向けば、真っ赤に染まった双眸を殺意に光らせるジゴバイトの姿。
「そんなクソくだらない理由でエリアを攫いやがって……。会ったら頭を脊椎ごと引っこ抜いてダンディライオンと挿げ替えてやる……」
 完全にブチ切れ。背後に浮かぶオーラが心なしかゴギガガガギゴのソレを形作る。
「ダーイブ、ゴ立腹ノ様子デスネ……」
「……正味、落ち着かせる道理も義理も思いつかない。完全に自己責任だし、その時は潔く犠牲になって貰おう……」
「是非モ無シ、デスネ……」
 ヒソヒソと物騒な会話をするダルクとD・ナポレオン(大)。
 どっかで誰かが悪寒に震える
「ところでダルクはん、身体の方は大丈夫でっか? 皆がデカくなる為の魔力、お嬢達の代わりに肩代わりしてもろて。しんどいでしょ?」
「……まあ、楽じゃないけどね。お前らも大分トサカに来てるしな。戦犯にはお礼の一つもしたいだろ……て言うか、お前は良いのか……?」
 額に浮いた汗を拭い、心配そうなデーモン・ビーバーに訊く。そう、彼だけは何故か『デーモン・ビーバー』のまま。
「ああ、うん。何かなぁ、しっくりきぃへんのや」
「ト言イマスト?」
 小首を傾げるD・ナポレオン(大)の問いかけに思案するビーバー。
「どうもなぁ……あのお嬢がなんぼ力づく言うてもアッサリ洗脳された言うんがなぁ……」
 言わんとする事は分かる。あの小悪魔がそう易く誰かの手駒になるなど、彼女を知る者なら皆首を傾げるだろう。
 それでも、どんな形であれ級友達の命運を託されたダルクは前を向く。
「……気持ちは分かるけど、今は置いておこう。状況は、最悪の可能性に至る可能性だってある……」
「最悪の可能性……と言いますと?」
「……その『アウス』が、敵方にいるって事さ……」
 その時、周囲を伺っていた稲荷火がピクリと顔を上げた。
 感じたから。確かに愛しい、その香りを。

