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2015年06月23日
★八戸の教育! 授業のいい学校は、いじめがない。非行がない。不登校生がいない
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◆【職員室通信】――★今月(6月)初旬、サムライ中を会場に、今年度、本市や近隣町村の中学校に採用された「先生」たち18人を対象に「初任者研修会」が開かれた。
教委から指示された「研修内容」は次の2本立てだ。
(1)サムライ中の企画による研修50分間。
内容はサムライ中に任せる……学校経営に関する説明でも、教師修業(授業・生徒指導等)に関する演習でも、なんでもOK……という話だった。
(2)授業公開(50分)&分科会(15分)。
公開する教科については、今回の初任者の免許教科(国語・社会・数学・理科・英語・美術・保体の7教科を指定。)
★僕らサムライ中の企画は次の2本立て――
(1)本校の経営の重点bP「学びの喜びと確かな学力の保証をめざし、知的で楽しい授業を創る基礎・基本の修業を徹底する」に即し、「知的で楽しい授業を創る基礎・基本の修業 〜プロ教師への道 〜」と題して演習=本校の教師修業のメインである「模擬授業」をセットした。(30分間)
(2)本校の経営の重点bQ「学校・家庭・地域が協働できる教育システムづくりをめざし、小・中PTAを核にサムライネット事業を推進する〜保・幼・小・中の連携(垂直軸)に依拠した学社連携・融合(水平軸)の推進〜」に即し、僕の十八番「学校の教育独占体制(丸抱え体制)を糺す」について10分間、高言を吐く(*^_^*)ことにした。
このことについての体験の量、苦労の量、失敗の量なら、僕はだれにも負けない。(10分間)
全体のロスタイム=5分、模擬授業演習のロスタイム=5分。
本校教員の研修ではない。
来客者対象なのだから、これくらいの空費時間は見込まないといけない。
なお、本校の経営の重点bR以下は次のとおりである。
bR=自他のよさや可能性を認め、互いに高め合う生徒の育成をめざし、生き方の原理・原則を重視した心の教育を充実する。
bS=安全・安心な学校をめざし、危機管理の基本を踏まえた安全管理と事故防止を徹底する。
bT=朝、起きたとき、どの生徒も「行きたい!」と思う学校をめざし、豊かな教育環境の創出に努める。(以上)
★模擬授業研修の会場は、先日、教育実習生たちが模擬授業をやった、校舎2階の、グランドに突き出した特活教室を使った。
グランドに生徒たちはいない。
この時間は体育館での授業なのだろう。
グランドの周囲に植えられているヤマボウシの赤と白が浮き上がるように鮮やかだ。
模擬授業者は、サムライ中の超・エース級の2人、このBLOGでもおなじみの社会科・乱右衛門T(題材=「日本の都道府県」)と家庭科・桐谷T(題材=「健康で快適に住むために」)が、10分間ずつ、新採用の先生たち18人を生徒役にして授業を行った。
通常は、
・模擬授業10分間(のあと)
・指定発言者コメント2分間(1人1分)
・生徒役コメント1分間
・講師コメント2分間
計15分間でやる。
今回は、模擬授業10分間のあと、残りの5分間をぜんぶ「生徒役コメント」にあてた。
@「おお! これはスゴイ!」という点と、A「わたしだったらここはこうする」という点(代案)について、こちらから列指名・個人指名、挙手指名で発表してもらった。
この「指名」の仕方も、演習の中味に含まれている。
やはり、僕らの普段の模擬授業とは雰囲気が異なる。
新採用者だから……というのではなく、模擬授業に慣れていない初々しさがあった。
なお、教育実習生は、教室の後ろで教委スタッフといっしょに、距離を置いて参観した。
実習生の目に、きょうの新採用の「先生」たちの姿は、どんなふうに映ったのだろうか?
