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2022年02月13日

Skeb作品『歌姫騒動奇譚』(遊戯王OCG・霊使いSS)

 スケブ募集中

 Skebでテキスト作成の依頼を受け付けております。
 二つ目のSkeb依頼作品。同じ方のご希望で、先の作品のサイドストーリー。
 興味あったらどうぞ♪

 ※遊戯王OCGの、霊使いシリーズに該当します。
  好きな方がいらっしゃって嬉しいワン♡





 ソコは、魔法族の里にある『王立魔法図書館・魔法族の里分所』。エンディミオンにある本所ほどではないが、まあ普段からそれなりに需要がある。難しい専門書とか学術書の他に、小説とか絵本。何なら漫画とか同人誌なんかも置いてあるし。
 そんな紙とインクの香りが満ちる安寧の空間に、突然響く大きな声。
「コレだわー!!」
 間髪入れず飛んで来る、ガトリングガンの雨嵐。
「うぉおおおおぉ!??」
 必死のステップで躱した『彼女』に向かって、司書のEMガトリングールが注意する。
「はい、館内ではお静かに」
「ご……ごめんなさい……」
 青い顔で謝る。他の使用者方が全く動じてないので、多分日常茶飯。
「ビ……ビックリした……。この世界の連中、鉄火場慣れしてて直ぐ殺りにくるから油断出来ないのよね……。転移してからコッチ、何度死にかけたか……」
 小声でブツブツ言いながら席に着きなおす異形の者……とは言っても、こちらの界隈では特に珍しいタイプの風体ではないので誰も気にしない。なんならもっとエグイ恰好の連中が普通に読書してるし。
「まあ、周りに合わせて姿変えたりしなくていいから楽ではあるのよね……」
 言いながら、改めて手元の書物のページをめくる彼女。名は『口紅歌姫』。元々は別の世界でブイブイ言わせていたとある悪の帝国の怪人だったのだが、その手の存在の常で敵対する正義のヒーロー戦隊との戦いに敗れ、華々しく散ったと思ったら此方の世界に転移していた。最近の流行りらしい。
 正味、いっそ馴染み易い気配もある此方で余生を過ごそうかとも思ったが、如何せん望郷の想いと一族郎党及び敬愛せし王への忠誠捨て難く。やっぱり帰り戻ってもう一花咲かせようと言う結論に至った。
 で、その手段を求めて近場に在った此処に調べ物に訪れたと言う次第。なお、最初こそ自前の妖力で何とかしようとしたものの、数回の挑戦の後にキッパリ諦めた。ガチで死にかけたし。多分、次は無いし。
「そうそう、コレよ。この娘達を僕に出来れば、何とかなりそうだわ」
 彼女の手元にあるのは、『魔法族の里自治会発行・ヴァリュアブルブックEX』。里に在籍する者全員のデータが軒並み記された書物である。
 個人情報の保護? プライバシーの侵害? 何ソレ美味シイノ?
 歌姫が開くページの項目は『精霊使い』。
 ソコに記された彼女達の全てが彼女を魅了する。
 帝国の厳しい生存競争の中で鍛え上げられた頭脳が、瞬く間に一つの計画を組み上げていく。完璧と自負出来るまでのソレを。
「行ける……行けるわ! これで帰れる! 帰れるわよ――――!!!」
 歓喜の興奮に、拳を突き上げ雄叫びを上げる。
 ニコリと微笑んだガトリングールが、これまた嬉しそうにガトリングガンを構える。
 適材適所なのだろう。多分。

