2018年03月23日
父親の亡くなった年齢に自分が近づきつつある今思う事
こんばんは!
今日は、私の事について皆さんへ少しお話ししたいと思います。
大したものではありませんが、今の私が皆様へ知ってもらいたい事を伝えたいと思います。
また、これからも、ちょっとしたブログの記事の中で、少しずつ私という人間の紹介をさせてもらえたらと思います。
というか、個別に記事にするには、余りにも恥ずかしいのでこのような手法を取ることをご了承ください。
私、現在40歳!もう少しで、41歳になる厄年真っ只中の男!です。
人生の折り返し地点にいる私ですが、自分を改めて分析してみると、物凄くな貴重な体験をしてきたなあとつくづく感じています。
まず、私の人生の中での最初の苦労と言うかセンセーショナルな出来事は、尊敬する父親の死でした。
父の早すぎる衝撃的な死は、私が中学生2年生の春休みでした。
あれは、お正月休みを利用して、家族で近場へ旅行に行こうと言う事になり、皆で旅行先に向かう途中、父親が急に腰が痛いと言い出したのが始まりでした。
日頃、我慢強くて、しんどいとか辛いとか弱音を全く口にしなかった父親が、あまりにも辛そうに、腰が痛いと言い出しました。
普段見ることが父親の様子に加え、そのつらそうな度合いが時間の経過とともに大きくなっていき、動く事もままならない状況になってしまったので、旅行を諦めて途中で引き返す事にしました。
その後、暫く家で療養し、痛みを堪えながら、仕事に出ていった父親は、すぐに帰宅し、家で寝込んでいたようでした。
皆が心配し何かあっては大変だからと言う事で、近くの病院に行ったようです。
病院では、色々と検査をされたようですが、その中でも血液検査の結果があまりにも異常な数値が出ていて、大学病院を紹介すると言うことになりました。
どうも、血液中の白血球の数値が尋常ではない位高かったのです。
それから、父親が亡くなったのは3ヶ月後でした。
大学病院に移った時には、既に手遅れだったそうです。
胃ガンから脊髄にまで腫瘍が転移していて、手術のしようもない程に進行していたのです。
あまりにも早すぎる父親の死に、当時の私は暫く何も考えれない程落ち込み、何のやる気もなくなっていました。
特に思春期と言う時期も重なっていたからかもしれません。
しかし、幸いにもグレて道を外すという事はありませんでした。
もしかしたら、その時の状況は今のそれと似ているのかもしれません。
私の今の置かれている環境は。
しかし、父親の27回目の命日が近づき自分があの時の父親の歳になりつつある今、今自分の成すべき事を真剣に考えています。
結局のところ、人生は一度しかないのだから、何があろうとも楽しく生きなければと言う境地に達しています。
もし、皆様も人生で何かを抱えこんで、しんどいとか辛い事とかあったとしても、一度しかない人生、楽に楽しく思えるように、私と一緒に生きていきましょう!
結果とりとめもない記事になってしまいました。
↓ワンクリックの応援を是非ともお願いいたします。↓
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大したものではありませんが、今の私が皆様へ知ってもらいたい事を伝えたいと思います。
また、これからも、ちょっとしたブログの記事の中で、少しずつ私という人間の紹介をさせてもらえたらと思います。
というか、個別に記事にするには、余りにも恥ずかしいのでこのような手法を取ることをご了承ください。
私、現在40歳!もう少しで、41歳になる厄年真っ只中の男!です。
人生の折り返し地点にいる私ですが、自分を改めて分析してみると、物凄くな貴重な体験をしてきたなあとつくづく感じています。
まず、私の人生の中での最初の苦労と言うかセンセーショナルな出来事は、尊敬する父親の死でした。
父の早すぎる衝撃的な死は、私が中学生2年生の春休みでした。
あれは、お正月休みを利用して、家族で近場へ旅行に行こうと言う事になり、皆で旅行先に向かう途中、父親が急に腰が痛いと言い出したのが始まりでした。
日頃、我慢強くて、しんどいとか辛いとか弱音を全く口にしなかった父親が、あまりにも辛そうに、腰が痛いと言い出しました。
普段見ることが父親の様子に加え、そのつらそうな度合いが時間の経過とともに大きくなっていき、動く事もままならない状況になってしまったので、旅行を諦めて途中で引き返す事にしました。
その後、暫く家で療養し、痛みを堪えながら、仕事に出ていった父親は、すぐに帰宅し、家で寝込んでいたようでした。
皆が心配し何かあっては大変だからと言う事で、近くの病院に行ったようです。
病院では、色々と検査をされたようですが、その中でも血液検査の結果があまりにも異常な数値が出ていて、大学病院を紹介すると言うことになりました。
どうも、血液中の白血球の数値が尋常ではない位高かったのです。
それから、父親が亡くなったのは3ヶ月後でした。
大学病院に移った時には、既に手遅れだったそうです。
胃ガンから脊髄にまで腫瘍が転移していて、手術のしようもない程に進行していたのです。
あまりにも早すぎる父親の死に、当時の私は暫く何も考えれない程落ち込み、何のやる気もなくなっていました。
特に思春期と言う時期も重なっていたからかもしれません。
しかし、幸いにもグレて道を外すという事はありませんでした。
もしかしたら、その時の状況は今のそれと似ているのかもしれません。
私の今の置かれている環境は。
しかし、父親の27回目の命日が近づき自分があの時の父親の歳になりつつある今、今自分の成すべき事を真剣に考えています。
結局のところ、人生は一度しかないのだから、何があろうとも楽しく生きなければと言う境地に達しています。
もし、皆様も人生で何かを抱えこんで、しんどいとか辛い事とかあったとしても、一度しかない人生、楽に楽しく思えるように、私と一緒に生きていきましょう!
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