全国からやってくるボランティアも地域での自助、共助を破壊するものであり、実際は良くない。
人間というものは一旦、楽を覚えるとそのまま流されてしまうものだ。
被災地にいるからこそ、共助を行い、そこには労働としての対価も支払われるというお金が労働とセットで回るような仕組みを最初から入れ込んでおくことが大切だ。
Yahoo!より、
【ルポ熊本地震】突然破壊された日常 孤独感、喪失感から「酒に手が」
田中森士 | ライター・元新聞記者
7/14(金) 10:00
https://news.yahoo.co.jp/byline/tanakashinji/20170714-00073186/
記事より、
地震前、石井さんは、職場と家を往復する日々だった。仕事が終わるとすぐに職場を出て、アパートに帰宅。酒と手作りの肴(さかな)で一日の疲れを癒やした。時には、近所にある行きつけのスナックへ足を運び、カラオケを楽しんだ。しかしながら、心にぽっかり空いた穴が埋まることはなかった。
石井さんは約5年前、離婚した。しばらくの間は、別れた妻が、当時小学2年と保育園の娘2人をアパートに連れて来ていた。しかし、数カ月が過ぎ、アパートに来ることはなくなった。・・・
さらに、
以前からアルコールの摂取量は、多い方ではあった。それが、さらに増えていった。・・・
ということなのだ。
もともと酒は飲む方だったのだから、それが少し助長されただけなのだろう。
それをことさら大げさに取り上げるのも不適切な感じがする。
地震後に孤独というのだがそれ以前も相当孤独であったということも現実。
確かに震災というのは、従前の状況を悪化させたり先鋭化させたりするというのは事実だ。
だが、被災者という形でくくるのはどうかと思う。
ある意味、被災者、であれば災害公営住宅に住むこともできるし、未だってみなし仮説に無料で入居ができるというメリットもある。
漠然とした将来の不安というものは数字にしてみてみることが大切。
この記事は不思議なことにこの男性が今も仕事をしているかどうかについて触れていない。
演出が過ぎる記事だなという感じがしてならない。
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