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2024年08月20日
異界への扉 【怖い話】
建築法だか何だかで
5階(6階かも)以上の建物には
エレベーターを設置しないといかんらしい。
だから俺が前住んでいた高速沿いのマンションにも、
当然ながらエレベーターが一つあった。
六階に住んでいた俺が
階段を使うことは全くといっていいほどなかった。
まあ、多分誰もがそうだろう。
来る日も来る日もエレベーターのお世話になった。
階段は下りるならともかく昇るのはなかなかにツライ。
だが、ツライのは分かっていても、
今の俺は専ら階段しか使わない。
大学の講義がない平日の昼頃、
俺はコンビニでメシを買ってこようと部屋を出た。
1階に下りるのには当然エレベーターを使う。
エレベーターは最上階の8階に止まっていて、
今まさに誰かが乗るか降りるかしているところのようだった。
俺は階下のボタンを押し、
エレベーターが下りてくるのを待った。
開いたエレベーターのドアの向こうには
中年のおばさんが一人いた。
ちょくちょく見かける人だったから、
多分8階の住人だったんだろう。
軽く会釈してエレベーターに乗り込む。
1階のボタンは既に押されている。
4階で一度エレベーターが止まり、
運送屋の兄ちゃんが乗ってきた。
3人とも仲良く目的の階は1階だ。
だが。
エレベーターは唐突に3階と2階の間で止まってしまう。
一瞬軽いGが体を押さえつけてきた。
俺を含めた室内の3人は3人とも顔を見合わせた。
何だ。故障だろうか。停電、ではないようだ。
エレベーター内の明かりには異常がない。
「どう……したんすかね」
俺がぼそりと呟く。おばさんも運送屋も首を傾げる。
暫く待っても動く気配がない。
と、運送屋が真っ先に行動した。
彼は内線ボタンを押した。
応答がない。嘆息する運送屋。
「一体どうなってんでしょう」
運送屋の疑問は俺の疑問でもあった。
多分数字にしてみれば大した時間じゃなかった筈だ。
沈黙は3分にも満たないくらいだったろう。
それでも漠然とした不安と焦りを掻き立てるには十分な時間だった。
何となくみんなそわそわし始めた頃、
エレベーターが急に稼動を再開した。
おばさんが短くわっと声を上げる。
俺も突然なんでちょっと驚いた。
しかし、だ。
押しているのは1階のボタンだけだというのに、
どういうわけか下には向かわない。
エレベーターは上に進行していた。
すぅっと4階を抜け、5階、6階……
7階で止まり、がらッとドアが開いた。
俺は訝しげに開いたドアを見る。
全く、何なんだ。一体なんだっていうんだこれは。
「なんか不安定みたいだから」
おばさんがエレベーターを降りながら言った。
「なんか不安定みたいだから、
階段で降りる方がいいと思いますよ。
また何が起こるか分からないし」
「そりゃそうですね」
と、運送屋もエレベーターを降りた。
当然だ。全く持っておばさんの言うとおりだ。
今は運良く外へ出られる状態だが、
次は缶詰にされるかもしれない。
下手をすれば動作不良が原因で怪我をする可能性もある。
そんなのはごめんだ。
俺もこの信用できないエレベーターを使う気などはなく、
二人と一緒に降りようと思っていた。
いや、待て。
何かがおかしい気がする。
エレベーターの向こうに見える風景は、
確かにマンションの七階のそれである。
だが……やけに暗い。
電気が一つも点いていない。
明かりがないのだ。
通路の奥が視認できるかできないかというくらい暗い。
やはり停電か?
そう思って振り返ってみると、
エレベーターの中だけは場違いなように明かりが灯っている。
そうだ。
動作に異常があるとはいえ、
エレベーターは一応は稼動している。
停電なわけはない。
どうも、何か変だ。
違和感を抱きつつ、
俺はふと七階から覗ける外の光景に目をやってみた。
なんだこれは。
空が赤い。
朝焼けか、夕焼けか?