★初任者といっても、今年3月に大学を卒業して採用になった人は18人中3人だけだ。
他は講師経験がある。
講師経験が14年間、11年間という人もいる。
だから、代案にもキラリと光る内容があった。
充実した時間だった。
しかし、模擬授業の終わり頃になって、僕は、ふしぎだなぁぁ? そんなはずはない……と腕時計を見た。
当初の予定では模擬授業終了後、僕にしか語れないと自負する「学校の教育独占体制(丸抱え体制)を糺す=(裏を返せば)教育コミュニティーづくり論」を、10分間、ぶつつもりだったが、時計をみると、時間がほとんどない。
ずっとあとになって、教委のスタッフが僕たちに割り当てられた時間のうちの5分間(以上も)使って僕たち3人(乱右衛門T・桐谷T・僕)の紹介に充てていたことに気づいた。
反則である。
僕らは通常、1分1秒を強く意識して学校運営をやっている。
信じられない弛みである。
★演習のあと、次の7つの授業を公開した。
国語(3年4組)=広告・宣伝文を作ろう
社会(1年4組)=世界の姿と様々な地域
数学(1年3組)=正負の数〜四則の計算〜
理科(3年3組)=運動とエネルギー
英語(2年3組)=プログラム2 過去進行形
美術(1年2組)=レタリング
保体(3年1・2組)=救急法
この7つの授業について、授業後、本校で使用している保護者用「授業改善のためのアンケート表(評価表)」および生徒用「授業評価票」を参観者に配り、記入してもらった。
ほとんど「激甘」のコメントだが、たまにはこういうコメントもうれしい。
それに「甘」えて、アトランダムにコメントをコピー。
【社会の授業】――
〈サムライ中の「授業力向上の5原則」(註@)をわたしも生かしていきたい。
きょうの授業は特に「1人1人のがんばりに気づき認める」という点ですばらしく、生徒を「社会の授業を受けたい」という気持ちにさせる。〉
【理科の授業】――
〈発問に対して答える生徒がとても生き生きしていた。
みんなが手をあげるし、積極的に実験に参加していた。
教師の話を聞く姿勢、板書をすぐにノートに写す態度もすばらしい。
雰囲気がとてもいいのが印象的だった。〉
〈生徒がしっかりと授業者の方を向いて話を聞いていて、とてもよい雰囲気の授業だった。
発問に対して答える生徒もとても生き生きしている。
テンポがよく、指示の仕方、説明の仕方、教材の定時など、生徒の興味を引きつける工夫がされている。〉
〈生徒の教師の話を聞く姿勢がいい。
板書をノートに写すスピードがすごい。
これにはほんとうに驚いた。
きっと学校全体の取り組みなのだろう。註A〉
〈授業者と生徒のコミュニケーションがとてもうまくとれていて、こちらも引き込まれて参加した。
一方的に教え込むのではなく、実践的に問題解決をしながら課題を追究していくところが参考になった。〉
【国語の授業】――
〈授業の展開にメリハリがあった〉
〈テンポのよい授業だった〉
〈生徒たちに課題解決能力が身につく授業だ〉
★さらに、「演習」&その他の感想も、いくつかピックアップ。
感想文から、演習の様子等を想像していただきたい。
【感想1】
〈サムライ中学校の雰囲気に感心した。
明るいあいさつ。
授業での意欲的な姿勢。
朝と帰りの会でのすばらしい合唱。
大阪野郎T(註B)は「学校は3日でよくなる。しかし、3日で壊れる」とおっしゃっていた。
教師集団がその気になることと、一瞬一瞬を大切にしていくことが大事なのだと考えた。〉
【感想2】
〈サムライ中学校の雰囲気が落ち着いていると感じられるのは、やはり教師が授業を大切にしているからだと思いました。
「授業以外でいい学校をめざそうとすると落とし穴に落ちる」という大阪野郎Tのことばは絶対に忘れません。〉
【感想3】
〈10分間の模擬授業を2つ拝見したが、どちらの授業も「えっ? どうして?」と感じ、その答えを知りたいと思う授業だった。
また乱右衛門Tも桐谷Tも「え〜っと」や「あの〜」や「〜と思います」というムダなことばが一切ないことが非常に印象的だった。鍛えられていると感じた〉
註@=サムライ中「授業力向上の5原則」
(1)=授業の目標、ねらいを明確にする。
(2)=指示・発問は全員に、短く限定して述べる。
(3)=達成状況を確認して授業を進める。
(4)=1人1人のがんばりに気づき、認める。
(5)=全員に50分間の学習活動を保証する。(授業力向上の5原則、以上)
註A=サムライ中「学力向上の5原則」
(1)授業の目標やねらいをしっかりとつかもう。
(2)話し手にへそを向けて聞こう。
(3)正しい発声をし、適切な声量で発言しよう。
(4)ノートは速くていねいに書こう。
(5)作業・活動に素早く取り組もう(学力向上の5原則、以上)
註B=大阪野郎Tは「僕」のこと。
★もちろん、教委主催の研修会であり、かつ会場校の授業に対して辛口の感想は書きにくいだろう。
大甘な感想である。
しかし、やはりほめられると教師もうれしい。
僕たちが教師という職業を選択したのは、生きる糧を得るとともに、「教師という仕事に自分の人生がある」「50分間の授業に自分の人生がある」と感じたからだ。
彼等の感想は、僕等の教師人生への応援だ。
新しく教師になった人たちの批評を真摯に受けとめ、プロ教師として、あるいはプロ教師をめざす教師として、これからも教師修業を継続していきたい。