 ◆

「ふふふふふ……見つけたわよ。ダルク!」
 不敵な笑みを浮かべながら眼前に立つエリアを見て、ダルクは目を細める。
「……エリア、何処行ってたんだ? ギゴが心配してるぞ……なんてお為ごかし、言うだけ無駄だな……」
「そうだよ、ダル君。お腹が空くだけの無駄話なんて、しなくていいよね?」
「……ウィン、その化粧……。やっぱり堕ちてたか……」
「ほーん、事情は察してるみてぇだな? なら、話ははぇえ」
 ウィンを見て漏らした言葉に、ヒータが愉快そうに嗤う。
「……まぁな。『ソイツ』の目的が戦力を手に入れる事なら、全ての属性において頭一つ出る力を持つ闇属性を見逃す筈ないからな。なら、当然闇担当の霊使いである僕も狙って来る……」
「おお、流石だよ。ダルク氏。自身でそこまで推察出来るとは、この事態においてなかなかに冷静じゃないか」
 わざとらしく感嘆するアウスに、『ネガティヴな状況には慣れてるからな』と素っ気なく。
「なら、おはなしはかんたんですぅ!」
 嬉しそうに進み出てきたライナを見て、眉をしかめる。
「ダルクぅ、あなたもこっちにきてください! たのしいですよ? なんのきがねもなくいろんなことができるし、『おともだち』もいっぱいです! それに……」
 無垢な瞳が妖しく歪み、酷く甘い声で招く。
「ライナも、いるですよ?」
「……イラつくな……」
 けれど、返るのはこの上もなく不快げな声。
「……『僕の』ライナはそんなんじゃない。そんな甘ったるい猫なで声は出さないし、その辛気臭い化粧だって似合わない……」
「ダルクぅ……」
「男の勝手な価値観を押し付けるモンじゃないわよ?」
「そうだ。器が知れるぜ?」
 しょげるライナを庇う様に、エリアとヒータが前に出る。それでも、『知った事か』と吐き捨てる。
「……僕とライナの事に口を挟むな。たとえお前達でも、ソレは許さない。そんな事も忘れさせたのか? その悪趣味な落書きは」
「ふっふーん、言ってくれるねぇ? でも、『コレ』を見てもそんな強気が保てるかな!?」
 得意げなウィンが、そんな言葉と共に背後を示す。そこには、彼女達と同じ化粧を施された大勢の女性達の姿。見た使い魔達が呻く。
「不味いな……。思ったより沢山の人が囚われてる」
「アルケミックの姉さんに閃刀姫に聖女さんまでいるぞ……。ガチでヤバイとこまで手出してない?」
「と言うか、まだ攫われて半日くらいしか経ってないでありんすのに……。話の都合上とは言え、手際が良すぎでありんすな」
「どーだ! この戦力差を見て、まだ強がりが言えるのかなー!? ザコ雑魚しょくーん!」
 狼狽える使い魔達を見て、悪役ムーヴ全開で煽るウィン。実に楽しそう。
「……この異常な手際の良さ……。やっぱり、アウスか……」
「あはは、分かるのかい? つくづく、敏いね。今日の君は」
「いや、そりゃお嬢……」
「ソレ見たら……」
「大体……」
 こちらもノリノリで悪役ムーヴのアウスの後ろを見つめる使い魔達。
 ソコには膝から崩れ落ち、頭を抱えて苦悶する口紅歌姫の姿。
「あ、ああ……私は……私は……目的の為とは言え……あんな、あんな悍ましい真似を……」
 苦痛と悲痛に塗れた声は、己の良心に心を責め苛まれる哀れな咎人のソレ。
「あああああ、お許しください……お許しください! ゴーマ皇帝様! 十五世様! ゴーマの為だったのです! 貴方様の為だったのです! だから、だから私は此の様な……ああ、駄目です! 私は……私にはもう、気高きゴーマの導師たる資格は……一人の生命である資格など……ウ、ウォオオオオォアア……!!! 神に……世界に呪いあれぇえええ!!!」
「……」
「……」
「……」
「……」
 重い。余りにも重い沈黙が降りる。聞こえるのはただただ、哀れな悪の怪人の悔恨の慟哭。
「……何、させたんだ……?」
「……言わせないで……」
「……反吐が出る……」
「……ご飯が食べれなくなる……」
「……じごくは、ライナたちそのものだったのです……」
 ダルクの問いに、土気色の顔で答えるエリア達。紫のルージュとあいまって、まるで棺桶の中の人。
「あはは、まあ正直計算違いではあったよ。まさか姉上殿の心がこんなにもナイーヴだったなんて。姉上殿の願いを少しでも早く叶える為に、効率を重視したのがいけなかったかな? まあ、ソコは流石に姉上殿。コレもボクの愛の真摯さ故だと、ちゃんと理解してくれたけどね」
 単に反論する勇気も気力もなかっただけではないだろうか? 聖女の用意してくれたエチケット袋にオボロロロと吐き戻している歌姫(恐らくストレス性の胃痙攣)と露骨に楽しそうなアウスを交互に眺めなら、ダルクは訝しんだ。
「ほら、お姉さま! いつまでへたばってんの!? 立ちなさい!」
 もはや立ち上がる事も出来ない歌姫の背を、エリアが叩く。勢いで顔がエチケット袋の中に突っ込んだが見なかった事にする。
「ほら、立って! 立って戦うのよ!」
「ダ……ダメよ……。私は……私はもう……」
「意気地なし!」
「あぅ!?」
 頬を叩かれ、倒れ伏す歌姫。オロオロする聖女様を無視し、エリアは迫る。
「ここで、こんな所で諦めたら! お姉さまは何の為にあんな外法の道に手を入れたの!? 自分を傷つけてまで、戦ったの!?」
「そ、それは……」
「全てはお姉さまの故郷に帰る為……故郷で怨敵と戦いながら、お姉さまの無事を信じる一族の為でしょう!?」
「そ……そうよ……。元の世界に帰る術……ソレを行使出来る術者を手に入れる為に、私は……」
「なら、立って! 自分の想いの為……貴女を信じる一族の為……。そして……」
 白い手が、鈍色の手を握る。
「あたし達を、お姉さまを傷つけただけの人でなしで終わらせないで……」
 自分を見つめる、蒼く澄んだ眼差し。息を飲む歌姫に、他の皆も次々と。
「そうだぜ、姉貴! こんな所でへこたれるんじゃねぇ!」
「終わったら、皆でハングリーバーガー食べに行こう!」
「いつもおこころはひとつなのです!」
 かけられる真実の愛。ひび割れた心に、満ちていく力。
「そう……そうよ……。こんな事で……こんな所で……」
 エリアの手を掴む己に、なけなしの力を込める。全ての想いを、力に変えて。
「私は倒れる訳にはいかないのよ――――っ!!!」
 口紅歌姫、大地に立つ。
「そうよ! ソレで良いの! お姉さま!」
「流石だぜ! 姉貴!」
「お姉ちゃんやったー! お祝いにマドルチェ堂のケーキバイキング行こー」
「あねさま……ライナは……ライナはほこりにおもうのです!」
「ボクは信じてたよ。姉上殿」
 やんややんやと大喝采の歌姫連合。見つめる外野。
「ワテら……何見せられてんでっしゃろ……?」
「……考えるな。理解したら負けだぞ……」
 正直、皆ちょっぴり帰りたかった。