だが今はそんな時刻ではない。
太陽も雲も何もない空だった。
なんだかぞくりとするくらい鮮烈な赤。
今度は視線を地に下ろしてみる。
真っ暗、いや、真っ黒だった。
高速やビルの輪郭を示すシルエット。
それだけしか見えない。
マンションと同じく一切明かりがない。
しかも。普段は嫌というほど
耳にする高速を通る車の走行音が全くしない。
無音だ。何も聞こえない。
それに動くものが見当たらない。
上手くいえないが、
「生きている」匂いが眼前の風景から全くしなかった。
ただ空だけがやけに赤い。
赤と黒の世界。
今一度振り返る。
そんな中、やはりエレベーターだけは
相変わらず明るく灯っていた。
わずかな時間考え込んでいたら、
エレベーターのドアが閉まりそうになった。
待て。どうする。
降りるべきか。
それとも、留まるべきか。
今度は特に不審な動作もなく、
エレベーターは大人しく1階まで直行した。
開いたドアの向こうは、いつもの1階だった。
人が歩き、車が走る。
生活の音。外は昼間。見慣れた日常。
安堵した。もう大丈夫だ。
俺は直感的にそう思ってエレベーターを降りた。
気持ちを落ち着けた後、あの二人のことが気になった。
俺は階段の前で二人が降りてくるのを待った。
しかし、待てども待てども誰も降りてこない。
15分ほど経っても誰も降りてこなかった。
階段を下りる程度でここまで時間が掛かるのはおかしい。
俺はめちゃくちゃに怖くなった。
外へ出た。
何となくその場にいたくなかった。
その日以来、
俺はエレベーターに乗りたくても乗れない体質になった。
今は別のマンションに引越し、
昇降には何処に行っても階段を使っている。
階段なら「地続き」だからあっちの世界に行ってしまう心配はない。
だが、エレベーターは違う。
あれは異界への扉なんだ。少なくとも俺はそう思っている。
もうエレベーターなんかには絶対に乗りたくない。
ユキオ【怖い話】
小学校のころ、俺のクラスにユキオ
(どんな漢字かは忘れた)っていう奴が転校してきた。
小柄でハーフっぽい顔で、
どことなくオドオドした感じの奴だった。
ユキオには両親がいなくて、
爺ちゃん婆ちゃんと一緒に暮らしていた。
その辺の事情を、
先生は教えてくれなかったが、
ユキオ本人から聞いた。
俺たちは、最初のうち、ユキオをイジメた。
と言っても、金脅し取ったりとかじゃなくて、
すれ違いざま背中にエルボーしたり、
筆箱をカッターで切ったり、
集会の時にオナラをしたと騒ぎ立ててみたり、
まぁ他愛もないものだったと思う。
それでも、本人には辛かったかもしれんけど。
だけど、ユキオは普段オドオドしてるくせに、
そんな時は妙に根性を見せて、
泣いたりムキになったりすることが無かった。
先生に告げ口もしなかった。
だから、あまり面白くなくて、
そのうち俺らもイジメたりしなくなった。
ただ、ユキオは良く学校を休んだ。
月にどれくらい休んだのかは忘れたけど、
しょっちゅう休んでたっていう印象は残ってる。
その頃、うちの学校では、
給食のパンを休んだ奴のところへ、
同じクラスで近所の奴が
届けるっていうルールがあった。
ユキオの家にパンを届けるのは俺の役目だった。
家はけっこう離れていたけど、
同級では一番近かったし、
良く通る帰り道の途中だったし。
ユキオの家は木造の文化住宅で、
いかにも爺ちゃん婆ちゃんが
住んでそうな家だった。
中に入ったことは無かった。
何となく暗い感じで、
俺的に嫌な雰囲気の家だった。
パンを届ける時は、
いつも婆ちゃんにパンを渡して
そそくさと帰った。
ある日、
またユキオが休んだので、
俺はパンを届けに行った。
玄関で呼ぶと、珍しくユキオ本人が出てきた。
風邪でもひいているのか、顔色が悪い。
ユキオは俺に、家の中に入るように誘った。
「××××があるから、やろうよ。」
とか言って。
