こんばんは。お久しぶりの土斑猫です。
そして、本当に久しぶりのSS掲載です。
ジャンルはこれまた久しぶりの「半分の月がのぼる空」。
今回の作品は、2013年にコミケで販売された半月同人誌に掲載された睦月ねこはちさんの作品の原作として執筆させていただいたものです。
それなりの時が経ち、このままデータの塵の中に埋もれさせておくのももったいないと言う事で、睦月氏の許可を得た上で、公開する事にしました。
数年前の作品であり、現在の作風とは些か異なるかもしれませんが、お楽しみいただければ幸いです。
「真夏の夜の悪夢」
里香は虫が嫌いだ。
どのくらい嫌いか、説明してみよう。前にいっしょに五十鈴川に行った事がある。その時、面白半分にカゲロウの幼虫を見せようとしたんだ。そうしたら、里香はどうしたと思う?あいつ、そこらの石を投げつけてきたんだ。それも、本気のマジ投げだ。もし当たってたら、怪我どころか死んでいたかもしれない。全く、とんでもない話だ。
とまあ、そんな事があったくらい、大嫌いなのだ。
そんな里香にとって、虫の多い夏(この季節)はあまり心安い季節とは言い難いらしい。
これは、そんな夏の日に起こった話だ。
「裕一」
ヒグラシが鳴く、茹だる様に暑い夏の日の金曜日。学校の帰り道で里香が声をかけてきた。
「ん?何だ?」
聞き返すと、こんな事を言ってきた。
「今晩、ママ夜勤でいないの」
「え?そうなのか?」
僕の言葉に頷く里香。何か、モジモジしている。どうも、様子がおかしい。そんな僕の疑念に答える様に、里香は次の言葉を放った。
「だからね......」
「うん?」
「今晩、家に泊まって」
最初、それらの単語が脳みそに浸透するのに数秒がかかった。さらに、内容を理解するのに数秒。そして、それが含むであろう意味に気が付くのに数秒。そして――
ギキキキィイイイイッ
錆びたチェーンが悲鳴を上げる。危うく、自転車がひっくり返りそうになった。
「危ないじゃない!!何やってるの!?裕一の馬鹿!!」
荷台に乗っていた里香が、ギャアギャアと怒鳴る。けれど、僕の方はそれどころではない。まだ心臓がばくばく言っている。当然、自転車がひっくり返りそうになったのとは別な理由でだ。
「な......何、言い出すんだよ!?急に!!」
エアーの切れた水槽の金魚みたいに、口をパクパクさせながら訊き返す。そんな僕を、里香がジト目で睨んだ。
「裕一、何赤くなってるの?」
「いや、何ってお前......」
「変な事、考えたでしょ?」
「だって......」
「エッチ!!」
「.........」
ぐうの音も出ない僕だった。
「じゃあ、一体何だってんだよ?」
改めて僕が訊くと、里香は少し恥ずかしそうに顔を伏せながらこう言った。
「......一人でいるの、嫌なんだもん」
「はあ?お前そんなに臆病だったか?」
半ば呆れる僕を、口を尖らせながら目だけで見上げる里香。何か、可愛いな。
「だって......」
「だって?」
「虫が出るんだもの」
里香曰く、夏になってから家の中で何やら気配を感じるのだと言う。
台所の隅に。
廊下の暗がりに。
部屋の本棚の裏に。
明かりを点けた瞬間に、サササッと物陰に隠れる影を見た。
暗い部屋の中で、カサカサと蠢く足音を感じた。
深夜の廊下から、ブブブと響く羽音を聞いた。
等々。
......よくもまあ、そんな些細な事に気がつくものだ。嫌いなものほどよく目に付くというから、そういうものなのかもしれないけど。
とにかく、そんな家に夜一人でいるのは嫌だから、泊まれというわけだ。って言うか、可能であれば退治して欲しいとの事。(どうやらおばさんもその手のが苦手で、手が出せないらしい)
まあ、僕としてはやぶさかではない。話から察するに、件の曲者の正体はゴキブリと見て間違いないだろう。僕にとってはまぁ、どうという事ない相手だ(好きとか得意とかいう訳じゃないけど)ここらで一つ、男の威厳というものを里香に見せておくのもいいかもしれない。大体、里香を夜一人にしておくのも心配だし。僕は、二つ返事で了解した。
......いや、別に変な事を考えてる訳じゃないからな!!
その日の夕方、僕は山西の所に泊まりに行くと言って里香の元へと向かった。母親は僕の言葉をそのまま信じた様で、アッサリと外泊を了承してくれた。せいぜい、向こうの親御さんに迷惑をかけるなと釘を刺されたくらいだ。親を欺く事になったが、大義のためである。仕方のない事だ。
「いらっしゃい」
玄関の戸を叩くと、そんな言葉と一緒に里香が顔を出した。夕食の準備をしていたらしく、可愛いエプロン姿だ。
これを見れただけでも、今日来たかいがあるというものだ。
ゴキブリ、グッジョブ。
この家の何処かにいるそいつに向かって、僕は心の中で親指を立てた。
しかし、世の中が一人の小僧に対してそんなに好意的な訳が無い。僕の浮ついた気持ちは、そう長くは続かなかった。
「......あちぃ......」
髪をグッショリと濡らす汗を拭いながら、僕は呟いた。
そう。里香の家の中は猛烈に暑かった。天気予報のお姉さん曰く、今夜は熱帯夜。
なのに、里香は家中の窓を閉め切っていた。そして、ついでに言うと夕食は熱々のシチューだったりする。それを、僕は汗だくになってすすっていた。取り敢えず扇風機は回っているものの、この猛暑の中ではただ生温い空気をかき混ぜているだけに過ぎない。
「な......なあ、里香......」
「何?」
「窓......開けないか?」
「駄目」
「な......何で......?」
「虫が入ってくるもの」
「虫って、網戸入ってるだろ?」
「網戸してても、小さな虫は入ってくる」
「でも......」
「駄目」
「はい......」
等の本人は慣れているのか、平然としている。
辟易しながら、僕は今夜の不眠を覚悟した。
続く
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