★最後の最後に、「授業以外でいい学校をめざそうとすると落とし穴に堕ちる」というのはホンマである。
感想に「絶対に忘れません」と書いてくれたことがすごくうれしい。
ほんとうに、絶対に忘れないでほしい。
不遜ながら、僕の体験に即して、遠慮なく言うと――
いじめが多い学校は、ま、そのほとんどが、授業がまずい。
非行が多い学校は、ま、そのほとんどが、授業がまずい。
不登校生が多い学校は、ま、そのほとんどが、授業がまずい。
くどいようだが、これは、この逆も言えるのだ。
授業のいい学校は、いじめがない。
授業のいい学校は、非行がない。
授業のいい学校は、不登校生がいない。
教師がいい授業ができるようになれば、すべて解決できる。
授業がまずいまま、いくら生徒指導的な対策を講じてもほとんど、いや、まったく効果はあがらない。
授業は学校の命だ。
授業の質(授業中のつまずきに対する授業後の処遇も含む)に関わる危機こそが、学校危機の本質だ。
学校の危機というと、事故によるケガや外部からの侵入者による事件、あるいは「いじめ」などが注目されがちだが、授業そのものの「品質」、すなわち、授業でていねいな指導がさなれているか? きちんと学力保証がされているか? 生徒の権利が守られているか?……等々が、いちばんに問われなくてはならない。
50点、40点、30点しか取れない生徒を出す授業(つまずき処遇を含む)は、自動車ならリコールの対象だ。
ただし、このことに関しては、サムライ中にも課題はたくさんある。
たとえば、授業中につまずいた生徒に対して、放課後、適切な処遇をしようとすると、当然、他の活動(主に部活動)とぶつかる。
今年の1、2月の教育課程編成会議でも議論したが、意味のある、強い、具体策はひとつも打ち出せず、審議未了になっている。
はっきりいうが、サムライ中の僕らは「ディスカッション能力」が弱すぎる。
最重要課題(授業中のつまずきに対する処遇策)に対して議論ができない僕等!
これが学校の危機というのだよ。
★画像=グランドのヤマボウシ。
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★桐谷Tの目線! 生徒たちとの一体感スゴイ 黒帯レベル教師への道(教師修業シリーズ・職員室通信)
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2015年06月28日
★とげぬき地蔵尊・高岩寺の【御影】を飲むと、過去の束縛から少しだけ自由になれた気がした
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◆【再び疾駆〈憧れ・諦め・幻滅・自棄・絶望〉走り書き】――★画像=とげぬき地蔵尊・高岩寺の【御影】(おみかげ)。
ひとつの包みのなかに、尊像が描かれた縦4p、横1.5pの和紙が5枚入っている。
痛いところに貼ったり、のどに骨が刺さったときに飲んだりすると治るといわれる。
不定愁訴に悩む僕をみかねた知人が、高齢の善男善女に混じり、巣鴨の境内までお参りしてくれたのだ。
涙がこみ上げてくる。
【とげぬき】=【トゲ】を【抜く】という発想は、突き刺さった【トゲ】をさらすことによって自己は鍛錬できる……と考えてきた僕には、すごく新鮮だ。
知人は、僕の心に刺さったトゲ、心のトガが抜け、不定愁訴から解放されますように……と祈ってくれたにちがいない(ノ△・。)。
ありがとう!
雨音が静かになったので、DAKA古書店跡の玄関を開けたら、雨は霧のように細かくなっていた。
ねじくれた、曲がりくねった、どうにもならない過去の束縛から、少しだけ自由になれた気がする。
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★悪夢の3連発! 女子生徒の叫び! トラとの格闘! 銀魂・記憶喪失編!(教師修業・「職員室通信」)
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2015年06月29日
★僕は八戸のこの街角が大好きだ! グレン・グールドが弾くバッハの曲が似合う街角
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◆【再び疾駆〈憧れ・諦め・幻滅・自棄・絶望〉走り書き】――★画像=僕が毎朝のエクササイズコース(@ウォーキング20分+Aジョギング20分+B折りたたみ自転車・はなむけ号20分)の起点にしている廿三日町交差点付近。
手前を交差しているのはハナミズキ通り。
僕はこの界隈が大好きだ。
好きな理由を、あえて言葉にするなら、この界隈に漂う【静謐感】と【透明感】……。
もう少し正確にいうなら、僕のうちに、静謐感に対する【喧噪】、透明感に対する【混濁】の風景があって、この風景との対比において、廿三日町界隈が好きなのである。
★言っていることがこんがらがっているなぁ〜m(_ _)m。
もどかしいなぁ〜m(_ _)m。
大好きなんだけれども、こんなふうに、もどかしい気持ちにさせられる場所でもある(*^_^*)。
そうだ。
逆の方向からアプローチすれば、次のようにも言えるのではないか?
