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2019年04月21日
新しい記憶を作り出す
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
記憶を作り変えるA
新しい記憶を作り出す
1990年公開の『トータル・リコール』という有名なSF映画がある。
人気俳優アーノルド・シュワルツェネッガー演じる主人公は、ある組織から自分の過去についての偽の
記憶を脳内に植え付けられてしまう。
このアイデアはもちろん1990年においては全くの虚構だった。
しかし、それから四半世紀過ぎた今、少なくともマウスの世界では夢物語ではなくなっている。
脳に蓄えられている記憶のことを、私たち研究者は「記憶痕跡(記憶エングラム)」と呼んでいる。
その実体は、ある経験をした時に活動した特定の神経細胞集団(セルアセンブリ)だ。
記憶はセルアセンブリの形で符号化されて蓄えられている。
セルアセンブリが再び活動すると、その記憶が想起される。
学習時に一緒に活動した神経細胞どうしは強い連絡で結ばれているため、何かのきっかけで一部の神経
細胞が活動すると、このセルアセンブリ全体が活動し、その結果として記憶が想起されるのだ。
異なる記憶痕跡には異なるセルアセンブリが対応する。
では、複数の記憶が連合する時にセルアセンブリでは一体何が起こっているのだろうか?
2015年に私たちは、完全に独立した古い記憶を人為的に連合させ、新しい記憶を作り出すことに
成功した。
映画『トータル・リコール』の虚構世界に比べればシンプルとはいえ、新しい記憶をマウスに植え付けること
に実験的に成功したのだ。
2つの記憶を連合させる
実験にはマウスへの恐怖条件付け学習を用いた。
手順は次の通りだ。
まず、マウスを実験用の丸い部屋に入れる。
初めての環境なのでマウスは興味を持って探索行動を始める。
ここで6分ほど遊ばせ、「丸い部屋に入った」という記憶を根づかさせる。
次に、一旦丸い部屋から取り出し30分ほど時間を置いてから、今度は四角の部屋に入れるが、
いきなり電気ショックを与え、すぐにそこから取り出す。
マウスにとっては「なんだかよくわからないけど、どっかの部屋に入れられて、ビリッとした」という
経験をしたわけだ。
ここでポイントとなるのは、ビリッとした経験は覚えているが、どんな部屋でビリッとしたのかは
覚えていない点だ。
部屋の様子を観察するまでもなく電気ショックを与えられ、すぐに出されてしまったからだ。
翌日、これらのマウスを丸いへやに入れても怖がることはない。
このことから、丸い部屋の体験と電気ショックの恐怖体験は独立した記憶として覚え込まれたことが
わかる。
次に、遺伝子組み換え技術と光遺伝学の技術を組み合わせて、これらの独立した記憶を人為的に連合
できるかどうかを試みた。
操作するのは脳の海馬という領域と扁桃体という領域だ。
ヒトでもマウスでも、海馬は記憶を司る部位で、扁桃体は恐怖や喜びといった感情の記憶に関わる
場所だ。
丸い部屋に入った時に活動した海馬と扁桃体のセルアセンブリ(丸い部屋の記憶痕跡)と電気色を
受けた時に活動した海馬と扁桃体のセルアセンブリ(電気ショックの記憶痕跡)に遺伝子操作で
チャネルロドプシン2という青い光に反応するタンパク質が発現するようにした。
このタンパク質を発現した神経細胞は、青い光をあてることによって活性化させることができる。
丸い部屋体験と電気ショック体験の1日後に、いつもの飼育箱(ホームケージ)でくつろいでいる
マウスに、海馬と扁桃体に刺した光ファイバーを通じて青色レーザー光を2分間照射し、チャネル
ロドプシン発現細胞を活動させた。
この操作をすると、丸い部屋のセルアセンブリと電気ショックのセルアセンブリが同期して活動する
ことになる。
2つの記憶を無理やり同時に蘇らせるわけである。
マウスからすると、丸い部屋の記憶と電気ショックの記憶がフラッシュバックしている。
翌日、これらのマウスを丸い部屋に入れると、身体をすくませた。
恐怖を感じているしるしだ。
それぞれ独立した記憶をもつ記憶痕跡セルアセンブリが、ホームケージにいる時に強制的に同期して
活動させられることで、本来は関係のない2つの記憶が関連づけられたわけだ。
だから、丸い部屋に入れられて、丸い部屋のセルアセンブリが活動すると、電気ショック記憶のセル
アセンブリが引きづられて活動し、マウスは恐怖反応を示したのだ。
さらに、この実験のように人工的に作られた連合記憶と通常の生理的な条件下での連合記憶は、質的な
違いはないこともわかった。
その根拠は2つある。
1つは、記憶が連合するときの分子メカニズムが同じであったことだ。
神経細胞は長い突起を伸ばした独特の形をしている。
この突起にある「シナプス」を介して他の神経細胞と情報のやり取りをしている。
普段、記憶の連合が生じる時には、タンパク質の合成とNMDA受容体を必要とする。
NMDA受容体は神経細胞の表面にあり、シナプスで情報をやり取りする時に使われる。
タンパク質の合成を阻害したり、NMDA受容体を働けなくすると、記憶の連合は起きなくなる。
これと同じことが、人為的な記憶の連合でも観察できた。
もう1つの根拠は、人為的に連合された恐怖記憶も、通常の方法で形成された連合記憶と同じように
時間経過とともに「記憶の般化」という過程をたどっていった点だ。
一般的に、恐怖記憶は体験から時間の経った遠隔記憶になると、場所の特異性が失われ、学習時の空間
とは異なる空間(違う箱)でも恐怖反応を示すようになる。
これを「記憶の般化」と呼んでいる。
この実験でも当初は丸いへやに入れられることが引き金になって恐怖反応を示したことが、記憶の般化
が起きると何らかの部屋に入れられるだけで恐怖反応を示すようになる。
参考文献:別冊日経サイエンス『最新科学が解き明かす脳と心』
2017年12月16日刊
発行:日経サイエンス社 発売:日本経済新聞出版社
記憶を作り変えるA
新しい記憶を作り出す
1990年公開の『トータル・リコール』という有名なSF映画がある。
人気俳優アーノルド・シュワルツェネッガー演じる主人公は、ある組織から自分の過去についての偽の
記憶を脳内に植え付けられてしまう。
このアイデアはもちろん1990年においては全くの虚構だった。
しかし、それから四半世紀過ぎた今、少なくともマウスの世界では夢物語ではなくなっている。
脳に蓄えられている記憶のことを、私たち研究者は「記憶痕跡(記憶エングラム)」と呼んでいる。
その実体は、ある経験をした時に活動した特定の神経細胞集団(セルアセンブリ)だ。
記憶はセルアセンブリの形で符号化されて蓄えられている。
セルアセンブリが再び活動すると、その記憶が想起される。
学習時に一緒に活動した神経細胞どうしは強い連絡で結ばれているため、何かのきっかけで一部の神経
細胞が活動すると、このセルアセンブリ全体が活動し、その結果として記憶が想起されるのだ。
異なる記憶痕跡には異なるセルアセンブリが対応する。
では、複数の記憶が連合する時にセルアセンブリでは一体何が起こっているのだろうか?
