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2016年07月20日

扉シリーズ外伝 『三角綾』

東京都真宿区にある『私立聖華女学園』。
その高等部二年生に、他校の男子生徒から憧れの視線を一身に浴びる女子がいた。
『三角綾』である。
艶やかな黒髪をポニーテールにし、黒髪と見事なコントラストを見せる瑞々しい白い肌…
クリクリとした二重瞼に長い睫毛、高くは無いがシュっと通った鼻筋、唇はキリっと引き締まっていながらも、少し肉厚で、笑うと並びのよい白い歯をのぞかせる。
細身ながらもスタイルがよく、健康的である。
白と紺色のセーラー服に赤いリボンという出で立ちは、『清楚』という言葉をそのまま形にしたかのようである。
しかし、彼女には一般人には備わっていない、ある特殊な性質があった…

「三角〜、今日の数学の小テストどうだった?できた?」

綾の親友、佐山さつきが眉間にシワを寄せて情けない声を上げて、今日行われた数学の小テストの出来を、綾に尋ねた。

「う〜ん…まあ、全部埋める事はできたけど…ていうか佐山、アンタはどうだったの?」

中等部以来からの親友である綾とさつきは、高等部に上がってから、お互いを苗字で呼び合うようになったが、それについて大した理由はない。

「埋められるだけ凄いよアンタは!さすがは次期三角家の当主だ!アタシなんか半分くらいっきゃ埋まってないよ?」

さつきは中等部時代から常にテンションが高めだ。
自らの特異体質の為に、およそ子供らしからぬ体験をしてきた綾にとっては、さつきの屈託ない笑顔が何よりの癒しとなった。

「それはご愁傷様。次頑張ればいいじゃん?」

綾の言葉に、さつきは一瞬眉間にシワを寄せたが、パッと明るい表情になり、

「だよね〜!それっきゃないよね!うしっ!次は半分埋めるぞ!」

と、拳を握りしめた。

「全部埋めなよ!」

さつきの言葉に綾が突っ込む。
二人は笑いながら西陽に輝く下校路を歩む。
聖華女学園は選択科目があり、綾は書道を、将来体育教師を目指しているさつきは体育を選択している。
さつきは今日、同じクラスで体育を選択している東という生徒が、体育の時間にやらかした失敗について、ジェスチャーを交えて面白おかしく、それを教えてくれた。
今日の体育はサッカーだった。
さつきはキーパーだったのだが、ゴール前でノーマークだった東にボールが渡り、一対一の対決になった。
しかし、東が放った渾身のシュートはゴールに向かう事なく、遥か天空まで上がり、そのまま東の頭上に落下したらしい。
大口を開けて笑いながら話すさつきにつられ、綾も大笑いしていた。
その時、

リィン

と鈴の音が、綾の頭の中で響いた。
綾の特異体質である『霊感』。
しかも、何か良からぬモノが綾のテリトリーに入った時に、綾には頭の中で鈴が鳴るように感じるのだ。
立ち止まる綾の視線の先に、一人の男がいた。

携帯電話で話しながら、こちらに歩いてくる。
素人には見えない、モデル風の長身の男である。

突然立ち止まった綾の視線の先を追うさつき。
その先にいる男を確認したさつきが、

「わっ、格好いいね、あの人!でも、綾ってあんな人がタイプだったっけ?」

とニヤニヤしながら綾に尋ねる。

「違うよ…」

綾の特異体質をよく知るさつきには、綾の様子から、何故急に立ち止まったのかを瞬時に理解できた。

「また、アレかい?」

綾は無言でうなづく。

「何が見えるの?」

さつきの問いに、綾はこう答えた。

「女の人が三人、あの人の体に巻き付いてる…蛇みたいに…」

それを聞いたさつきは、ごくんと唾液を飲むと、

「ま、巻き付いてるの?」

と、言って男を見るが、さつきの目にそれが映る事はない。
その男が、携帯電話を耳に当てながら綾達にすれ違う。
男は綾に視線を向けながら、通り過ぎる。
すれ違った後、綾は振り返り男の後ろ姿に目をやる。
その目には、明らかな嫌悪感を滲ませながらも、男に対する憐れみの情も、さつきには観てとれた。

「ヤバそうなの?」

さつきが尋ねる。
綾はさつきに向き直ると、

「うん…あの女の人達、かなり酷い目には遭わされて亡くなったはずなのに、まだあの人を奪いあってる…あの人、そう遠くない未来に、いい亡くなり方しないと思うよ…」

と答えた。
さつきも振り返り、また男の後ろ姿に目をやったが、やはりさつきの目にはその光景が映る事はない…

「因果応報…自分がやった事には絶対に何らかの結果が出る…あの人の場合は、完全に自業自得ってやつ…」

そういうと、綾はパッと明るい表情になり、

「あ〜、何か甘い物食べたいな…佐山ぁ、クレープ食べに行かない?」

と、前方に看板が見える、下校途中によく二人で立ち寄るクレープ屋を指差した。
さつきはフフフと笑いながら、

「へいへい、全てはお姫様の御心のままに…」

と、臣下の礼をとる。

「うむ…姫はチョコクレープを所望じゃ。これ佐山、早う買うてまいれ!」

綾がこんな一面を見せるのは、さつきだけである。
さつきはまたフフフと笑うと、

「姫様、チョコクレープでよいのでございますか?御存知ないようですが、大変美味な新作が出たのですが…?」

と、首をすくめて悪戯っぽく尋ねた。

「そ、それじゃ!それを買うてまいれ!」

さつきも、親友ながら綾の可愛らしさにやられている一人である。

「御意です姫様…ていうか、三角!今回はアンタ持ちの番だろうが!?」

さつきは綾の背中を軽くパンパンと叩いた。
すると綾は、

「無礼者!主君にクレープをおごらせる気か?」

と、腕組みをして凄んでみたが、すぐに吹き出して、

「そうだったよね!行こ、佐山!」

と、さつきの手を引いて、綾はクレープ屋へ向かった…

それから数ヶ月後、さつきはテレビでモデルとして活動していた男性が、バラバラ遺体として見つかったというニュースを見た。
しかし、その男性があの男であったかどうかまでは、知る由もなかった…






2016年07月21日

扉シリーズ外伝 『伊田美弓』

今日は私の『初舞台』だ。
厳密に言えば、そうではない。
高校時代には演劇部で何度も舞台には立っている。
でも、お客さんからお金をもらって立つ、『プロとしての舞台』は今日が初めてなのだ。
今日、私が演じるのは主人公の青年『柏原直也』の妹、『のぞみ』だ。
あらすじはこうだ。

主人公の青年『柏原直也』は、死別した両親から受け継いだ喫茶店『絆』を経営している。
妹の『のぞみ』は、その店を手伝っている。
そこには両親の代から通う個性豊かな常連客が毎日のようにやってくる。
しかし、その日は一風変わった一見のお客さんが来店する…
そのお客さんの正体とは…