そのオモチャは俺の欲しかったヤツだったんで、
嫌な感じを振り払って、家の中に入った。
ユキオの部屋に入って、ちょっと驚いた。
そこら中にシールやステッカーが
ベタベタと貼ってあって、
その中には神社のお札
みたいなのも混ざっていた。
俺らが入ってきた襖にも
隙間がないくらい貼ってある。
「・・・なんだ、これ。」
「おじいちゃんとおばあちゃんが
お札を貼るんだけど、
それだけだと何となく怖いから
シールも貼るんだ。」
ユキオが自分で書いたような
お札もあった。
「お札破ったらいいじゃん。」
「そんなことしたら、
おじいちゃんに怒られるし・・・」
ユキオは口籠もってしまった。
その日は、ユキオの部屋で
1時間ぐらい遊んで帰った。
次の日も、ユキオは学校を休んだ。
先生が俺にユキオの様子を聞いてきた。
なんか調子悪そうだった、と言うと
「そうか・・・
休むっていう電話も
掛かってこないから、
どんな様子なのかと思ってな。」
「電話したら?」
「いや、したんだけど
誰も出ないんだ。
おじいさんかおばあさんは、
居たか?」
「昨日は見なかった。」
「うーん、休むんだったら
電話してくれって、
ユキオにでもいいから言っといてくれ。」
その日もユキオの部屋で遊んだ。
ユキオはオモチャを沢山持っていた。
少しうらやましくなって聞くと、
お父さんとお母さんが買ってくれた、
と答えた。
「お前のお父さんとお母さんって
ドコにいるんだよ?」
「死んだ。」
ユキオはあっさりとそう言った。
「なんで?」
「交通事故。」
オモチャをいじりながら
俯いて答えるユキオを見て、
さすがに、これ以上は悪い気がして、
話を変えた。
「明日は学校行く?」
「わかんない。」
「お前、大丈夫かよ。」
「・・・・・」
「休む時は電話しろって先生言ってたぞ。」
「・・・ゴメン。」
「俺に言ってもしょーがないよ。
おじいちゃんとおばあちゃんは?」
「奥の部屋にいるよ。」
「じゃあ、そう言っとけよな。」
「・・・眠れないんだ。」
「はぁ?」
「お父さんとお母さんが夢に出てきて、
僕のことを呼ぶんだ。」
「・・・・」
「ユキオ、ユキオって
僕のことを何度も呼ぶんだ。
それが怖くて、だから眠れないんだ。」
「・・・・」
「昨日は、腕をつかまれた、
僕を連れて行くつもりなんだ。」
俺はだんだん怖くなってきて、
もう帰る、と言うと、
ユキオはやけにしつこく引き留めた。
「お前が怖いのはわかるけど、
俺がここに泊まるわけにいかねーだろ?」
「なんで?」
「俺ん家はお母さんが心配するから・・」
そこまで言って、
「ヤバ!」
って思った。
ユキオは俯いて
何も言わなくなってしまった。
俺は、居たたまれなくなって、
ユキオの家を半ば飛び出すように
出ていった。
次の日もユキオは学校を休んだ。
先生は、一緒に行くと言って、
帰りに俺を車に乗せてユキオの家に向かった。
先生が玄関で呼んでも、何の返事もなかった。
玄関を開けると先生が顔をしかめた。
靴を脱いで家に上がった。
台所やユキオの部屋には誰もいなかった。
ユキオの部屋を出ると右手に部屋があった。
ユキオが昨日言っていた
奥の部屋というのはそこなんだろう、
と俺は思った。
先生がそこの襖を開けた。
そのとたん、
先生は立ちすくんで、
すぐに襖を閉めた。
その一瞬の間に、
先生の体ごしに部屋の中が見えた。
ユキオの血塗れの顔が見えた。
それから、
先生が警察を呼んだんだと思う。
その日の、
そこから先のことは
ほとんど憶えていないけれど、
警察は来ていた。
次の日、
先生がユキオと爺ちゃんと婆ちゃんが
死んだことをクラスの皆に伝えた。
けれど血塗れだったとは言わなかった。
ただ、死んだと言った。
あとで、俺は先生にユキオの夢の話をした。
先生はしばらく黙って聞いていた。
そして、誰にも言うな、と言って、
俺にユキオの両親のことを教えてくれた。
