月曜日、「半分の月がのぼる空」二次創作掲載の日です。
今回の話は前作「輪舞 ―Rondo of Lives―」から派生した話で、冒頭での文脈が一部かぶっています。前記の様に、半ば思いつきで書いた作品なので、山なし谷なしオチなしな仕様となっています(笑)そこの所御了承くださいませ。
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不如帰 ―Voice of reporting in summer―(前編)
その日は、久しぶりに雨のないだった。
長かった冬があけ、春が来て、さらに数ヶ月。例年通り、律儀にやって来た低気圧の団体が、湿った空気とうっとおしい雨を振りまき続ける、梅雨。
だけど、毎日の様に降りつづけていた雨も今日は休業日らしい。
空はどんよりと曇ってはいたけど、雨を落とすのは辛うじて踏み止まっているようだった。
まぁ、それでも鬱陶しい空模様であることに代わりはない。
いつ泣き出すかもしれないその下を、僕達は自転車で駆けていた。
錆だらけのペダルが、ギイギイと重く軋む。
まるで、今にも泣き出しそうな空に不平でも言うかの様だ。
ケキョッキョキョキョキョキョッ、キョキョキョキョッ
そんなペダルの音に合わせる様に、何処からともなく軽快な声が響いてきた。
毎年、今頃になると聞こえてくる声。多分鳥なんだろうけど、その姿を見た事はない。何なんだろうな、あれ。
ペダルをギコギコと漕ぎながら、ぼんやりそんなことを考えていたら、
「ホトトギスだ。」
後ろからそんな声が飛んで来て、いささかギョッとした。まるで、僕の思考を読んだ様なタイミングだ。
まさか、気付かないうちに独り言なんて言ってたわけじゃないよな?それって、ちょっとハズいぞ。
下らない心配をしつつ、そっと後ろを見やる。
廻った視界に、風になびく綺麗な髪が踊った。
荷台にちょこんと座った少女―里香は、その長い髪を揺らしながら、視線を遠い空へと泳がせていた。
こっちを気にしてる様子がない所を見ると、僕のささやかな心配は杞憂だった様だ。
いささかほっとしながらその横顔を見つめていると、視線を察したのか不意に彼女がこちらを向いた。途端、その目が怪訝そうに細まる。
「何?」
「あ、いや。」
「運転中に、よそ見しない!!コケたりしたら、どうする気?」
怒られた。いきなり。
「だ、大丈夫だって。このくらいで・・・。」
「大丈夫じゃない!!」
咄嗟に出そうとした言い訳が、その体を繕う前に一蹴される。まったくもって、にべもない。
「コケたら、あたしも一緒なんだから!!」
いつかも聞いた台詞。
いやいや。そんな心配はないぞ。お前を乗せてる時は、どんな事があったって・・・。
「いいから前!!ちゃんと見る!!」
「う、うす!!」
怒鳴られて、慌てて視線を戻す。
・・・格好もつけさせてもらえません・・・。
キョキョキョッ、キョキョッ
「あ、また鳴いてる。」
再び聞こえてきた声に、里香が視線を宙に戻した。
「何処で鳴いてるのかな?」
その姿を探しているのか、キョロキョロしている。
とりあえず、もう怒ってない様なので声をかけてみる。
・・・ちゃんと、前は見てるぞ。
「えっと、何だって?」
「何が?」
「あの声。何とかって、言ったろ?」
「ホトトギス。」
聞き覚えのある名前だ。それって、あれか?信長とか家康が“鳴かぬなら〜”って詠ってた・・・。
「そう、それ。よく知ってるね。裕一なのに。」
撲の言葉を聞いて、里香はわざとらしく感心した様なふりをした。
馬鹿にすんな。それくらい、小学生だって知ってるだろ。だいたい、裕一なのにってなんだ!?人を馬鹿の代名詞みたいに言うな!!それじゃ、事あるごとに「の〇太のクセに!!」って苛められる、某国民的漫画の主人公みたいじゃないか!!
