2020年01月31日
オッサンのDream Journey(昔の人はエライ! 東海道五十三次 土山宿〜坂下宿)
土山宿から坂下宿間は、約二里半あります。
道の駅土山から出発します。街道をゆくと海道橋に差し掛かります。これは、木造の橋で2005年に竣工された物で当時の板橋を再現しているそうです。車で渡る事は出来ない様なので、車の場合は国道1号に迂回しないといけません。
国道1号に出て鈴鹿方面に進むと、途中国道から少しそれた所に、蟹塚があります。蟹ヶ坂飴の伝説が残る処です。古戦場にもなっていたようです。
蟹塚から少し行くと、猪鼻交差点には、あいの土山公園がありますが、調べてみても何も分かりません。この辺りに立場が有ったのではないか?と思います。猪鼻は、休憩場所として栄え、草餅や強飯が名物だったそうです。
猪鼻から少し行くと、山中一里公園地に着きます。此処は、国道1号、旧東海道、第二名神高速が交差する場所です。程なくして鈴鹿馬子唄の碑が有ります。
馬子唄の碑から、暫く国道1号を進むと鈴鹿トンネルの手前に万人講常夜燈が立っています。万人講常夜燈は、江戸時代金毘羅参りをする人々が、道中の安全を祈願して建立された物です。トンネル工事の際に現在の場所に移設されたということで、土山側からの峠の入り口の役割を負っているのかもしれません。
トンネルを出て少し行くと、鈴鹿峠関宿側登りと、石碑があるのではないか?と思うのですが国道1号を反れて、山道を行かなければならない様で、車も使えそうにありません。実際、そこへ行くことが可能かどうかですね!元は、この辺りが坂下宿の中心だったそうです。
トンネルを抜けると、三重県に入ります。国道とは言え、九折の急なカーブが続きます。鈴鹿峠の坂下側は、八町二十七曲と言われるほど急な曲道の続く険しい道だったと言われます。
トンネルを通らず旧東海道を行くと、芭蕉の句碑もあるようですが。行ける様な処なのかどうか?分りません、多分、車は行けないのではないでしょうか?
鈴鹿川に沿って、国道1号を進み、途中国道を反れ、街道に入ります。いよいよ坂下宿です。
坂下宿は、江戸から見ると鈴鹿峠を控えた宿場町として賑い、鈴鹿馬子唄では「坂の下では大竹小竹 宿がとりたや小竹屋に」と唄われていました。大竹やとは、本陣の1つで、小竹屋は脇本陣だそうで、小竹屋には庶民も止まっていたそうです。
次回は、関宿を目指します。
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