2015年01月28日
やっと書けた! 出産体験記 その4 出産2 &産後の処置
こんばんは!出産体験記 第4弾です。
長くなってしまいました、申し訳ないです。
なんか色々書きたいことが出てきますね。
その1 病院にいくまで編
その2 分娩室に入ったよ編
その3 吸引することにしたよ編
吸引分娩をすることにした私、
そのときの様子を書いてたら、吸引分娩が始まる前までしか
書けなかった、うっかり。
ではでは、吸引分娩スタートです!!
とうとう始まった、吸引分娩。
先生が「いきんで!」というタイミングに合わせて
いきみます。
はい、いきんだ!
「方向が違う!!」
方向って何だ!?
なんか、いきむ方向があるらしい。
が、よくわからないので、膣の辺りに
意識を置いていきんでみる。
「もう一回!」
あ、合ってたみたい。
何度か、いきんで。
看護師さんの
「はい!もう楽にしていいよ!」
で、すっと力を抜く。
やっと頭が出てくれたようだ。
ここはあんまり覚えていないけど、
私は今までいきんでいたのが嘘のように
力を抜いてだらっとしてた。
看護師さんたちは、何か手を叩いて
歌っていた・・・気がする。
思い出せなくて調べてみたら、
呼吸法を教えてもらってたようだ。
「はっはっはっはっ」っていう一定のリズムで
呼吸するようにと確か言われた気がする。
それを、手を叩きながら複数人でやってくれていたみたい。
その当時はなんとなく、天使が降りてくる教会みたいな
イメージが頭をよぎったのは覚えている。
なんだか神秘的でした。
そしてついに、やーが誕生!!!
おぎゃーと泣き出すやーさん。
体重は3960グラム。
でかい。
そりゃー出てこない。だって小さいクスコを使うように
カルテに書かれる私だもの。
産まれたと聞いてすっ飛んでくるダンナ。
そしてダンナが来るまでの間に、
・へその緒を切られて
・切開した会陰を縫合して
・胎盤を出した
をしているはずなんですが、
へその緒は全然覚えてなくて、
会陰を縫うのは、尻のほうまで縫われて
麻酔あんま効いてなくて痛かったから覚えてて、
胎盤は、出した記憶がない。
よく聞く、お腹押されたりとかはしていません。
いつ出したのかな〜?全く謎。
子宮収縮の注射を右手に打たれたことは
はっきり覚えているんですが。
産まれるまでのことは良く覚えてたんですが、
やっぱ産まれた後のことは、やったーよかったかわいいわーとか
やってる間に終わってくということなのかもしれない。
胎盤出す後産のほうが大変だったって知り合いに聞いてたのでビビッてたんですが
記憶に残らないほどなんともなかったです^^;
ここで、ダンナが先に抱っこしたらしいんですが
私は覚えていません。
まぁ、どっちでもいいっちゃいいんですけど
私の中では私が先に、ということにしておこう。
その後、やーに体調を見る機械をつけて
カンガルーケア開始。
ここでダンナが写真を撮ってくれました。
胸に乗せられてほぎゃほぎゃしているのが
すごくかわいかったのですが、
あごのちょっと下に頭があったので
全然顔が見えません。
どんな顔してんだ、うちの子は!
このときは本当に見えなかった・・・
けど、幸せ〜なひとときでした。
1時間カンガルーをしておしまい。
やーは新生児室へ。
たまたまなのか、わかっているのか、
胸から下ろされたときに、すごく泣いていた。
姿が見えなくなるまで泣いていた。
私のこと認識してくれてるのかな?
だとしたらうれしい。
そして、病院から病室をどこにするか聞かれた。
普通のグレードの部屋は11時まで空かなくて
一番高い部屋はすぐに入れる、とのこと。
ダンナが母を呼んでくれていて
9時ごろから待合室でスタンバっていることを
考えると、早く病室を確保したほうがいいように
思えたので、一番高い部屋に。
じゃあ病室行くぞー!ってなったんですが、
体を起こせませんでした。
どうやら失血のせいでした。
あとで母子手帳見たら出血量1820ccって
記録してあったんですけど
これって本当なんだろうか?
