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2020年05月04日

【禍因子育て企画】「大正妖怪異聞-廓座お仙-」【番外編/鴉の話】

「無意味な言葉が僕の翼になる」より。
2013年05月21日投稿。




鴉は人であった。
幼少のみぎりに幕末の動乱で父母を亡くし、そこを天狗に拾われ、人であることを辞めた。少年と呼ばれる年の瀬に天狗道の修行を始め、それでも数年、そうして天狗となった頃には二十歳を越えていた。
元の名前は誰も知らなかった。
だから、鴉は鴉と名乗っていた。
誰にも自分を、知られぬように。




朝日が顔を焼く頃、鴉は目を覚ます。
何度か布団の中でごろごろ寝返りを打ってから、鴉は大きく伸びをした。
「眠い……、」
そうして鴉は起き上がると、自慢の黒髪を無造作に団子にし、手拭きを取って風呂場に向かった。
と、その時。
「あー、鴉、おはよー、」
後ろから間延びした声がする。嫌な声だ。そう、銀だ。
鴉は一瞥をくれてやると、何も言わずに風呂場の中へ入っていった。
そして戻ってきた手には、湯の入った手桶が一つ。
鴉は、ぬるま湯で顔を洗うことを日課としていた。
すると、それを見た影が、いきなりすっとんで風呂場に消えていく。
「おいこら、お紀伊!」
慌てて銀が追い掛けるのを気にも止めず、鴉はぬるま湯でゆったりと顔を洗う。
長屋の洗い場は、今の時間こそ日当たりが悪いが、昼過ぎになるとよく日が当たる。鴉はこの場所がたいそう気に入っているので、毎朝ここから一日を始めることに決めていた。
そして、その平穏を毎日のように乱していく、銀とその連れに、辟易していた。
そして、今日も。
どん!
顔を洗ってぼんやりしていた鴉の横に、ふてぶてしい音を立てながら、紀伊が手桶を置いた。
それに不機嫌を顕にして鴉が視線をやると、一丁前に睨み付けてくるもんだから、鴉は不愉快そうに溜め息を吐いた。
「育てた奴に似るもんだな、お前とおんなじ、ふてぶてしい睨み方してくるぜ」
紀伊より少し遅れてやって来た銀に目もくれず、鴉は悪態だけをくれてやると、残った水を手桶から流して立ち上がった。
「おい、ちっこいの、そのまんまだと熱ぃからちゃんと水でぬるま湯にしてから使いぃさ」
それだけ言うと、鴉はその場を後にした。




鴉は、ゆったり生きるのが好きだった。
時間なんて要らない。もうずっとずっと、同じような毎日を続けたい、そう思いながら生きていた。だので一日の大半はぼんやり過ごしていた。慌ただしいのは嫌いだし、叶うなら、必要最低限の会話だけで生きていたいと思っていた。
もちろん、興業なんて煩わしいものはしない。人から天狗に堕ちた身の自身を見世物にするような酔狂な趣味は、生憎持ち合わせていなかった。
ここにいるのだって、仙次郎が今まで通りに生きていい、ただ必要な時だけ力を貸してほしいと言ったからいるだけだ。もっとも、仙次郎が自分の力を無理に使おうなんてしないことは知っているし、たまにひなたぼっこの相手をさせられるぐらいが、せいぜいだ。そんなわけで、鴉はここの暮らしは気に入っていた。
だから、鴉はあの鬼子が気にくわなかった。
育てた奴に似たんだろう、まず、慌ただし過ぎる。あとあの自己主張するように睨む癖。どうしてそういうところばかり銀に似たんだかね。
鴉は溜め息を吐いた。
銀も拾ってやったばかりのころは、そんな目をしてよく自分を睨んでいたものだ。
そんなことをぼんやり考えていたら、何だか眠たくなってきた。
仕方ないので鴉は、仙次郎のところに昼寝でもしに行こうと、自分の部屋を後にした。




どうしてこんなことに……。
くそっ、鴉は心の中で悪態を吐いた。
そうだ、鬼子だ。人が離れに向かっていたら、ふらふら歩いてやってきて、かち合ったが最後、子鴨のごとくついてきやがる。仕方ないので仙次郎のところに行くのを止めて、まいてやろうと意味もなく敷地を徘徊していたら、早足になってまでついてくるもんだから、仕方ないしまくのも面倒臭いしで鴉も諦めた。
「ちっこいの、何か用か」
ないならあっち行きぃさ、銀のところに帰りぃさ。
鴉が言う。と、鬼子は何も言わずに、くっついてきたもんだから、さすがの鴉も吃驚した。
おいっ、離れぇさ!
腰回りにしがみつく小さいのをぐいぐい押し戻すが、なかなか離れない。それどころか、押せば押すほど強くしがみついてくるもんだから、もうどうしようもない。
鴉は諦めた。
しかし、このまま引っ付かせておく気も、さらさらなかった。
鴉は溜め息を吐く。
「餓鬼は嫌いなんだわ」
そう言ってばさりと赤黒い翼を出し、人ならざる力を行使する。びりりりっ、全身に雷が走ったかのような衝撃を受けた鬼子は、吃驚して離れ、その上尻餅をついて倒れた。
それをぼんやり見てから、溜め息を吐き、
「餓鬼は嫌いなんだわ」
もう一度言うと、鴉は翼をばたつかせ、そのまま何処かに飛んで行ってしまった。
そう、尻餅をついたまま、なぁーなぁーと鳴く鬼子を後に残して。