 ◆

 良い天気であった。一日最初の修行項目である『早朝の散歩』には絶好の日和であった。
 まあ、修行ちゅうても育ち盛りの女の子には朝日からのビタミンDが必須と言う理由で組まれてるだけのモノであるが。
 とにかく、良い日和であった。先の様に、散歩をするにも。思案するにも。
「……どうしたモノかしら……」
 ポカポカ暖かいお日様の下を、心地良い下草サクサク踏みながら。
 『水霊使いエリア』は思案していた。
 真剣に思案していた。
 基本的に直情優先で行動する彼女としては珍しく、本気で真剣に悩んでいた。果たして、何を悩んでいるのか。
「……どうして?」
 小さな口が、誰ともしれずに吐露する。
「どうしてギゴはあたしに手を出さないの!?」
 ブチかまされたのは、年頃の女の子が口にするのはどうかとも思われる叫び。周囲に誰もいなくて良かった。
「おかしいわ! おかしいじゃない!?」
 思い出すのは、親友の故郷で起こったかの大戦。彼女の愛しき相棒との絆は、辛い別離を経て更に深く結ばれた……筈だった。
「そうよ! あの時あたし達は契りの誓いをして! 口づけも交わして!! 何なら身体だって重ねた(エクシーズ)のに!!!」
 どっかで間に挟まったスライムが申し訳なさそうな顔してるから、やめてやれ。
「何でソコから先に進めないのよぉおおお!!!」
 響く絶叫。周囲の草花が怯える様に震える。
「何で! 何でなの!? アソコまで詰めたんだから、もう一足飛びにゴールまで行けると思ったのに!!!」
 頭を抱えて悶える。長い髪が降り乱れて、かなりコワイ。人が見たら普通に通報案件。
「事に備えて、夜は部屋の鍵開けてるし! ちゃんとお風呂で綺麗に洗ってるし! 勝負下着バッチリ決めてるし! 何ならソレ用の品だって準備してるし! いや、あたしは別に無くても構わないんだけど〜」
 誰もいないのを良い事に、色々とアレな言葉をひとしきり吐き出してゼェゼェと肩で息をする。けれど、ソレも徐々に落ち着き。そのままシュンとしょぼくれかえる。
「……あたし……魅力ないのかなぁ……」
 呟いて、取り出すのはコンパクト。パカンと開いて、鏡に映す己の顔。
「……悪くないわよね。って言うか、絶対可愛いわよ! それに……」
 視線はそのまま下へ。
「……スタイルだって、気をつけてるし。『ココ』だって……」
 可憐な手が、豊かなふくらみをフニフニと。
「アウスみたいなお化けじゃないけど、ウィンやヒータに比べたら……」
 そして、切なく溜息。
「何で、かなぁ……」
「ソレは、貴女のアピールがまだまだ足りないからよ」
「うひぃ!?」
 黄昏てた所に唐突に飛んで来た声。誰もいないと油断していたモノだから、かなり真面目にビックリする。
 慌てて向き直ると、そこにはアラビア風の衣装を纏った女性。顔にはスカーフが巻かれ、人相は伺えない。合間から覗く相貌だけが、彼女が笑んでいる事を伺わせた。
「でも、大丈夫。私に委ねなさい。そうすれば、その愛しい人の心h」
「死ね――――っ!!!」
「ぎゃぁああああ!!?」
 終わらぬ内に降り降ろされた杖。ガチの殺気にビビって躱す。ギリギリ。
「ちょ、ちょっと! 何するのよ!? 危ないじゃ……」
「……見たわね……」
「は?」
「見たわね!? 恋に悩む乙女の痴態を!」
 痴態と言うか、むしろ狂態ではなかったか。
「え? あ、いやだってソレは……」
「アレを言いふらされたら、あたしにはもう未来はないわ……」
 でしょうね。
「だから! 見たアンタを殺すしか!! あたしが生きる道は!!! 無いのよ!!!!」
「ちょ、貴方、理性ある者の行きつく結論じゃないわよ!? ソレー!!」
「うるさーい!!!」
「ふぉおおおおお!!?」
 フルスイングで振り下ろす杖。必死に避けた後の地面には、クレーターの如き破砕痕。確固にして堅固たる絶対の殺意。
「おのれ、チョコマカと〜」
「待ちなさい! 話し合いましょう!! 私達は!!! きっと!!!! 分かり合えるわ!!!!!」
「黙れ! あたしとギゴの未来の為に、大人しく死になさい!!」
 どさくさに紛れて想い人を共犯にするな。
「覚悟――――!!!」
「私を殺したら彼へのアプローチの術が絶えるわよ――――!!!?」
 ピタッ。
 顔面スレスレで止まる杖。完全に両断する軌道だったので、着弾していたら間違いなくお陀仏であった。
「あ、危なかった……図らずして二度目の死を迎える所だったわ……」
 青息吐息で息をつく女性の頭を、今度は優しくコンコンと杖が叩く。
「何か、面白い事言ったわね。何? アンタ、どうすればギゴがあたしにその気になるか分かるっての?」
「え? ええ、そうよ?」
「ふ〜ん。じゃあ、教えて見なさいよ。万が一納得出来る内容だったら、命だけは助けてあげる」
 普通に脅迫。
「ほらほら、アンタの生殺与奪の権利はあたしの手中にあるのよ? 命が惜しければちゃっちゃとゲロりなさい」
「分かった! 分かったからポカポカ叩くのやめて! あと、その見るからに怪しげな魔法陣引っ込めて!」
 必死の懇願に『軟弱ねぇ』とか勝手な事言いながら魔法式を解除するエリア。ホントに何を考えていたのか。
「うう……やっぱこの世界は勝手が違うわ……。荒事や神秘にやたら耐性があってマウントが……」
 地元の秀才、東大行ったらただの人。
「何ブツブツ言ってるの? 口から出まかせだったんなら……」
 剣呑な声と共に、再び展開する魔法陣。間も置かずに再来する恐怖。
「いや、ちょっと! 暴漢に襲われた乙女にそんなせっつかないでよ! 立ち直る時間くらいくれてもバチは当たらないでしょ!?」
「誰が暴漢よ!? 誰が!?」
「だから謎の魔法陣で直にドツこうとしないでー! せめて用途は守りなさいよー!?」
 ギャアギャア騒ぎ合いながら、何とか立ち上がる謎のアラビアンレディ(まあ、今更正体なんぞモロバレであるが)。
「ほら、さっさと言ってごらんなさい」
「だから何でそんな上から目線……ま、まあ良いわ……」
 このままでは埒があかないと判断し、半ば根性で話を進める事にする。懸命である。
「貴女が彼氏を魅了する唯一の方法、ソレはズバリ! 『お化粧』よ!」
「有罪(ギルティ)!」
 ズガァアアアアン!
「ギャアアア!??」
 間髪入れず飛んで来た水の槍に再び腰を抜かす。スレスレで足元の地面を抉るに留まったのは、狙いが甘かったのかはたまたせめてもの温情か。
「だからソノ何の躊躇いもなく殺りに来るのやめなさいよ!? ダイレンジャーの連中だってもう少し話聞いてくれたわよ!?!」
「何処のどいつらの事言ってんのか知らないけど、知ったこっちゃないわよ! 期待させといて何かと思えば、言うに事欠いてお化粧ですって!? 馬鹿にしないで! このエリア様がそんな基本の基本、疎かにしてる訳ないでしょ!?」
「そ、そこが素人の浅はかさ!」
「ああ!?」
「見た所、貴女のお化粧術は自己流! 精々、そこらの書籍で調べた程度!」
「そ、ソレは……」
「そうでしょう? そうでしょう!? 貴女の美貌が真に開花しないのは、ソレを彩る術が拙いからよ!!」
「そ、そうかしら……?」
「そうよ! そうです!! そうなのよ!!!」
 割と真面目に生死に関わってるので必死。
「だからね、私に任せて! プロだから! 伝道師だから! 絶対、彼氏をその気にさせて見せるとわよ!?」
「そ、そう言う事なら……」
「よ、よし! 決まり! 決まりね!?」
「う、うん……」
 野望成就の一歩を踏み出せた喜びと、眼前に迫っていた生命の危機から逃れた安堵。
 口紅歌姫(もう良いや)は心の中で渾身のガッツポーズを決めた。