2015年に私たちは、完全に独立した古い記憶を人為的に連合させ、新しい記憶を作り出すことに
成功した。
映画『トータル・リコール』の虚構世界に比べればシンプルとはいえ、新しい記憶をマウスに植え付けること
に実験的に成功したのだ。
2つの記憶を連合させる
実験にはマウスへの恐怖条件付け学習を用いた。
手順は次の通りだ。
まず、マウスを実験用の丸い部屋に入れる。
初めての環境なのでマウスは興味を持って探索行動を始める。
ここで6分ほど遊ばせ、「丸い部屋に入った」という記憶を根づかさせる。
次に、一旦丸い部屋から取り出し30分ほど時間を置いてから、今度は四角の部屋に入れるが、
いきなり電気ショックを与え、すぐにそこから取り出す。
マウスにとっては「なんだかよくわからないけど、どっかの部屋に入れられて、ビリッとした」という
経験をしたわけだ。
ここでポイントとなるのは、ビリッとした経験は覚えているが、どんな部屋でビリッとしたのかは
覚えていない点だ。
部屋の様子を観察するまでもなく電気ショックを与えられ、すぐに出されてしまったからだ。
翌日、これらのマウスを丸いへやに入れても怖がることはない。
このことから、丸い部屋の体験と電気ショックの恐怖体験は独立した記憶として覚え込まれたことが
わかる。
次に、遺伝子組み換え技術と光遺伝学の技術を組み合わせて、これらの独立した記憶を人為的に連合
できるかどうかを試みた。
操作するのは脳の海馬という領域と扁桃体という領域だ。
ヒトでもマウスでも、海馬は記憶を司る部位で、扁桃体は恐怖や喜びといった感情の記憶に関わる
場所だ。
丸い部屋に入った時に活動した海馬と扁桃体のセルアセンブリ(丸い部屋の記憶痕跡)と電気色を
受けた時に活動した海馬と扁桃体のセルアセンブリ(電気ショックの記憶痕跡)に遺伝子操作で
チャネルロドプシン2という青い光に反応するタンパク質が発現するようにした。
このタンパク質を発現した神経細胞は、青い光をあてることによって活性化させることができる。
丸い部屋体験と電気ショック体験の1日後に、いつもの飼育箱(ホームケージ)でくつろいでいる
マウスに、海馬と扁桃体に刺した光ファイバーを通じて青色レーザー光を2分間照射し、チャネル
ロドプシン発現細胞を活動させた。
この操作をすると、丸い部屋のセルアセンブリと電気ショックのセルアセンブリが同期して活動する
ことになる。
2つの記憶を無理やり同時に蘇らせるわけである。
マウスからすると、丸い部屋の記憶と電気ショックの記憶がフラッシュバックしている。
翌日、これらのマウスを丸い部屋に入れると、身体をすくませた。
恐怖を感じているしるしだ。
それぞれ独立した記憶をもつ記憶痕跡セルアセンブリが、ホームケージにいる時に強制的に同期して
活動させられることで、本来は関係のない2つの記憶が関連づけられたわけだ。
だから、丸い部屋に入れられて、丸い部屋のセルアセンブリが活動すると、電気ショック記憶のセル
アセンブリが引きづられて活動し、マウスは恐怖反応を示したのだ。
さらに、この実験のように人工的に作られた連合記憶と通常の生理的な条件下での連合記憶は、質的な
違いはないこともわかった。
その根拠は2つある。
1つは、記憶が連合するときの分子メカニズムが同じであったことだ。
神経細胞は長い突起を伸ばした独特の形をしている。
この突起にある「シナプス」を介して他の神経細胞と情報のやり取りをしている。
普段、記憶の連合が生じる時には、タンパク質の合成とNMDA受容体を必要とする。
NMDA受容体は神経細胞の表面にあり、シナプスで情報をやり取りする時に使われる。
タンパク質の合成を阻害したり、NMDA受容体を働けなくすると、記憶の連合は起きなくなる。
これと同じことが、人為的な記憶の連合でも観察できた。
もう1つの根拠は、人為的に連合された恐怖記憶も、通常の方法で形成された連合記憶と同じように
時間経過とともに「記憶の般化」という過程をたどっていった点だ。
一般的に、恐怖記憶は体験から時間の経った遠隔記憶になると、場所の特異性が失われ、学習時の空間
とは異なる空間(違う箱)でも恐怖反応を示すようになる。
これを「記憶の般化」と呼んでいる。
この実験でも当初は丸いへやに入れられることが引き金になって恐怖反応を示したことが、記憶の般化
が起きると何らかの部屋に入れられるだけで恐怖反応を示すようになる。
参考文献:別冊日経サイエンス『最新科学が解き明かす脳と心』
2017年12月16日刊
発行:日経サイエンス社 発売:日本経済新聞出版社
2019年04月20日
記憶を作り変える
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
記憶を新しくつくり、消し去る実験
・私たちの記憶は、それに対応する特定の細胞集団(セルアセンブリ)として脳に蓄えられている。
・マウスの実験で記憶A(丸い部屋)と記憶B(電気ショック)のセルアセンブリを繰り返し同期させて活性化
させると、マウスは記憶Aの丸い部屋に入れられたことをきっかけに、記憶Bの電気ショックを想起して
恐怖反応を示すようになった。
記憶を新しく関連づけることができたのだ。
両方のセルアセンブリに属するオーバーラップ細胞が増えたためだろう。
・逆に関連づいていた記憶を切り離すことも可能だ。
オーバーラップ細胞の活動を実験的に抑えると、2つの記憶を切り離すことができた。
・こうした研究は新しい実験技術が可能にした。
技術の進歩のおかげで脳科学は飛躍的な進歩を遂げている。
記憶を作り変える
独立した2つの記憶を結びつけて新しい記憶にしたり
結びついている記憶を切り離したり
SFのような話だがマウスの実験では可能になっている
井ノ口馨(いのぐち かおる) 富山大学
脳科学の究極の目標は、人間の精神の営みを理解することだ。
精神の営みの基盤には「知識や概念」がある。
私たちが何かを志向するときには、過去に獲得した知識を使いながら新しい事柄を考えていく。
創造性も、そのベースになっているのは過去の知識だ。
知識や概念は1つひとつの記憶や体験をて適切に関連づける(連合させる)ことで形成される。
もし記憶どうしを関連づけることができなければ、知識を形成できず、精神的な営みもできない。
そうした意味で、「記憶の連合」は人間の精神の営みの最も根源にあるといえる。
異なる記憶どうしを連合してあらたな意味をもつ記憶や知識を形成する能力は、脳がもつ最も重要な機能の
1つだ。
私たちは毎日膨大な量の情報を外界から受けている。
それらの記憶は1つひとつが独立したものではなく、互いに関連付けられて脳内に蓄えられていく。
例えば、仕事が終わってからのくつろいだディナーの場面。
料理の味や香りだけでなく、レストランの雰囲気、窓から見える夜景、その時間を共にした仲間との会話、
部屋に流れるピアノの音色―。
それらの記憶は別々のものではなく、夜の素晴らしいひとときの記憶として関連付けされ蓄えられていく。
このように、出来事には必ず複数の情報が含まれている。
記憶として保持するには、脳の各部から送られてくる複数の情報を1個の『記憶』としてまとめ上げなければ
ならない。
概念形成にも記憶の関連付け
さらに、たくさんの記憶が蓄えられていくにつれ、似たような記憶は県連付けられていき、
新たな意味をもった記憶に更新されていく。
私たちはラブラドールレトリーバーを見ても、マルチーズを見ても、「犬」と認識する。
しかし、犬という概念を持っていなければ、あれだけ大きさも形も違う動物を同種のものとは思わない
だろう。
子どもはまわりの大人から「あれはワンワン、犬だね」とか「違うよ、あれニャーニャー、猫よ」などと
繰り返し教えられるうちに、犬とほかの動物の区別がつくようになり、やがては初めて見る犬種でも、
犬だとわかるようになる。
動物を見たときに似たような記憶を脳内から探し出し、比較検討を重ねた結果、犬であると結論付け、
新たな知識=記憶を得るのだ。