よくわからないのですが、
そんなに出たら、普通死なないか?
輸血とかいらないのかな?
輸血はなしで、私は分娩室で休み。
ダンナは母と病室へ。
休んでいたら、体が寒くて寒くて震えてきた。
これやばいなと思って体を丸める。
顔色真っ青だったらしい。
失血って怖いと思いました。
出産は本当に命がけですね…。
いつの間にか眠っていたらしく
はっと目が覚めました。
30分ほど眠っていたらしい。
そしてまだ寒いので縮こまっていると
朝ごはんを食べるかどうかを聞かれた。
私は昨夜から入院扱いだったので朝ごはんが出ていた。
ダンナは手をつけなかったので、
「11時に破棄になり、もうその時間なのですが
どうしますか?」
と聞かれました。
私は、分娩台で朝ごはんを食べました。
もう11時だから、ブランチなのかな。
ヨーグルト、パン2つ、サラダ、スープ
オムレツ、牛乳、なんかがあったと思います。
糖分を取って回復しなければ!と
ヨーグルトからいただく。
食べているうちにお腹がすいてきたので
もうちょっと、もうちょっと…
と食べている間に、完食。
人生で、一番印象深い朝ごはんです。
しかし分娩台で食べてもよかったのか?
ごはんを食べて少し回復してきたので
車椅子で病室に。
ダンナと母に出迎えられて、
なんだか安心したのを覚えています。
ここでちょっと後悔したのが
朝ごはんを食べたおかげで
お昼ごはんをほとんど食べられなかったこと。
すべてのおかずを一口ずつ食べて終わりで
あとはダンナにお願いしました。
お昼もおいしかったです。全部食べたかったなー。
出産が無事に終わって、ほっとひと息。
母も一旦帰り、ダンナも一旦帰りました。
ここで出産はひと段落、出産記もひと段落です。
ながーーーい文章なのに、お付き合いいただいてありがとうございました。
どなたかの参考になれば嬉しいです。
今度は、入院中の生活記でも書こうかしら??
長くなってしまいました、申し訳ないです。
なんか色々書きたいことが出てきますね。
その1 病院にいくまで編
その2 分娩室に入ったよ編
その3 吸引することにしたよ編
吸引分娩をすることにした私、
そのときの様子を書いてたら、吸引分娩が始まる前までしか
書けなかった、うっかり。
ではでは、吸引分娩スタートです!!
とうとう始まった、吸引分娩。
先生が「いきんで!」というタイミングに合わせて
いきみます。
はい、いきんだ!
「方向が違う!!」
方向って何だ!?
なんか、いきむ方向があるらしい。
が、よくわからないので、膣の辺りに
意識を置いていきんでみる。
「もう一回!」
あ、合ってたみたい。
何度か、いきんで。
看護師さんの
「はい!もう楽にしていいよ!」
で、すっと力を抜く。
やっと頭が出てくれたようだ。
ここはあんまり覚えていないけど、
私は今までいきんでいたのが嘘のように
力を抜いてだらっとしてた。
看護師さんたちは、何か手を叩いて
歌っていた・・・気がする。
思い出せなくて調べてみたら、
呼吸法を教えてもらってたようだ。
「はっはっはっはっ」っていう一定のリズムで
呼吸するようにと確か言われた気がする。
それを、手を叩きながら複数人でやってくれていたみたい。
その当時はなんとなく、天使が降りてくる教会みたいな
イメージが頭をよぎったのは覚えている。
なんだか神秘的でした。
そしてついに、やーが誕生!!!