「……とは言え、最初の一人でこんな調子じゃ先が思いやられるわねぇ……」
 トボトボと歩きながら、疲れ切った調子で呟く口紅歌姫。先の一件でゲッソリ疲労しておられる。無理もない。
「予定だとあと五人、支配しなきゃいけないんだけど……」
「なぁに悩んでんのよ? お姉様」
 苦悩する彼女に声をかけたのは、後ろに付き従う様に歩いていたエリア。その唇には妖しい紫のルージュ。歩を踏む度に、髪に飾ったリボンカチューシャがフルフル揺れる。
 口紅歌姫の妖術。己の妖力を込めたルージュを塗る事で、対象の女性を支配下に堕とす。条件は些か厄介だが、成功すれば強力無比な洗脳効果。まさしく、禁止・制限級間違いなし……と言いたい所なのだが。
「全く、みっともないわね。いつまでもいつまでもイジイジと。それでもこのエリアちゃんのご主人様のつもり?」
「大体何よ、このルージュ! どんなイカす(死語)色合いかと思ったら何で紫!? 陰気なのにも程があるじゃない! お葬式じゃあるまいし!!」
「そもそも、お姉様だって! どんな良いお顔かと期待して見れば、ひっどい『タラコ』! ゲロゲロよ! 何処が『姫』なのよ? ど・こ・が!?」
 機銃掃射の如く浴びせられる罵詈雑言嫌味の嵐。ぶっちゃけ、素性が知れてなかった洗脳前の方がまだマシ。と言うか、本当に洗脳されてんのか? コレ。
「お、おかしいわね……。私の術にかかれば全ての自我を無くし、『悪魔聖歌隊』として従順な僕となる筈なのに……。何か、バリッバリに自我曝け出してない? この娘……」
「ほらほら、また溜息ついてる。幸せが逃げるわよ、幸せが!」
 などと言いながら、ペシぺシと頭をはたく。ペシぺシ。
「〜〜! えーい、止めなさい!! 鬱陶しい!!!」
「きゃん!」
 キレました。キレますよね。
「ああ、何なのよ! も〜!! この世界に転移して苦節云十年、ようやっと元の世界に戻れる算段が付いたのに! その術は習得するには更に云十年はかかる高難易度だしそれならと使える奴を探したら何処ぞの国の王族で現在進行中でヤバイ事態に巻き込まれてるから手なんか出せなくてじゃあ手に負えるレベルの娘を捕まえてその能力使ってジワジワ下から崩していこうと思いついて実行したらこの様よ〜!!!」
「あ〜、だから『魅了(チャーム)』の固有能力(パーソナル・エフェクト)持ってる霊使い(あたし達)に唾付けようとしたのね……。って言うかまどろっこしい。成功するにしたっていつの話よ、ソレ」
 誰に向かって説明してるのかも不明な長台詞をブチかまし、そのままオイオイと泣き崩れる口紅歌姫。激情のあまり変身も解けてしまった彼女を、呆れ半分哀れみ半分で眺めるエリア。
「だってしょうがないじゃない! この世界の連中、腕っぷしだけで言ったら私の地元のお偉い方並みがゴロゴロいるし! それでも能力だけなら優秀な部類と知って、一筋の光明を見たと思ったのに……それなのに〜〜〜」
 もう、人目もはばからずワンワンと声を上げて泣き出す。長年の間に積み上がったストレスや絶望感・劣等感・孤独感と言った諸々の負の感情がついに決壊した模様。まあ、異世界転移なぞ訳の分からない事象でこれまた訳の分からない異世界に一人放り出されたのである。なんぼ悪の異能一族に生まれた人外とて、心がある以上折れる。と言うか、それが普通。
 それにしても、デザイン的に目が無いのだが何処から涙とか出てるんだろう?
「ああ、もう。仕方ないわねぇ」
 困り果てた様に頭を掻くエリア。ポケットからハンカチを取り出すと歌姫の涙を拭く。
「ほらほら、もう泣き止みなさい。折角のお化粧(?)が落ちちゃうわよ?」
「何よ、急に優しくなんかして……アンタだって、内心馬鹿にしてるんでしょ!?」
「うん、してる」
「取り繕うくらいの慈悲は持ちなさいよ鬼畜生ー!??」
 もはや『お前を殺して私も死ぬ』みたいな勢いで迫る歌姫を推し止め、その肩をポンポンと叩く。
「まあまあ、確かに壊滅的なお化粧のセンスとか成金ゴブリンのおっさんもかくやと言わんばかりのお顔とかはその通りだけど……」
「……シレッとトドメ刺しに来てない?」
「お情けでおだてられたって、惨めなだけよ?」
「いやね? それでももう少しこう、手心と言うか……」
「そんな緩い根性だから、パッとしないのよ」
「…………」
 グウの音も出ない。情けの無い世は地獄だとは思うが。
「とにかく、条件はクソだけど。洗脳効果だけは間違いないわよ。なんせこのエリア様がガッツリ囚われちゃってるんだから」
 絶望的な程に説得力がない。
「そりゃアンタ、あたしら日々その手の効果に晒されてる訳だし。慣れてるんじゃない?」
 理由が雑。
 落ち込むばかりの歌姫を無理矢理立たせると、その目(があると思われる場所)を真っ直ぐに見つめるエリア。
「しっかりなさい。アンタの力の確かさ、証明する手助けをしてあげる」
「……え……?」
「他の連中も、僕にするんでしょ? 皆の事なら良く知ってる。上手く条件を満たせる様に、誘導してあげるわ」
 思わぬ申し出に、ビックリする。いや、ビックリするな洗脳主。
「ど、どうして……?」
「何言ってるの、今のあたしのご主人様は貴女。一番大切な人? なんだから。大切な人に尽くすのは当然の事じゃない」
「本当に……? 本当にそう思ってくれるの?」
「当ったり前じゃない。このエリア様に二言は無いわ!」
「ああ……ありがとう……ありがとう!」
 エリアの胸に縋りつき、咽び泣く歌姫。その背中を『おーよしよし』などと言いながら撫でさする。
 基本的に人たらしなエリアだった。



「……お腹空いた……」
 広い野っ原をトボトボ歩きながら、『風霊使いウィン』は悩ましげに呟いた。
 今日に限って、寝坊をしてしまった。いつもなら起き掛けに『朝食前の軽い食事』をとってから散歩に出るのだが、寝坊したせいでその時間を取り損ねてしまった。無理をすれば、本番の朝食の時間に支障が出てしまう。ご飯係のヒータが、今日のメニューは特製ガレットのスクランブルエッグ添えと言っていた。大好物なのだ。絶対に食い逃がす訳にはいかないのだ。だから、断腸の思いで諦めたのだ。一生のうちに出来る食事の回数は限られている。食べ損ねた一食は、もう決して戻っては来ない。余りにも大きく、そして取返しのつかない犠牲。けど。それでも。見捨ててはいけないモノがあったのだ……。
 ……まあ、そもそも。『朝食前の軽い食事』って何だよと言う話ではあるが。
 まあそんな訳で、陰鬱たる気持ちで散歩に出たウィンであるのだが。……案の定と言うか、お腹が空いてきた。懸命に知らないふりをしようとしたものの、腹の虫がSOSの歌を奏で始めてしまったらどうにもならない。
「あ〜、こんな事ならやっぱりヒーちゃんの特製マロンパイとか色々、持ってくれば良かった〜」
 実の所、最初は夜逃げかと思われる量のオヤツを持って出ようとしてたりする。けど、ソコをあろう事かドリアードに見つかった。で、当然の様に止められた。
 『ダメですよ? そんなに沢山持ったら、荷物が増えて大変ですよ?』
 との事。なお、ニコニコと注意する後ろでは、同じ様に青眼の白龍(ブルーアイズ)がニコニコしていた。
「ああ、わたしもシンくん(←クリアウィング・シンクロ・ドラゴンの事)呼んで、徹底抗戦すれば良かった〜」
 やめてやれ。ホント、やめてやれ。
「うう、さては『自分の意思を貫くのなら、成せるだけの強さを持ちなさい』と言ういつかの勉強の実践ですか? 先生〜」
 そう呻く様に言うと、とうとう草の絨毯に倒れ伏してしまう。
「だ……駄目だ……死んじゃう……」
 絶え絶えの声と、ピクピク痙攣する身体がガチの不安を誘う。うん、ヤバイ。