人間にとって知識や概念の形成は、異なる経験を通して獲得した記憶を既存の記憶に適切に関連付けていく
作業だと言える。
脳内では個々の記憶が相互に作用し合うことで新たな結びつきが生まれ、既存の記憶が更新されていくと
考えられている。
一方で、関連付けが不適切に行われると、精神疾患の症状を示したり、記憶錯誤などに陥ったりすることも
考えられる。
本来は関連性の弱い記憶どうしの不必要な結びつきはPTSD(心的外傷後ストレス障害)にも関わっていて、
これを理解することは医学的にも重要だ。
PTSDは、強い恐怖などのトラウマ体験の記憶と本来はニュートラルなほかの記憶が不必要に結びつき、
ニュートラルな刺激でトラウマ体験を想起してしまうと考えられている。
このような観点から、記憶どうしが関連付けられる仕組みに関して、多くの神経科学者が研究を進めている。
光遺伝子(オプトジェネティクス)をはじめとする新しい実験技術の登場で、記憶研究は大きな転換期を
迎え、飛躍的に進展している。
これらの技術で神経細胞集団の活動を自由に操ることが可能になり、記憶が連合されて新しい意味をもつ記憶
が形成される仕組みが明らかになってきた。
参考文献:別冊日経サイエンス『最新科学が解き明かす脳と心』
2017年12月16日刊
発行:日経サイエンス社 発売:日本経済新聞出版社
記憶を新しくつくり、消し去る実験
・私たちの記憶は、それに対応する特定の細胞集団(セルアセンブリ)として脳に蓄えられている。
・マウスの実験で記憶A(丸い部屋)と記憶B(電気ショック)のセルアセンブリを繰り返し同期させて活性化
させると、マウスは記憶Aの丸い部屋に入れられたことをきっかけに、記憶Bの電気ショックを想起して
恐怖反応を示すようになった。
記憶を新しく関連づけることができたのだ。
両方のセルアセンブリに属するオーバーラップ細胞が増えたためだろう。
・逆に関連づいていた記憶を切り離すことも可能だ。
オーバーラップ細胞の活動を実験的に抑えると、2つの記憶を切り離すことができた。
・こうした研究は新しい実験技術が可能にした。
技術の進歩のおかげで脳科学は飛躍的な進歩を遂げている。
記憶を作り変える
独立した2つの記憶を結びつけて新しい記憶にしたり
結びついている記憶を切り離したり
SFのような話だがマウスの実験では可能になっている
井ノ口馨(いのぐち かおる) 富山大学
脳科学の究極の目標は、人間の精神の営みを理解することだ。
精神の営みの基盤には「知識や概念」がある。
私たちが何かを志向するときには、過去に獲得した知識を使いながら新しい事柄を考えていく。
創造性も、そのベースになっているのは過去の知識だ。
知識や概念は1つひとつの記憶や体験をて適切に関連づける(連合させる)ことで形成される。
もし記憶どうしを関連づけることができなければ、知識を形成できず、精神的な営みもできない。
そうした意味で、「記憶の連合」は人間の精神の営みの最も根源にあるといえる。
異なる記憶どうしを連合してあらたな意味をもつ記憶や知識を形成する能力は、脳がもつ最も重要な機能の
1つだ。
私たちは毎日膨大な量の情報を外界から受けている。
それらの記憶は1つひとつが独立したものではなく、互いに関連付けられて脳内に蓄えられていく。
例えば、仕事が終わってからのくつろいだディナーの場面。
料理の味や香りだけでなく、レストランの雰囲気、窓から見える夜景、その時間を共にした仲間との会話、
部屋に流れるピアノの音色―。
それらの記憶は別々のものではなく、夜の素晴らしいひとときの記憶として関連付けされ蓄えられていく。
このように、出来事には必ず複数の情報が含まれている。
記憶として保持するには、脳の各部から送られてくる複数の情報を1個の『記憶』としてまとめ上げなければ
ならない。
概念形成にも記憶の関連付け
さらに、たくさんの記憶が蓄えられていくにつれ、似たような記憶は県連付けられていき、
新たな意味をもった記憶に更新されていく。
私たちはラブラドールレトリーバーを見ても、マルチーズを見ても、「犬」と認識する。
しかし、犬という概念を持っていなければ、あれだけ大きさも形も違う動物を同種のものとは思わない
だろう。
子どもはまわりの大人から「あれはワンワン、犬だね」とか「違うよ、あれニャーニャー、猫よ」などと
繰り返し教えられるうちに、犬とほかの動物の区別がつくようになり、やがては初めて見る犬種でも、
犬だとわかるようになる。
動物を見たときに似たような記憶を脳内から探し出し、比較検討を重ねた結果、犬であると結論付け、
新たな知識=記憶を得るのだ。
人間にとって知識や概念の形成は、異なる経験を通して獲得した記憶を既存の記憶に適切に関連付けていく
作業だと言える。
脳内では個々の記憶が相互に作用し合うことで新たな結びつきが生まれ、既存の記憶が更新されていくと
考えられている。
一方で、関連付けが不適切に行われると、精神疾患の症状を示したり、記憶錯誤などに陥ったりすることも
考えられる。
本来は関連性の弱い記憶どうしの不必要な結びつきはPTSD(心的外傷後ストレス障害)にも関わっていて、
これを理解することは医学的にも重要だ。
PTSDは、強い恐怖などのトラウマ体験の記憶と本来はニュートラルなほかの記憶が不必要に結びつき、
ニュートラルな刺激でトラウマ体験を想起してしまうと考えられている。
このような観点から、記憶どうしが関連付けられる仕組みに関して、多くの神経科学者が研究を進めている。
光遺伝子(オプトジェネティクス)をはじめとする新しい実験技術の登場で、記憶研究は大きな転換期を
迎え、飛躍的に進展している。
これらの技術で神経細胞集団の活動を自由に操ることが可能になり、記憶が連合されて新しい意味をもつ記憶
が形成される仕組みが明らかになってきた。
参考文献:別冊日経サイエンス『最新科学が解き明かす脳と心』
2017年12月16日刊
発行:日経サイエンス社 発売:日本経済新聞出版社
2019年04月19日
『最新科学が解き明かす脳と心』
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
シリーズ第2弾
『最新科学が解き明かす脳と心』
記憶を作り変える
連想を生むニューロン集団
生活習慣で認知症のリスク低減―大規模調査で見えたカギ
アルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)に負けない力を蓄える
ALS(筋萎縮性側索硬化症)にあらたな手がかりーアンチセンス医薬の可能性
慢性疼痛を鎮める新アプローチ
かゆみの科学
究極の選択?麻薬依存をイボガインで治療
マリファナはきっぱり有害
ドラッグに翻弄される脳
ネット化された霊長類
グーグル効果 ネットが変える脳
陰謀論を増幅 ネットの共鳴箱効果
自由意志なき世界
自由意志が存在する理由
隠された難聴
うつ病治療に運動を取り入れる
火星旅行の壁 宇宙放射線で脳障害
男女の脳はどれほど違う?
参考文献:別冊日経サイエンス『最新科学が解き明かす脳と心』
2017年12月16日刊
発行:日経サイエンス社 発売:日本経済新聞出版社
シリーズ第2弾
『最新科学が解き明かす脳と心』
記憶を作り変える
連想を生むニューロン集団
生活習慣で認知症のリスク低減―大規模調査で見えたカギ
アルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)に負けない力を蓄える
ALS(筋萎縮性側索硬化症)にあらたな手がかりーアンチセンス医薬の可能性
慢性疼痛を鎮める新アプローチ
かゆみの科学
究極の選択?麻薬依存をイボガインで治療
マリファナはきっぱり有害
ドラッグに翻弄される脳
ネット化された霊長類
グーグル効果 ネットが変える脳
陰謀論を増幅 ネットの共鳴箱効果
自由意志なき世界
自由意志が存在する理由
隠された難聴
うつ病治療に運動を取り入れる
火星旅行の壁 宇宙放射線で脳障害
男女の脳はどれほど違う?
