2015年06月30日
★Yahoo!には悪いが、ヤフー地図なら解体前の建物は残されているのではないか? おお、予想が的中!
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◆【再び疾駆〈憧れ・諦め・幻滅・自棄・絶望〉走り書き】――★朝、起きて窓のブラインドを開けると、外は細かい雨が降りつづいていた。
「梅雨空の片岸分校」を撮影することにして、インプレッサG4で出発した。
八戸から国道104号を西に向かい、南部町役場前(旧福地村役場)を右に入る。
青い森鉄道・苫米地駅と片岸地区を結ぶ、青田の中の一本道を走り、2つ目の十字路を左に曲がった。
道幅が狭くなった。
右側は民家の長い板塀、左側は農家のビニールハウスが並んでいる。
前方に対向車(白いクーペ)が見えた。
どちらかが道路際に深く寄せないとすれ違えない。
僕のすぐ前方の右側に、ちょうどいいスペースがある。
クーペに寄ってもらおうと、僕は停車した。
クーペの近くにもスペースがあったようで、いったん減速しつつ寄っていったが、僕が停車したのをみて、再び加速してこちらに近づいてきた。
クーペがスペースに寄り、僕がその横をすり抜け、前へ出た。
クーペがミラーの中を遠ざかっていった。
そのとき、僕は自分がクーペに気を取られ、片岸分校を通りすぎてしまったことに気づいた。
と同時に、片岸分校がなかったのではないか?と思った。
校舎の部分だけ色が抜けた映像が脳裏をよぎった。
30メートルほど進み、屯所前の駐車場でUターンし、僕はもどった。
やはりなかった。
校舎は解体されていた。
門柱も消えている。
残っているのは道路端の防火水槽だけだった。
インプレッサのドアを開け、外に出た。
校庭端の、太い枝が張り出し、葉がびっしりと繁り、雨をさえぎっている下に、僕は立った。
★何か跡形はないかと校地を歩き回ったが、何もなかった。
完璧に【無】だ。
潔いといえば潔い。
跡地利用との関係上、一切、何も残せなかったにちがいない。
猛烈な喪失感に襲われた。
僕は片岸分校の関係者ではない。
教師と子ども、地区の人々が活動していた頃のこともまったく知らない。
数年前、たまたま廃墟状態の分校を訪れた旅の人間に過ぎない。
にもかかわらず、この喪失感はいったい何なのだろう?
僕はインプレッサの中に入り、スマートホンでGoogleの地図を開いた。
「苫米地駅」で検索すると、この地区の地図が出た。
片岸地区をディスプレイの中心に置き、グイグイと拡大してから、「航空写真」のメニューを選択した。
ひょっとしたら、Google地図の中に片岸分校が残っているかもしれないと思ったからだ。
しかし、結果は【無】。(2014年5月撮影。)
どうしても見つけ出したかった。
瞬間的に、今度はYahoo!地図を開いた。
Yahoo!には悪いが、Yahoo!地図なら校舎は残されているような気がした。
おお! 僕の予想が当たった。
木々に囲まれた片岸分校の緑屋根がキラキラと輝き、校舎の輪郭が鮮やかに浮き出している。
見つめているうちに、僕は、これでいいかな……と思った。
フロントガラスの外では濃い霧が丘陵地から流れ降りて校舎があったあたりを覆い始めていた。
★以下の画像=2013/06/25に訪れた時に撮影。
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