「ちょ、ちょっと……大丈夫なの? あの娘」
 遠間からコッソリ様子を伺っていた口紅歌姫。想定外の事態に狼狽える。
「……う〜ん。寮を出てから30分とちょっと……。持たなかったか……」
「……あの娘、人間よね? 私の妖術、食虫類(モグラの仲間。一時間食えないと餓死する連中多し)には試した事ないんだけど……」
 ウウムと唸るエリアの言葉に、露骨に不安になるお姉さまこと口紅歌姫。まあ、確かにモグラやトガリネズミの雌に洗脳かける事態ってちょっと思いつかない。
「大丈夫だと思うわよ。あの娘、風属性だし」
 水族なのに炎属性とかいうヤツが存在する世界で、ソレが如何ほどの保証になると言うのか。
「……ソコは断言しなさいよ。ホントに友達なの? アンタ達……」
 頭を押さえながらウィンの様子を伺っていた歌姫、ふと気づく。
「……何してるの? あの娘」
 見れば、倒れたウィンの手が最期の力を振り絞る様にそこらの草をむしり取っている。
「…………」
「…………」
 もの凄く嫌な予感に襲われる二人。案の定、むしった草を口に運ぶウィン。
「ちょ、おま……食べちゃったわ……。あ、いや、吐き出した」
「流石に身体に拒絶されたみたいね……。人としての矜持か、単に不味かったのかは微妙なトコだけど……」
「って、またむしったわ!?」
「諦めてない! まさか、無理矢理身体を順応させるつもり!?」
「何ソレ怖イ!!!」
 ガチで怯える歌姫と焦るエリア。
「マズイわ! あの娘、空腹と引き換えに人間を辞める気よ!!」
「何て!???」
 こんなにも軽い『人間をやめるぞ!!』が未だかつてあっただろうか。
「止めないと! あの娘はこんなくだらない事で道を外れて良い娘じゃないわ!」
「ああ、ちゃんと友情はあるのね……って、この距離じゃ間に合わないわよ!?」
 確かに、ウィンの手と口の距離に比べたらちょっと分が悪い。
 唇を噛んだエリア、ほんの少しの苦悩。そして、確かな決意と共にカッと目を見開く。
「ご主人様、ゴメン!」
「え?」
 『何が?』とか確認する間もなく、エリアが歌姫のスカーフを掴む。
「てやーっ!!!」
「あれぇええええ!!?」
 スカーフを思いっきり引っ張られてクルクル回る歌姫。流石に『お代官様、お戯れを〜』とかはベタなので言わない。
「ちょ……何するのよ……目が回って、気持ち悪……」
 フラフラしながら苦情を述べる主人を無視し、エリアはこれでもかと言うくらいの大声で叫ぶ。
「ウィンー! ここに美味しい『明太子』があるわよー!!」
「へ?」
 意味不明の発言に、ポカンとする間もなかった。気が付いた時には、目の前に涎垂らして大口開ける少女の顔。
 次の瞬間、チャームポイントのタラコ唇に走る激痛。
「!!!!!?????!!〜〜〜〜!!?」
 口が塞がれてる訳だから、当然悲鳴は出ない。正味出かかった大量のモノが堰き止められると言うのも辛いモノだが、そんな事はどうでも良い。
 狂犬の様な唸り声を上げながら唇に齧り付くウィン。構図的には口付けと言う耽美な行為にも取れる筈だが、相手の意思が明確な『捕食』のソレなのでそんな感想どっからも出やしない。恐らくは生命概念における最大最凶の危機。必死に引き剥がそうとするも、向こうは向こうで餓死の危機に瀕しているので頑として引かない。このままでは喰い千切られる。否、ガチで喰われると歌姫が絶望しかけたその時。
 スパコーン!
 軽い音が響き、『むきゅう』と呻いたウィンがパタンと倒れる。
「よっし、作戦成功!」
 杖の容赦ない一撃で級友を昏倒させたエリアが、ガッツポーズを取る。
「ほら、お姉さま。今のうちよ。お化粧を……」
「うう……奪われちゃった……」
「阿呆!」
 しなしなとしなを作りながらそんな事を言う歌姫を、ポコンとどつく。
 意外と余裕はあるらしい。

 ◆

「うぅ〜、タンコブが痛いよぉ〜。えーちゃんの馬鹿ぁ」
「うっさいわねぇ。アンタが人道を踏み外す所を止めてあげたんじゃない。感謝しなさい。頭垂れて感謝」
「あのね、少し静かにしてくれない? 私達、一応隠密作戦の最中なんだけど……」
 きゃいきゃい騒ぐ僕二人を連れて、次の標的を探してウロウロ。朝の散歩は霊使い達共通の日課なので、他の面子もここら辺にいる筈……とか思ってたら早速見つかった。
 お揃いのローブを着た白髪の少女が、チョコンと座ってポカンと空を眺めている。一見、日向ぼっこでもしている様に見えるのだが。
 何か様子がおかしい。
「……あの娘、何ブツブツ言ってるの?」
「ん〜、どれどれ……」
 聞き耳を立てるウィン。多分、風の精霊達に頼んで声を届けて貰ってるのだろう。
 ピーピングし放題。地味にチート。使用者が純真無垢なこの娘で良かった。
「……あ〜、やっぱり〜」
「やっぱり……って事は、やっぱり?」
「そう、やっぱり」
 何か知ってるらしく、『やっぱり』のキャッチボールだけで通じ合うエリアとウィン。歌姫、普通に蚊帳の外。寂しい。
「あの……貴女達、置いてかないでくれる? 全然、話が分からないんだけど……」
 オズオズと切り出した問いにコッチを向いたエリアが、心底呆れたと言う顔で溜息をつく。
「にっ……ぶいわね〜。って言うか、お姉さまも一応女の子なんだから察しなさいよ。そんなだからイイ歳なのにボーイフレンドの一人もいないのよ? 『信じる教義の為に戦いに捧げた身』なんてカッコいい事言って見たって、所詮独り身枯れ草の言い訳じゃない。精進しなさい。磨きなさい」
 何気に言葉の棘が痛い。ガチでイタイ。
「あ、あのね……もう少しその……手心と言うモノを……」
「女の子があんな風に黄昏る理由なんて、Love決まってるじゃない。恋よ。恋」
 上司(建前)の嘆きなぞ無視して、勝手に結論に至る。
「あら、そうなの? 相手はだぁれ?」
 聞いた途端、俄然興味を持ち出す歌姫。ソコはやっぱり、(一応)女子と言う事なのだろう。『子』が付くべきかは知らないが。
「ダルクよ。闇担当の子。本人達は隠してるつもりらしいけど、バレバレなのよねぇ……」
「……『達』って事は、両想いって事じゃない。何を悩んでるの?」
「何かね〜。複雑なのよ、あの子達の関係。どうせ一回しかない人生なんだし、細かい事なんかうっちゃって燃え上がればいいのに。もどかしくて……」
 さっきの狂態見るに、アンタも大概クソ雑魚ではなかろうか?
 思いはしつつも、取り合えず口には出さない姫様。大人の礼節。口は災いの元。
「ふむ……それなら、その恋心を利用して引き込むのが最良手かしら……?」
「んな……何言ってるのよ!? 女の子の恋を利用するなんて、人でなしのする事じゃない!!」
「いや、人でなしも何も。私は悪の怪人だしそもそも人でもない……」
「だめー! 絶対ダメよ! そんな事!!!」
「いや、そうは言ってもね……」
「反対反対! 断固はんたーい!!!」
「ああ、もう! 貴女、私の僕でしょ!? 素直に言う事聞きなさいよ!」
「僕にだって自分の良心に従う権利があるわよ! あたしは全ての恋する乙女の味方!! 正義の矜持!!!」
「くわー! 良心とか味方とか正義とか大声でぬかすんじゃないわよ!! アレルギーでサブイボが出るじゃない!!!」
「うっさい! そんなんだから元の世界でボロ負けすんのよ!! お姉さまのクソ雑魚ナメクジ!!!」
「んだとテメェ!? やっぱ洗脳が不十分か!?? ならいっそ直で脳ミソ弄ってやろうか!!??」
「上等よ! かかってらっしゃい!!」
「おーい、らいちゃーん」
「ん?」
「へ?」
 あまり中身のない舌戦の挙句に血で血を洗う戦いに至る間際、空気を読まない程にノホホンとした声が響く。
 見れば、いつの間にか近寄ったウィンがライナに向けて手を振っている。
「おや、ウィンちゃんではないですか。おはようです」
「うん、おっはよー」
 何事も無かった様に、いつもの顔で挨拶するライナ。ウィンも拘る事無く、いつもの笑顔。
「んん、めずらしい。おけしょうをしてますか?」
「そうだよ。お姉ちゃんにしてもらったの」
 友人のらしくない行為に目を丸くするライナに、ウィンは後方でポカンとしてる歌姫を指す。
「おねえちゃん……? おや、みなれないおひとですね?」
「口紅歌姫さんって言うの。新しい『お友達』」
「『おともだち』!?」
 大好物のワードに入れ食い。
「うん。見た目変だけど、良い人だよ。ほら、えーちゃんも一緒」
「それはすばらしいのです!」
「らいちゃんもお友達にならない?」
「おっけーなのです!」
「だってー」
 そう言って、此方に手を振るウィン。
「……決まったわよ。お姉さま」
「……あの娘、大丈夫? 変な宗教とかに騙されない?」
「だから、あたし達が護らねばならぬ……」
「え? その『達』って私も入ってる?」
 頷くエリア。
 腑に落ちない。

