2018年12月12日
12月12日は何に陽(ひ)が当たったか?
1981年12月12日は、アメリカのロック・グループ、Survivor(サバイバー)のシングル、"Poor Man's Son(邦題:プア・マンズ・サン)"が、同年同月同日付Billboard HOT100シングルチャートにおいて、最高位33位を記録した日です。彼らにとって初のTop40入りしたヒット曲です。
シカゴで結成されたSurvivorはもともとはブラス・ロック出身のメンバーが多く、中心人物のJim Peterik(ジム・ピートリック。gtr,key,vo)は"Vehicle"という全米2位のヒット曲をもつブラス・セクションを採り入れたロック・グループ、The Ides of March(アイズ・オブ・マーチ)のメンバーでした。またDennis Keith Johnson(bass,moog)とGary Smith(drums)は1971年に24位まで上昇した"Get It On"のヒット曲を持つ、トランペットを盛り込んだロック・グループ、Chase(チェイス)で知られました。
Jim、Dennis、Garyに加え、バンドキャリア豊富な二人、ギタリストのFrankie Sullivan(フランキー・サリヴァン。gtr)とリード・ヴォーカリストのDave Bickler(デイヴ・ビックラー。vo,key)の5人編成で1978年冬にSurvivorは結成され、1979年に制作されたデビュー・アルバム"Survivor(邦題:サバイバー)"は1980年2月にリリースされました。
ところが、アルバム"Survivor"はブラス色の音色は皆無であり、メロディアスなアメリカン・ハード・ロック風のサウンドで、バンド名からもお分かりのように力強く生き抜いてきた男たちが、力強いロックを奏でるといったものでした。DennisとGaryはデビュー作のみの在籍で、2作目のレコーディングに取りかかる頃には、Stephan Ellis(ステファン・エリス。bass)とMarc Droubay(マーク・ドラウベイ。Drums)に入れ替わっておりましたが、結果的には苦労の末、新生5人で1982年の全米制覇(シングル、
"Eye of the Tiger"の全米1位)を成し遂げる黄金期を迎えることになるのです。
2作目"Premonition(邦題:予戒)"は1981年8月にリリースされ、今回の陽の当たったファースト・シングル"Poor Man's Son"がリリースされました。
この曲は次年に全米制覇を遂げる"Eye of the Tiger"の布石にもなった力強いロックナンバーで、タイトルや歌詞が示すようにハングリー精神の満ちた素晴らしい楽曲です。
"Poor Man's Son"は1981年10月17日付HOT100で78位に初登場、翌週は10ランクアップして68位を記録し、前回チャート・インし1980年5月に70位まで上がったデビュー作からのリード・シングル、"Somewhere In America"の記録を更新しました。その後58位→48位→44位と順調にアップし、11月21日付で40位とTop40入りを果たしました。その後は36位→34位と上昇、陽の当たった12月12日付の33位を最高位にその後は下降、14週チャートインするヒット曲となったのです。メインストリームロックチャート(当時はRock Albums & Top Tracks。1981年3月開設のチャート)では、最高位は1982年1月9日付および16日付の2週連続19位、16週チャートインを記録しています。このヒットを足がかりに、アルバム"Premonition"は翌1982年2月にもアメリカ以外でもリリースされ、グループはこの年夏の大きな成功へと昇りつめていくのでした。
シカゴで結成されたSurvivorはもともとはブラス・ロック出身のメンバーが多く、中心人物のJim Peterik(ジム・ピートリック。gtr,key,vo)は"Vehicle"という全米2位のヒット曲をもつブラス・セクションを採り入れたロック・グループ、The Ides of March(アイズ・オブ・マーチ)のメンバーでした。またDennis Keith Johnson(bass,moog)とGary Smith(drums)は1971年に24位まで上昇した"Get It On"のヒット曲を持つ、トランペットを盛り込んだロック・グループ、Chase(チェイス)で知られました。
Jim、Dennis、Garyに加え、バンドキャリア豊富な二人、ギタリストのFrankie Sullivan(フランキー・サリヴァン。gtr)とリード・ヴォーカリストのDave Bickler(デイヴ・ビックラー。vo,key)の5人編成で1978年冬にSurvivorは結成され、1979年に制作されたデビュー・アルバム"Survivor(邦題:サバイバー)"は1980年2月にリリースされました。
ところが、アルバム"Survivor"はブラス色の音色は皆無であり、メロディアスなアメリカン・ハード・ロック風のサウンドで、バンド名からもお分かりのように力強く生き抜いてきた男たちが、力強いロックを奏でるといったものでした。DennisとGaryはデビュー作のみの在籍で、2作目のレコーディングに取りかかる頃には、Stephan Ellis(ステファン・エリス。bass)とMarc Droubay(マーク・ドラウベイ。Drums)に入れ替わっておりましたが、結果的には苦労の末、新生5人で1982年の全米制覇(シングル、
"Eye of the Tiger"の全米1位)を成し遂げる黄金期を迎えることになるのです。
2作目"Premonition(邦題:予戒)"は1981年8月にリリースされ、今回の陽の当たったファースト・シングル"Poor Man's Son"がリリースされました。
この曲は次年に全米制覇を遂げる"Eye of the Tiger"の布石にもなった力強いロックナンバーで、タイトルや歌詞が示すようにハングリー精神の満ちた素晴らしい楽曲です。
"Poor Man's Son"は1981年10月17日付HOT100で78位に初登場、翌週は10ランクアップして68位を記録し、前回チャート・インし1980年5月に70位まで上がったデビュー作からのリード・シングル、"Somewhere In America"の記録を更新しました。その後58位→48位→44位と順調にアップし、11月21日付で40位とTop40入りを果たしました。その後は36位→34位と上昇、陽の当たった12月12日付の33位を最高位にその後は下降、14週チャートインするヒット曲となったのです。メインストリームロックチャート(当時はRock Albums & Top Tracks。1981年3月開設のチャート)では、最高位は1982年1月9日付および16日付の2週連続19位、16週チャートインを記録しています。このヒットを足がかりに、アルバム"Premonition"は翌1982年2月にもアメリカ以外でもリリースされ、グループはこの年夏の大きな成功へと昇りつめていくのでした。
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posted by ottovonmax at 00:00| 洋楽