1.
灰色の空が広がる街。そこには、人と同じ形をした「心がない人たち」が静かに立っている。彼らは、感情を持たない代わりに効率的で、正確な動きで周囲の人々の生活を支えていた。工場のラインで機械のように働き、オフィスではデータを処理し、病院では患者を無表情で介抱する。
誰も彼らに感謝を伝えたり、話しかけたりしない。心がないのだから、感謝も無意味だと誰もが思っていた。
2.
リナは、心がない人に囲まれて育った。学校の先生、レジの店員、近所の掃除人−−皆、彼らだった。リナの母親も父親も仕事に忙しく、心のない人たちに家事を任せきりだった。
「彼らには魂がない。だから、ただの道具だよ」
父親はそう言って、週末も仕事に向かった。
しかし、リナは違和感を覚えていた。彼らの無表情の奥に、何かが隠れているように感じたのだ。
3.
ある日、リナが通う学校で事件が起きた。教室の窓ガラスが突然割れ、ガラスの破片が飛び散った。リナは咄嗟に目を閉じたが、痛みは来なかった。目を開けると、心がない掃除人がリナの前に立ちはだかり、ガラスを受け止めていた。
「どうして……助けてくれたの?」
リナが尋ねると、掃除人は何も言わずに立ち去った。
その夜、リナは彼の行動が頭から離れなかった。心がないのに、なぜ彼は自分を守ったのだろう?
4.
次の日、リナは掃除人を探しに校庭へ向かった。彼は壊れた花壇を修復していた。
「昨日はありがとう。でも、なんで助けたの?」
リナの問いに、掃除人は初めて口を開いた。
「……それが、私の役割だから。」
その声は、どこか優しさを含んでいた。それを聞いた瞬間、リナは涙をこぼした。
「心がないってみんな言うけど、あなたには確かに『何か』があるよ。そうじゃなきゃ、助けてくれなかったでしょ?」
掃除人はしばらく沈黙していたが、やがてこう言った。
「……もし私に心がないとしても、あなたを守ることに意味があるなら、それで十分だ。」
5.
それから数年後、リナは科学者になった。「心がない人たち」の仕組みを解明し、人々の偏見を変えるために。彼らの中には、確かに心に似た「役割」があった。
そしてリナは思った。
たとえ心がないとしても、誰かのために動くことができる存在がいる。彼らの役割こそが、人間を支える本当の心なのではないかと。
灰色の空の下、リナは静かに微笑んだ。彼女の背後では、心がない掃除人たちが、淡々と街の美しさを守っていた。
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