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2020年05月04日

「大正妖怪異聞-廓座お仙-」【お仙と夏の甘い匂いのお話】

「無意味な言葉が僕の翼になる」より。
2013年06月05日投稿。




※子育て関係ありません
※リクエスト「仙様」で「夏の匂い」を目指しました
※「仙様」で「夏の匂い」を、目指しました(大事なことなので二回/爆)











「夏だねぇ……、」
押入れから夏着物を引っ張り出しながら、お仙はぽつりと漏らした。
枯れ水の庭に目をやると、青葉紅葉が目に入る。陽気に透けてさやさやと揺れるそれは、見ているだけで何だか愛おしい。
ふと、あの夏のことを思い出す。太郎に連れられ、初めて余所行きの着物を着せてもらって京へ行ったときのことだ。まだ小さく生娘だった頃のお妲は初めての遠出に戸惑って、ぎゅっと自分の手を握っていたっけ。
あぁ、そうだ、もう、夏が来たよ、太郎。お前さんの好きだった夏が……。
思うといてもたってもいられなくなり、お仙は目についた着物を二着手に取ると、嬉しそうな足取りで、長屋の方へと走っていった。

「お妲、ちょいと出掛けようじゃない」
がらりと戸を引くと、そこには気の抜けた恰好のお妲が、ごろりと布団に寝転がっている。
「あぁ、お仙、いいところに来たねぇ。ちょいとにゃんこになっておくれよ。お昼寝しようじゃないか」
寝転がったまま嬉しそうに両手を前に出してくるお妲に溜め息しか出ない。お仙は息を吐くと、脱ぎ捨てられた肌着をひょいと拾って、お妲に放り投げてやった。
そして衣紋掛けの装束の上に雑然と引っ掛かってる襦袢も取って、お妲に投げて寄越す。
「何のつもりだい、お仙」
不満そうな視線を向けながら、投げられた肌着と襦袢をお妲は抱きしめた。
「そら私の台詞だよ。お前ねぇ、私さっき、出掛けようじゃないかって言ったんだよ」
するとお妲は億劫そうに、肌着と襦袢を抱きしめたまま布団の上を転がった。
お仙は肩を竦める。
「それよりお前だらしないねぇ、夏も始まったばかりだってのに、そんな恰好で。真夏になったらどうするんだい、それ以上脱げやしないじゃないか」
言いながら、お仙はお妲の横に出したての夏着物を置いてやる。
「ほら、着せてやるから、起きな」
言ってお仙はお妲の肩を掴み、ぐいっと片手で引っ張った。
女物の着物に着痩せする質ではあるが、華奢な見た目からは想像出来ないような力で引っ張られ、お妲は上体を起こすに止まらず、そのままお仙の胸元に顔を埋めることとなった。
痛いよ、お仙。
言いながらぎゅっぎゅと抱きついてくるもんだから、本当にこの甘えん坊は救えないねぇ、と、お仙は息を吐いた。
「ほら、お妲、肌着着て、襦袢も着て、そしたら着物着せたげるから、ね、」
よしよしと頭を撫でてやると、お妲は気をよくしたのか、また擦り寄ってくるもんだから、こつんと一つ、お仙は軽く拳をくれてやった。
そしたらやっと、もぞもぞと動き出して、くしゃくしゃにしてしまった肌着と襦袢に袖を通す。
そんなお妲の横で立ち上がり、するするするりと、自分は着ている着物を脱いでしまって、透くような夏着物を羽織ってくるりと回って見せた。
「ほらほらお妲、揃いの着物で出掛けようじゃないか」
それを見て、お妲もやっと立ち上がり、お仙の持ってきた着物を軽く羽織った。
お妲がくるりと回ると爽やかな水の色に鯉が泳ぎ、お仙が回ると宵に鯉が跳ねる。
そうして顔を見合わせて、二人はくすくすと笑った。
「夏だねぇ、」
「あぁ、夏だねぇ、」
そうして二人で着付け合い、お仙がぐっと帯を絞めてやると、白のお太鼓に青葉紅葉がさやさや揺れる。
「お仙、何処に行くんだい?」
振り向き鏡の中のお太鼓を確かめながら、お妲は聞いた。
すると、お仙はくすくす笑う。
「別に何処とはないさ。ただ、お前と歩きたかっただけだよ」
そう言って長い髪を夜会巻きにしてやると、目についたバレッタを取って、ぱちんとつけてやった。
さて、行こうかねぇ。
言うと、お妲は嬉しそうにお仙の手を握る。
そんなお妲を引っ張っぱって、お仙は街へと繰り出すのだった。

