雑多ブログ（上海赴任のぼやき）

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朝の冷たい空気が肌を刺すようだった。駅のホームで電車を待ちながら、僕は自然と背筋を伸ばした。いつも通りの通勤時間。いつも通りの顔ぶれ。だがその中に、一人だけ見慣れない女性がいた。

彼女は僕から少し離れたベンチに腰掛け、手元の小さな本に目を落としている。コートの襟を立てて寒さを防いでいる姿が、どこか映画のワンシーンのようだった。

「おはようございます」

その声に、僕はハッとした。顔を上げると、彼女が目の前に立っていた。

「え、あ…おはようございます」

不意打ちだった。僕は慌てて返事をする。見知らぬ人に挨拶されるなんて、いつ以来だろう。

「毎朝ここで見かけるので、つい声をかけてしまいました」

彼女は微笑む。その表情があまりに自然で、僕は一瞬言葉を失った。

「そうですか…ありがとうございます」

それ以上の言葉が浮かばない。でも彼女は気にする様子もなく、また軽く会釈をして戻っていった。

電車が到着し、僕たちはそれぞれ車両に乗り込む。僕はいつも通りの位置に立ち、窓の外をぼんやり眺めた。けれど、心は妙に落ち着かない。

たった一言の挨拶。それだけなのに、まるで日常に小さな穴が開いたような感覚だった。

次の日も、彼女は同じ場所にいた。そしてまた、挨拶をしてくれた。

「おはようございます」

「おはようございます」

それが習慣になったのは、三日目のことだった。

僕たちは名前も知らない。ただの通勤仲間だ。それでも、彼女の挨拶は僕の朝を少しだけ明るくした。

だが、ある日を境に、彼女の姿は消えた。ベンチも、本も、挨拶もないホームは、以前よりも少しだけ寒く感じた。

名前を聞いておけばよかった――そんな後悔を抱えながら、僕はまたいつもの日常に戻っていく。

たった一言の挨拶が、こんなにも心に残るなんて思いもしなかった。


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