2018年11月02日
森守りさま「どうにもならん。可哀相だが諦めておくれ」【山・森・田舎・集落】【怖い話】
2ヶ月ほど前の出来事なのだが、
数年後が心配になる話。
俺の田舎は四国。
詳しくは言えないが、高知県の山深い小さな集落だ。
田舎と言っても祖母の故郷であって、
親父の代からはずっと関西暮らし。
親類縁者もほとんどが村を出ていた為、
長らく疎遠。
俺が小さい頃に一度行ったっきりで、
足の悪い祖母は20年は帰ってもいないし、
取り立てて連絡を取り合うわけでもなし。
全くと言っていいほど関わりがなかった。
成長した俺は車の免許を取り、
ボロいデミオで大阪の街を乗り回していたのだが、
ある日どこぞの営業バンが横っ腹に突っ込んで来て、
あえなく廃車となってしまった。
貧乏な俺は泣く泣く車生活を断念しようとしていたところに、
田舎から連絡が入った。
本当に偶然で、
近況報告のような形で電話をしてきたらしい。
電話に出たのは親父だが、
俺が事故で車を失った話をしたところ、
「車を一台 処分するところだった。
なんならタダでやるけど 要らないか?」
と言ってきたんだそうだ。
勝手に話を進めて、俺が帰宅した時に
「新しい車が来るぞ!」
と親父が言うもんだからビックリした。
元々の所有者の大叔父が歳食って、
狭い山道の運転は危なっかしいとの理由で、
後日に陸送で車が届けられた。
デミオより遥かにこちらの方がボロい。
やって来たのは古い71マークUだった。
それでも車好きな俺は逆に大喜びし、
ホイールを入れたり、程良く車高を落としたりして、
自分の赴くままに遊んだ。
俺はこのマークUをとても気に入り、
通勤も遊びも全てこれで行った。
その状態で2年が過ぎた。
本題はここからである。
元々の所有者だった大叔父が死んだ。
連絡は来たのだが、
「一応連絡は寄越しました」
という雰囲気で、死因を話そうともしないし、
お通夜やお葬式のことを聞いても終始茶を濁す感じで、
そのまま電話は切れたそう。
久々に帰ろうかと話も出たのだが、
前述の通り祖母は足も悪いし、
両親も専門職でなかなか都合もつかない。
もとより深い関わりもなかったし電話も変だったので、
その場はお流れになったのだが、
ちょうど俺が色々あって退職するかしないかの時期で
暇があったので、これも何かのタイミングかと、
俺が一人で高知に帰る運びとなった。
早速、愛車のマークUに乗り込み、高速を飛ばす。
夜明けぐらいには着けそうだったが、
村に続く山道で深い霧に囲まれ、
にっちもさっちもいかなくなってしまった。
多少の霧どころではない。
かなりの濃霧で、前も横も全く見えない。
ライトがキラキラ反射して、とても眩しい。
仕方なく車を停め、タバコに火をつけ窓を少し開ける。
鬱蒼と茂る森の中、離合も出来ない狭い道で、
暗闇と霧に巻かれているのがふっと怖くなった。
カーステレオの音量を絞る。
何の音も聞こえない。
いつも人と車で溢れる大阪とは違い、ここは本当に静かだ。
マークUのエンジン音のみが響く。
「ア・・・・・」
何か聞こえる。
なんだ?
「ア・・・・・アム・・・・・」
なんだ、何の音だ?
急に不可解な、
子供のような高い声がどこからともなく聞こえてきた。
カーステレオの音量をさらに絞り、
少しだけ開いた窓に耳をそばだてる。
「ア・・・モ・・・ア・・・」
声が近付いて来ている。
尚も霧は深い。
急激に怖くなり、窓を閉めようとした。
「みつけた」
一瞬、身体が強張った。
なんだ、今の声?!
左の耳元で聞こえた。
外ではない。車内に何かいる。
「ア・・ア・・・ア・・・・」
子供の声色だ。
はっきりと聞こえる。
左だ。車の中だ。
「アモ・・アム・・アモ・・」
なんだ、何を言っているんだ。
前を向いたまま、前方の霧から目を逸らせない。
曲面のワイドミラーを覗けば、
間違いなく声の主は見える。
見えてしまう。
ヤバイ。見たくない。
「・・・アモ」
左耳のすぐそばで聞こえ、俺は気を失った。
「おーい、大丈夫かー」
車外から、
知らないおっさんに呼び掛けられて目を覚ました。
時計を見ると朝8時半。
とうに夜は明け、霧も嘘のように晴れていた。
どうやら、俺の車が邪魔で後続車が通れないようだった。
「大丈夫です、すぐ行きますので・・・ すみません」
そう言って、アクセルを踏み込む。
明るい車内には、もちろん何もいない。
夢でも見たのかな。
何を言っていたのかさっぱり意味が分からなかったし・・・。
ただ、根元まで燃え尽きた吸殻が
フロアに転がっているのを見ると、
夢とは思えなかった。
到着した俺を、大叔母たちは快く出迎えてくれた。
電話で聞いていた雰囲気とはうってかわってよく喋る。
大叔父の葬式が済んだばかりとは思えない元気っぷりだった。
とりあえず線香をあげ、
茶をいれていただき会話に華を咲かせる。
「道、狭かったでしょう。
朝には着くって聞いてて全然来ないもんだから
崖から落ちちゃったかと 思ったわ」
「いやぁ、それがですねぇ、変な体験しちゃいまして」
今朝の出来事を話してみたが、
途中から不安になってきた。
ニコニコしていた大叔母たちの表情が、
目に見えるように曇っていったからだ。
「モリモリさまだ・・・」
「まさか・・・ じいさんが死んで終わったはずじゃ・・・」
モリモリ?なんじゃそりゃ、ギャグか?