 ◆

「おーっほほほほほ! もはや我が迷いは晴れたわ! 後は目的まで突っ走るのみ!」
「死ね」
「わぴゃあ!?」
 下僕達の愛? によって立ち直った歌姫。見栄を切ったと同時に飛んで来た電撃混じりの鉄拳に思わずマトリックスする。
 顔面ど真ん中を狙ったソレは正しく殺意マシマシ。
「ちっ! 外した」
「な、何よ貴方! 予告も無しに襲って来るなんて礼儀も知らないの!?」
「五月蝿い! エリアを返せ!!」
 バチバチと火花を散らす拳を再び握り締め、怒りの満ちた怒声を投げるジゴバイト。
「馬鹿言いなさい! 何で返さなきゃいけないのよ!?」
「じゃあ、死ね!」
 正直どっちが悪役か分からない台詞と共に再び殴りかかるジゴバイト。
 けれどーー。
「させないわよ!」
 間に入ったエリアが、必殺の一撃を受け止める。
「エ、エリア……」
「アンタと言えど、お姉さまに手出しはさせないわ! ギゴ」
「どうして……」
「アンタがいけないのよ! ガスタの一件から、一度もあたしに手を出さないから!」
「そ、ソレは……」
「言い訳は聞かないわ! コレは試練よ! あたしを本当に愛してるなら、コノ試練を超えてあたしを抱き締めて!」
 しれっと事を自分達の恋愛事情のダシにしておられる。
「さあ、お姉さま! 今のうちに皆の『歌』を! そして、その果てにあたし達の愛の証明を!」
「しゅ……趣旨が変わってる気がするけど、分かったわ。『悪魔聖歌隊』!」
 もの凄く腑に落ちない感を無理矢理ねじ伏せて、僕たる少女達に指示を出す歌姫。
「奏でなさい!」
 答える様に、一斉に歌い始める少女達。
 甘い旋律に妖力が満ち、苦痛の音波となってダルク達を襲う。
「ぐっ!?」
「うわぁ!?」
「頭が痛いでありんす〜!」
「おーほっほっほっほ! どうかしら? 悪魔聖歌隊の力、この口紅歌姫の妖力は!?」
 その自信に偽りはなく。凄まじい不協和音に精神が掻き乱され、ダルクは反撃の魔法を行使する事すら出来ない。
(……マズイ……)
「オホホホホ! どう? 苦しい!? 苦しいなら屈しなさい。屈して、貴方達も私の虜に! ゴーマの戦士となるのよ!」
 ダルクの焦燥を見透かす様に昂る口紅歌姫。悪のゴーマ族の真骨頂、発揮である。
(このままじゃ、ホントにマズイ。せめて術式の構築に解れでもあればーー」
 あえかな可能性にかけ、最後の力を振り絞って精神を集中する。
 幾重にも編み込まれた歌声の術式。数多の個体の調律に、幾許でも乱れがある事を願って。
 そして――。
(……ん?)
 あった。
 解れと言うか乱れと言うか。わざとらしい程にデカい穴が。
 あんまりにも露骨なので、自分が極度のネガティヴ思考なのを差し引いても何かの罠じゃないかと思ってしまうくらい。
 猜疑心に満ちながら、それでも他に手も無いので探ってみる。で。
「………」
「………」
 横を見ると、自分と同じ結論に至ったのだろう。もの凄く微妙な顔をした『彼』の姿。
 無言で促す。
 頷いて、パタパタと飛んでいく彼。
「は? 何よ、貴方?」
 怪訝そうな顔をする歌姫は取り敢えず無視して、件の相手の前へ。
 ニッコリと小首を傾げる彼女の目の前で、指を振る。
 眼球運動。焦点、共に異常なし。
 頭ポンポン。脳波、異常なし。
 失礼して胸に耳を。心音、呼吸。共に異常なし。
「………」
「………」
 見つめ合う二人。切ない程の沈黙。聖歌隊の歌も、もはや遠い夢の果て。
「え? 何?? 何なの???」
 完全に置いてけぼりの歌姫を他所に、彼は彼女の胸元へ手を伸ばす。
「え、ちょ、何を」