という、私が所属している『すばる座』らしい、サスペンス性のある人情コメディだ。
『すばる座』は、役者とスタッフを合わせて三十人程と、規模は小さい。
でも、高校二年の時、演劇部の同期に

「いい劇団だよ〜」

と連れて来られた時に、活き活きとした役者とスタッフ達の熱に、私はこの劇団に魅了されてしまった。
あまり知られていないが、この劇団出身で、今は映画にドラマにと一線で活躍している役者さんが数名いる。
私がこの劇団に入ったのには、そういう人への憧れもある。
しかし、入団条件に『高卒以上』とあった為、私は高校卒業と同時に、この劇団のオーディションを受けた。
私は高校の演劇部で、一応看板役者扱いされていた程度には素養があったので、オーディションは無難に合格した。
しかし、『プロ』の世界は厳しい…
発声の基礎は学んでいたが、私の声は全く通用せず、ダンスも経験はあったが、体力がついていかない…
初めて取り組んだ殺陣も、私はセンスがないようだ…
演技も、高校時代とは比較にならない『奥深さ』を要求される…
難しい事ばかりだが、それが楽しく、私は今、充実感の中にある。

人間には、様々な面があり、
家庭での自分、職場での自分、友達との自分、恋人との自分…
局面局面で、人間は仮面をつけ変えて、その局面での自分を演じわけて生活しているという…
その仮面を『ペルソナ』という。
無論、私も様々な『ペルソナ』を持っている。

しかし、それとは別に、私の中には『何か』がいる…

物心ついた頃から、私を何となくそれを感じていた。

しかし、それを完全に自覚させる事件があった。

私が小学二年の時だ。
当時、私は福丘県にいた。
私は生まれつき、普通の人には見えない、在り得ないモノが見えてしまう体質だった。
それゆえ、『変人』と周囲に思われていた。
変人というレッテルは、それそのままイジメに繋がる。
私はイジメられていた。
特に同じクラスの男子三人が執拗に私をイジメた。
ある日、私はその三人に囲まれて罵詈雑言を浴びせられていた。
私が泣いても、三人はやめない。
私は逃げ場のないストレスにより、気が遠くなった。
はっと気がつくと、私を囲んでいた男子三人は、私の周りに倒れていた。
鼻と耳から血を流し、目を見開いて、身体をビクビクを痙攣させている。
通りがかった上級生が男の先生に知らせ、三人は救急搬送された。
先生から何があったのか質問されたが、私にもわからないのでそのように答えたが、話のわからない先生で、執拗に私に話を聞こうとする。
そこで、また私は気が遠くなった。
気がつくと、先生が三人の男子と同じように倒れていた…
私は父親の言いつけで数日学校を休まされ後、父親と学校に呼び出された。
その際に、三人と先生は身体には何の問題もなかったが錯乱しており、退院には時間がかかりそうだという事を聞いた。
それから間もなく、私は転校する事になった…
転校先でも同じような事があり、私は小学生の時だけで4度、中学でも一度転校した。
転校の度に、怖い顔をしたお爺さんに会わされ、そのお爺さんは両手で私の頭をつかんで、私の目を長い時間見つめた後、

「まだ大丈夫たい…」
と、一言呟くのが常だった。
そして、高校は今住んでいる王阪府南部は泉州地域の公立高校に通った…
そこで私は、世話焼きな性格のクラスメイトに誘われて演劇部に入部した。
私は生まれて初めて、楽しい事を見つけた。
芝居は、私を違う存在にする。
私ではない、私の中にいる『何か』でもない、私でありながら私ではない何者かになれる…
常に『何か』の存在を感じ、それに恐れを感じている自分だが、芝居をしている時には、そんな私はこの世からいなくなるのだ…

もうすぐ、緞帳が上がる…
脚本と演出を兼ねる厳しい神谷先生に初めて認められて掴んだ『のぞみ』という私でない私…
私は今から『のぞみ』になる…

オープニングテーマが流れ、緞帳が上がり始める…

その時、『のぞみ』ではない私の頭の中に、真っ暗な空間に浮かぶ透明な四角い立方体の映像が映った。
透明な四角い立方体の中には、長い付き合いになる『何か』が蠢いている…
『何か』は常に私を見ている…

もう少しだけ…
せめて今だけは大人しくしていて…

緞帳が上がり、満員のお客さんが私…いや、『のぞみ』の目に映った。

『私は『のぞみ』…』

『お前はフタナリ…』







2016年07月23日

扉シリーズ外伝 「矢崎はるか」

「はっ!」

自室で就寝中だった24歳のOL「矢崎はるか」は、深夜に突然目が覚めた…
心臓が激しく高なっている。
身体が硬直し、全く身動きできない。
金縛りである。

「またか…」

はるかは、先週の土曜日の深夜、現在交際している男性と、心霊スポットとして有名な廃屋に肝試しに行った。
はるかは乗気ではなかったが、怪談やホラー映画が好きな彼氏に、半ば無理矢理同行させられたのだ。
元来、常人より霊感の鋭いはるかは、極力そういう場所へは近寄らない事を心掛けていたが、彼氏に悪印象を持たれたくないという気持ちが、それに勝ったのもあった…
結果、はるかはその廃屋から『何か』を持ち帰ってしまったようだ…
証拠に、今、自室に漂う張り詰めた空気と、空耳ではなく、確実に聞こえる何者かの息遣い…
ホラーマニアでありながら心霊現象を信じていない彼氏に相談したとて、どうせ笑われるに決まっている。
もしかしたら『危ない女』と思われるかも知れない…

金縛りは、その心霊スポットに行った翌日の夜から始まった。
体調も優れず、異常に身体が重い。
はるかは、『霊障』という言葉くらいは知っていたが、これがおそらくそうなのだ、と感じていた。

翌日、はるかは体調不良を理由に会社を休んだ。
しかし、目的は療養ではなく検索だ。
はるかは、今自分に降りかかっている霊障が、悪化していく予感がしていた。
もはや頼りになるのは『霊能者』と呼ばれる人間だけであると、はるかはパソコンの前に座った。

検索してみると、ホームページを作っている霊能者は結構いる。

甲田福子…
AYA…

テレビで見たか、聞いた事がある名前だけど、こんな人達じゃ、いくら謝礼をふんだくられるかわからない…

検索を進めると、ある霊能者の名前に目が止まった。

『土雲晴明』

土雲…?