 ◆

「お、お前ら……どうして……」
 信じられないと言った顔で立ち竦むヒータを前に、かつての級友達は邪悪な笑みで語り掛ける。
「ふふふ……どうしてもこうしてもないのですよ? ライナたちは、もうあねさまのちゅうじつなるしもべ……」
「もう、昨夜の晩御飯の時のわたし達じゃないんだよ……?」
「さあ、貴女も此方にいらっしゃい。友達でしょう? あたし達……」
 色は変わらず。されど、その魂はもはや。
「テメェ……コイツらに何しやがった!?」
「どうもこうも、お化粧をしてあげただけよ? 愚かな道徳も堅苦しい理性も消える、素敵な素敵なお化粧を……」
「この……」
 怒りに歯噛みしたヒータが、堕ちた仲間達の後ろでせせら笑う異形に杖を向ける。
「今すぐコイツらの術を解きやがれ! さもねぇと……」
「どうすると言うのかしら?」
 そう言って、歌姫は前に立つエリアの顎を愛でる様に掴む。クイと持ち上げ、露わになる白い首筋に唇を象った愛刀を。
「な……よ、よせ!」
「なら、杖を捨てなさい。そして、私に身を委ねるの。この娘達の様にね……」
「エリア、何してんだ! そんなゲテモノに良いようにされるなんて、お前らしくねぇぞ!?」
 必死の呼びかけにも、エリアは妖しい笑みを浮かべたまま身を任せるだけ。
「無駄よ。私の束縛は絶対……。貴女に、選択の余地はないわ。大事なお友達の顔を、真っ赤な血化粧に色直ししたいなら別だけど?」
「く……」
 悔しげな声と共に、ヒータは杖を投げ捨てる。
「……これでいいだろ……。そいつ等に、手を出すな……」
「そう、良い娘ねぇ……」
 邪悪にほくそ笑み、ヒータに近づく歌姫。そんな彼女の後姿を見ながら、ウィンとエリアはヒソヒソと話す。
「……お姉ちゃん、ノリノリだね」
「ようやっと、あくやくらしいムーヴできてますからねぇ。さぞやかんきわまっているのでしょう」
「ひーちゃんは良い子だねぇ」
「れいつかいのたからですねぇ……」
 そんな事言い合う二人を他所に、ヒータにお化粧施す歌姫様。『この娘だけは絶対護ろう』などと心に誓っていたりするのだった。
 ああ、抱き締めたい。

 ◆

「さーて、これで私自身の妖力で洗脳出来るのは後一人ね。ちゃっちゃとやっちゃいましょうか」
 何のかんのと計画が順調に進む為、ウキウキな歌姫。この勢いのまま一気に決めてしまおうと振り向くと。
 どよ〜ん。
 あからさまに重い空気の僕達。全員の顔に『嫌だ』『やりたくない』『逃げたい』の文字が判子で押した様に書いてある。
「な、何よ? どしたの?? 皆揃ってお腹でも痛いの???」
「ソレなんだけどね、お姉さま……」
「もう、やめとかねぇか?」
「わたしも、そう思う……」
「じごくのかまにみずからあしつっこむのはぐしゃのこうい、なのです」
 真顔でこんな事言う皆さん。普通に困惑。
「な、何言ってんの? 後一人、『アウス』って娘だけでしょ? アンタ達の仲間じゃない。幾らでも策は……」
「仲間で良く知ってるから、言ってるの」
 暗い顔したエリアが、ズズイと迫る。
「い〜い、お姉さま? 知らないだろうから教えてあげるけど……」
 
「アウス(あの娘)は、悪魔よ」

 微塵の躊躇もなく、言い切った。
「あ、悪魔ってアンタ……」
「悪魔よ。それもそんじょそこらの木っ端じゃない。大魔王!!」
「だい……」
「いやガチだから。正味、世界の反対側から空間超越の魔法通して5メートルの棒の先で突くのも危ういドラゴンの方がまだ十万倍マシってくらいの危険物!!」
「ええ……」
 普通にドン引き。
「とにかく、奸計じゃあたし達束になっても絶対敵わない! 下手に手を出したら絡め取られて口にするのも恐ろしい辱めを受けた挙句に最終地獄ジュデッカの底まで引きずり込まれて放置プレイされるのがオチなのよ!!!」
 異議なし同意とブンブン頭を縦に振る同胞達。かなり、真剣。そんで、必死。勢いと気迫に圧倒されて異論も唱えられない歌姫相手に、畳み掛けるエリア。
「まだ理解出来ない!? なら何度でも言うわよ!? アウスは駄目! アウスはコワイ!! アウスは危険!!! 少なくとも、あたし達の実力が最低地縛神くらいの領域にまで昇華しない限り手を出すべき存在じゃないのよ!!!!」
「大概、酷い言われようだなぁ」
「酷い!? 何言ってるの!!? これでも杯を交わした同胞として創造神の如き慈悲と善意の表現で控えめに言っているわ!!! 現実はもっとよ!! 倍率ドン! さらに倍!!」
「ボク、キミ達にそこまで酷い事した覚えは流石にないんだけどなぁ」
「ああ!? 自覚ないの!!? そう言う所なのよ! そう言う所!! 大体アンタはね、ぇ……あ、んt……?」
 固まるエリア。前を見る。硬直してる歌姫。横を見る。真っ青になってる仲間達。ゴクリと唾を飲み、ギギギ、と首を回す。後ろ。