ユキオの親の死因は自殺だった。
一家心中を図っていた。
ユキオはその時、運良く生き延びて、
爺ちゃん婆ちゃんのところへ引き取られた。
俺はそれを聞いても、そんなに驚かなかった。
なんとなく、そんな気がしていた。
何日かして、俺は警察に呼ばれて、
ユキオの家へ行った時のことを話した。
ユキオの夢のことも話した。
警官は、俺に、その話がウソでないかを
しつこく聞いた。
俺はウソじゃないと何度も言った。
「本当に、君はあの家で、
ユキオ君からその話を聞いたのかい?」
「うん。」
一緒に来ていた先生が困った顔をしていた。
警官が先生に向かって、
ヒョイヒョイと手を振った。
それが合図だったのか、
先生はしばらく考えてから俺に言った。
「あのなぁ、俺とお前が
ユキオの家に行っただろ。あの時・・・」
先生は言いにくそうだった。
俺は嫌な予感がした。
「・・・あの時、ユキオ達は、間違いなく、
死んで3日は経っていたんだ。」
神籬荒らし【不思議・怖い話】
里帰りして昔話に花咲かしてたら、
面白い出来事を思い出したので投稿してみる。
僕が小学5年生の頃、九州の方からKというやつが転校してきた。
当初は妙な方言を使っているという理由で苛められていたが、
小学生だけあってすぐに打ち解けた。
僕とYとDとKは特に仲良くなって、毎日のように一緒に遊んでいた。
そんなある日、近所の寂れた神社で暇を持て余してたら、
Kが「ヒモロギアラシをしないか」と提案してきた。
ヒモロギアラシと言われても、当時小学生だった僕らは、
ヒモロギという言葉の意味すら知らなかったのだから、
当然チンプンカンプン。
「それはどんな遊びだ?」
とKに尋ねたところ、
「神様を探す遊びだ」
とのこと。
後で分かったのだけど、
K自身も詳しく理解していなかったらしい。
とにかくやってみようということになって、
Kにやり方を教わった。
手順は簡単で、神社の境内でどんぐりを集めて、
そのどんぐりを神様の居そうな場所に土を盛って立てる、
というものだった。
さっそく僕らは境内を探し回って、
各々の場所にどんぐりを設置した。
僕は霊感とかそういうものには疎いので、
深く考えず木の根元に設置。
Yは「神様なら社にいるだろ」と社に設置。
Kは鳥居の脚付近に設置。
Dは腰を掛けるのに丁度良さそうなサイズの
苔むした岩の上に設置していた。
その岩があまりに厳かだったから、
なんとなく皆Dが正解のような気がしたらしく、
「Dいい場所みつけたな!いいな!」
とか言ってた。
それで、
「この後どうするんだ」
とKに聞くと、
「明日までこのままにしておく」
と言い出したので、皆白けてかくれんぼして帰った。
次の日、
僕はどんぐりの事もすっかり忘れていたので、
早々に帰宅しようとしていたら、
Dに捕まって、神社に集合することになった。
一番期待度が高かったのに、
結果を見ず忘れ去られるのが、
Dにとっては不満だったらしい。
放課後。神社に四人集まってから、
一つ一つを確認していった。
僕とYとKのどんぐりは
何事もなくそのままの姿で残っていたが、
Dのどんぐりだけは土が崩れて倒れていた。
K曰く
「どんぐりが倒れていたら正解だ」
とのことで、Dは大喜びで、
「ほら見ろ!俺の勝ちだ!」
と誇らしげだった。
するとKがなにやら神妙な顔して、
「倒れたのを見たのはじめてだ。
今まではこんなことなかった。どうしよう」
とぶつぶつ言いだした。
不安そうなKを見て、Dも先ほどとは一転して、
「もしかして俺なにかまずいことしたか?」
とオロオロ。
Kが「実はこれ前の学校で、
危ないからするなって先生に言われてたんだ」
と言うと、
Yが「Dが正解したからって嫉妬してるんだろw」
とおちょくっていた。
僕はどうでも良かったというか、
その日はドラゴンボールの放送日だったので早く帰りたかった。
