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2015年10月31日

第十章第一節 張玉から見た川島芳子

張玉は段連祥の生前の遺言を唯一託された孫である。このことは、張玉は段連祥の最も可愛がっていた孫であることを物語っている。一九七〇年代初、張玉が物心がついたばかりの頃には、母親の段霊雲に代わって、祖父段連祥と方おばあさんの連絡のかなめとなり、母親段霊雲が毎年新立城で方おばあさんに付き添って寂しさを紛らわす役割を受け継いだ。さらに、張玉は気の利く子供で、親戚が語る家族や個人の経歴を注意深く聞いて理解するようにした。それゆえ、段連祥が臨終の際に告白して「方おばあさんは川島芳子だ」という驚天動地の秘密を打ち明けた後に、彼女は我々に秘密を溶くための証拠や手がかりを提供する責任を担うことが出来たのである。張玉が方おばあさんを知り始めてから、彼女と祖父の段連祥で病死した方おばあさんを四平の火葬場で荼毘にふすまで、十数年間のあいだ彼女は子供ではあったが、方おばあさんの言動を心の中に深く刻み付けたのである。

段霊雲と方おばあさんの養母子の関係により、段霊雲が結婚後には方おばあさんはいまだ生まれてないうちから孫に対して愛情を注いでいた。張玉が出生前に方おばあさんは段連祥に「雲子が男の子を生んでも女の子を産んでも、名前はトと呼びなさい」と言っていた。
なぜなら川島芳子には一人の妹がいた。この妹の満州族としての名前は「愛新覚羅・顕g」と呼び、粛親王善耆の第十七王女(一番末の王女)で、川島芳子とは母親が同じで、彼女の漢族としての名前は金黙玉である。現在すでに九十歳と言う高齢であるが、河北省廊坊市経済開発区に住み、幸福な晩年をすごしている。
方おばあさん(川島芳子)は長い間彼女の妹である金黙玉が懐かしく思い、その妹を思う気持ちを表すために、養女(段霊雲)のまだ生まれていない孫にト(宝玉の意味)と付けたのだろう。彼女の深い妹への愛情を良く表しているではないか!

しかし、段霊雲は子供を生む前に父親の段連祥と四平大劇場で波濤歌舞団の演技を見て、帰って間もなくして張玉が生まれたので、段霊雲はこの歌舞団の名前である波濤を取って、新生児に名前として与えたが、方おばあさんの意志には背くことになった。一九九四年、張玉は長春市青年美術家協会に加入し、プロの美術家として働くことになった。職業上の必要から、筆名を名づけることになったが、張玉は学問のある祖父に筆名を付けてもらうことにした。その時になって始めて段連祥は方おばあさんの生前の考えを伝えたのである。しかし、方おばあさんの妹が誰かは、段連祥は張玉に説明しなかった。なぜなら当時は方おばあさんが川島芳子であるという秘密は、まだ打ち明けられてなかったからである。二〇〇四年の段連祥臨終の前になって、ようやく張玉にこの名前の謎と由来を話し、張玉はようやく方おばあさん(川島芳子)が自分の名前に込めた気持ちを悟ったのであった。それで張玉はこの筆名を使用して美術創作をするだけでなく、いろいろな場合にこの名前を使用しているのである。すでにこの名前を使うようになって長くなるので、戸籍上の名前である張波濤を知る者の方が少なくなってしまった。

張玉が物心ついた時には、方おばあさんの家のあちこちに毛沢東のポスターがはってあり、ほとんどどの部屋にも数枚はってあるほどで、大変目立ったが、これもあのどこでも「毛沢東崇拝」の年代からすれば、理解できることではある。張玉がさらに覚えているのは、方おばあさんが沢山の毛沢東バッジを集めていたことで、一個一個フェルト布の上に別に置き、よく取り出しては眺めていた。さらに張玉が忘れられないのは、方おばあさんがしばしば小さな張玉を目の前に連れてきて、別の子供と同じように、張玉の胸の前に毛沢東バッジをつけて、とても嬉しそうな様子であった。このことから、我々は方おばあさん(川島芳子)の内心世界をうかがい知ることは出来ないが、少なくとも孫娘が歴史の流れから取り残されることを望んではいなかったことがわかる。

張玉が五歳(一九七二年)と八歳(一九七五年)の時に方おばあさんと一緒にいた際に、方おばあさん(川島芳子)がB5用紙にそれぞれ張玉のために版画と肖像画のスケッチを描いた。そのうちの版画は、まず木版の上に肖像画を書き、それを彫刻刀で削り、その上に紙を置いて拓本を取ったものである。その画の左隅にはうっすらと「姥留念」の三文字が書かれ、方おばあさん(川島芳子)が自ら書いたもので、この「姥留念」の三文字は川島芳子が一九四八年に北平監獄で養父川島浪速に宛てて書いた手紙の筆跡に良く似ている。