珍しい苗字だと、はるかは思った。

その名が掲載されているのは、土土雲晴明に救われた人によるブログ記事であった。

土雲さんは草食系のイケメンながら、その霊力は本物で、長らく霊障に苦しんできた私を救ってくれた恩人である。
謝礼を拒まれたが、無理矢理手渡した。
慈愛に満ちた、本当にイイ人である。

と、そんな内容が綴られていた。

これが本当であるなら、今の自分には願ったり叶ったりの霊能者である。

その記事には、京都の土雲神社に行けば会える、とある。

今は神奈川に住まうはるかだが、出身はズバリ京都である。

はるかは何か運命的なものを感じて、仕事の事は気になるが、適当に理由を作って京都に行く決意をした。

翌日、はるかは霊障による頭痛と倦怠感をかかえながら、京都へと里帰りした。

ブログの記事には住所まで書かれていなかったが、携帯ど地図を調べると土雲神社は、京都市内の目立たない路地にあった。

地図を頼りに、はるかはそこにたどり着いた。

そこは、ビルに囲まれた中にポツンと立つ、古い町屋造りの民家だった。
民家としては立派だが、神社という趣はない。
しかし、玄関には小さいながらも赤い鳥居が一基ある。
そこにはキチンと、

『土雲神社』

と書かれた看板が上がっている。
鳥居の脇にインターホンが設置されていた。
インターホンを押す勇気を出すのに数分要したが、インターホンを押してみた。

しばらくして、

「誰?」

というアニメのアイドル声優ねような、可愛らしい女の子の声が聞こえたが、その口調には敵意のようなものを感じる。

「あ、あの…土雲晴明さんはいらっしゃいますか?」

敵意に気圧されて、それを絞り出すのが精一杯だった。
敵意の主は数秒黙り込んだ後、

「だから、誰か?」

と、再び尋ねてきた。
はるかはハッとして、

「あ、わ、私、矢崎はるかと言います…土雲晴明さんに除霊をお願いしたくて…ここに来れば会えるってネットで見て…」

はるかは自分の口調がしどろもどろになっているのを自覚しながら、なんとか要件を伝える事ができた。
敵意に主はまた数秒黙り込んだ後、

「除霊ねぇ…アンタ、お金持ってんの?うち、高いよ?」

これでもかというくらいのストレートな質問だ。
はるかには、一応年相応の貯蓄はある。
しかし、その質問に

「持っています」

と答える自信がある程の額などであるわけがない。
はるかは、やはりあのブログの記事は誇張されたものなのだ落胆し、

「あ、あの…すみません…出直してきます…」

と答えて、踵を返そうとした。

その時、

ガラガラという音を立てて、民家の引き戸が開いた。

そこには、清潔感のあるサラサラのセンター分け。
色白な輪郭には、薄く形の良い眉毛の下には瑞々しさを感じる切れ長の眼、鼻筋は通っているが、高すぎず、その下には薄い唇が配置されている。
更に、大きめな黒縁眼鏡が知性的な印象を与える、まるで少女漫画から抜け出てきたような美しい顔立ちの男性が顔を出した…

「あの、すみません、僕が土雲晴明です…」

はるかは一瞬、思考を忘れた。
こんな美形には、今まで会った事がない。
この美形に比ぶれば、

「かっこいい」

と思って付き合い始めたホラーマニアの彼氏など、ただの迷惑な変人でしかないと、はるかは感じた。

「あの…すみません…澪の奴が失礼な応対したみたいで…」

右手で後頭部を掻く仕草が、これほど絵になる男性がいようとは…
よく見ると、身長は180センチ程で、細身で手足が長い。
ブルーの半袖ポロシャツにオフホワイトのチノパン姿。
袖から伸びる腕は、意外によく鍛えられているようだ。
素足にサンダルという清潔感溢れる足元も、何故か絵になると、はるかは感じた。
「澪」とは、さっきのアニメ声の女の子の事だろう…

「さ、どうぞ中へ…遠い所から来られてお疲れでしょう…冷たい物でも飲みながら、話を聞かせて下さい…」

はにかんだような笑顔に、はるかの心は溶けた。
しかし、何故私が遠い遠いから来たとわかったのか…?
あてずっぽうで無いのなら、やはりブログの記事は本当なのだろうと、はるかは頭を下げながら晴明に誘われて、
『土雲神社』の鳥居をくぐった…








2016年07月24日

扉シリーズ外伝「矢崎はるか2」

土雲神社の入り口である鳥居を潜ったはるかは、土雲神社の本殿になるであろう民家の玄関先で、

「あ、あの…突然すみません…あ、あの、お邪魔します…」

と、晴明に向かって深々と頭を下げた。
晴明はただ包み込むような優しい笑顔を見せると、家の中へ上がるようにジェスチャーした。
はるかはまた、深々と頭を下げながら玄関に入る。
しかし、玄関には一人の少女が腕組みをして仁王立ちしている。
おそらく、先ほどの敵意むき出しのアニメ声の女の子、晴明が『澪』と呼んだ少女に違いない。

年の頃17、8といった所だろうか?

艶々した黒髪をツインテールに束ね、少し丸っこいが小さい顔には細いがしっかりした眉毛…
すこしつり目気味であるが、猫のようなクリクリした可愛いらしい瞳、鼻筋は通っているが丸っこく、少し肉厚気味の唇は、はるかに向ける敵意の為か、真一文字に結ばれている。
細い首筋から下は黒いタンクトップと、カーキ色のホットパンツ。
もしかしたら晴明の妹なのだろうか…と、はるかが思う程、色白で手足がしなやかで細く、長い、その体型がそっくりである。

どこからどう見ても『美少女』。

その手のアニメ好きから見れば、たまらないビジュアルであろう。
しかし、はるかには、ただ一箇所だけ彼女に勝っていると思える所があった。
胸のサイズである。
自慢ではないが、自分はFカップ。
彼女はせいぜいB止まりであろう。

「澪!」

晴明は、優しいながらも失礼な態度を咎めるような口調で、その少女の名を呼んだ。
澪は、

「フン!」

と、敵意丸出しの態度で家の奥に消えた。
やはり、兄妹なのか?
はるかは思った。

「澪!冷たい物持ってきて!」

晴明はそういいながら、はるかを客間であろう部屋に案内する。

その部屋は、町屋造りの外見からは想像できない洋室だった。
リフォーム間もないといった感じで、設置されている白を基調としたソファーセットとテーブルが、それを強調させている。
壁には誰の作品かわからないものの、何故か目を惹きつけられる美しい風景画が飾られている。

晴明に促されるままソファにかけると、テーブルを挟んで向かいに晴明が座る。

少しの沈黙の後、

「あ、改めまして…僕が土雲晴明です。えっと…矢崎はるかさん、でしたよね?」

と、晴明がまた後頭部を掻きながらたずねる。
はるかは、おそらくそういう癖なのだろうと、少し笑いながら

「は、はい…はじめまして、矢崎はるかです…今日はアポも取らずに、突然押しかけてすみません…」

と、ペコリと頭を下げ下げた。

「いえいえ、今年の始めくらいから結構多いんですよね…何か、知らない内にネットで拡散されてたみたいで…矢崎さんも、もしかしたらネットで?」

苦笑いで上目遣いに尋ねるところを見て、晴明はあまりそれを歓迎していないようだと、はるかは感じた。
はるかも上目遣いで

「は、はい…」

と答えた。すると…

「はいじゃないよ、全く!」

可愛いらしいが敵意のある声…
澪だ…
澪は、アイスコーヒーだと思われるストローが刺さったグラスが二つ載った木製のお盆を両手に抱えて、はるかに対し、敵意のある眼差しをはるかに向けている。