「おい、仙次郎、」
いつものように縁側で鞠を弄びながらごろごろしていると、空から声が聞こえてきた。
それを見て、目を丸くして言葉を返す。
「鴉、お前が飛んでくるなんて珍しいじゃないか。何かあったのかい?」
「何かもくそもねぇよ、あれさ、あの鬼子さ」
「お紀伊かい」
「それさ」
言いながら鴉はゆっくり降り立ち、庭先の腰掛け岩にちょこんと座った。
「なんなん、いきなり掻きついてきたりして。俺は餓鬼は嫌いなんだ」
「お紀伊かい」
「それさ」
そんな鴉を尻目に、仙次郎は鞠を愉しげに弄んでいる。
いつものことだが、何故か今日は気に食わない。
鴉は舌打ちをして、そっぽを向いた。
すると、仙次郎はくすくすと笑って言った。
「気に入られちまったねぇ、可愛がっておやりよ」
「はぁ? 何で俺が気に入られんのさ」
鴉が嫌そうに尋ねると、尚も仙次郎はくすくすと笑う。
「そんなのも判らないのかい。簡単だろう、銀の字がお前を好きだからだよ。無意識に同じものを追い掛けたいのさ」
その言葉に、鴉はうんざりしたように溜め息を吐いた。
何でぇさ、俺は餓鬼は嫌いなんだ。
「お前は子供に好かれるからねぇ……、」
愉しそうにごろごろ喉を鳴らしながら仙次郎が鞠を鴉にやって寄越した。それを片手で受け取ると、それをまた仙次郎に返してやる。寝転がったまま仙次郎がそれを受け取ると、また、鴉は溜め息を吐いた。
「鴉、可愛がっておやりよ」
「何で俺が……、」
そもそもあの餓鬼はお前が引き受けたんじゃねぇか。
悪態を声にしないまま、鴉はまた舌打ちをした。
そんな鴉を見て、仙次郎は苦笑いを隠しきれなかった。
お前のそういうところが、銀もお紀伊も気に入ってるんじゃないか、ねぇ、と。




「鴉、おい鴉!」
またか。
鴉は溜め息を吐く。
そしてそっぽを向いたまま、煩わしそうに手を振った。
「なんだよ、何でそんな不機嫌なんだよ」
寂しそうに銀が言うのに一瞥をくれてやってから、またそっぽを向いて、鴉は言った。
「餓鬼に付き合ってやるほど暇じゃない」
「なんだそれ」
言いながらも銀は、洗濯物を脇に置くと、鴉の横に腰掛けた。
見てみると、鴉は自慢の簪を並べて弄んでいる。
「お前暇なんじゃん!」
銀は頬を膨らませて言った。
「なんさ」
「いや、部屋でお紀伊がねんねしてて部屋じゃ畳めないんだよ」
言いながらも、せっせと勝手に人の部屋で畳み始めるもんだから、鴉は顔をしかめて銀を見た。が、銀はもちろん動じることもなく、それどころか口をぺちゃくちゃ動かしながらどんどん洗濯を畳んでいる。本当に、図太い餓鬼だ。
鴉は目の前の簪を億劫そうに端にやると、銀の持ってきた洗濯物に手を伸ばし、ごそごそ自分の着物だけを抜き取って、しまった。
それを見て銀がまた頬を膨らませる。
「手伝ってくれるんじゃないのかよ」
「誰が。これはお前の仕事だろ」
そう言って鴉は横になると、大きく伸びをした。
「んで?」
すると銀は嬉しそうに話を続ける。
「っていうかお紀伊寝てばっかなんだけど、あれ誰に似たんだろな」
「仙次郎」
「……、」
「んで?」
「そういえばお紀伊さ、やっと洗濯干せるようになったんだよ」
「あっそ」
「……、」
「んで?」
「ただ取り込む時に引っ張るのは止めてほしいよな、何回か言ってるんだけどさぁ」
「ふーん」
そんな感じで。
いつもどおりに銀が言いながらそれをただ聞くだけ。それが二人の、ちょうどいい距離だった。なんだかんだで鴉は銀を拒んだりしない。
そして銀は、鴉のそういう自分本位なところは、嫌いじゃなかった。
「しっかし、お紀伊の世話はやればやるほどどうしようもなくて疲れるんだけど」
「ま、気張りぃ。言っておくが俺は、手伝わんからな」
「誰も鴉に手伝ってくれなんて言ってないし。と、」
話もそこそこに銀は立ち上がると、畳み終わった洗濯物を抱えて、じゃあ配ってくる、と、鴉の部屋を後にした。
そんな銀の後ろ姿を見送ってから、鴉は大きく伸びをして、目を瞑った。
まぁ、気張りぃさ。
もう一度、心の中で声を掛けて。


続く






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