冬の朝、窓の外は灰色の空が広がっていた。凍てついた空気が隙間風となって頬を撫でるたび、心まで冷たくなるようだった。
美咲はベッドの中で丸くなりながら、布団を頭までかぶり、動かない自分に言い訳を探していた。仕事が山積みなのはわかっている。でも、何もしたくない。何も感じたくない。ただこのまま、布団に吸い込まれるように眠りたい。
「今日もやらなきゃ……」
自分にそう言い聞かせる言葉がむなしく響く。頭では理解しているのに、体は鉛のように重く、どうにも動かない。スマホに手を伸ばしてSNSを眺めると、みんなが忙しそうに動いている。友人たちは新しいプロジェクトや旅行の写真を投稿し、誰もが充実した日々を送っているように見える。
「なんで私だけ……」
美咲はスマホを枕元に投げ出した。スクロールする指先さえ、エネルギーの無駄遣いに思える。
リビングから母の声が聞こえた。
「いつまで寝てるの?もう昼過ぎよ!」
昼過ぎ? そんな時間の感覚すら曖昧になっている自分に気付く。体はまだ布団の中だが、頭の中では自己嫌悪が暴れ始めていた。「こんな自分はダメだ」「もっと頑張らなきゃ」「みんなはちゃんとやってるのに」。心の中で自分を責める声が大きくなるたびに、布団の中に潜り込む時間が長くなる。
そのとき、部屋のドアが開いた。音もなく入ってきたのは飼い猫のクロだった。クロはベッドの上にぴょんと飛び乗ると、美咲の顔をじっと見つめて小さく「にゃあ」と鳴いた。
「クロ……」
美咲は手を伸ばしてクロの柔らかな毛を撫でた。その感触は冷たくなった心をほんの少しだけ温めるようだった。クロは喉を鳴らしながら、美咲の腕に顔を擦り付ける。何も言わないけれど、その仕草は「大丈夫だよ」と言っているように感じられた。
「……ありがとう」
美咲はゆっくりと起き上がり、布団をたたんだ。まだ気分が晴れたわけではない。でも、クロが部屋の隅に置かれた自分のエサ皿を見上げているのを見て、小さな義務感が生まれた。
「ごはん、あげなきゃね」
そう呟きながら台所に向かう。エサを皿に盛りつけ、クロが嬉しそうに食べる姿を見て、美咲は微かに微笑んだ。
その後、美咲はコーヒーを淹れ、窓辺の椅子に座った。灰色の空は変わらないけれど、クロが足元に寄り添い、部屋の中には微かなぬくもりが漂っている。
「今日も少しずつ、できることをやればいいか」
美咲は心の中でそう思った。そしてその小さな一歩が、次の日もその次の日も続く原動力になるかもしれない、となんとなく感じていた。
灰色の空の向こうにある青空を信じながら、美咲はそっと深呼吸をした。
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