おぎゃーと泣き出すやーさん。
体重は3960グラム。
でかい。
そりゃー出てこない。だって小さいクスコを使うように
カルテに書かれる私だもの。
産まれたと聞いてすっ飛んでくるダンナ。
そしてダンナが来るまでの間に、
・へその緒を切られて
・切開した会陰を縫合して
・胎盤を出した
をしているはずなんですが、
へその緒は全然覚えてなくて、
会陰を縫うのは、尻のほうまで縫われて
麻酔あんま効いてなくて痛かったから覚えてて、
胎盤は、出した記憶がない。
よく聞く、お腹押されたりとかはしていません。
いつ出したのかな〜?全く謎。
子宮収縮の注射を右手に打たれたことは
はっきり覚えているんですが。
産まれるまでのことは良く覚えてたんですが、
やっぱ産まれた後のことは、やったーよかったかわいいわーとか
やってる間に終わってくということなのかもしれない。
胎盤出す後産のほうが大変だったって知り合いに聞いてたのでビビッてたんですが
記憶に残らないほどなんともなかったです^^;
ここで、ダンナが先に抱っこしたらしいんですが
私は覚えていません。
まぁ、どっちでもいいっちゃいいんですけど
私の中では私が先に、ということにしておこう。
その後、やーに体調を見る機械をつけて
カンガルーケア開始。
ここでダンナが写真を撮ってくれました。
胸に乗せられてほぎゃほぎゃしているのが
すごくかわいかったのですが、
あごのちょっと下に頭があったので
全然顔が見えません。
どんな顔してんだ、うちの子は!
このときは本当に見えなかった・・・
けど、幸せ〜なひとときでした。
1時間カンガルーをしておしまい。
やーは新生児室へ。
たまたまなのか、わかっているのか、
胸から下ろされたときに、すごく泣いていた。
姿が見えなくなるまで泣いていた。
私のこと認識してくれてるのかな?
だとしたらうれしい。
そして、病院から病室をどこにするか聞かれた。
普通のグレードの部屋は11時まで空かなくて
一番高い部屋はすぐに入れる、とのこと。
ダンナが母を呼んでくれていて
9時ごろから待合室でスタンバっていることを
考えると、早く病室を確保したほうがいいように
思えたので、一番高い部屋に。
じゃあ病室行くぞー!ってなったんですが、
体を起こせませんでした。
どうやら失血のせいでした。
あとで母子手帳見たら出血量1820ccって
記録してあったんですけど
これって本当なんだろうか?
よくわからないのですが、
そんなに出たら、普通死なないか?
輸血とかいらないのかな?
輸血はなしで、私は分娩室で休み。
ダンナは母と病室へ。
休んでいたら、体が寒くて寒くて震えてきた。
これやばいなと思って体を丸める。
顔色真っ青だったらしい。
失血って怖いと思いました。
出産は本当に命がけですね…。
いつの間にか眠っていたらしく
はっと目が覚めました。
30分ほど眠っていたらしい。
そしてまだ寒いので縮こまっていると
朝ごはんを食べるかどうかを聞かれた。
私は昨夜から入院扱いだったので朝ごはんが出ていた。
ダンナは手をつけなかったので、
「11時に破棄になり、もうその時間なのですが
どうしますか?」
と聞かれました。
私は、分娩台で朝ごはんを食べました。
もう11時だから、ブランチなのかな。
ヨーグルト、パン2つ、サラダ、スープ
オムレツ、牛乳、なんかがあったと思います。
糖分を取って回復しなければ!と
ヨーグルトからいただく。
食べているうちにお腹がすいてきたので
もうちょっと、もうちょっと…
と食べている間に、完食。
人生で、一番印象深い朝ごはんです。
しかし分娩台で食べてもよかったのか?
ごはんを食べて少し回復してきたので
車椅子で病室に。
ダンナと母に出迎えられて、
なんだか安心したのを覚えています。
ここでちょっと後悔したのが
朝ごはんを食べたおかげで
お昼ごはんをほとんど食べられなかったこと。
すべてのおかずを一口ずつ食べて終わりで
あとはダンナにお願いしました。
お昼もおいしかったです。全部食べたかったなー。
出産が無事に終わって、ほっとひと息。
母も一旦帰り、ダンナも一旦帰りました。
ここで出産はひと段落、出産記もひと段落です。
ながーーーい文章なのに、お付き合いいただいてありがとうございました。
どなたかの参考になれば嬉しいです。
今度は、入院中の生活記でも書こうかしら??
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