「澪!」

晴明がまた、澪の失礼な態度を咎めるようにその名を呼んだ。
澪は唇を尖らせると、荒々しくテーブルの上にお盆をおいて、晴明の隣に腕組みをしながら、ドカッと乱暴に座ると、足を組んで前のめりに、

「あんたさあ、ウチがどんなとこか、全く分かってないでしょ?」

と、鋭い目付きで尋ねる。

「澪、いい加減にしなよ。」

晴明の声が少し低くなった。
しかし、澪は、

「ここはね、霊能者の世界じゃかなりヤバイ家柄なの…一般の人が気軽に尋ねて来ていい場所じゃないの…正直、ヤクザより質悪いよ?」

と、晴明の言葉など意に介さずにそう言った。
ヤクザより質が悪い…?
どういう意味?
はるかには、ヤクザという言葉と、晴明、それに澪が繋がらない。

「澪…それは前々宗主までの話だろ?あ、気にしないで下さい…兎に角、矢崎さんに憑いてる良くないモノは、僕が何とかしますので…」

晴明のその言葉に澪が噛み付く。

「晴明はさぁ、甘すぎるよ!宗主になったからって、土雲がすぐに変われると思ってんの?どうせまた謝礼も受け取らずに返す気なんでしょ?」

晴明はそれを受けて、

「土雲は僕が変える…それに、謝礼も受け取らないよ…十分に生活できる収入はあるんだから…」

と、澪の方には目をやらずにそう答えた。
はるかにはよく分からないし、聞くべき事でもない。
しかし、謝礼を受け取らないというのは本当らしい。
だが、キチンと除霊してもらえたなら、謝礼は置いていくつもりだ。

急にはるかを見る澪の目が変わった。
キラキラとした黒い瞳が、少しだけ緑がかって見える。
はるかは本能的に、

『自分に憑いてる何者かを見ているのだ』

と、思った。
澪は数十秒はるかを見た後、

「全く大した事ないじゃん…サッと終わらせて、さっさと帰ってもらいなよ!」

と言いながら勢いよく立ち上がり、部屋を出ていった。

晴明は、

「あ、冷たい物、飲んで下さいね…」

と、はるかの前にグラスを置いて、ミルクとシロップをそのグラスの脇に置いた。

「あ、い、頂きます…」

はるかはミルクとシロップを入れて、ストローでかき混ぜる。
白と黒が混じり合うマーブル模様を見ていると晴明が口を開いた。

「澪は、僕の姪に当たる娘で…あれでも、うちの一族の中では唯一の僕の理解者なんですよ…土雲家は霊能者の世界では外道と呼ばれてきた一族で、その行いも外道そのものだったんです…でも前宗主、僕の祖母だったんですが、祖母はそれまでの宗主とは考え方が違ったようで…祖母は強力な霊能者だったので、その力で一族を抑えつけて、そこから土雲家は変わり始めました…で、2年前に僕がその後を継いだんですが…なかなかうまくは行きません…はははっ」

外道の行いとは一体どんな事なのか…
でも、初対面の素性も知らない女にこんな事を話してもいいのか…
はるかは、恐縮しながらアイスコーヒーに口をつけた。

その後、晴明ははるかにニ、三質問をした。
生活や仕事、それに、今はるかが渦中にある霊障についてである。
晴明ははるかの話を時折うなづきながら、ただ静かに聞いていた。
そして、

「ありがとうございます…では矢崎さん、初対面で恐縮なんですが…その、肩を揉ませてもらってもよろしいでしょうか?」

と、言いにくそうに尋ねてきた。
はるかは一瞬「えっ?」という表情をした。

「すみません…僕は、そうやって中にいる者とコンタクトを取るんです…あっ!決してやましい気持ちからではないので…」

はるかは正直、やましい事であってもいいかな、と思った。
目の前にいる土雲晴明からは、男性から感じるギラギラした欲望や、邪気を感じる事がない。
この男性は信頼できる、本当にいい人なのだ。
そして、何よりイイ男だ…

「あ、か、構いません…よろしくお願いします。」

はるかはグラスを置いて、頭を下げた。
晴明はそれを聞くと立ち上がり、はるかの後ろに回った。
その動きだけで、はるかは鼓動が早くなるのを感じた。

「では、失礼します…」

晴明はそう言いながら、はるかの両肩に手を置いた。

その瞬間、はるかは今まで感じた事のない温かさを感じた。

薄いブラウスとキャミソールを通して、晴明の体温がはるかの素肌に伝わった。

「土雲さん…手が温かいんですね…」

思わず、はるかは思った事を口に出してしまった。
何か、いやらしい発言をしたような気がして、頬が赤らんだのを感じた。

「よく言われます…」

晴明の声には笑気が混じっていた。
そして、晴明が手を動かし始めた。
マッサージの勉強をした事があるのか、指の動きと、適度な握力が素人技ではないように感じる。

「力を抜いてリラックスして下さい…寝てもらっても構いませんよ…」

見事なマッサージと、晴明の優しい声に、はるかは本当に夢見心地になってきた。
しかし、寝てしまったらこの心地よさを感じられなくなってしまう…
晴明の手が徐々に、徐々に、自分の身体の中に入ってくる…混ざり合うような感覚がしてきた。
それが、たまらなく心地よい。

「いましたね…」

どれくらいそうしていたのか、本当に寝てしまっていたのか…
はるかは晴明のその声によって我に帰った。

「十くらいの女の子…この子がはるかの中にいたんですね…そうか、君はミキちゃんて言うのか…うんうん…そうか…ミキちゃん、君はね、もう亡くなってしまったんだ…だから、行くべき所へ行かなきゃならない…うん、怖くないよ…ほら、渦が見えるだろ?君はあの渦の中に溶けて、またいつの日か生命を授かって、この世に帰ってくるんだ…今のままじゃ、君はずっと一人ぼっちでいなきゃならないんだよ…だから、あの渦に入ろう…大丈夫…僕が連れていってあげるから…さあ、行こう…」

晴明の声は、慈愛に満ちていた。
自分に憑いている者と対話をしているんだろう…
元来霊感の鋭いはるかには、今、晴明とミキが見ている『渦』というものが、容易にイメージできた。
おそらくあれが、『生命』そのものなのだろう…
自分もあそこから来て、また、いつの日か、あそこへ帰る時がくる…
はるかは、そう感じていた。

