2010年03月17日投稿。
尋ねてみた。
貴方はどうして私と一緒にいてくれるのかと。
すると貴方は答えた。
「この世の中で、君を愛する人は星の数ほどいるだろう? でも、僕を愛してくれる人は、世界で君一人だから、」
だから、僕は君の傍にいるんだよ。
貴方は笑った。悲しそうな瞳で。けれど、それを見て、とても、美しいと思った。
この世界は歪んでいるから。
それは雨上がりの夜だった。
仔猫のようにうずくまって、泣きそうな瞳で、縋るような視線を投げかけてきた、貴方。
その瞳に、言いようのない不安を覚えたのを、今でも思い出せる。思い出すだけで身震いするような、そんな感覚。それを不安と呼ぶのかなんと呼ぶのか、私はよく分からない。ただ、不安だった、ような気がする。
「貴方、何してるの?」
全身を雨の雫で濡らし、うずくまったまま。何も言わない。ただ、こちらを見つめてくるだけ。
「ねぇ、何をしてるの?」
そして何処から来て、どうして此処でうずくまっているの?
そう、尋ねた。
すると貴方は、目を細めて、立った一言。
「死んでしまいたくて」
涙の混じったような声で、私に言った。
ぞくりっ、全身が粟立ったのに気付いたのだけど、気付かなかったフリをした。
どうして?
自分でも分からない。
たぶん、理由なんてなかった。
ただ一つ、確実に言えるのは、
「どうして? 死ぬのは怖いことだよ?」
初めて会った貴方がこの世からいなくなってしまうことを考えると、私の心は何か抉られたように痛むのだと、そしてそれは治ることはないのだと、それだけだった。
「どうして? どうして死ぬのは怖いと言えるの?」
貴方は私に尋ねた。
一瞬、私は言葉に詰まる。
何を言えばいいのか分からなくて。
でも、分かっていた。
「貴方がいなくなると、私の心が痛むからだよ」
「……」
貴方は目を伏せた。
濡れた睫毛。
そしてその瞳。
その瞳。その瞳は、泣き出してしまいそうで、それなのに、私はそれを、とてもきれいだと思った。
ねぇ、なら、一緒に生きてもいいのかな?
その日から、貴方は私の傍で生きていた。
どうして、初めて会った貴方を失ってしまうことがあんなに怖かったのか、自分でも分からない。
仔猫を拾ったのだということにした。
命は簡単に拾えるものなんだ。
その逆に、捨てることも簡単なのかもしれない。
あの日私が貴方を拾わなければ、貴方は望みどおりに逝けたのかもしれない。
でも、こうして貴方がいることが日常になってしまって、
「もう、それがなかった過去が信じられないほど」
私は貴方に依存していた。
貴方を愛するという、行為に。依存していた。
すると貴方は、目を細めて私を見つめる。そう、悲しそうな瞳で。そして同時に、とても美しい瞳で。
「僕は依存しているんだよ、君に」
それは私の方だ。
「違うよ。僕は依存しているんだ。愛してくれる、君の存在に」
「どうして?」
「たった一人、愛してくれる人がいるだけで、生きていられてしまうからね」
あぁ、貴方はまだ、死んでしまいたいのね。
悲しくなる。
けれど、知っていた。
死んでしまいたくて、でも、死ねなくて。それが、貴方の瞳の美しさを生み出しているのだと。
貴方の瞳に惹かれた私だから、貴方がその悲しみを捨ててしまったら、私も貴方を捨ててしまえるのだろうか。簡単に。自分で拾い上げた命を、いとも、無責任に。
「それでも僕はかまわないよ」
どうして?
「だって、愛してくれた過去が偽りに変わることは、ないからね」
そう言って、貴方はまた、悲しそうに笑った。
その声が、とても、美しいと、思った。
歪んでいるのは世界。
尋ねてみた。
貴方はどうして私と一緒にいてくれるのかと。
すると貴方は答えた。
「この世の中で、君を愛する人は星の数ほどいるだろう? でも、僕を愛してくれる人は、世界で君一人だから、」
だから、僕は君の傍にいるんだよ。
貴方は笑った。
「じゃあ、聞いてもいい?」
えぇ、いいわ。
「どうして君は、僕と一緒にいてくれるんだい?」
ぎくりっ、とした。
どうして? 自分でも分からないわ。
ただ、貴方の瞳が、いつもと違ったから。
「だって、きれいじゃない」
「何が?」
悲しそうな瞳が。
言わなかったけど。
ね、気付いた?
「歪んでいるのは世界でもなんでもないんだ」
「じゃあ、何なの?」
私は真っ直ぐに見つめ返す。
すると貴方はいつものように泣きそうな瞳で言う。
「僕らだよ」
あぁ、だから……。
「貴方の瞳は美しいのね」
私は、精一杯の愛情で貴方を抱きしめる。そう、互いの身体が朽ちてしまうその時まで。
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