「や、エリア女史」

「ぎゃあぁああああああああああああaAAaaああぁあ!!!!!!!」
 響き渡る絶叫。魂消た鳥やら獣やらナチュルやらが飛び上がる。
「あ、あわ、あわわわわわわ……」
「ちょ、ちょっと逃げないでよ! 逃げるなら私も一緒に!!」
 腰が砕けたので這って逃げようとするエリアのローブを、同じ様に腰を抜かした歌姫が必死に掴む。
「うっさい放せー!!」
「見捨てないでぇ〜〜〜〜!!!!」
 ゲシゲシと主の頭を蹴ったぐるエリア。
 懸命に縋り付く歌姫。
 阿鼻叫喚。
「全く、酷いなぁ。盟友たるキミ達にそんな風に思われてたなんて、流石にショックだよ」
 ニコニコと笑いながら近づいて来る地霊使いアウス。傷ついた様子なんて当然ないし、何なら気分を害してる様子すらない。完全純粋な笑顔が逆にコワイ。
「な、何なのよ!? アンタ!! 何でさも当然の様に出て来てんのよ!!?」
 後退りながら喚くエリア。来るな来るなと必死に振り回す杖が哀れを誘う。
「アハハ、何を言ってるんだい? ボク達霊使いは一心同体。永久の絆を結んだ盟友じゃないか。皆の居場所なんて、何処にいようと分かって当然だろう?」
「サラッと怖い事言うなー!!!」
 真っ青になって叫んだ所で、ハッと気づくエリア。
「まさか!」
 慌てて引っ繰り返すのは、着ているローブのフード。目を凝らすと、コソコソ蠢く小さなナニカ。
「ダ……ダニポン……!」
 そう、先のガスタでの戦いにて通信訳を担ったアウスの僕。戦い済んだ後は、全て回収された筈だったのだが……。
「アンタ達!」
 エリアの叫びに、慌てて自分のローブも確かめる仲間達。
 すると、案の定……。
「い、いたぁ!!」
「こっちもだ!」
「ラ、ライナにもですぅ〜!!!」
 皆の悲鳴を聞き、ワナワナとアウスに問うエリア。
「あ……あんた、いつからコレ……」
「いつから? 決まってるじゃないか。『ずっと』だよ」
「ずっとって、ガスタの時からずっと!?」
「何を言ってるんだい? 『ずっと』と言ったじゃないか?」
「……え?」
 思ってたのと違う答えに、ポカンとするエリア(&皆)。そんな彼女を朗らかに見下ろし、アウスは言う。
「そもそも、あの突発的非常時にバッチリ合わせて配布するなんて無理に決まってるじゃないか。『備えあれば患いなし』と言うヤツだよ」
「…………」
「…………」
 しばしの間。言葉の意味が脳髄に染みてくにつれて、皆さんの顔から下がってく血の気。
「ま……まさ、か……」
「そうさ」
 何か悍ましい事実に気づいたと言ったエリアの顔を見て、これ以上ないくらい嬉しそうに破顔する。
「皆と初めて出会った、『あの日からずっと』さ!」
 つまりアレである。
 学校に入学してからこっち、パブリックもプライベートもマルッと軒並みアウスが把握済みと言う事である。
「じゃ……じゃあ、あたし達のあんな事とかこんな事も……?」
「ああ、心配しないでおくれ。生理現象の類なんかの時はちゃんと通信遮断していたさ。いくらボクだって、そこまで非常識じゃあない」
「そ、そうなの?」
「そうそう。例えばキミがギゴ君を想うあまり毎晩抱き枕とくんずほぐれつしていた事くらいしか知らないさ」
「ぎゃあぁああああaAあああああああa!!!!」
 断末魔を上げてぶっ倒れるエリア。他の皆も、もう泡吹きそう。
「と言う訳で、ソコの君」
「え!?」
 それまで端で震えてた歌姫。急に振られてマジビビる。
「話は聞いていただろう? 要するに、彼女達が見聞きしていた事はボクも知っている。つまり……」
「つ……つまり……?」
「君の素性も計画も、全て知っているんだよ。異世界の妖力師、ダオス帝国はゴーマ族の怪人、『口紅歌姫』女史」
「――――――っ!!!!!!」
 凄まじい怖気と共に戦闘態勢を取る歌姫。何のかんの言っても生粋の妖力戦士。その本能が叫ぶのである。コイツはヤバイと。殺られる前に殺れと。さもなくば明日の日の出は拝めないと。
「喰らいなさい! 歌唱拳! 歌姫爆裂破ぁ!!」
「魔法の筒(マジック・シリンダー)」
 必殺の破壊音波光線が筒に吸い込まれてUターンして本人の頭掠めて空の果てに飛んでった。多分と言うか、絶対わざと外した。流れ弾に当たる方がいなきゃ良い。
「まあまあ、そう焦らないで。話を聞いておくれ」
 脳天から煙を上げながらダラダラ脂汗塗れになってる歌姫に、優しく語り掛ける悪魔。
「ボクはね、君に頼みがあるのさ」
「た、頼み……?」
「そう」
 そう言ってアウスは腰を屈めると、固まる歌姫の顔を覗き込む。酷く魅力的で、蠱惑的な笑顔。ともすれば一切の警戒を忘れさせてしまいそうな、甘さ。ソレがまた、恐ろしい。
「な、何をしろって言うのよ……?」
「何、簡単な事さ」
 クスリと笑んで、囁く。
「君のそのお化粧とやら、ボクにも施して欲しいんだ」
「……へ?」
 思いもしない申し出に困惑する歌姫を面白そうに眺めながら、アウスはツと伸ばした指で彼女の唇をなぞる。ゾクゾクする感覚。『難しい事じゃないよ』と続く言葉。
「ボクは、どうにも知識欲と言うヤツが激しくてね。目の前に未知のモノがあると、この身で感じて見たくて堪らなくなるんだ……」
 気づくと、手首が握られていた。そのまま掴み寄せられるのは、彼女の左胸。豊かな膨らみ。
「ほら、こんなに昂ぶっている」
 寄せられる顔。眼鏡の奥の亜麻色の瞳の、妖しに過ぎる輝き。
「さあ、収めておくれ。この耐え難きときめきを……」
「あ、あわわ……」
 思わず『女王様……』なんて言葉が漏れそうになったその時。
「あぶなーい!」
「ぶべぇ!?」
 咄嗟に放たれたエリアのドロップキックが、歌姫を魔女の魔手からぶっ飛ばした。
 ガチだったんでダメージ量が凄いが、緊急措置なので無問題。
「ふぉおおお……」
「お姉さま!」
 ピヨってる歌姫に駆け寄ると、エリアは襟首掴んで喚く。
「ほら、早くアイツにお化粧しなさい! 早く!」
「え? で、でも……」
「デモもストもない! やるのよ!!」
 鬼気迫る迫力。実際、切羽詰まっている。
「アイツが自分から『してくれ』って言ってんのよ!? 奇跡よ!? 神の采配よ!? って言うか、モタついて気が変わったとか言われたらどうすんの!? そもそも、仲間に出来なきゃあたしがアイツ殺すわよ!? 殺さない訳にはいかないのよ!? 殺されても殺すわよ!? 道連れ絶対前提よ!? そんな血塗れ大道劇見たい!? 見たいの!? ねぇ!? ねぇってば!?」
「わ、分かった! 分かったからそんな血走った目で迫って来ないで!! 怖い! 怖いからぁあ!!!」
 そんな修羅場を微笑ましそうに眺めるアウス。
 控えめに言って地獄。
「……ねぇ、わたし達、いる意味あるかなぁ……?」
「お前、アレに混ざりたいか?」
「ていかんしゃはしあわせなのですよ?」
「……そだね。あ、お菓子食べる?」
「ありがとなのです」
「サンキュ」
「あー、おいし」
 三人娘が食する音が、ポリポリと響く。

