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2020年05月04日

【禍因子育て企画】「大正妖怪異聞-廓座お仙-」【二夜目】

「無意味な言葉が僕の翼になる」より。
2013年05月08日投稿。




「おい、お紀伊、お前は何が好きなんだ? 何を食べるんだ?」
なぁー、なぁー、
がくりっ、銀は肩を落とした。
さっきからずっとこの調子なのである。
何を尋ねても子猫のように鳴くばかり。言葉は話せないらしい。しかし、どう教えればいいのか皆目見当がつかない。
洗濯を教えようと着物を横で洗って見せてやったが、楽しそうにじっと見はするけれど、やってみるかと尋ねても子猫の声を出すばかり。
その後薪を取りに行ったら、いきなり薪をがぶがぶかじりだしたもんだから、これは食べるものじゃない! と引き剥がすのに苦労したものだ。まぁ、つい先ほどの話だけども。
とりあえず、堅いものがいいのかと、座長の部屋から削る前の鰹を盗んで与えてやったのだが、がじがじ噛んでもうなくなってしまった。どうしよう。また盗んできた方がいいのだろうか。いや、一回でも肝が冷えたのに二度目に挑むなんてできるはずもなく。
はぁああああぁ、溜め息を吐いた。
既に挫折一歩手前である。
「もう子育て全般そうだけど、何が無理って食べ物どうすればいいのか本当に分かんないだけど」
堅いものが好きだからって、木なんて食べさせられないし。
「というかアレか? 木を食べて生活する種族とか? なぁ、もしかしてお前木を食べる種族なのか?」
銀はぽんぽんと紀伊の頭を叩いて聞いてみる。
しかし、ぽかんとした顔が帰ってくるばかりで、どうしようない。
はぁああああぁ、
何度目かになる溜め息を盛大に吐くと、銀は立ち上がった。
このままこうしていても仕方ない。紀伊の世話だけでなく、仕事はたくさんあるのだ。
「おい、お紀伊、布団出してやるからちょっとお昼寝するか。いや、するか、っていうか、しろ。寝ろ。とりあえず寝ててくれ、頼むから」
そう言って、銀は紀伊の手を引いて、自分の部屋へと連れていく。
その間も紀伊は子猫のように、なぁー、なぁー、と鳴いている。
なぁー、と鳴く生き物なのだろうか。
それとも誰かの真似だろうか。誰かに教わったのだろうか。
いや、まぁ、まだ小さいから鳴くことしかできないだけで、言葉もきっと覚えるに違いない。
そんなことをぼんやり思いながら、部屋の隅に畳んである布団を引っ張り出して、紀伊の目の前に敷いてやった。
枕、は、まだ紀伊は小さいから、その辺に畳んで縛っていた袴を取ってきて置いてやった。
それをぽかんと口を開けて紀伊は見ている。
そんな姿は可愛いと思うけれども、やっぱり自分には無理なのではという考えが消えてくれない。困ったことに。
銀はぽんぽんと布団を叩いた。
「お紀伊、ほら、ねんね、」
ぽんぽん、ぽんぽん。
紀伊は首を傾げる。
「ほら、ねんねだよねんね、ねんねしな」
紀伊は右に折った首を、今度は左に傾けた。
銀はきょとんとする。
もしかして紀伊は、寝る、ということがどういうことか、いまいちわかっていないのかもしれない。
これは困った。
銀は顔をしかめて頭を掻く。
しかしどうにか紀伊を寝かしつけなければ、干した洗濯を取って畳むことも出来ない気がする。
現に薪を取りに行った時、薪を食べ物と勘違いしてどれもこれも食べようとしていた。あんな堅いものをがじがじしっかり噛むものだから、引き剥がすのに相当苦労したものだ。って、これはさっきも言ったか。まぁつまりそれほど大変だった、ということだ。
さて、どうしたものか。
銀は考える。
自分は小さな時、どうしてもらっていたか。
いや、そんな小さい頃の記憶が残っているはずもないけども。
そしてまた銀は溜め息を吐く。
「お紀伊、ねんね」
そう言って、ごろりっ、布団に転がった。
「お紀伊、おいで。ほら、ここに、ねんね、ねんねだよ」
ぽんぽんと隣を叩きながら銀は言うと、にっこりと微笑んだ。
暫く、紀伊はきょとんとそれを見ていた。
そして同じように布団の上にぽてりと転がると、ぎゅっ、と銀に掻きついてきて。
可愛い。
しかし、予想外の展開である。
残念ながら銀には洗濯物を取り込んで畳み、皆の部屋へと配るという仕事がある。興行が終わるまでにそれを片付けてしまわないと、怒られてしまう。特に、座長のそれが遅れてしまうと、恐ろしい仕置きが待っているに違いない。
座長の命令は絶対だし、何より、先ほどの鰹節の件もある。いや、バレてないと信じたいが。
「お紀伊、ねんねはお前だけだよ。俺はちょっと仕事があるんだ」
そう言って、ぎゅうううぅ、と衣服に掻きついた紀伊を剥がそうとする。が、しかし、これまた小さいのにどこからそんな力が出てくるのか、なかなか剥がれそうにない。
仕方ない。
「紀伊! ねんねはお前だけって言ってるだろ!」
ばちんっ、
銀は紀伊の頬に手を食らわせた。同時に、後悔した。
俺は何てことを……、
すると、なぁー、なぁー、なぁー! と抗議するかのように鳴き始め、尚も強く銀に掻きついた。今度は服だけじゃなく、銀の身体そのものに、だ。
その様子を見て、銀は降参した。
もとはと言えば自分が仕事の邪魔だと無理矢理紀伊を寝かそうとしたのがいけなかったのだ。
それなのに、ちょっと都合が悪いからってひっぱたくなんて、俺は最低だ……。
「紀伊、ごめんな」
そういうと、銀は傍に用意してあった毛布を手繰り寄せると、自分と紀伊に、すっぽりと掛けた。
「紀伊、ねんね、一緒にねんねしような」
そう言って、目を瞑りながら、ぽんぽんと紀伊の背中を叩いてやる。
ああ、そういえば、ここに拾われて初めての夜、まだ人に戻る力が足りずに衰弱していた自分を、お妲姐さんが優しく抱いて寝てくれたっけな……。
銀は、ぎゅうううぅ、紀伊を抱き締めた。
そういえば紀伊を頼まれてから半日も経ってやしないのに、何だか酷く疲れた気がする。
寝かしつけがてら少しぐらい休んだって、と、考え終わるか終わらないか、銀は意識は深い夢の奥へと落ちていった……。




「銀の字、銀の字、早く洗濯物入れちまわないとお仙が怒……、」
言いながら戸を開けて、お妲はぽかんと口を開けた。
そこには、鬼子を抱き締めて眠る銀の姿があって。
つい、頬が緩んだ。
「仕方のない子だねぇ、」
でも、まぁ、お疲れ様。
そう言って部屋の戸をそっと閉めた。
暫くして畳んだ洗濯物が枕元に置かれるのに銀が気付くのは、もう少し先のことである。


続く






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