君は唄う 僕の塊(からだ)を葬るため
音に合わせて肉塊はのたうち
舞踊に合わせて霊魂は嗤う
二つの生が終わるなら、一つの生で共に逝こう
一つの生で共に生きよう
音が微かに聞こえるけれど、肉塊の舞踊は静まり返り
やがて微かな音も消え、そこには、もう、
何も残りはしない―――
これが、世界の序での物語
ねぇ、司祭様、もう一度あの詩を唄って下さい。
「俺は司祭ではないよ」
真白い繻子で全身を覆った女が応える。
「でも、街の皆が司祭様と呼んでいたわ」
どこか異国の娘だろう、浅黒い肌に艶のある黒耀石の髪。
いつかの昔、愛した女に似ている……。もっとも、彼女の肌は真珠のように白く、白く、触れると壊れてしまいそうなほど繊細だったが。
「街の者が俺を司祭と呼ぶのは、俺が異形の者だからだ」
ふっと、自嘲気味に笑む。繻子から僅かに見える目が、すっと細くなった。
異形の者……、自らに対する戒めの言葉……。
「司祭様は異形なんかじゃないよ?」
少女が不思議そうに首を傾げる。
「俺のこの繻子の下に隠された物を見ても、」
お前は俺を同じ人間と呼ぶだろうか。
「司祭、様?」
戸惑った様な少女の顔。
そろそろ引き際かもしれんな。
そっと、少女の肩に手を回す。
「もう陽が落ちる。お帰り。詩なら明日、何度でも唄ってやるから」
くるりと少女の身体を回し、そっと背中を押してやる。自然、少女の軽い身体は前へと移動して……。
小さく息を吐いて前を見ると、戸惑ったままの顔で何度もこちらを振り返る少女の姿があった。だが、それに一瞥をくれたかと思うと、繻子に身を包んだ女は、くるりときびすを返して建物の合間に消えていった。
ばさりっ、全身を覆う繻子を豪快に脱ぎ捨てる。露わになったふくよかな両の乳房、くびれた腰、スラリと伸びる脚……。全て病的なほど白い皮膚に覆われたその身体は、まごうことなく、女。
ばさばさっと首を振ると、艶やかな闇色の髪が舞う。肩を少し過ぎたぐらいのそれは、彼女の、いや、リアの、露わになった背を軽くくすぐった。
よくよく見ると、彼女の乳房の片方、ちょうど心の臓の辺り、真っ赤な刻印が、まるで焼きゴテを当てたかのように刻まれている。何を印しているかは分からない。ただ、遥か昔に捨てさられた文字だということは解った。
リアは深呼吸をし、肺に空気を送り込む。一日中繻子で口元を覆っていては、まともに酸素を吸えたものではない右の頬、真っ赤に浮き出た血管のような刻印。
リアはゆっくりと頬をさする。今もまだ、その刻印がそこに在るのを確かめるかのように。
「いつまで経っても女という生き物は理解できん」
彼女は独り漏らす。まるでそこに、他の誰かがいるかのように。
徐 々に部屋の光が消えていく。リアはそのままの姿で机に歩み寄り、蝋燭に火を灯した。そして近くにあった花瓶に突っ込むと、ふらふら、ベッドまで歩き、倒れるように横になった。
「俺は、疲れたよ」
誰にともなくごちる。独りっきりの部屋の中では、言葉は宙を舞って消えるだけ……。
リアは、再び右の頬をさすった。そこにまるで愛しい存在がいるかのように、その手つきは、愛撫に似ていた。
明日、朝一番に教会へ行こう。
リアは思う。
明日起きて、教会に行って、別れの挨拶をして、暫くは、
「この街を離れよう」
思い入れの多いこの街ではあるが、最近特に異国からの移住者が多い。そんな部外者が増えてしまったこの街で暮らしていくことは、もはや不可能にすら思えた。
生まれ故郷? そんなものではない。生まれた場所は遥か遠くの小さな村だ。
ただ、ここは……、
愛する者と逃げのびた地だから……。
逆に言えば、愛する者と潰えた地でもあるのだが。
ふんっと、自嘲気味に鼻を鳴らす。
「暫くは、な」
石造りの簡素な家の中、寒々しい雰囲気にリアは身震いする。しかし何も身に纏わぬまま、丸まって、彼女はそっと目を閉じるのだった。
外で鳥が鳴いていた。
月のキレイな、夜だった……。
(続く)
20100301
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