「・・・あんた、もう帰り。
帰ったらすぐ車は 処分しなさい」
何だって?
このあいだ車高調整を入れたばっかりなのに
何を言っているんだ!
それに来たばっかりで帰れだなんて・・・。
どういうことか理由を問いただすと、
大叔母たちは青白い顔で色々と説明してくれた。
どうやら、俺はモリモリさまに目をつけられたらしい。
モリモリとは、森守りと書く。
モリモリさまはその名の通り、
その集落一帯の森の守り神で、
モリモリさまのおかげで山の恵みには事欠かず、
山肌にへばり付くこの集落にも大きな災害は
起こらずに済んでいる。
但し、その分よく祟るそうで、
目をつけられたら最後、魂を抜かれるそうだ。
魂は未来永劫モリモリさまに囚われ、
森の肥やしとして消費される。
そういったサイクルで、
不定期だが大体20〜30年に一人は、
地元の者が被害に遭うらしい。
・・・と言っても、
無差別に生贄のようなことになるわけではない。
モリモリさまは森を荒らす不浄なものを嫌うらしく、
それに対して呪いをかける。
その対象は獣であったり人であったりと様々だが、
余計なことをした者に姿を見せ、
子供のような声で呪詛の言葉をかける。
そして、姿を見た者は3年と経たずに
取り殺されてしまう。
(おそらく、アムアモと唸っていたのが呪詛の言葉だろう)
流れとしては、
山に対し不利益なものをもたらす人間に目をつけ、
呪いという名の魂の受け取り予約をする。
じわじわと魂を吸い出していき、
完全に魂を手に入れた後は、
それを燃料として森の育成に力を注ぐ。
そういう存在なのだそうだ。
今回の場合、
大叔父が2年前に目をつけられたらしい。
それも、あのマークUに乗っている時に。
モリモリさまを迷信としか思っていなかった大叔父は、
山に不法投棄している最中に姿を見たそうだ。
慌てて車を走らせ逃げたそうだが、
ここ最近は毎晩のようにモリモリさまが
夢枕に立つと言っており、
ある日に大叔母が朝起こしに行くと
心臓発作で死んでいた。
だが、大叔父だけでなく、おそらく車も対象になっていて、
それに乗って山を通った俺も祟られてしまった。
・・・というのが
大叔母たちの説明と見解である。
そんな荒唐無稽な話を信じられるはずもなかったが、
今朝の出来事を考えると、
自然と身体が震え出すのが分かった。
何より、大叔母たちの顔が真剣そのものだったのだ。
大叔母がどこかに電話をかけ、白い服を着た老婆が現れた。
聞くところ、その老婆は村一番の年長者で事情通らしいが、
その老婆も大叔母たちと同じような見解だった。
「どうにもならん。 可哀相だが諦めておくれ」
そう言い残し、さっさと帰って行った。
俺が来た時の明るい雰囲気はどこへやら、
すっかり重苦しい空気が漂っていた。
「すまない。お父さんが 連れていかれたから
しばらくは 大丈夫やと 思ってたんやが・・・」
すまない、すまないと、
みんながしきりに謝っていた。
勝手に来たのは俺だし、
怖いからそんなに頭を下げるのはやめて欲しかった。
大叔父が車を手放したのは歳がうんぬんではなく、
単純に怖かったのであろう。
そんな車を寄越した大叔父にムカっとしたが、
もう死んでいるのでどうしようもない。
急にこんな話を捲くし立てられても
頭が混乱してほとほと困ったが、
呪詛の言葉をかけられた以上は
どうしようもないそうなので、
俺は日の明るいうちに帰ることになった。
何せ、よそ者が出会ってしまった話は
聞いたことがないそうで、
姿を見ていない今のうちに関西へ帰り、
車を捨ててしまえばモリモリさまも手が出せないのでは、
という淡い期待もあった。
どうやら、姿を見ていないというのは幸いしているらしい。
大叔母の車に先導されて市内まで出ると、
そこで別れて俺は一目散に関西へ帰った。
「二度と来ちゃいかん。
そしてこの事は早う忘れなさい」
大叔母は真顔でそう言った。
帰った後、すぐに71マークUは処分し、
最近になって新しく100系マークUを購入した。
俺はマークUが好きなんだな、きっと。
この出来事、信じているかと言われたら、
7割ぐらいは信じていない。
家族にも話してみたし、
親父は直接あちらと電話もしたそうだが、
それでも信じていないというのか、
イマイチ理解できない様子だ。
肝心の祖母はボケてきて、どうにもこうにも・・・。
ただ気がかりなのは、村を出る道すがら、
山道で前を走る大叔母の車の上に乗っかり、
ずっと俺を見ていた子供の存在だ。
あれが多分、モリモリさまなんだろう。
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