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2020年05月06日
オッサンのDream Journey(昔の人はエライ! 東海道五十三次 藤枝宿〜岡部宿)
今回は岡部宿を目指します。一里二十九丁(約5.5Km)の道のりです。
岡部宿、西の入り口ですが市役所の岡部支所の近くにある桝形跡辺りかと思われます。
藤枝宿と岡部宿の間には、須賀神社、鬼島一里塚、横内橋、慈眼寺、岡部の松並木、五智如来、などが有ります。
藤枝宿を出発し少し行くと、須賀神社です。境内には、樹齢500年とも言われる大楠が有ります。根回り15.2ⅿ樹高23.7ⅿと言う大きさで県の天然記念物との事です。
須賀神社を過ぎて行くと、鬼島一里塚に差し掛かります。民家の前に標識だけがある様です。
その先、少し行くと横内橋が有ります。横内橋は朝比奈川に架かる橋ですが、この地域は文禄年間豊臣家家臣池田孫次郎輝利が村人に河川改修を指導し白髭神社を祀り開村した地域だそうです。
その先には、慈眼寺が有ります。西了山 慈眼寺は慶長年間、横内村が開村したのを機に、先祖の菩提供養の為に新寺を建立する機運が高まり開創された寺院だそうです。
慈眼寺から少し行くと、松並木に差し掛かります。岡部の松並木と言われ、大事にされているとの事です。
その先に、五智如来が有ります。元は、寛永年間に開山したといわれる誓願寺に安置されていたそうですが、それを現在の場所に移し,公園として整備されています。五智如来像は田中城主が誓願寺に病気平癒の祈願をしたところ成就し、そのお礼として寄進されたとの事です。五智如来は5体で1組ですが、もう1組明治の中頃に作られています。
直ぐに桝形跡に到着です。此処が岡部宿の入り口にあたります。
江戸から21番目の岡部宿は、五十三次が整備されて、一年遅れで設立された規模の小さな宿場でしたが、寛永年間に参勤が制度化されたことにより宿場業務が増大し隣接する内谷村新町が加宿されました。
岡部宿には、問屋場跡、姿見の橋、高札場跡、岡部宿内野本陣跡、旅籠柏屋などの史跡が有ります。
宿場に入り進むと、街道には問屋場跡、高札場跡、本陣跡などの碑が点在しています。
問屋場跡と高札場跡の間に有るのが、姿見の橋です。この橋は小野小町が景色を眺めていて、下を見ると水に映った自分の顔に老いの身を嘆いたという橋だそうです。確か「丹後LEGEND of sevens Princess」では、丹後で亡くなったはずですが、小町伝説は至る処に有ります。こちらの伝説はどういった言い伝えが有るのでしょうか?
本陣跡を過ぎると、旅籠柏屋になります。柏屋は岡部宿を代表する旅籠でした。1998年に国の登録有形文化財に登録されたとの事で現在、建設当時の姿が再現され歴史資料館となっているそうです。この先岡部川辺りが東の入り口らしいです。
さて、岡部宿での御馳走を探したのですが、ご当地グルメとなるものは見つかりませんでした。
次は、鞠子宿を目指します。距離にして一里二十九丁(約8.5Km)の道のりです。