参考文献:別冊日経サイエンス『最新科学が解き明かす脳と心』
2017年12月16日刊
発行:日経サイエンス社 発売:日本経済新聞出版社
2019年04月18日
驚異的な才能が失われたサヴァンの少女
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
コラム
驚異的な才能が失われたサヴァンの少女
天才的な絵画の才能を持っていたサヴァンの少女を紹介しよう。
ナディアは知的障害を持っている子供だった。
しかし、3歳の頃にはすでに、卓越した絵画の才能を発揮していた。
下の写真はどれも、7歳までにナディアが描いた絵画である。
その能力は、同じ歳の子供が描いた絵と比べてみると明らかである。
やがて、7歳になった彼女は、自閉症の学校に入学し、そこで言葉の教育を重点的に受けるようになった。
その教育のおかげで、彼女の言語能力は改善した。
しかし、幼い頃に見せていた天才的な絵画の才能はなくなっていったのである。
ナディアは、言語能力を獲得してから特殊な才能を失ったサヴァンの例である。
ただし、サヴァンが皆、ナディアのようになるわけではない。
訓練によって社会的な能力を身につけても、その特殊能力を失うことなく、社会の中でその能力を有効に
生かすサヴァンも存在する。
サヴァンの少女ナディアが示した絵画の才能
知的障害を持っていたイギリスの少女、ナディア・チョミンは、3歳の頃から天才的な絵画の才能を発揮する
サヴァンであった。
しかし7歳から学校に入学して、言語を習得するとともに、その能力は失われていった。
なお、2点のイラストはどれも、才能が失われる前のナディアが描いた作品である。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2014年7月15日発行
コラム
驚異的な才能が失われたサヴァンの少女
天才的な絵画の才能を持っていたサヴァンの少女を紹介しよう。
ナディアは知的障害を持っている子供だった。
しかし、3歳の頃にはすでに、卓越した絵画の才能を発揮していた。
下の写真はどれも、7歳までにナディアが描いた絵画である。
その能力は、同じ歳の子供が描いた絵と比べてみると明らかである。
やがて、7歳になった彼女は、自閉症の学校に入学し、そこで言葉の教育を重点的に受けるようになった。
その教育のおかげで、彼女の言語能力は改善した。
しかし、幼い頃に見せていた天才的な絵画の才能はなくなっていったのである。
ナディアは、言語能力を獲得してから特殊な才能を失ったサヴァンの例である。
ただし、サヴァンが皆、ナディアのようになるわけではない。
訓練によって社会的な能力を身につけても、その特殊能力を失うことなく、社会の中でその能力を有効に
生かすサヴァンも存在する。
サヴァンの少女ナディアが示した絵画の才能
知的障害を持っていたイギリスの少女、ナディア・チョミンは、3歳の頃から天才的な絵画の才能を発揮する
サヴァンであった。
しかし7歳から学校に入学して、言語を習得するとともに、その能力は失われていった。
なお、2点のイラストはどれも、才能が失われる前のナディアが描いた作品である。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2014年7月15日発行
2019年04月17日
電気刺激と脳力開花A
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
脳の疾患と脳力
電気刺激と脳力開花A
正答率0%の超難問でも、刺激を与えれば40%以上の人がとけた
別のひらめき問題を使った実験も行われている。
前日の実験と同様、右脳を活発化して左脳を抑えるような電気刺激を与えたグループと、偽りの刺激を与えた
グループを作り、9個の点を一筆書きで結ばせるひらめき問題を解いてもらったのである。
その結果、偽りの背劇を与えられたグループの正答率はゼロという超難問であったにも関わらず、右脳を活発化
させられたグループでは、40%以上もの正答率であった。
歴代の天才たちと同じく、サヴァンの人は私たち凡人が到底及ばないような天才的な能力を持っている。
しかし、前日で紹介したマッチ棒の実験や、この一筆書きの実験から、彼らの脳内のように、左右の脳の働き方のバランスを人工的に変えることで、凡人でもその能力に変化を生じさせることができるかもしれない、という一つの例が示されたことになる。
しかし、人工的に脳の働き方を変えることは、倫理の問題も含めて、様々な問題を抱えており、否定的な考えを持つ研究者も少なくない。
また、芸術的なトレーニングを積むと、左右の前頭前野の活動量を変えることができるという報告もあるので、電気刺激を与えずにひらめき度を上げるトレーニングも開発できるようになるかもしれない。
超難問を、刺激を与えられた人の40%以上が解いた
9個の店が並んでいる。
この9個の店の全てを、4本の折れ線によって一筆書きで結んでみてほしい(一つの点の上を通る直線は1本のみ)。
一見簡単そうに見える問題だが、実は超難問として知られている。
解けない理由は、この問題を見たときに正方形の外形を見てしまう「先入観」だ。
ところが、マッチ棒の問題と同様の方法で、左脳を抑えて右脳を活発化した被験者では、33人のうち14人、つまり40%以上の人が問題を解くことができた。
一方、偽りの刺激を与えられた29人の被験者は、誰も解くことができなかった。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2014年7月15日発行
脳の疾患と脳力
電気刺激と脳力開花A
正答率0%の超難問でも、刺激を与えれば40%以上の人がとけた
別のひらめき問題を使った実験も行われている。
前日の実験と同様、右脳を活発化して左脳を抑えるような電気刺激を与えたグループと、偽りの刺激を与えた
グループを作り、9個の点を一筆書きで結ばせるひらめき問題を解いてもらったのである。
その結果、偽りの背劇を与えられたグループの正答率はゼロという超難問であったにも関わらず、右脳を活発化
させられたグループでは、40%以上もの正答率であった。
歴代の天才たちと同じく、サヴァンの人は私たち凡人が到底及ばないような天才的な能力を持っている。
しかし、前日で紹介したマッチ棒の実験や、この一筆書きの実験から、彼らの脳内のように、左右の脳の働き方のバランスを人工的に変えることで、凡人でもその能力に変化を生じさせることができるかもしれない、という一つの例が示されたことになる。
しかし、人工的に脳の働き方を変えることは、倫理の問題も含めて、様々な問題を抱えており、否定的な考えを持つ研究者も少なくない。
また、芸術的なトレーニングを積むと、左右の前頭前野の活動量を変えることができるという報告もあるので、電気刺激を与えずにひらめき度を上げるトレーニングも開発できるようになるかもしれない。
超難問を、刺激を与えられた人の40%以上が解いた
9個の店が並んでいる。
この9個の店の全てを、4本の折れ線によって一筆書きで結んでみてほしい(一つの点の上を通る直線は1本のみ)。
一見簡単そうに見える問題だが、実は超難問として知られている。
解けない理由は、この問題を見たときに正方形の外形を見てしまう「先入観」だ。
ところが、マッチ棒の問題と同様の方法で、左脳を抑えて右脳を活発化した被験者では、33人のうち14人、つまり40%以上の人が問題を解くことができた。
一方、偽りの刺激を与えられた29人の被験者は、誰も解くことができなかった。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2014年7月15日発行
2019年04月16日
電気刺激と脳力開花@
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
脳の疾患と脳力
電気刺激と脳力開花@
左脳と右脳の働き方を変えれば、能力を開花させられる?