「うん、バイバイ、ミキちゃん…またいつか、会えるかも知れないね…今度は丈夫な身体に生まれてくるんだよ…じゃあね、バイバイ…」

その声の後、晴明は肩もみをやめ、パンパンと両肩を刺激を与えると、

「はい、除霊終了です…」

と、かすかな笑気の混じった声で、そう言った…

はるかは気づいた。

ここに来るまでに感じていた倦怠感が、嘘のように消えている…
その上、いつも悩んでいた肩凝りさえも、全く感じない…

この人の『除霊』は、『癒し』なのだ、とはるかは思った。

晴明は自分の席に戻ると、氷が溶けきって少し薄くなったブラックのままのアイスコーヒーに口をつけ、

「矢崎さん達が行かれた心霊スポットは、もう何十年も前に閉鎖された、子供向けの療養施設だったみたいですね…矢崎さんに憑いていたミキちゃんという女の子は、そこで病死したようでした…彼女はこの世でやりたい事がたくさんあったみたいで、その思いが彼女をこの世に縛り付けてしまっていた…でも大丈夫、帰るべき所へ帰る事ができましたから…」

と、説明してくれた。

「あ、あの…土雲さんは…生命の起源みたいなものを御存知なんですか?」

御礼よりまず、はるかはそれが気になった。
どんな偉い学者でも、その答えを持つ者など、この世にはいないのだから…

「生命の起源…いい表現ですね…分かったような気になってはいる…それが答えとして相応しいかな?」

晴明ははるかの質問にそう答えた。

それを受けて、はるかの中に激しい欲求が生まれた。

『この人から教えを乞いたい』

物心ついた時から、はるかには『生命の起源』を知りたいという欲求があった。
人はどこから来て、どこに行くのか…
それははるかにとって、何にも勝る魅力的な学問なのだ。

「あ、ありがとうございました…本当に、何と御礼を言えばいいのか…あの、またお伺いしてもよろしいでしょうか?」

はるかが御礼と共にそう言いかけた時、携帯の着信メロディが響いた。
晴明が、デニムのポケットに手を入れると、携帯を取り出した。

「あ、すみません、ちょっと失礼…」

晴明はそう言いながら電話に出た。

「もしもし…どうだった?…そう、来週こっちに…えっ?伊田さんも来てくれるんだ、それは心強いな…わかった、それじゃあまた詳細わかれば連絡して…で、AYAさん…絶対に油断はしちゃいけないよ…向こうは、いつも君を見てるからね…うん、それじゃ…」

その電話中、晴明さんは今までにない鋭い目つきを見せた。

「あ、すみません…」

そう言った晴明の目は優しい眼差しに戻っていた。
その後、はるかと晴明は謝礼を受け取る受け取らないで問答を続けた結果、はるかは強引に謝礼を置いて、

「また来ます!」

と、言い残して土雲神社を後にした。
はるかは、土雲晴明という男性に対し、今まで感じた事のない高揚感を感じていた。
あの人になら、人生の全てを捧げても構わない。
それに勝る、はるかが人生に求めている言葉にならない『何か』を獲得できるという確信があった。

はるかは、現在住む神奈川に戻る途中、彼氏と別れ、会社もやめ、生まれ故郷である京都へ帰る決意を固めたのだった…







2016年07月26日

扉シリーズ外伝『澪』

「土雲さん♪」

またコイツだ…

藤田真由子…

アタシのクラスの学級委員だ…

「今日、これから皆でマスド行くんやけど、土雲さんも一緒に行かへん?」

はいはい…
これから皆でマスタードーナツで井戸端会議と洒落込むわけね?
それはまた乙女チックだ事…
同じクラスで孤立してる私に、学級委員として気を使ってくれてるわけね?
優しいのね〜
ありがとうね〜
でも、アンタの後ろにいる木村と松林と宇喜多だったっけ?
完全に口元ひきつってますよ!
アタシを拒絶していますわよ!
気づけよ!
空気を読めよ!
リーディングエアーだよ!

「アカンかな?忙しい?」

暇です!
暇だよ、悪いかコノヤロー!

「あの、真由子?土雲さん何か用事あるんとちゃうかな?」

そうだよ木村とやら。
そういう事にするのが高校生として正しい判断だよ。
アンタは正しい。

あははっ!
藤田の奴、残念そうな顔してるよ!

アンタはイイ奴だよ。
でもさ藤田、アタシは外道と呼ばれる土雲家の人間だよ?
アンタ達は知らないだろうけど、ヤクザより質悪いんだよ?
アンタみたいな育ちのいい人格者は、アタシみたいなのとは関わり合いにならない方が身の為なんだよ…
そう、そのまま諦めな、いつものようにね…

「土雲さん…私、土雲さんと友達になりたいねん!いや、友達にして欲しいねん!」

な、何と!?
この土雲澪と、友達になりたいだと!?

「去年、土雲さんが転校してきた時から、私、土雲さんに憧れてるねん!」

あ、憧れてる?
この土雲澪に!?

アタシは去年の春、この光華女学園に転校してきた。
アタシはそれまで釜倉で育った。
転校の理由はシングルマザーだった母親が亡くなり、身寄りを京都の本家に引き取られたからだ。
母親は土雲家の霊能者だった。
その母親の十二歳年下の弟が本家の主、つまり土雲家宗主の晴明だ。
私は晴明の姪にあたる。
今は晴明の元で霊能者になるべく修行中だ。
藤田は、アタシが転入したクラスの、その時も学級委員だった。
二年の頃は、周りを避けているアタシに話かけてくる事はなかった。
でも、三年になってから今のように、しきりと私に話かけたり、遊びに誘うようになった。
一度も応じた事はなかったけどね…

「土雲さん、私と違って色が白くてスタイルよくて、綺麗で…何か、信念持って生きてるように見えて…私から見たら、土雲さん、めっちゃカッコええねん!」

はぁ?

いきなり何をカミングアウトしとるんだコイツは?
しかも、何を勘違いしとるんだ!?
この土雲澪が
『カッコええねん!』
だと?
そりゃ色が白くてスタイルがいいのは土雲家の特性だからそうだろうし、綺麗である事も大いに認める!
しかし、私に信念などない!
あるとすれば、アンタ達みたいな育ちのいい甘ちゃん達とは関わり合いにならんという事だけだ。

「お願いします!私と友達になって下さい!」

右手なんか差し出して…
握手しろってか?
握手しろってか!?
だから、一度振り返って後ろ見ろ!
アンタの大切な友達がアンタと距離を取り始めてるぞ!?





引っ込めろや!
その手を引っ込めろや!
掴むわけにはいかないんだよ、アンタのその震える右手を!





くっ…
し、仕方ないなあ…

「藤田さん…」

アタシの声に、藤田は目を輝かせた。
そんなキラキラした目で見てんじゃないよ、この土雲澪を!