――この街角は、僕のうちにある【喧噪】と【混濁】の風景を回復したい……という意識下の衝動をかりたてる場所である、と。
グレン・グールドが弾くバッハの曲が似合う街角だ。
◆【職員室通信】ですよ!
★島尾敏雄創作集『日のちぢまり』――布張りの手触りがなつかしかった(教師修業シリーズ・職員室通信)
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2015年06月30日
★Yahoo!には悪いが、ヤフー地図なら解体前の建物は残されているのではないか? おお、予想が的中!
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◆【再び疾駆〈憧れ・諦め・幻滅・自棄・絶望〉走り書き】――★朝、起きて窓のブラインドを開けると、外は細かい雨が降りつづいていた。
「梅雨空の片岸分校」を撮影することにして、インプレッサG4で出発した。
八戸から国道104号を西に向かい、南部町役場前(旧福地村役場)を右に入る。
青い森鉄道・苫米地駅と片岸地区を結ぶ、青田の中の一本道を走り、2つ目の十字路を左に曲がった。
道幅が狭くなった。
右側は民家の長い板塀、左側は農家のビニールハウスが並んでいる。
前方に対向車(白いクーペ)が見えた。
どちらかが道路際に深く寄せないとすれ違えない。
僕のすぐ前方の右側に、ちょうどいいスペースがある。
クーペに寄ってもらおうと、僕は停車した。
クーペの近くにもスペースがあったようで、いったん減速しつつ寄っていったが、僕が停車したのをみて、再び加速してこちらに近づいてきた。
クーペがスペースに寄り、僕がその横をすり抜け、前へ出た。
クーペがミラーの中を遠ざかっていった。
そのとき、僕は自分がクーペに気を取られ、片岸分校を通りすぎてしまったことに気づいた。
と同時に、片岸分校がなかったのではないか?と思った。
校舎の部分だけ色が抜けた映像が脳裏をよぎった。
30メートルほど進み、屯所前の駐車場でUターンし、僕はもどった。
やはりなかった。
校舎は解体されていた。
門柱も消えている。
残っているのは道路端の防火水槽だけだった。
インプレッサのドアを開け、外に出た。
校庭端の、太い枝が張り出し、葉がびっしりと繁り、雨をさえぎっている下に、僕は立った。
★何か跡形はないかと校地を歩き回ったが、何もなかった。
完璧に【無】だ。
潔いといえば潔い。
跡地利用との関係上、一切、何も残せなかったにちがいない。
猛烈な喪失感に襲われた。
僕は片岸分校の関係者ではない。
教師と子ども、地区の人々が活動していた頃のこともまったく知らない。
数年前、たまたま廃墟状態の分校を訪れた旅の人間に過ぎない。
にもかかわらず、この喪失感はいったい何なのだろう?
僕はインプレッサの中に入り、スマートホンでGoogleの地図を開いた。
「苫米地駅」で検索すると、この地区の地図が出た。
片岸地区をディスプレイの中心に置き、グイグイと拡大してから、「航空写真」のメニューを選択した。
ひょっとしたら、Google地図の中に片岸分校が残っているかもしれないと思ったからだ。
しかし、結果は【無】。(2014年5月撮影。)
どうしても見つけ出したかった。
瞬間的に、今度はYahoo!地図を開いた。
Yahoo!には悪いが、Yahoo!地図なら校舎は残されているような気がした。
おお! 僕の予想が当たった。
木々に囲まれた片岸分校の緑屋根がキラキラと輝き、校舎の輪郭が鮮やかに浮き出している。
見つめているうちに、僕は、これでいいかな……と思った。
フロントガラスの外では濃い霧が丘陵地から流れ降りて校舎があったあたりを覆い始めていた。
★以下の画像=2013/06/25に訪れた時に撮影。
◆【職員室通信】ですよ!
★人生は山あり、谷あり、涙あり……非連続の連続の大冒険だ!(教師修業シリーズ・職員室通信)
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