 慌てる歌姫を更に無視して、彼女の胸元を思いっきり開く。
「きゃー! ハ、破廉恥よー!!!」
 慌てて目(があると思わしき場所)を覆う歌姫。
「うわー、急に何をするんだい? とうとうボクの魅力にケダモノと化してしまったのかな? てか、キミ元々獣族だっけ、デヴィ?」
 極めて冷静におちゃらけるアウスに答えず、デーモン・ビーバーは開けた胸元を凝視する。開いた服の間から覗くのは、霊使い一番と言われる豊かなふくらみ。その谷間。
 けれど、デーモン・ビーバーの意識はそんな所には当然なくて。
「……ダルはん……」
 後ろで控えるダルクに呼びかける。米神にピクピク震える青筋なぞ控えめに浮かべて。
「……どうだ……?」
「……ビンゴですわ……」
 途端、脱力した様に腰から崩れ落ちるダルク&使い魔s。
「え? 何? 何事?? どうしたの???」
 事態が飲み込めず、オロオロする歌姫。つられて聖歌隊の皆様もポカンとする。
 そんな彼女を、デーモン・ビーバーが手招きする。
「な、何よ?」
 寄ってった彼女に示すのは、今しがたまで自分が見ていたアウスの胸元。
 淑女の玉の肌をガン見するなんてと抵抗はあったものの、好奇心には勝てずに覗き込む。艶やかなふくらみの谷間。その少し上。丁度鎖骨の中心辺りに、見慣れない『刻印』が刻まれていた。
「……何よ? コレ」
「『所有者の刻印(マイン・スティグマ)』でんがな」
「……ハ?」
 何の事だか分からない歌姫に向かって、ダルクが説明する。
「……魔法だよ。その刻印を刻まれた者は、正当な所有者以外の支配を受け付けなくなるんだ……」
「……え?」
 しばし落ちる、切ない沈黙。皆の間を、冷たい風がぴゅ〜と虚しい音と共に吹き抜けていく。
「え……と……。アウス(この娘)の正当な所有者って……」
「まあ、ボクはボクの所有物(モノ)だよね。当然だけど」
 キッパリと言い切るアウス。呆然とする歌姫に向かって、てへぺろ。
「……やっぱり、端から洗脳なぞされてなかったんでっか……」
「あはは、折角の貴重な機会だからね。異世界の妖力とやらも見て見たかったんだ。まあ、純粋な探究心と言うヤツさ。大目に見ておくれ」
 悪びれも無くそんな事のたまうアウスと、胃を押さえて呻くデーモン・ビーバー。ついでに呆然自失の口紅歌姫。見てたエリア達が、戦慄く。
「ア……アイツ、正気の状態で『あんな事』をあたし達にさせたの……?」
「って言うか、思いつくんだ……。あーゆー事……」
「やっぱアイツ、人間じゃねぇ……」
「ひとの……こころ……ですぅ……」
 他の聖歌隊達も、真っ青を通り越して土気色の顔でガタガタ震えている。
 本当に、何をしたのか。
「お、おい! 大丈夫か!? エリア!」
「あ、ああ……ごめんなさい……ギゴ……。貴方の愛を試す様な事をしたから……。これは、罰……。そう、愚かなあたしが来世まで魂に刻むべき罰なのよ……。おお……神よ……我らの罪を、許したまへ……」
「エリアー! しっかりしてー!!!」
 今にも昇天しそうなエリアを抱き締めて絶叫するジゴバイト。見てたダルクが、口元を引き攣らせる。
「……不味いな。このままだと皆の精神が壊れる。おい、アウス……」
「ん? 何だい?」
 顔の化粧を拭き取っていたアウスが、わざとらしく答える。
「……確か所有物の刻印(マイン・スティグマ)は全体魔法だったな。皆の洗脳を解くんだ。少しでも精神の負担を減らさないと色々ヤバイ……」
「う〜ん。ボクとしてはもう少し観察してたいんだけどなぁ……。面白そうだs……」
「ア・ウ・ス・!!!」×7
 一斉に怒られて、流石に肩を竦める小悪魔だった。