サヴァンの人のように病気や事故ではなく、人工的に短期間だけ、左脳と右脳の働き方のバランスを変える
実験の例を紹介しよう。
強力な磁石や電極を、健康な人の頭の特定の場所に配置して、皮膚の上から磁力や電流の力で神経細胞の働き方を変える方法である。
電流を流し、脳の表面にある神経細胞の働き方を変える方法を「経頭蓋直流電気刺激(けいとうがいちょくりゅうでんきしげき)」と呼ぶ。
頭の特定の領域に電極を配置して、皮膚の上から弱い電流を流す。
すると負極の下の神経細胞は活動が活発になり、正極の下の神経細胞は抑えられる。
活動の変化は電流を流してから1時間ほど続く。
オーストラリア、シドニー大学精神センター所長のアラン・スナイダー博士たちは、この方法を使って60人の同じ利き手被験者に対して実験を行い、2011年にオンライン科学誌『PLOS ONE(プロス ワン)』に論文を発表した。
まず被験者を、左脳の働きを抑えて右脳の働きを活発にするグループ、反対に右脳の働きを抑えて左脳を活発にするグループ、最初のみ刺激を与えてすぐに止める偽りの刺激を与えるグループに分け、
彼らに“ひらめき問題”を解かせた。
このひらめき問題はマッチ棒を使った問題だ。
被験者はマッチ棒を並べて書かれた数式を見せられる。
しかしそれらの数式はそのままでは正しくない。
被験者は、いったい、どのマッチ棒1本を動かせば正しい数式ができるのか、答えなければならないのだ。
実験の結果、左脳の働きが抑えられて右脳が活発であるというグループはほぼ60%の正答率を出したのに
対し、残り二つのグループの正答率はともにほぼ20%だった。
人工的な操作で、一時的に能力がアップする?
普通の人たちでも、人工的な操作を加えることで、一時的に脳の活動の状態を通常の状態と変えることが
できる。
脳に電気刺激を与える方法で左脳と右脳の働き方を変えて、先入観に邪魔されやすい問題をといてもらった。
その結果、左脳の働きを抑え、右脳を活発にするパターンへと脳の活動状態を一時的に帰られた被験者で、
正答率が高くなった。
活性化された右脳、抑圧された左脳―正答率 60%
抑圧された右脳、活性化された左脳―正答率 20%
偽刺激(右普通、左普通) ―正答率 20%
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2014年7月15日発行
脳の疾患と脳力
電気刺激と脳力開花@
左脳と右脳の働き方を変えれば、能力を開花させられる?
サヴァンの人のように病気や事故ではなく、人工的に短期間だけ、左脳と右脳の働き方のバランスを変える
実験の例を紹介しよう。
強力な磁石や電極を、健康な人の頭の特定の場所に配置して、皮膚の上から磁力や電流の力で神経細胞の働き方を変える方法である。
電流を流し、脳の表面にある神経細胞の働き方を変える方法を「経頭蓋直流電気刺激(けいとうがいちょくりゅうでんきしげき)」と呼ぶ。
頭の特定の領域に電極を配置して、皮膚の上から弱い電流を流す。
すると負極の下の神経細胞は活動が活発になり、正極の下の神経細胞は抑えられる。
活動の変化は電流を流してから1時間ほど続く。
オーストラリア、シドニー大学精神センター所長のアラン・スナイダー博士たちは、この方法を使って60人の同じ利き手被験者に対して実験を行い、2011年にオンライン科学誌『PLOS ONE(プロス ワン)』に論文を発表した。
まず被験者を、左脳の働きを抑えて右脳の働きを活発にするグループ、反対に右脳の働きを抑えて左脳を活発にするグループ、最初のみ刺激を与えてすぐに止める偽りの刺激を与えるグループに分け、
彼らに“ひらめき問題”を解かせた。
このひらめき問題はマッチ棒を使った問題だ。
被験者はマッチ棒を並べて書かれた数式を見せられる。
しかしそれらの数式はそのままでは正しくない。
被験者は、いったい、どのマッチ棒1本を動かせば正しい数式ができるのか、答えなければならないのだ。
実験の結果、左脳の働きが抑えられて右脳が活発であるというグループはほぼ60%の正答率を出したのに
対し、残り二つのグループの正答率はともにほぼ20%だった。
人工的な操作で、一時的に能力がアップする?
普通の人たちでも、人工的な操作を加えることで、一時的に脳の活動の状態を通常の状態と変えることが
できる。
脳に電気刺激を与える方法で左脳と右脳の働き方を変えて、先入観に邪魔されやすい問題をといてもらった。
その結果、左脳の働きを抑え、右脳を活発にするパターンへと脳の活動状態を一時的に帰られた被験者で、
正答率が高くなった。
活性化された右脳、抑圧された左脳―正答率 60%
抑圧された右脳、活性化された左脳―正答率 20%
偽刺激(右普通、左普通) ―正答率 20%
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2014年7月15日発行
2019年04月15日
脳の疾患と脳力
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
脳の疾患と脳力
サヴァンの記憶力A
進化的に古い記憶経路が発達して、膨大な記憶をすることができる?
サヴァンの人の特殊な記憶力には、脳の内部にある『大脳基底核』という場所が深く関係していると考えられている。
サヴァンの人に限らず、一般の人においても、ここに保存される記憶が存在する。
『手続き記憶』というもので、無意識に行っている運動や習慣の記憶である。
訓練を積むうちに動きを意識しなくても泳げるようになったり、無意識の習慣で服を着替える時にまず靴下から脱ぐといった現象はこの手続き記憶による。
サヴァンの人が見せる「感情、思考、連想を伴わない、極めて機械的な記憶」はこの記憶に近い。
なお、大脳基底核は脳の中で進化的に古い場所だと言える。
このようなことから、サヴァンの人ではエピソード記憶や意味記憶を形成する経路に何らかの異常が起きており、
それを補うべく手続き記憶の経路が発達して、サヴァンの人の脳内で記憶を形成する役割を担っているのではないか、という仮説がある。
大脳基底核で保存される情報は、大脳皮質に保存される情報よりも忘れにくいという特徴があり、サヴァンの人の驚異的な暗記力を説明出来る可能性がある。
機能障害を持つ左脳を補うべく右脳が発達するのと同じ現象が、記憶の経路についても起きているのかもしれない。
サヴァンの記憶は、「無意識の回路」に保存されている?
私たちは普段、日々の出来事(エピソード記憶)や、一般的な知識(意味記憶)といった情報を長期で保存するときには大脳皮質に保存する。
一方で、運動の仕方や習慣といった、無意識に行う事(手続き記憶)については、脳内の大脳基底核という場所に保存する。
大脳基底核は大脳皮質よりも内部にある。
げっ歯類から霊長類に進化する過程で、大脳皮質ほど大型化、つまり発達しなかった場所で、進化的により古い部分だと言える。
サヴァンの人は様々な情報を、無意識の“貯蔵庫”である大脳基底核に保存しているのかもしれない。
運動、習慣といった無意識の記憶は、脳の内部にある、進化的に古い回路で保存される
楽器演奏、運動の仕方といった、“身体で覚える”技術と言われるものは、エピソード記憶や意味記憶とは異なり、無意識のうちに記憶して思い出される「手続き記憶」になる。
無意識の習慣もこの記憶に入る。
手続き記憶は、無意識に利用している、忘れにくい、といった特徴がある。
楽器演奏、運動の記憶は、大脳皮質の運動野から送られてきて、大脳基底核の『被殻』に保存される。
習慣の記憶は大脳皮質の前頭前野から送られてきて、大脳基底核の『尾状核』に保存される。
被殻も尾状核も大脳基底核の一部である。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2014年7月15日発行
脳の疾患と脳力
サヴァンの記憶力A
進化的に古い記憶経路が発達して、膨大な記憶をすることができる?