などと僕が怒ると、里香は急に真面目な調子で言った。
「当たり前じゃない。〇び太っていざって時には意外と根性あったり、妙なひらめきがあったりするんだから。裕一みたいのといっしょにしちゃ、失礼だよ。」
「・・・。」
なんたる言い草か。僕が絶句していると、さらに「駄目だなぁ、裕一。身の程は、ちゃんと知っとかないと。」などとと付け加えて、ケタケタ笑った。
・・・この女、どうしてくれよう・・・。(いや、どうもしないんだけどさ・・・。)
キョッキョ、キョキョキョキョッ
僕らの馬鹿なやり取りなど何処吹く風と言った態で、またあの声が響いてきた。どうやら、自転車に平行する様に道沿いの林の中を移動しているらしい。
すると里香が笑うのを止めて、「もうすぐ、夏なんだねぇ」とポツリと言った。なんか、やけにしみじみとした声だ。
「何だよ、急に。」
「んー。ほら、ホトトギスって夏の鳥だから。俳句なんかでも、夏の季語でしょ。」
そうだっけ?
「芭蕉の“ほととぎす大竹藪を漏る月夜”とか、蕪村の“ほととぎす平安城を筋違に”とか・・・。知らない?」
すいません。知りません。
「やっぱり、裕一は裕一だなぁ・・・。」
などと言って、はぁ、と溜息をつく。
「裕一に、教養ある風情なんて求めたあたしが馬鹿だったか。」
あのな、そんなもん、勝手に求められても大概の人が困ると思うぞ。・・・多分。
憮然とする僕を他所に、「あのね」と話を続ける。
「ホトトギスって、渡り鳥なの。冬の間はインドとかタイとかの方にいるんだけど、繁殖のためにこの季節にだけ、日本に渡って来るんだって。それも、繁殖が済むとまたさっさと帰っちゃうらしいから、本当に今頃の、夏の始めだけの鳥。他の季節には、いないんだよ。」
「へぇ、そうなのか。」
「そう。」
「詳しいんだな。」
撲が感心すると、少し得意そうにふふっと笑う。
「うん。昔ね、パパが元気だった頃、家族でピクニックに行ったの。その時、やっぱりあれが鳴いてて、あたしがあれは何って訊いたら、パパが教えてくれた。」
ああ、なるほど。里香があの鳥に関心を持つ理由が分かった。
父親絡みの記憶。彼女にとって、一番大事で、幸せな思い出の一片。
こうして父親に関する思い出を話す時の里香は、本当に嬉しそうだ。まるで小さな子供に戻った様に、ニコニコと笑う。
その笑顔を見ていると、一緒に嬉しくなると同時に、ちょっとジェラシーを感じなくもない。故人に、それも恋人の父親にやきもちなんてどうかとも思うけど、それでもたまに思ってしまう事はある。
彼が、里香の内に遺していったもの。何年経っても、色褪せる事のない宝石の詰まった宝箱。それに値するものを、僕は彼女の心に残せているのだろうか。残してあげられるのだろうか、と。
「ねぇ、裕一。」
「ん?」
「裕一は、見たことある?」
「何を?」
「ホトトギス。声じゃなくて、そのもの。」
「いや。見た事ないぞ。」
っていうか、どんな鳥かも分からないし。
撲の答えに、里香はいささか落胆した様な調子で「やっぱり」と言った。
「あたしも。図鑑とかじゃ見たことあるけど、本物は全然。いっつも、声だけ。」
言って、もう一度宙を仰ぐ。
「見てみたいなぁ。」
「見たいのか?」
僕の問いに、うんと頷く。
「パパも、二、三回しか見たことないって言ってた。わたしにも何回か見せてくれようとしたことがあるんだけど、鳴くとすぐ飛び立っちゃうから。」
「・・・ふぅん。」
そんな彼女の話を聞きながら、僕はしばし考えて、そして―
「里香、止めるぞ。」
「え?」
返事を聞くと同時に、自転車を路肩に寄せて静かにブレーキを入れる。雨足が来る前に帰ろうとしていた自転車が、キキィッと不満気な声を上げて止まった。
「どうしたの?」
荷台から降りながら、里香が尋ねてくる。
「見ようぜ。」
「は?」
訝しげな顔をする彼女に、自転車のカゴに突っこんだリュックをゴソゴソさぐりながら答える。
「ホトトギス。」
やがて僕がリュックから引っ張り出したモノを見て、里香は目を丸くした。
続く
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