 ◆

「あ、あれぇ〜? わたくし、一体何を……?」
「私は……確か未確認の疑敵性存在の確認に……」
「おかしいわね? あの馬鹿の食材買いに来てた筈なんだけど」
「え〜ん、ゴメンね〜。ギゴ〜」
「よしよし。戻ってきてくれたなら、ソレで十分だよ。エリア」
 洗脳の解けた皆々が正気を取り戻していくのを確認し、ダルクは安堵の息を吐く。
「……やれやれ、どうやら洗脳前後の事は記憶が曖昧になってるみたいだな。精神へのダメージは最小限で済みそうだ……」
 一番の懸念が、味方のやらかした事による影響と言うのが頭の痛い所ではあるが。
「ところでダルク氏」
「……うん……?」
「『彼女』は、どうするんだい?」
 アウスが示す先には、今だ燃え尽きた様に佇む歌姫の姿。
「……そうだな。危険な存在である事には変わりないし、拘束してエンディミオンに引き渡すか……」
「ソレについてだけどね、ちょっとボクに考えが……」
 思案するダルクに、アウスが何やら言いかけた時。
「フ、フフ……フフフフフ……」
 不意に鳴る。地の底から響く、亡者の怨嗟の如き声。ハッと振り向いたダルクの視線の先で、妖しの影がユラリと揺れる。
「フ、フフフフフ……皆で……皆で私を馬鹿にして……」
 ゆっくりと振り向く、口紅歌姫。ソコには、先までの何処か愛嬌ある道化の如き様はなく。
「いいわ……もう、いいわ……」
 ゆっくりと上げる右手。握るのは、妖しく銀に輝く球体。そのピンに指をかけ、呪う。
「壊してやる……元の世界に帰れないなら、こんな世界、何もかも、一人も残さず……」
 危険の気配。けれど、誰も動けない。圧倒的な鬼気。深淵なる帝国の、無明の戦人。その、正体にして真髄。
 呆れる程に軽い音。抜かれたピンが、宙を舞う。
「滅ぼし尽くしてやるわぁあああ!!!」
 絶叫。
 叩きつけられる球体。
 弾ける爆炎。
 そして――。
『アハハハハはハハハはハははハ!!!』
 満る白煙の向こうから現れたモノ。ソレは、見上げる程の巨躯と化した歌姫の姿。
 息を飲むダルク達を嘲笑い、睥睨し、破壊の巨魔と化した彼女は吼える。
『さあ、まずは貴方達よ! 骨の欠片も残らぬ程に、粉微塵になるがいい!!』
 皆が、覚悟の表情で構えを取る。けれどソレは、正しく儚き蟷螂の斧。
『アハハハハハ、啼け! 叫べ!! そして……』
 ――死ね――!
 巨大な足が、ダルク達を踏み砕こうとしたその時。

 ――落胤転生・灰燼顕現――!
 ――閃刀起動(エンゲージ)・コード『カガリ』――!
 ――超機融合(パワーボンド)・『ステルス・ユニオン』――!