サヴァンの人の特殊な記憶力には、脳の内部にある『大脳基底核』という場所が深く関係していると考えられている。
サヴァンの人に限らず、一般の人においても、ここに保存される記憶が存在する。
『手続き記憶』というもので、無意識に行っている運動や習慣の記憶である。
訓練を積むうちに動きを意識しなくても泳げるようになったり、無意識の習慣で服を着替える時にまず靴下から脱ぐといった現象はこの手続き記憶による。
サヴァンの人が見せる「感情、思考、連想を伴わない、極めて機械的な記憶」はこの記憶に近い。
なお、大脳基底核は脳の中で進化的に古い場所だと言える。
このようなことから、サヴァンの人ではエピソード記憶や意味記憶を形成する経路に何らかの異常が起きており、
それを補うべく手続き記憶の経路が発達して、サヴァンの人の脳内で記憶を形成する役割を担っているのではないか、という仮説がある。
大脳基底核で保存される情報は、大脳皮質に保存される情報よりも忘れにくいという特徴があり、サヴァンの人の驚異的な暗記力を説明出来る可能性がある。
機能障害を持つ左脳を補うべく右脳が発達するのと同じ現象が、記憶の経路についても起きているのかもしれない。
サヴァンの記憶は、「無意識の回路」に保存されている?
私たちは普段、日々の出来事(エピソード記憶)や、一般的な知識(意味記憶)といった情報を長期で保存するときには大脳皮質に保存する。
一方で、運動の仕方や習慣といった、無意識に行う事(手続き記憶)については、脳内の大脳基底核という場所に保存する。
大脳基底核は大脳皮質よりも内部にある。
げっ歯類から霊長類に進化する過程で、大脳皮質ほど大型化、つまり発達しなかった場所で、進化的により古い部分だと言える。
サヴァンの人は様々な情報を、無意識の“貯蔵庫”である大脳基底核に保存しているのかもしれない。
運動、習慣といった無意識の記憶は、脳の内部にある、進化的に古い回路で保存される
楽器演奏、運動の仕方といった、“身体で覚える”技術と言われるものは、エピソード記憶や意味記憶とは異なり、無意識のうちに記憶して思い出される「手続き記憶」になる。
無意識の習慣もこの記憶に入る。
手続き記憶は、無意識に利用している、忘れにくい、といった特徴がある。
楽器演奏、運動の記憶は、大脳皮質の運動野から送られてきて、大脳基底核の『被殻』に保存される。
習慣の記憶は大脳皮質の前頭前野から送られてきて、大脳基底核の『尾状核』に保存される。
被殻も尾状核も大脳基底核の一部である。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2014年7月15日発行
2019年04月14日
サヴァンの記憶力@
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
脳の疾患と脳力
サヴァンの記憶力@
サヴァンの人は羅列された文字や数字の丸暗記が得意
サヴァンの人の持つ驚異的な記憶力は、なぜ生じるのだろうか。
仮説の一つとして、サヴァンの人は普通の人が日常生活で数秒、ないし数分で忘れるような短期の記憶(見たばかりの電話番号など)でも、長い間脳内に保存ができるような仕組みで暗記してしまい、忘れることができないのではないか、というものがある。
サヴァンの人は、私たちとは異なるシステムを使って、様々な知識を記憶しているようだ。
サヴァンの人は、電話番号や都市の名前、文字列など、文字や数字が羅列された情報を丸暗記するのが得意だ。
さらに、それらを記憶するときや思い出すときには何の感情も思考も連想も挟まず、ただ機械的に記憶し、思い出す。
例えば、次のようなエピソードがある。
本を1冊丸暗記したつもりのサヴァンの人が、最初の暗記の作業で、誤って1行飛ばして覚えてしまっていた。
その後もう一度、完璧に覚え直して、暗唱してもらうと、何度やっても、まずは1行飛ばしたものを暗唱し、その後最初に戻って覚え直した完璧な内容を暗唱するのである。
いったい、サヴァンの人はどのような記憶システムを使っているのだろうか。
この特殊な記憶の仕組みを考えていくために、まずは、私たちが普段、脳内でどのように記憶を作っているのかを見てみよう。
私たちが個人の思い出(エピソード記憶)や、一般的な知識(意味記憶)を長く記憶するとき、その情報は大脳皮質に保存される。
そして、その記憶が思い出されるときは感情や思考、他の記憶との連想を伴うことが多い。
個人の思い出記憶は、海馬を経て大脳皮質に分散して保存されている
バーベキューに行ってみた料理の風景、そこで食べた焼肉の味など、私たちが体験する日々の出来事の情報は、まず目、耳、皮膚、口といった感覚器官で受け取られ、大脳皮質へ送られる。
大脳皮質には、それぞれの感覚情報を受け取るための専用の領域がある。
ここに運ばれた情報は一度、脳の内部にある機関『海馬』に運ばれ、長期にわたって残るよう処理をされる。
その後、それぞれの情報は、大脳皮質の元の領域に戻され、そこで保存される。
なお、扁桃体では、快・不快、恐怖といった、それぞれの出来事に伴う感情が作られる。
感情は、感覚情報と同じように海馬で処理されて再び扁桃体に戻るが、この時に大脳皮質に蓄えられた感覚の記憶と結びつけられる。
記憶が思い出されるときは、分散していた感覚情報と感情がまとめて一緒に思い出されてくる。
明日は、このような私たちの記憶の仕組みとは異なった、サヴァンの人の記憶システムについて、現在考えられている仮説を紹介しよう。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2014年7月15日発行
脳の疾患と脳力
サヴァンの記憶力@
サヴァンの人は羅列された文字や数字の丸暗記が得意
サヴァンの人の持つ驚異的な記憶力は、なぜ生じるのだろうか。
仮説の一つとして、サヴァンの人は普通の人が日常生活で数秒、ないし数分で忘れるような短期の記憶(見たばかりの電話番号など)でも、長い間脳内に保存ができるような仕組みで暗記してしまい、忘れることができないのではないか、というものがある。
サヴァンの人は、私たちとは異なるシステムを使って、様々な知識を記憶しているようだ。
サヴァンの人は、電話番号や都市の名前、文字列など、文字や数字が羅列された情報を丸暗記するのが得意だ。
さらに、それらを記憶するときや思い出すときには何の感情も思考も連想も挟まず、ただ機械的に記憶し、思い出す。
例えば、次のようなエピソードがある。
本を1冊丸暗記したつもりのサヴァンの人が、最初の暗記の作業で、誤って1行飛ばして覚えてしまっていた。
その後もう一度、完璧に覚え直して、暗唱してもらうと、何度やっても、まずは1行飛ばしたものを暗唱し、その後最初に戻って覚え直した完璧な内容を暗唱するのである。
いったい、サヴァンの人はどのような記憶システムを使っているのだろうか。
この特殊な記憶の仕組みを考えていくために、まずは、私たちが普段、脳内でどのように記憶を作っているのかを見てみよう。
私たちが個人の思い出(エピソード記憶)や、一般的な知識(意味記憶)を長く記憶するとき、その情報は大脳皮質に保存される。
そして、その記憶が思い出されるときは感情や思考、他の記憶との連想を伴うことが多い。
個人の思い出記憶は、海馬を経て大脳皮質に分散して保存されている
バーベキューに行ってみた料理の風景、そこで食べた焼肉の味など、私たちが体験する日々の出来事の情報は、まず目、耳、皮膚、口といった感覚器官で受け取られ、大脳皮質へ送られる。
大脳皮質には、それぞれの感覚情報を受け取るための専用の領域がある。
ここに運ばれた情報は一度、脳の内部にある機関『海馬』に運ばれ、長期にわたって残るよう処理をされる。
その後、それぞれの情報は、大脳皮質の元の領域に戻され、そこで保存される。
なお、扁桃体では、快・不快、恐怖といった、それぞれの出来事に伴う感情が作られる。
感情は、感覚情報と同じように海馬で処理されて再び扁桃体に戻るが、この時に大脳皮質に蓄えられた感覚の記憶と結びつけられる。
記憶が思い出されるときは、分散していた感覚情報と感情がまとめて一緒に思い出されてくる。
明日は、このような私たちの記憶の仕組みとは異なった、サヴァンの人の記憶システムについて、現在考えられている仮説を紹介しよう。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2014年7月15日発行
2019年04月13日
サヴァンの原因
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
脳の疾患と脳力
サヴァンの原因
サヴァンの特殊能力は左脳の機能障害の産物?
