高い山の上に一人の男がいた。名前は田村修二。都会の喧騒に疲れ果て、休暇を利用してこの静かな山にやってきた。朝の光が差し込む小屋から一歩外に出ると、目の前に広がる風景が彼の心を静かに揺さぶった。
空気は冷たく澄んでおり、深呼吸をすると肺に心地よい清涼感が広がる。眼下には雲海が広がり、その向こうに太陽がゆっくりと昇り始めていた。大きな山の稜線が金色に染まり、自然の荘厳さをそのままに伝えてくる。
修二はふと、小さな頃に父と登った山のことを思い出した。父は忙しい人だったが、年に一度だけ、家族と一緒に山登りをするのを欠かさなかった。登山中、父は言った。
「山から見る太陽は特別なんだ。都会で見るのと違って、全てを照らしている気がするだろ?」
その時は意味が分からず、ただ頷いた修二だったが、今その言葉の深さを実感していた。
山の上では時間がゆっくりと流れる。修二は手持ちの水筒から一口飲み、太陽を見つめた。鮮やかな朝日に照らされる山々を眺めていると、都会での悩みや苛立ちが小さく思えた。締め切りに追われる日々や、人間関係の煩わしさがどうでもよくなっていく。
ふと、修二は思った。「この景色も、いつか誰かと一緒に見たい。」
誰か――具体的な顔は浮かばないが、この山の上で分かち合える特別な時間を、いつか愛する人と共有したいと心の底で願った。
太陽はさらに高く昇り、雲海を完全に照らしていた。修二はその光景を胸に刻むように、長い間見つめ続けた。やがて立ち上がり、帰り道を探し始める。
「また来よう、この場所に。」
そう呟くと、彼の心は少し軽くなっていた。山から見える太陽は、確かに特別だった。
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