『え?』
 天空より響いた複数の声。仰ぎ見た歌姫の視界を、幾つもの閃光が塞ぐ。
 聖女が驚く。
「アルバス君!」
 軍服姿の少女が悟る。
「レイ……」
 そして――。
「人の嫁に……」
「……あんの馬鹿……」
 アルケミック・マジシャンの嬉しげな呟きに答える様に、巨大ロボットの頭に仁王立ちしたボサボサ頭の少女が吼える。
「何してくれてんだぁあああああ!!!」
『きゃあああああああああ!?』
 怒号に被さる断末魔を、派手な爆炎が塗り潰した。

 ◆

「つまり、この方を元の世界に戻して差し上げたいと言う事ですね?」
「はい、ボクも楽しませてもらいましたので。その代価くらいは払うべきでしょう」
「エンディミオンからは『無問題』の回答を貰っています。こんな些事に労力を割く気はない様ですね」
 話し合うドリアードとアウス、そして学校職員のアカシック・マジシャンの向こうで、ダウナード・マジシャンとアルケミック・マジシャンが何やら大きな機械を弄っている。
「ああ〜、アチシもう疲れたよ〜。いい加減、シャイニートに戻りたい〜」
「何言ってんの。もうちょっと何だから、頑張りなさい。さっきはあんなに格好良かったじゃない?」
「ええ〜、ホント〜?」
「そのくらいは、おだててあげるわよ」
「えへへ〜」
 そんな感じで作業を続ける二人を遠目に見ながら、エリア達はゲンナリした顔で呟く。
「イチャイチャしてるわね〜。うらやましい……」
「お菓子がますます甘くなっちゃうね」
「なかよきことはうつくしきかな、ですぅ〜」
「……お前ら、ちゃんとリリー先生の言いつけ守って養生しとけよ……」
 だべる同僚達にそう言いつけると、ダルクは目の前で六芒星に拘束されている歌姫を見る。
「……本当に、帰してくれるの?」
「……そう決まったからな。皆、出来れば殺しなんかしたくないのさ……」
「……ありがとう……」
 すっかり殊勝になった歌姫に、ダルクは訊く。
「……お前、良いのか……?」
「何が?」
「……そっちの世界じゃ、お前は『存在悪』だろう? 戻った所で、『平和』の為に狩られるだけだ……」
「でしょうね」
「……此方なら、お前の存在は決して特異じゃない。変な気を起こさずに大人しく暮らすなら……」
「良いのよ」
 彼の言葉を遮り、笑う。
「私が生きる場所はあの世界。あの戦場こそが、私の存在理由。こんな田舎で平和ボケして生き腐るなんてまっぴらなの……」
「……言う程、平和じゃないぞ……?」
「まだまだ、温いわよ」
「……そうか……」
「そうよ」
 そう言って、違う世界の違う二人は静かに儚く、笑い合った。

「ほ〜い、準備出来たよ〜」
「『異次元隔離マシーン』、稼働出来るわよ」
 低い稼働音を建てるマシーンの前に集まった皆。ヒータがダウナードに尋ねる。
「大丈夫なのか? 確かコレ、一時的に別次元に隠れる為の機械だろ?」
「無問題無問題、機能を拡張して異世界との通路を繋げられる様に調整したから。座標軸も測定・確定したから、ちゃんと戻れるって」
 『マジ?』と訊くヒータに、ダウナードは『マジ』と返して薄い胸を叩いた。

「じゃ、行くからね〜」
 ダウナードの声に、マシーンの前に立たされた歌姫が不安そうな顔をする。
「大丈夫? 痛かったりしないでしょうね?」
「平気平気、痛くなんかないよ〜」
 言いながら、無造作に起動ボタンを推す。

「キッツいだけだから」

 響き渡る悲鳴を、渦巻く輝きが飲み込んでいく。見送る面々が『バイバーイ』とか『おたっしゃで〜』などとハンカチを振る中、ダルクはポツリと呟いた。

「……せいぜい、悔いのない様に……な……」

 ◆

 それからしばし。
 何処かの世界の何処かの国で。
 紫ルージュの悪が、猛る正義ともう一華咲かせたのは。
 また別のお話。
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