 ◆

「ふ〜む、意外と自我が保てるモノだね。『此方』の洗脳系魔法よりは、人道的と言う事かな?」
「……いや、私の世界じゃそうでもないのよ? ガッツリ自我掌握出来るんだけど……」
「ほう、つまり此の状態は此方の生命体特有の反応と言う事かな? それとも、他種族相手だとまた違うのだろうか? どうだい、姉上殿。もっと広く食指を動かして見ては? どの様な結果が出るか、見て見たい」
「……あのね、貴女。言ってる意味分かってる? 私、悪の怪人なのよ? 冷酷無比外道人外のヴィランなのよ? その私が支配を広げるって、ヤバイ事なのよ?」
「アハハ、全ての真理は清濁併せ飲んだ先に在る。文明の発展の為には、万物万象は必要悪の素材だよ。いけないなぁ、姉上殿。ボクを統べる悪の導師が、そんな些事を気にしちゃあ」
「……あんたソレ、まんまマッドサイエンティストの言動なんだけど? 古今東西あらゆる界隈で災いの元凶に位置される代物なんですけど???」
「おや、ソレは残念な評価だなぁ。ボクとしては目指すのは善悪関係なく跳梁跋扈するトリックスターなんだけど」
 『まだまだ精進が足りないね』等とほざいてアハハと笑うアウス。軽い眩暈など覚えてしまう常識ある悪の人・口紅歌姫。気付くと、こちらを見る他の娘達の視線も何か生温かい。思いっきり思いやられてる感が凄い。
(ま……不味いわ……。このままじゃ私の支配者たる威厳や尊厳が……)
 そんなもん初っ端から存在してなかったと思うのだが、バッサリ否定してしまうのも酷な気がしたとは某風の精霊使い談。
(何とか私の実力を示さないと……)
 思案の果て、ふと神託が過ぎる。悪魔の囁きとも言うが。
(そう! そうよ! この娘達に私の絶対性を示す確実な方法があるじゃない!)
「……何か思いついたみたいだよ?」
「何かしら? 物凄く残念な事になる予感しかしないんだけど」
「奇遇じゃねえか……。オレもだ……」
「むしのしらせがろくでもねーのです」
「ウフフ、楽しみだね」
 等と言い合っている自称・僕達に向き直る。
「貴女達、行くわよ!」
「行くって、何処へ?」
「貴女達に私の偉大さを知らしめてあげられる場所へよ!!」
「…………」
 やっぱり、嫌な予感しかしない。

「あら? 皆さん揃ってどうしたんですか? 授業の開始にはまだ時間がありますよ?」
「あ……はい……」
「おはようございます……」
 ガーデンテーブルで朝のティータイムを楽しんでいた魔法専門学校の講師、ドリアード。雁首揃えて現れた生徒達を見て、小首を傾げる。
 一方、歌姫に連れられて(道程を見て大体察した)霊使い一同。何とも言えない顔(やたら楽しそうな一人除く)で戦闘準備してる大馬k……歌姫を見る。
「ふふふ、さあ見ていなさい。下僕達。今此処で貴女達の師を屈服させて、私の偉大さを思い知らせてあげるわ!」
「あ……そう……」
「ガンバレなー……」
「うん……うん……」
「ライナ女史、救命手当の準備は大丈夫かい?」
「バッチリなのです(棒)」
 全てを諦めた眼差しで、キョトンとしているドリアードに近づく歌姫を見つめる霊使い達。
 仕方なかろう。所詮、人は体験した事でなければ本当の意味で理解する事は出来ないのだから。真の恐怖と痛み、死の気配を知る事は彼女の此れからの人生において決してマイナスにはならない筈である。
 皆はそう、理解していた。偏に主に対する純粋な愛である。決して巻き込まれたくないからほっとくとかではない。決して。
「……何秒持つか賭けるか?」
「……選択肢が一つしかないのに意味ある?」
「……だn」
 ヒータとエリアの会話が終わる前に、皆の横を青白い光の奔流がぶち抜いて地平の彼方まで飛んでった。
「あの〜、この方はどなたでしょうか? ちょっと害意を感じたので念のため……」
 などと仰る先生は椅子に座って紅茶のカップ持ったまま。中の紅茶は水面の一つも揺れてない。その後ろには、ノータイムで召喚された青眼の白龍がぶっ放した爆裂疾風弾の余韻の白煙を流したまま不思議そうな顔。
「あー、いや。別に何でもないっス。先生。手加減感謝っス」
「あはは。この人、其処ら辺ウロウロしてた武芸者さんなの。是非とも先生と手合わせしたいって言うから連れて来たんだけど……」
「やっぱりダメだったねー。あはははは(棒)」
「はあ……」
「そ、それじゃライナたちはこのひとどっかにすててきますのでー」
 言いながら、真っ黒こげ(で済んでる辺り手加減されてる)で転がってる歌姫(だったモノ)を担ぎ上げる霊使い達。
「では先生。どうぞごゆっくり、お茶の続きを」
 そんなアウスの言葉を残し、エッチラオッチラと去る皆。
「可笑しな娘達ですね」
 そう言って、カップを口に運ぼうとした手が止まる。
「はて、そう言えばあの方は……」
 ほんのちょっぴり思案して。
「ああ、そういう事ですか」
 秒で納得。
「なら、本日の授業内容は変更ですね」
 そう言って、優雅にティータイム再開。どっかで闇色の少年がツイテナイ予感にブルッと震えた。

 ◆

「ほらほら、急いで手当てしないと!」
「リリー先生にでも頼めば良かったかなぁ?」
「あのな、今のオレらは一応反社会組織なんだぞ!? 簡単に堅気に頼るんじゃねぇ!」
「っていうかですねー。てあてよりリビングデッドかししゃてんせいつかったほうがはやくないですか? コレ」
 此処は歌姫の根城であるどっかの廃屋。他のメンバーが瀕死の輩の処置に必死になってる間、サラリと場を離れたアウス。周囲にダニポンやゴキポン等をばら撒きながら、隅々までを探索していく。
「ああ、此処だね。ありがとう」
 放った代打バッターの一匹に導かれ、辿り着いたのは書斎。掛かっていた鍵も易々解除し、躊躇する事なく中に入る。
 手近にあった本を手に取り、ペラペラと。
「ふむふむ、中々に興味深いね。折角の機会だし、存分に貪らせてもらうよ」
 悦に入って笑むその顔は、正しく真理の追究、神の御座をあげつらう狂信者。
「対価はしっかり、払わせてもらうからさ」
 未知を貪る彼女の周りで、幾つもの魔法陣が閃き消えた。