負けたわ…

「マスド?い、行ってもいいけど…?」

生まれてこの方、友達というものがいた事のないアタシにはよくわかんないけど…

アンタなら、多少は距離を縮めてみてもいいかも知れない…
という、アタシの気まぐれ。

アンタの後ろの三人の瞳孔が開いてるのは無視するとして、そんなキラキラした目で見られるのも…

悪くないかもしんないね…




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2016年09月22日

扉シリーズ外伝『心霊研究家 益井崇の手記』後編

在り得ぬ筈の降りの階段に踏み入りし小生等、全き闇中に恐れ思えしかども、何やら引き寄せらるる如くして、その足、鈍り無る事無きなり。
小生、全き闇中に視界の狭まりしも、足の踏み外さぬは不思議なりと思えしが、行く道照らすが如く何やら光る物ありと見つけ、正体判せずものの是れ便利と思う。
恐らくは何かの意思、この光生みしと判じ、この道、さだめし黄泉に続くものと、よくよく思う事あれり。

歩けども歩けども、景色の変わる事無し。

ひたすらに歩を進みて、小生、足に疲労の魔入りしと感ず。

周りを見やれば、一行、小生と同じく疲労の魔入りしと見え、少々身体の休めんと、是れ提案す。

キバヤシ、是れに反ずる。

アズサの件、気になり気分早々の思い、小生も同感なれど、先見えぬ道に、体力の温存要と、少々の説教したり。
キバヤシ、是れ得心し、一行、しばし足休めたり。

小生、この道、片道のみと思えたり。

振り返り見しが、来た道、光無し。
行く道のみ光あり。

小休止したる後、更に階段の降る事続く。

キバヤシ、『長過ぎへんか?』と不安口にせしも、その足止まらず。

小生、かかる道中にて不思議の事見たる。

闇中に何物か漂う。

それ、小生の目には巨大なる蛇の腹ののたうつ様に映る。
また、金色のオーロラに似たる光の帯、何処かの神格かと見える姿数体…
然らず、一行の内誰一人是れを語らず。
小生、是れ疲労の魔の為せる幻と判じ、是れ黙秘す。

一行、歩み止めず、どれほどか黄泉近き所かと思えし時、ようやく出口と思しき光見えたり。

一行、足の早まる。

その先、黄泉か常世か、ようよう判ずる事叶わじが、闇中にて光る物あらば、それ求むるは人の業なりと小生思う。

光の先、見慣れた風景あり。

それ、小生教職にありし頃、日毎見し、過ごし風景なり。
即ち、小生教職にありし高等学校の教室に間違い無し。

そこに、四宮あり。

小生、声かけしが、それやはり四宮なり。
喪失せし教え子と再び見えし小生、心の沸き立つ事あり、それ涙に転ず。
四宮、すでに形の失いしも、アズサの身に入りし事にて、再び形を得たり。
然らずそれ、四宮、霊体となりし証と判ず。

それより一行、四宮と言葉交わす事あり。

四宮、喪失の折、闇中より伸びきたる白き手に掴まり、そのまま生きたるか死んだるか判ぜぬ存在へと転じたと語る。
また、『八龍』来訪言い出したるは四宮その人にありしが、その訳、何処かの神格かと思しき女性の御霊より、四宮現世にありしば身内に災の寄せたると告げらるる事あり、また、神格の加護を得たく思わば八龍に訪れよとの旨告げらるる事もあり。
四宮、その神格と思しき者に邪念感ぜず、これ真実なりと八龍を来訪せし旨、小生等に告げる。

小生思うに、かくの如き亜なる土地のこさえしは、神格の業なり。
四宮、もはや神格の眷属なりしと
小生、涙の流るる事止める術も無し。

教室のスピーカーより声の聞こえる事あり。
その禍々しき事、全身の毛、総じて直立をおぼえる程なり。

黒板、ぐにゃりと歪んだかと思わば、それ、生きたる物の如く蠢きたるを小生見たり。
渦より、無数の人の手伸びきたり、四宮の掴まりし事ありしが、キバヤシ、これに蹴りを繰り出さば、無数の手の引っこみたるを小生、また見たり。
されど、まだ蠢めく黒板にサカイ、何かを投擲したる事あり。
何かとは、桃なり。
桃なる果実、邪気の退ける能ありと、何かの書物で読みし事あり。
サカイ、それを知りたるは只者ならじと小生思える。

その後、四宮の業か神格の業かは判ぜぬが、小生等、階段の入り口に在り。

小生等、無事『八龍』より帰還なりしかども、四宮、未だ『八龍』に在り。
小生、四宮の奪還、強く心に決意したる。

冨田曰く、『神隠し』とありしが、小生同感。
おそらくは四宮、彼の血統に関わるる神格の一部となりしと小生も判ず。
されど、『神隠し』より帰還せし者、過去に数名ありしと、何かの書物に見つけたる如くあり。
帰還、不可能ならじとの善き事確信せり。

それより後、神格の名、『天鶴澤姫命』にありしば、これ調査せば奪還の道開く事能うと、小生、色々の書物にて調査せしが、その名、見あたる事なし。
土着の神格にありしかと、目下調査中なり。

今回、色々と不思議、怪異の類を見、小生なりに恐ろしき事ありと思えども、その学究の熱冷めやらじ。
今後とも、トミタ、キバヤシをその材、財と定め、邁進の覚悟、ここに記すものなり。

蛇足なりと思えども重ねて記す。

小生、八龍探索の際より、何やら不思議なる力芽生えたる事あり。

夜、闇中に彼の時見たる光の帯目にし事多数あり。
何かの意感ぜしも、その意解する事能わず。
トミタに相談要。
今、拙宅の段ボール切り抜きし窓から見えるそれも、光の帯なり。
大変不思議に思えしかども、やはりその意を解する事、能わじ。









扉シリーズ外伝『ハルとシズマ』

「しずま〜!」

土雲晴明…
奴と出会った頃、脳天気な声でオレの後にくっついてくる奴がうざったくてしょうがなかった…

奴の土雲家とオレの都古井家は、いつの頃かわからねぇ大昔から主従関係にある。

「ハル君の言う事は何でもその通りにせなアカンのよ」

オレの母親の口癖だった…

土雲家は名目上、土雲神社の宮司の家系という事になっている。
晴明は次期宮司、つまり当主となる立場にあった。
ガキだったオレに主従関係など理解できる訳がなかったが、ただ一人の肉親で、まだ二十代だってのに目尻にシワの目立つ母親の言う事に、オレは素直に従っていた。

土雲家は、古来より呪詛、呪殺で生計を立て、権力者に取り入り、闇の世界で大きな力を持つに至った特殊な家柄だ。
都古井家は、その土雲の下にくっついて闇の世界を生き抜いてきた雑草みたいな血筋だ。
土雲の仕事の中でも、特に汚い仕事を回されてきた。