サヴァンの人はなぜ、このような特殊な能力を発揮するのだろう。
それには遺伝的な要素、極めて狭い範囲の事柄に異常な興味を持ち、同じことを際限なく繰り返す集中力などが関係していると言われる。
また彼らの能力については、左脳の機能障害を右脳が補ったことによって、その能力が生み出されている、という仮説も立てられている。
サヴァンの人の脳の機能障害は左脳で著しいことがある。
これは一部のサヴァンの人について死後脳を解剖したり、脳画像診断を行ったりした結果だ。
左脳は言語、秩序だった論理的な思考、記号や言語などを使って物事を一般化して考えるといった抽象的な思考に優先的に関わることが多いため、サヴァンの人は論理的に何かを考えたり、抽象的な言葉の意味を理解したりすることがとても苦手な場合が多い。
一方、右脳はメロディーを把握する能力、空間認知能力、思いつき的な思考、個々の具体的な物や事柄についての思考に優先的に関わることが多い。
サヴァンの人の特殊能力は、このような能力を駆使した音楽、美術に関連するものが多い。
こうしたことから、彼らは左脳の機能に障害がある分、右脳の機能が発達しているのではないかという仮説が、アメリカの精神科医トレッファート博士たちにより提唱されている。
実際にこの仮説の妥当性を示す研究が報告されている。
人では左脳が体の右半分の機能に関わり、右脳では逆になる。
銃弾で左脳に損傷を受けた9歳の少年は事故後、右半身麻痺などの障害が現れた。
しかし同時に、突然驚異的な機械工作の能力を得て、説明書を見ずに多段変速の自転車を分解して組み立て直すことができるようになった。
左脳の損傷後に、彼の大脳皮質では正常な人より多い血流が確認された。
それは、そこで活発な活動が行われていることを意味する。
実は胎児期、左脳は右脳に比べて危険にさらされやすい。
なぜなら左脳は右脳の後から発達するので、完成形になるまでの不安定な期間を右脳よりも長く経なければならないからである。
このことが、サヴァンの生じる原因として取り上げられている、「左脳の損傷仮説」と関係があるかもしれない。
さらに男性の場合、胎生期に、男性ホルモンであるテステロンが左脳の発達を遅らせる場合もあるのではないか、という説もある。
実際、サヴァンは男性に圧倒的に多く、その人数は女性の4〜6倍だ。
大脳皮質では、左右の半球で役割が異なる
大脳の表面は大脳皮質に覆われている。
大脳皮質は、場所ごとに大きく四つに区分される。
大脳の前部が『前頭葉』、上部が『頭頂葉』、下部が『側頭葉』、後部が『後頭葉』である。
大脳皮質はさらに細かい領域に分けられ、領域ごとに異なった機能を担っている。
また、大脳は右半球(右脳)と左半球(左脳)に分けられる。
右脳と左脳は形こそよく似ているが、より優先的に担う機能が異なる。
比較的多くの人で左脳がやや優位な能力
・話す、書くといった言語能力
・会話や文章の意味を理解する能力
・計算能力
・秩序だった論理的思考
・抽象的な思考
比較的多くの人で右脳がやや優位な能力
・他人の表情、ジェスチャー、声の抑揚、メロディーを理解しる能力
・視覚情報を全体的に捉える能力
・空間認知能力
・思いつき的な思考
・具体的な思考
発展コラム
右脳と左脳の役割分担は、脳に障害を持つ患者で調べられた
右脳と左脳の機能の研究は、言語機能に障害がある患者の脳の研究で報告されたことが始まりだった。
その後も右脳と左脳の機能については、左右の半球をつなぐ脳梁を、治療のための手術で切断した患者の研究などから報告された。
例えば、両半球の情報の行き来が途絶えた患者に、片方の視野にだけ入るように絵を見せ(片方の半球にのみ絵の情報がいく)、その絵についてどのような反応をするのかが観察されたのだ。
人では、右視野の情報は左脳に行き、左視野の情報は右脳に行く。
右視野でのみ絵を見せた場合(左脳のみが絵の情報を受け取る)、患者は絵に描かれた物の名前を言うことができる。
しかし、左視野でのみ絵を見せた場合(右脳のみが絵の情報を受け取る)、患者は物の名前を言うことができない。
このような結果から、左脳は言語機能に関連している、と考えられている。
現在では、脳の活動状況を画像化する方法によって主に研究がなされている。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2014年7月15日発行
脳の疾患と脳力
サヴァンの原因
サヴァンの特殊能力は左脳の機能障害の産物?