 ◆

「え……悪魔聖歌隊の増群を……?」
「そうさ、姉上殿」
 ベッドでヒータの作った葛湯など啜っていた歌姫は、アウスの持ち出した提案に目を丸くした(目ないけど)
「まだ無理があるんじゃねぇか? オレ達だけで何とか出来る連中ならともかく……」
 歌姫のお茶碗に御代わりを注ぎながら、ヒータが言う。
「ほら、熱いから気を付けろよ?」
「ありがとう、美味しいわ。貴女、お料理上手なのねぇ」
「いや、コレしか取り得ねぇからな。大事の前だ。やれる事はやるから、姉貴はしっかり休んでくれ」
(ああ……やっぱりこの娘だけは絶対護ろう……)
 再び心に誓う歌姫。光堕ちが近い。
 絆を深め合う二人を放っておいて、アウスは一枚の紙を取り出す。
「取り合えず、最初に取り込む面子を選んだよ」
「へぇ、どれどれ……」
 覗き込んだエリア達の顔が、見る見る強張る。
「せ……閃刀姫にドラグマの聖女……!?」
「星杯の巫女さんに、ライトロードに氷水……etc……???」
「あ……なんかアルケミックせんぱいもいるのです……」
 しばしの重苦しい沈黙の後、ゴクリと唾を飲む音。ギギギ……と首を回してアウスを見たエリアが、乾いた声で訊く。
「冗談よね……?」
「嫌だなぁ、ボクはいつだって真面目で本気さ♡」
 爽やかな笑顔で返すアウス。
「アンタは馬鹿かぁあああ!!!?」
 ガチギレ。
「アハハ、ボクに向かって馬鹿だなんて。新鮮だなぁ」
「やかましいわコノデカパイ眼鏡ド畜生が!!!」
 アウスの襟首引っ掴んで怒鳴るエリア。淑女が口にしていい言葉ではないが如何せんブチ切れてるから仕方ない。
「何じゃこの面子! どいつもこいつも背後が超絶ヤバイガチ連中やんけ!! 何か!? ワシらに死ねっちゅうんか!!?」
 ブンブンと頷くウィンとライナ。こないだ死線を潜ったばかりなのに、何でまた棺桶に片足突っ込まねばならんのか。
「だからだよ。彼女達を取り込めば、必然的に背後の組織及び軍事力も掌握出来る。ボク達みたいな弱小組織が手っ取り早く戦力を充実するには最適解だと思うけど?」
「ふーん、成程。完璧な作戦ねぇ。不可能って事を除けばねぇ!!!」
「そうだよ。幾らわたし達が魅了(チャーム)の効果持ってても、限度ってモノがあるよ」
「ぶっちゃけ、アルケミックせんぱいにてだしたじてんでシャイニートせんぱいのアーゼウスにひねりつぶされるみらいしかみえないのです」
 憤激で今にも過呼吸起こしそうなエリアをなだめながら、ウィンとライナも口々に。なんぼ蘇生方法が豊富な世界とは言え、好き好んで死にたい輩なぞいないに決まってる。
「ああ、心配しないでおくれ。大事な君達を真っ向から危険に晒す訳ないじゃないか。ちゃんと作戦を考えてるよ。これから説明するから……姉上殿、ヒータ女史。君達もこっちへ」
 ほのぼのと睦み合ってた歌姫とヒータも、何々と輪に加わる。そして、アウスの説明が始まった。
 最初は良かった。皆『ふむふむ』とか『成程』とか言いながら聞き入っていた。けれど、話が佳境になるに連れて、皆の様子が変わっていく。
 肌から血の気は下がり、目は見開き、身体は瘧に罹った様に震え始める。尋常な様子ではない。何なら歌姫様も同じ状態。
「な……何よ……コレ……」
 ウィンが計画書から目を背け、ライナが口を抑えてトイレに走り、ヒータが腰から崩れ落ち、歌姫が生まれて二回目の異世界転生を何とか耐えた所でついにエリアが口を開く。
「あ……あん、あん、た……コレを……コレをやれって言うの……? コレを、あたし達に!?」
「そうだよ? 何か問題でもあるかい? 君達の安全は完璧に確保されてる。それでいて、相手に逃れる手段は皆無。無問題、だろ?」
「ば……馬鹿言わないで……こんな事……こんな事するくらいなら……いっそ……いっそ!」
「ボク達に、舌を嚙み切る権利なんてあると思うかい?」
 冷たく放たれた言葉に、エリアがグッと言葉に詰まる。
「分かってるだろ? ボク達は姉上殿……偉大なる口紅歌姫様の僕。ボク達に選択権なんてありゃしない。全ては姉上殿のため……歌姫様の意思さ」
「……は?」
 こっそりえづいてた歌姫。ポカンとする。
「そ、それは……」
「諦めるんだ。受け入れるんだよ。ボク達は歌姫様の傀儡。歌姫様の理想はボク達の理想。ボク達の罪は、歌姫様の罪」
「あ、あの……ちょっと?」
 あからさまに狼狽えるが、誰も聞いてくれない。
 震えるエリアの顎を指で撫でながら、アウスは囁く。
「さあ、堕ちようじゃないか。エリア女史。皆で、歌姫様の理想へ。歌姫様の罪に溶ける事こそ、ボク達の幸福なのだから……」
「いや、あのね? 私、別にそこまで……ってか、私? 私のせいなの???」
「分かった! もう言うんじゃねぇ!!」
 オロオロする歌姫の横で、ヒータが叫ぶ。立ち上がり、エリアを嬲るアウスにツカツカと近づくと、悪鬼の様な形相で襟首を掴んで自分の方を向かせる。
 脱力した様に崩れ落ちたエリアが、糸が切れた様に泣き始める。
「確かに、オレ達は姉貴の僕だ。それ以外の生き方はねぇし、オレも約束したばかりだ」
 ニヤニヤと笑むアウス。邪悪と言う言葉の、具現。それに、ヒータはガツンと額をぶつける。
「だから、乗ってやる。その、反吐みてぇな作戦に。テメェの為じゃねぇ。姉貴の為だ! そして……」
 ぶつけ合う額が、ギリギリとせめぎ合う。笑う悪意と、戦慄く憤怒。
「全部……全部終わったら、オレがテメェを殺す……エリアやウィンやライナの分も背負って、テメェを殺す。そしてオレも死んで、地獄まで付き合ってやる!」
「ああ、君と二人でコキュートスをランデブーかい? 素晴らしいね。蕩けそうだよ。是非とも、お願いするよ」
 心から嬉しそうに言うアウス。手を放し、崩れ落ちるヒータ。やがて、エリアの嗚咽に別の嗚咽が重なる。皆が泣いていた。エリアも。ヒータも。ウィンも。いつの間にかトイレから戻ってたライナも。
 少女達のすすり泣く声の中、呆然としていた歌姫は視線に気づく。
 一人佇んでいたアウスが、彼女を見ていた。
 少女の姿をした、悪魔が告げる。
「さあ、始めようじゃないか。姉上殿。貴女の望んだ、天に唾棄する甘き愚行を」
「あ……あ、あ……」
「さあ……」
 眼鏡の奥の、笑みが告げた。

 ――逃 げ ら れ な い よ――と。

 ◆

「――さて」
 空になったカップを置いて、ドリアード先生はシャラリと立ち上がる。
「ダルクさんを、呼んできてくださいな」
 主人の願いを聞いたスロワースワローが、大空高く昇って消えた。
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