土雲無くして都古井無し

その思いが卑屈で歪な主従関係を形成していったのだろう…

だが、オレが都古井の当主になって知った事だが、その主従関係の根っこには、お互いの家の祖神の上下関係が大きく影響しているようだ…

だが、先々代土雲家宮司、つまり晴明の祖母である土雲ユイの代になって、その主従関係は少し軟化したらしい。
本来なら近く事すらタブーとされていた土雲宗家の跡取りである晴明の学友にオレが選ばれたのも、その影響だろう。
ユイは、女性ながら曲者揃いの土雲家を束ねるだけあり、苛烈な面もあったが、普段は物静かで優しい婆さんだった…

「静馬…ハルと仲良くしてあげてね…」

時々、オレを呼んでは膝の上に抱いて、ユイはよくそんな事を言っていた。
ユイは、ハル、つまり晴明の将来に不安を抱えていた。

あれはまだ幼稚園の頃、オレと晴明が本家である土雲神社のユイの部屋に遊びに来ていた時だった。
当時、ユイは土雲家を変えようとしていた。
それまで依頼があれば無差別に呪詛呪殺を繰り返していた土雲家だったが、ユイはユイが『悪人』と判断した人間のみを対象とする事を『戒律』と定めた。
要するに、土雲家の人間はユイの決済無しで依頼を受ける事が出来なくなったのだ。
そうなれば、今まで好き勝手にやって富を手にしていた連中が不満を持つのは当然だった。
その日、土雲家で五指に入る実力者にして、一番気性が荒い土雲迅吾がユイの部屋に乱入してきた。

「邪魔するぜ、婆さん…」

迅吾は、土雲家の中でも異質。
長身痩躯が基本の土雲家の身体的特徴から逸脱し、背丈は並ながら筋肉質で、その腕力は異常だった。地元の武闘派組織と深いつながりを持ち、夜の繁華街で知らぬ者の無い存在だった。

「迅吾か…何の用だい?」

ユイは目も合わせずに尋ねる。

「何の用かだって?今日はアンタに一言物申しにきたのさ…」

白昼にも関わらず、ガキの目から見ても、迅吾はかなり飲んでいるようだった。

「お前と話す事なんかないよ…大人しく帰りな…」

ユイはそう言って鋭い視線を迅吾に向けた。
迅吾の他にも背く者はいたが、この視線を向けられたら、大抵は大人しく引き退ったものだった。

だが、迅吾は違った。

「はっ!ババアが強がってんじゃねえよ!いいかよく聞け!今土雲で一番強いのはアンタじゃねえ、この迅吾様だ!アンタみてぇなのが当主やってたら土雲家が滅びちまうかも知れねぇ…代われや…このオレが宮司に相応しいんだよ!」

迅吾は明らかな敵意を一族の長に向けた迅吾は、土雲家特有の『力』を解放した。
念動、サイコキネシスってやつだ。
しかし、サイコキネシスによる攻撃は、それを上回るサイコキネシス能力を持つ者には、ほぼ無効と言える。
ユイの力は、迅吾のそれを上回っていた。
ユイはオレ達を両手に抱き、正座したままサイコキネシスを解放した。
一瞬、力は均衡したかに見えたが、ズシンと空気が重くなり、迅吾の周辺のみ重力が何倍にもなったように感じる。
事実、迅吾は必死に耐えているように見える。

「はっはは!やっぱ叶わねぇか…今までのオレならなあ!!」

迅吾から異常な力が解放されたのを感じた。
今度はユイ、いやオレ達にも重圧がのしかかった。

「お前…禁を侵したな…!」

ユイはオレ達を守りながら、必死に重圧に抵抗する。

「禁?はははっ!あったかも知れねぇなあ、そんなもんがよぅっ!」

更に重圧が増す。
迅吾のサイコキネシスはユイのそれを完全に上回っていた。
オレの身体は徐々に重圧に押され、オレは畳の上に突っ伏した。

「ヤクってやつぁ本当に覚醒させてくれるんだなあ…お陰でこの通りの力よ…婆さん、今のオレは完全にアンタより上だ!何が禁だ!ほら見ろ!オレに罰を当てる神なんて、この世のどこにも居やしねぇんだよ!」

更に、圧力が増した。
オレは畳に押さえつけられながら、死を覚悟した。
しかし、

パン

と何かが弾けたような感覚がして、急に圧力無くなった。

「何だ!?」

迅吾が声を上げた。
その声からは何が起こったのかわからないという、戸惑いが伝わる。

「ハル、やめなさい」

ユイの声が聞こえ、顔をあげてみると、晴明の様子がおかしい。

ユイの隣で立ち上がり、ユラユラと揺れている。
寝ているように目は閉じられている…
意識があるのかないのかわからないが、迅吾に対して強烈な敵意を向けているように感じた。

「な、何だこのガキ…!」

迅吾は晴明に向けてサイコキネシスを解放しているようだが、どうやら無効化されているようだ…晴明によって…

「ハル!やめなさい!帰ってきなさい!」

ユイが晴明の身体を揺さぶって、そんな事を叫んでいる。
しかし、
晴明の首が前後に振れ始める。

「ハル!!」

ユイの呼びかけに晴明が答える事はない。
迅吾も、何故かその場全く動けないようだった。
晴明の首の動きが一層速くなり、頭が取れてしまうのではないかと思った時、急にピタリと動きが止まる。
ゆっくりと目を開き、口が半開きになっていく。
その目と口からは、まるで宝石の輝きのような光がキラキラと漏れ出している…いや、まるで晴明の中身が光に満たされ、それが皮膚を通して漏れ出しているように、全身から光を発している…
オレは、尿意を感じていた。

「ひ、ひい!」

迅吾が恐怖に満ちた声を上げた。

「静馬、顔を伏せてな!絶対に見るんじゃないよ!」

ユイがオレの頭を押さえて畳に抑えつけた。

その直後、

バキィッ!

という、嫌な音が聞こえた。

「ひ、ひいいい!腕が!オレの腕がぁっ!!」

迅吾の情けない声が響き、ユイの手に力が入った。

その後、数回嫌な音が聞こえ、

「や、やめて、助けて…命だけはどうか…!」

弱々しい声で命乞いしている迅吾。

「宮司様、オレが悪かった…や、やめさせて下さい…お、お願いだ!」

ユイに懇願する迅吾だが、

「悪いがアタシにもどうにも出来ないよ…迅吾、これが禁を侵した罰ってやつさ…」

ユイがそう言った直後、また嫌な音が連続で聞こえた。

「あ〜!!」

それが迅吾の最後の声だった…

オレは、恐怖に耐え切れず、失禁していた…

何かが嫌な音を立てながら、圧倒的な力で凝縮されていく気配がする…
オレは、想像する事を止めた。

しばらくして、音が聞こえなくなった。

「終わったか…」

ユイの声が聞こえ、その力が緩んだ。

ドサッ

晴明が倒れたような気配がする。

オレは顔をあげた。

晴明が倒れている…
ユイがそれを抱き起こしている…

オレは迅吾が立っていたあたりに目をやった。

迅吾の姿はなく、そこには敗れた服の切れ端が散乱し、小さなサイコロほどの立方体が一つ、転がっていた。
目をこらすと、それは肉の色をしていた。
オレは、それが迅吾の成れの果てだという事を瞬時に理解した。
血痕が全く見当たらない事に、更に恐怖したのを今でも覚えている…