なんとなく気まずい空気の中、その日は皆何事もなく帰宅した。
翌日、学校へ行くとDの姿がない。
朝礼が終わったあとに、
先生からDは病気で休みだと告げられたので、
昨日のことを思い出して不安になった僕らは、
Dの家へ見舞いに行くことにした。
出迎えた母親が予想以上に悲痛そうな顔をしていたので、
これはただ事じゃないとわかった僕は急に罪悪感に駆られて、
丁寧にもてなしてくれるDの母親の顔を直視できなかった。
言われるがままに二階のDの部屋へ案内され、
そこで見たのは、尻を倍ほどに腫らしたDの姿だった。
腫れの熱で意識が朦朧としてるのか、
Dは僕らの存在に目もくれず、うんうん呻っていた。
母親が言うには、
今朝起きた時には既にこんな状態だったらしい。
どうすることもできず、僕らはDの家をあとにした。
帰り際にKが、
「俺のせいだ。Dは祟られたんだ」
と泣きそうな顔していた。
その後、
Kが父親に訳を話したようで、
父親はしこたまKを叱りつけ、Dの母親に謝りに行き、
神主を呼んで御払いをすると、すぐにDの腫れは快方に向かい、
一週間後には学校に来れるようになっていた。
あとでKの父親から事情を聞いた
Dが教えてくれたのだが、
ヒモロギアラシは、
Kの前の学校で誰ともなく始めだした遊びらしく、
霊的な意味合いより、設置した物を踏んで
怪我人がでたので禁止されたらしい。
どんぐりに特別な意味はなくて、
境内にある尖ったものなら何でも良かったそうだ。
Kの尻の腫れも、
祟りだったのかどうか未だにわからない。
という思い出話で盛り上がってる内に、
その神社に初詣に行こうということになった。
Dは「さすがにもう神様も許してくれてるだろ!」
と古傷を忘れたように軽快だったが、
石段で足を滑らせて思いっきり尻餅ついてましたw
時給3000円のバイト【怖い話】
今から10年近く前の話だ。
当時バカ学生街道まっしぐらだった僕は、
ろくに講義も受けずにバイトとスロットばっかりしていた。
おかげで2年生を2回やり、
4年生になっても月曜から土曜まで
みっしり講義を受けなければならず、
就職活動もできない状態に陥った。
僕は24時間営業の飲食店の深夜スタッフとして働いていた。
22時から朝の9時まで働き、朝のパチ屋の開店に並び、
モーニングを回収してから帰って寝る。
起きてからパチ屋に行き、軽く打ちながら
ストックの貯まり具合を確認してからバイトという
ローテーションだ。
その働いていた飲食店での話。
そこの店は、かつて火災により死者が出たことがある。
駅前のマンションの一階部分が店舗なのだが、
火災以降はテナントとして入った店がすぐに撤退してしまう。
そして、当時のオーナーがマンションごと手放し、
それを飲食店を経営する会社が丸ごと買い取った。
そして、一階部分で始めた店が、僕の働く店だった。
大学生活が始まってから1週間ほどで、僕はそこで働き始めた。
そして、働き始めてから一ヶ月後、
僕は深夜スタッフのチーフになった。
当時働いていた深夜スタッフの先輩達が、皆一斉に辞めたのだった。
僕について仕事を教えてくれた先輩に事情を聞いた。
「だってさぁ…。あの店ヤバイよ。出るんだもん。
お前も見たっしょ?働けねーって」
どうやら、昔火事で亡くなったという人が事務所に“出る”らしい。
しかし、僕はそんなもん見てないし、
そういった類のものも見たことがなかったので、信じがたかった。
先輩達は、毎日のように出るソレにうんざりしていた。
着替えていれば出るし、休憩に入れば出るし、
食材を取りに行けば出る。
僕が入った時点でまだ店はオープン2ヶ月ほどだったのだが、
その2ヶ月で先輩達は皆店に行くのが嫌になった。
さすがにばっくれるのは申し訳ないし、新たにバイトを募集して、
入ったヤツに全部教えて皆で逃げよう。
相談の結果そう決まった。とんでもない人達だ。
