「ちょっと押してくれる?」
彼女はそう言って指差した。エレベーターの『閉』のボタンだ。
ボタンを押すと、ドアがスムーズに閉まり、静かな密室が完成した。私たち二人以外、誰も乗っていない。彼女の香水の香りがふんわりと漂う。
「どこまで行くの?」
私は尋ねたが、彼女は答えず、ただ床を見つめていた。その仕草がなんとなく引っかかる。
エレベーターは静かに上昇する。数字がひとつひとつ変わる音だけが響く。
「ここ、好きなのよ」
突然、彼女が口を開いた。
「エレベーター?」
「うん。だってさ、不思議じゃない?こんな小さな箱で、知らない人と一緒になることもあるのに、目的地に着くまで何も話さないことが多いでしょ。でも、たまにこうやって、知らない人と会話することもある」
彼女の言葉に、私は妙に納得してしまった。エレベーターは、確かに異質な空間だ。日常の中に紛れ込んだ非日常。
「でも、今日は君が一緒だからかもしれないね」
私は何気なく言った。
彼女はちらりとこちらを見て微笑む。けれど、その笑顔にはどこか影があった。
エレベーターが突然、止まった。
「え?」
二人の顔が見合わせる。
「故障かな」
彼女はそう言って、壁に寄りかかった。
「電話してみるよ」
私は非常ボタンを押してみたが、何も反応がない。
「まあ、いいわ。急いでないから」
彼女はそう言って、床に座り込んだ。私は戸惑いながらも、彼女の隣に腰を下ろす。
「こんなこと、滅多にないよね」
「そうね。だから、こうして話せる時間ができたのかも」
彼女の言葉には妙な説得力があった。
「君、どうしてここにいるの?」
私は思わず尋ねた。
「逃げてきたの」
その答えに、私は目を見張った。
「逃げた?」
「うん。大事なことからも、大切な人からも。全てを置いて」
彼女の瞳には涙が浮かんでいた。
「それでも、エレベーターに乗ったのはなぜ?」
「この小さな空間にいると、何かが始まりそうな気がしたの。全てが変わるような、そんな瞬間が」
彼女の言葉が胸に響いた。
「じゃあ、ここで何かを始めればいいんじゃない?」
「例えば?」
「例えば、もう逃げないって決めるとか」
彼女はしばらく考えるように黙っていたが、やがて頷いた。
「そうね、それもいいかもしれない」
エレベーターが再び動き出した。
「行き先は?」
彼女は笑顔で答えた。
「どこでもいいわ。ただ、もう逃げない場所に」
エレベーターのドアが開き、彼女は先に降りた。
振り返りもせず、ただ静かに歩き出すその背中が、妙に力強く見えた。
私はその姿を見送りながら、小さくつぶやいた。
「逃げないのは、悪くないな」
そして、エレベーターの扉はゆっくりと閉じた。
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