りりりんりりりん、
風鈴が涼しげに鳴いている。
いくつか小間物屋を冷やかした後、暑い暑いとお妲が駄々を捏ねるので、二人は甘味屋へと足を運んだ。
馴染みの甘味屋ののれんを潜ると、りりりりりりん、風鈴が鳴いて、中へと誘う。
「お仙、かき氷食べようじゃないか」
きゃっきゃとはしゃぎながら席に着くと、お妲は品書きの氷をまじまじと眺める。
うーん、悩むように品書きとにらめっこしてるもんだからお仙は呆れてしまって、ひょいとそれを取り上げた。
そして一言、
「黒蜜氷にアイスクリンを乗せて、匙は二つだよ」
と、手近にいる娘に声を掛けた。
そんなお仙に不満そうに口を尖らせると、苺が良かっただの檸檬が食べたかっただの言うもんだから、どうしようもない。そうしてお妲は暫く口を尖らせたまんま未練がましく品書きを見つめていたが、目の前にふわふわのかき氷が運ばれてきたのを見て、顔を綻ばせた。
「これ、アイスクリンじゃないかい」
嬉しそうにつんつんと白いそれを匙でつつくと、お妲は一掬い、口に運んで頬を緩ませた。
甘いねぇ。
「久しぶりだねぇ、アイスクリンなんて。こんな上等なもん、いいのかい?」
言いながらまた一掬い口に運ぶ。
その姿があまりに嬉しそうなもんだから、お仙は肘をついたまま、微笑んだ。
「あぁ、だから半分こだ。独り占めなんてするでないよ」
言いながら氷を口に運ぶ。黒蜜の甘苦い味が舌を撫で、ごくりと喉を冷やして何とも言えず心地好い。
美味しいねぇ……。
感慨深げにお仙が漏らすのを嬉しそうに見つめてから、お妲はまた、アイスクリンを掬った。
そして匙をお仙の口元にやると、
「二人で食べると甘さも引き立つねぇ」
言って笑った。
そうして二人、くすくすと笑いながらかき氷をたいらげて、満足げに息を吐いて机に突っ伏した。
「夏は氷に限るねぇ」
お仙が言うと、お妲は返す。
「そうさねぇ。また京へ氷を食べに行きたいもんだねぇ、あんこたっぷりの、お抹茶の、」
その言葉に、お仙は目を細める。
新緑を陽が焼いて暑さに駄々を捏ねていた、まだ小さな時のお妲。仕方ないので近くにあった甘味屋に入って食べたそれに、いたく感動していたっけ。その頃から、ずっとずっと、かき氷は二人で一つだった。
あまりにお妲が夢中で食べるもんだから、太郎も嬉しそうに見ていたっけね。
何だか懐かしくなって、机に突っ伏したまんま、お仙はお仙の髪をそっと撫でてやった。
「夏だねぇ、」
お妲は言う。
「あぁ、夏だねぇ、」
お仙は返す。
まだ蝉の声は聞こえやしないが、暫くしたら五月蝿く鳴き喚くのだろう。そうなる前の、緩やかな季節。
夏の匂いは、甘く、甘く、甘い。

終わり






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