そして僕が入ったのだった。
「何が出るんですか…?」
恐る恐る僕は聞いた。
「お前マジで見てねーの?逆におかしいよそれ。
…真っ黒に焦げたオッサンが出るんだよ」
先輩達は皆、焦げたオッサンを見ているらしい。
そのオッサンがいることを、当然の事実として捉えている。
見えない僕のことを変人扱いしている。
それを聞いて僕も逃げることにした。
まだ見てないけど、そんなもん見たくない。
しかし、辞めたいと申し出た僕に対して、
オーナーは必死で引き止めた。
オーナーもそのオッサンを見たらしく、
“見えない”僕のことをとても貴重な存在に思ったらしい。
時給を3倍にするから働いてくれと言ってきた。
当時の僕の時給は1000円。
マックのバイトが680円の時代で、飲食店の時給1000円は、
貧乏な田舎モノの僕にとって魅力的だった。
それが3倍になる。時給3000円だ。
休憩を差し引いて一日9時間働くと、一日で27000円。
毎日やれば月30日として810000。
僕はバイトを続けることにした。
昼間の人達は、誰もそのオッサンを見ていないらしい。
深夜の営業に関して全権を渡された僕は、バイトを雇うことにした。
一人では何もできない。
時給を1200に上げて募集をかけたところ、すぐに応募があった。
しかし、雇った人は皆すぐに辞めていく。
理由は皆「怖いから」とのことだった。
事務所で面談をしていた人が、
僕の顔の少し横を見て固まったこともあった。
どうやら見えたらしい。
一向に僕は何も見ない。
なぜ僕には見えないのかはわからない。
逆に見てみたいとも思ったが、
やはり見えたら怖いと感じるのだろうか。
僕が鈍感なのだろうか。
それとも、所謂守護霊というものに守られているのだろうか。
わからない。
根気良く募集を続け、4人が残った。
ワケあり主婦のTさん。
フリーターのMさん。
人生の一発逆転を狙うNさん。
ボクシングのライセンスを持つSさんの4人だ。
どうやら僕の店は、地元では
「出る」「見えないヤツはおかしいってくらいに出る」
と有名になっていたらしい。
出るのであれば是非とも見たい。
見える上にお金ももらえるなんて素敵だ。
そういう魂胆の元に応募してきた人々だった。
全員が“見える人”らしく、
そういったものに慣れていたように思う。
彼らはイカれていた。
事務所の隅に向かって「よっ」と手を挙げて挨拶をするNさん。
ロッカーの前で空間に質問をしているTさん。
「煙かけたら消えちゃったよ〜」
とはヘビースモーカーのMさんの言だ。
Sさんだけは少し恐怖を感じるらしく、でも、
「もう人間相手じゃ恐怖って感じないんすよね。
久々っすよこの感じ」
と言っていた。
結局、僕はその仕事を6年間続けた。
その間に何人かバイト希望者が来たが、
結局はすぐに辞めていった。僕を含めたその5人で6年間。
その6年間で、僕は一度だけオッサンを見た。
パソコンに向かって売り上げを打ち込んでいたとき、
ディスプレイの片隅に人の顔が見えた。
ん?と思って振り返ると、一瞬だけそのオッサンが見えたのだ。
黒い服を着て、メガネをかけて、坊主頭の小太りなオッサン。
そしてふっと消えた。
それが僕の人生における、最初の心霊体験だ。
50代くらいだろうか。
焦げてはいない。
トイレと間違えて、たまに事務所に
お客さんが入ってくるような造りの店だったのだが、
またお客さんが紛れ込んだのかな?というくらいに、
普通の人間のような存在感だった。
Tさんに、「そのオッサンてメガネかけてる?」と聞くと、
「あ〜、そう言えばかけてるかも〜。
焦げ焦げでよくわかんないんだけど、多分かけてるね」
と言っていた。
こんな僕だから、霊体験はほとんどないのだが、
このバイトのメンバーとつるんでいると、
やたらと不思議なことが多かった。
また機会があれば、他の体験も書くかもしれない。