川島芳子
留念

我々はこの二枚の画は、方おばあさんが張玉に示した祖母と孫の愛情を表しているだけでなく、方おばあさんが生前に残した唯一の筆跡として重視している。この二枚の画を我々は特に省内の著名な画家である張成久と甘雨晨に鑑定をしてもらった。彼らの一致した見解は、この二枚の絵は簡単に見えるけれども、絵画に対する技術は高く、作者の絵画の水準がとても高いことを見て取れるということであった。川島芳子が十六歳の時かつて描いた一枚の日本人少女の背後から見たスケッチが残されているが、絵の技術は相当なものであったことがわかる。七十歳近くになった方おばあさん(川島芳子)がなんら画を描くのに適した条件がない情況で、このような技術のある画を描くほど習熟していたのは、当時の技術水準がすでに一定の程度に達していたことを示している。

張玉の証言では、新立城の方おばあさんは家の庭には、五十センチほどの高さの大きな石があり、上は平らであったので、夏は上に座って涼んだり休んだり出来た。ある時、方おばあさんは張玉を石の上に立たせて女役を演じさせ、彼女が男役を演じて、祖母と孫の二人で石の周りを回りながら社交ダンスを踊った。時には部屋の中で、方おばあさんが張玉をオンドルの上に立たせ、張玉の二つの小さな手を取って、オンドルのふちに沿って踊った。この時この瞬間には、すでに六十歳を過ぎた方おばあさんはまるで若いころに戻ったかのようであった。
踊る

我々が知っているのは一九三〇年代初頭に、川島芳子がかつて上海に来た際、当初彼女はダンサーの身分で注目を集めた。「東洋のパリ」と呼ばれた上海で、川島芳子は物柔らかで艶やかなダンスで上海の各地の高級ダンスホールを出入りし、職業ダンサーも顔負けの踊りを披露した。ダンスホールでは彼女は女性の役を演じることもあれば、しばしば男装をして男役として踊り、男役のほうが女役で踊るより得意であるようだった。一説によれば、上海で開かれた国際ダンス大会で男装をした川島芳子が男役の一等賞を取ったこともあるという。その他の優秀な男のダンサーも彼女に比べれば、拙いものであったという。

上述したように、段霊雲は方おばあさんの体の汗を拭く時、彼女の左胸に傷跡があり、さらに方おばあさんはよく《小雲子》に背中をたたかせていた。張玉が母親に代わって方おばあさんに付き添うようになってからも、同様であったことを覚えている。新立城は夏になるととても熱く、祖父段連祥は方おばあさんの為に水浴びの出来る水桶をつくり、土間の高いところに掛けて、上から井戸水を注いで涼めるようにしていた。方おばあさんが水浴びをする時には、上半身は裸であったが、張玉も彼女の左胸に褐色の傷跡を見て、母親と同じように感じた。さらに方おばあさんはよく張玉に背中を叩かせて、ある時には張玉の拳骨では力が足りないと感じたのか、方おばあさんはオンドルの上にうつ伏せになり、張玉に背中を踏ませると、方おばあさんはいくらか気持ちよさそうに感じているようだった。このことも上述したのと同様に、方おばあさんが脊髄炎をわずらっていたことを証明しているのではあるまいか。

方おばあさんは美人に見えたし、祖父よりも若いようにさえ見えたが、どんなに若く見えたところで、やはり彼女の目の細かい皺や厚ぼったくなったまぶたは化粧では隠すこともできなかった。しかし、方おばあさんは年をとっても、しばしば夜に化粧をした。晩御飯を食べた後に、方おばあさんは一人で鏡に向かい、入念に化粧をしていた。さらに張玉にも眉を描いたり、張玉に彼女の眉を描かせたり、ある時には張玉に眉を口紅を塗ったり、おしろいを塗ったりもした。化粧が終わると、張玉は方おばあさんのほうを見てこらえることができずに笑い出し、方おばあさんを「妖怪みたい」と腹が痛くなるまで笑って息ができないほどであった。すると、方おばあさんは指を上げて「シーッ」と大きな声を出さないように注意した。
方おばあさんは昼間は普通化粧しなかったが、祖父がいる時は方おばあさんが化粧をする時もあった。方おばあさんは自分の眉毛を描く時は輪郭を細かくなぞり、最後には彼女の顔は鏡の中で画のようになっており、身動き一つしなかった。この時に張玉は方おばあさんの後ろに立って一緒に鏡に映ったが、その時の様子は長い時間が経っても記憶の中に永遠に留められるだろう。
永遠という言葉についてとりあげると、張玉は方おばあさんとお茶を飲んだ時にこの「永遠」という言葉についての彼女の説明を聞いたことがある。方おばあさんは永遠とは一種の感覚で、生命の流れなのだと語っていた。
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