サヴァンの人はなぜ、このような特殊な能力を発揮するのだろう。
それには遺伝的な要素、極めて狭い範囲の事柄に異常な興味を持ち、同じことを際限なく繰り返す集中力などが関係していると言われる。
また彼らの能力については、左脳の機能障害を右脳が補ったことによって、その能力が生み出されている、という仮説も立てられている。
サヴァンの人の脳の機能障害は左脳で著しいことがある。
これは一部のサヴァンの人について死後脳を解剖したり、脳画像診断を行ったりした結果だ。
左脳は言語、秩序だった論理的な思考、記号や言語などを使って物事を一般化して考えるといった抽象的な思考に優先的に関わることが多いため、サヴァンの人は論理的に何かを考えたり、抽象的な言葉の意味を理解したりすることがとても苦手な場合が多い。
一方、右脳はメロディーを把握する能力、空間認知能力、思いつき的な思考、個々の具体的な物や事柄についての思考に優先的に関わることが多い。
サヴァンの人の特殊能力は、このような能力を駆使した音楽、美術に関連するものが多い。
こうしたことから、彼らは左脳の機能に障害がある分、右脳の機能が発達しているのではないかという仮説が、アメリカの精神科医トレッファート博士たちにより提唱されている。
実際にこの仮説の妥当性を示す研究が報告されている。
人では左脳が体の右半分の機能に関わり、右脳では逆になる。
銃弾で左脳に損傷を受けた9歳の少年は事故後、右半身麻痺などの障害が現れた。
しかし同時に、突然驚異的な機械工作の能力を得て、説明書を見ずに多段変速の自転車を分解して組み立て直すことができるようになった。
左脳の損傷後に、彼の大脳皮質では正常な人より多い血流が確認された。
それは、そこで活発な活動が行われていることを意味する。
実は胎児期、左脳は右脳に比べて危険にさらされやすい。
なぜなら左脳は右脳の後から発達するので、完成形になるまでの不安定な期間を右脳よりも長く経なければならないからである。
このことが、サヴァンの生じる原因として取り上げられている、「左脳の損傷仮説」と関係があるかもしれない。
さらに男性の場合、胎生期に、男性ホルモンであるテステロンが左脳の発達を遅らせる場合もあるのではないか、という説もある。
実際、サヴァンは男性に圧倒的に多く、その人数は女性の4〜6倍だ。
大脳皮質では、左右の半球で役割が異なる
大脳の表面は大脳皮質に覆われている。
大脳皮質は、場所ごとに大きく四つに区分される。
大脳の前部が『前頭葉』、上部が『頭頂葉』、下部が『側頭葉』、後部が『後頭葉』である。
大脳皮質はさらに細かい領域に分けられ、領域ごとに異なった機能を担っている。
また、大脳は右半球(右脳)と左半球(左脳)に分けられる。
右脳と左脳は形こそよく似ているが、より優先的に担う機能が異なる。
比較的多くの人で左脳がやや優位な能力
・話す、書くといった言語能力
・会話や文章の意味を理解する能力
・計算能力
・秩序だった論理的思考
・抽象的な思考
比較的多くの人で右脳がやや優位な能力
・他人の表情、ジェスチャー、声の抑揚、メロディーを理解しる能力
・視覚情報を全体的に捉える能力
・空間認知能力
・思いつき的な思考
・具体的な思考
発展コラム
右脳と左脳の役割分担は、脳に障害を持つ患者で調べられた
右脳と左脳の機能の研究は、言語機能に障害がある患者の脳の研究で報告されたことが始まりだった。
その後も右脳と左脳の機能については、左右の半球をつなぐ脳梁を、治療のための手術で切断した患者の研究などから報告された。
例えば、両半球の情報の行き来が途絶えた患者に、片方の視野にだけ入るように絵を見せ(片方の半球にのみ絵の情報がいく)、その絵についてどのような反応をするのかが観察されたのだ。
人では、右視野の情報は左脳に行き、左視野の情報は右脳に行く。
右視野でのみ絵を見せた場合(左脳のみが絵の情報を受け取る)、患者は絵に描かれた物の名前を言うことができる。
しかし、左視野でのみ絵を見せた場合(右脳のみが絵の情報を受け取る)、患者は物の名前を言うことができない。
このような結果から、左脳は言語機能に関連している、と考えられている。
現在では、脳の活動状況を画像化する方法によって主に研究がなされている。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2014年7月15日発行
2019年04月12日
サヴァンの脳力
最終的には、心の働きの脳内メカニズムについて述べていきます。
脳の疾患と脳力
サヴァンの脳力
脳の機能障害とともに驚異の才能が現れる『サヴァン』
1789年、トマス・フリーという不思議な人物がアメリカの精神医によって文献で紹介された。
彼は数を数えるのがやっとなのに、ある時「70年と17日半生きた人は何秒生きたことになるのか」
と質問をされ、約1分半後に暗算で正確な答えを出した。
彼のように、その人の全般的な能力とは大きくかけ離れ、かつ一般の人にはない驚異の脳力を持つ人たちは
『サヴァン(savant)』、その症状は「サヴァン症候群」と呼ばれる。
サヴァンとは、フランス語の「知る」という動詞から派生した「優れた知能の人」という意味の英語だ。
サヴァンの人は自閉症患者(生まれつき脳の機能障害により、コミュニケーション障害などを持つ)に多く、
自閉症患者の数%〜10%がサヴァンと報告されている。
ただし、生まれた後に、病気や事故によって、脳に損傷を負い、サヴァンになる場合もある。
サヴァンの人は様々な分野で能力を発揮する。
音楽の分野では、ピアノを一度も習ったことがないのに一度聴いた曲を再現して弾いたり、
作曲できたりする人がいる。
美術の分野では、走り去っていく動物の姿を完全に再現した彫刻像を作ったり、一瞬見ただけの複雑な景色を
描いたりできる人がいる。
数学の分野では、凄まじい速さで計算をしたり、教わらなくとも瞬時に素因数分解ができたりする人が
いるのだ。
これらの能力と合わせて、ほとんどのサヴァンの人が驚異的な記憶力を持つ。
地図、歴史上の事実、電車やバスの時刻表、本を丸ごと1冊分など、膨大な情報を記憶できるのだ。
ずば抜けた記憶力は単独で現れる場合もあれば、芸術的才能と合わせて発揮される場合もある。
サヴァンの人の能力で最も多いのはカレンダー計算能力だ。
過去、未来にわたり、ある日が何曜日であるかを瞬時に知ることができ、過去4万年、未来4万年分の日にちに
ついて曜日を答える人たちもいる。
この能力については、カレンダーに強い興味を持ち続けて長く観察している間に、オリジナルの数学的な規則を見つけ、無意識にその規則を使って答えているのではないか、という仮説がある。
一度見ただけの風景を絵画に
イラストは、スコットランドの画家リチャード・ワウロ(1952〜2006)が描いた作品だ。
彼は幼い時から自閉症的な行動を示していた。
6歳で子どもセンターに入ってからクレヨン画を始めると、すぐに才能が現れた。
彼は、テレビや本でたった一度見ただけのイメージを使って絵を描いたのだ。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2014年7月15日発行
脳の疾患と脳力
サヴァンの脳力
脳の機能障害とともに驚異の才能が現れる『サヴァン』
1789年、トマス・フリーという不思議な人物がアメリカの精神医によって文献で紹介された。
彼は数を数えるのがやっとなのに、ある時「70年と17日半生きた人は何秒生きたことになるのか」
と質問をされ、約1分半後に暗算で正確な答えを出した。
彼のように、その人の全般的な能力とは大きくかけ離れ、かつ一般の人にはない驚異の脳力を持つ人たちは
『サヴァン(savant)』、その症状は「サヴァン症候群」と呼ばれる。
サヴァンとは、フランス語の「知る」という動詞から派生した「優れた知能の人」という意味の英語だ。
サヴァンの人は自閉症患者(生まれつき脳の機能障害により、コミュニケーション障害などを持つ)に多く、
自閉症患者の数%〜10%がサヴァンと報告されている。
ただし、生まれた後に、病気や事故によって、脳に損傷を負い、サヴァンになる場合もある。
サヴァンの人は様々な分野で能力を発揮する。
音楽の分野では、ピアノを一度も習ったことがないのに一度聴いた曲を再現して弾いたり、
作曲できたりする人がいる。
美術の分野では、走り去っていく動物の姿を完全に再現した彫刻像を作ったり、一瞬見ただけの複雑な景色を
描いたりできる人がいる。
数学の分野では、凄まじい速さで計算をしたり、教わらなくとも瞬時に素因数分解ができたりする人が
いるのだ。
これらの能力と合わせて、ほとんどのサヴァンの人が驚異的な記憶力を持つ。
地図、歴史上の事実、電車やバスの時刻表、本を丸ごと1冊分など、膨大な情報を記憶できるのだ。
ずば抜けた記憶力は単独で現れる場合もあれば、芸術的才能と合わせて発揮される場合もある。
サヴァンの人の能力で最も多いのはカレンダー計算能力だ。
過去、未来にわたり、ある日が何曜日であるかを瞬時に知ることができ、過去4万年、未来4万年分の日にちに
ついて曜日を答える人たちもいる。
この能力については、カレンダーに強い興味を持ち続けて長く観察している間に、オリジナルの数学的な規則を見つけ、無意識にその規則を使って答えているのではないか、という仮説がある。
一度見ただけの風景を絵画に
イラストは、スコットランドの画家リチャード・ワウロ(1952〜2006)が描いた作品だ。
彼は幼い時から自閉症的な行動を示していた。
6歳で子どもセンターに入ってからクレヨン画を始めると、すぐに才能が現れた。
彼は、テレビや本でたった一度見ただけのイメージを使って絵を描いたのだ。
参考文献:ニュートン別冊 脳力のしくみ 2014年7月15日発行