今思えば、どういう風に、どんな強い力をかければ人間の身体がああなるのか…
アインシュタインにだってその答えは出せないのではないか…
あれは、人間の力じゃない…
物理法則に当てはまらない力…
まさに『神』の力だ。

これは、オレが晴明に素直に従順になるのには十分すぎる出来事だった…

翌日、オレはまたユイに呼ばれた。
ユイはオレを膝に抱いてこう言った…

「静馬…ハルは何も覚えていない…昨日の事はアタシとアンタ、二人だけの秘密だよ…静馬、恐かろうが、アンタだけはハルと仲良くしてやっておくれ…頼んだよ…」

オレは優しく抱かれながらも、やはり土雲家の当主は苛烈なのだと、心底思った…










2016年09月24日

扉シリーズ 稲山純一怪談ライブより『作法室』

これはねぇ、私がパーソナリティを務めている深夜ラジオに寄せられたお手紙の話なんですけどね…

今から数年前だっていうから、最近の話ですよねぇ…

大阪の某府立高校であった、実話らしいんですけどね…

手紙をくれたのはその高校に通う当時二年生の…仮に海野君としときましょう…
海野君は帰宅部だったんですけど、授業が終わっても帰らずに、教室に残って、同じような帰宅部の仲間と、漫画やテレビゲームの話で、ああでもない、こうでもないって盛り上がってるわけだ。

私にもそんな覚えあるなぁ…
こう、教室で集まってね、何組のあの女子は胸が大きいだとか、三年のあの先輩は彼女が三人もいるらしいぞ、羨ましいなあ〜
なんて、どうでもいい事で盛り上がるんですよねぇ…

微笑ましいですよね?

まあ、そんな毎日を送っていた海野君なんですが、その日は違った…

その日は教室に海野君も含め、三人残ってて、いつものように漫画やゲームの話で盛り上がっていた。
でもね、三人の内の山下君がね、

「作法室に幽霊出る話知ってるか?」

と、いきなりこんな事を言い出した。

海野君、一瞬びっくりしたんだけど、
実は海野君、嫌いじゃないんだ。

私にこんな手紙送ってきてくれる人ですからね、嫌いじゃないんだな、これが。

で、海野君

「何それ?聞いた事ないわ〜」

と、聞きたいわけだ。
嫌いじゃないからね。

でも、もう一人の松浦君、こんな話が苦手だったのか、

「そんなもんおらんに決まってるやん!しょうもないから」

なんて言って、聞きたくないんですよね。
なんせ、自分が通ってる高校に出るってんだから、苦手は人は聞きたくないに決まってる。

でも二対一ですからね、松浦君に構わず、山下君話始めちゃった。

「聞いた話なんやけどな、昔、この学校に通ってた女の子がな、当時人気のあった男の体育教師の事がめっちゃ好きやったらしい。で、その女の子は茶道部やったんやて…女の子は地味で目立たへん子やったんやけど、ある日、勇気を出して先生をお茶に誘ったんやて。もちろん喫茶店とかじゃなくて、作法室にやで?作法室、茶道部が使ってるやろ?で、女の子はキチッと着物着て、一人でお茶の用意して先生を待ってたわけなんやけど…いつまでたっても先生は来ない…女の子はフラれたと思って絶望してな…そこで帯紐で首吊って自殺してしもたんや…で、それから夜の作法室にはその子の幽霊が出るって噂になったんや…」

と、こんな話だったんだけども、それに松浦君が噛みついた。

「そんなん、ホンマに出るんやったら今頃作法室閉鎖されてるやろ?絶対嘘やて!」

でも山下君、

「いやあ、わからんけどな…でも6時以降作法室使用禁止なん、お前知ってたか?」

と、妙に意味深な事を言うわけだ。
松浦君、それ聞いて黙っちゃった。

海野君、面白い話聞いたなあ、なんて思っちゃって、

「ほな、真実か否か、今晩試しに行ってみようや?」

なんて、軽い気持ちで提案しちゃった。
山下君はノリノリでねぇ、でも松浦君はやっぱり嫌ですよね?
でも、びびってんちゃうか?なんてからかわれるもんだから、意地になっちゃって一緒に行く事になっちゃった。
で、一旦家に帰って、夜集まろうと言う事になった。
でもね、その下校の時にグラウンドを通ったら、同じクラスで『ゴリラ』なんて呼ばれてる陸上部の男子がね、

「お前等…何かよからぬ事やろうとしてるやろ?やめといた方がええと思うで…」

何て言ってきた。

海野君、何だコイツは?
何でそんな事言うんだ?
気持ち悪いなあ…
なんて思ったんだけど、まあ適当にあしらってその場を後にした。

で、夜。
みんな私服でね、懐中電灯なんか持って集まった。
残ってる先生や宿直の先生とかと会うかも知れないですからね、そりゃもちろん、見つからないように、まるで泥棒みたいに移動するわけだ。
夜の学校を探検するなんて、あんまりないですからね、高校生でもやっぱりワクワクするわけだ…

気分も盛り上がってますからね、ちょっとした物音や光なんてものでも、

ワッ!!

と、いい反応になるんだ。

で、ヒソヒソと、ああでもない、こうでもない、なんて言いながら校舎の中へ入っていったんですが、やっぱりね、明かりなんてのは非常灯くらいで、しかもシーンとしてる。
自分達の足音でも恐く聞こえちゃうくらいなんだ…
そういう事ってありますよね…

で、真っ暗な中を進んでいくわけなんですが、懐中電灯をつけちゃうと、先生にバレるかも知れない…
三人はゆっくりゆっくり、件の作法室へと向かって行きました。

で、ようやく作法室に到着したんですが、そういえば、三人は大きなミスを犯していたんですね…

鍵がない。

よく考えたら、6時以降使用禁止になってんですから、鍵がかかってる可能性は高いわけです。

でもね、

懐中電灯で照らしてみると、ないんですよね、南京錠が。
あんまり使われない教室って、大体南京錠がかけられてますよね?

無いんだ、南京錠。

こりゃしたりと、山下君がね、引き戸に手をかける。

でもね、この時海野君思ったんだそうですよ…

嫌だな〜
恐いな〜
何か嫌な予感するな〜

あの下校の時にね、ゴリラ君から言われた一言がね、頭の中で蘇ってきたりもするわけだ…

でも、もう後に退けない…

ガラガラ

何て思ってたら、もう山下君、引き戸を開けちゃった。

山下君、中をね、懐中電灯で照らすわけだ。

茶道部がお茶立てたりするわけですから、当然、襖と畳の和室作りになってる。
アレって、何か異質ですよね、学校の中の和室って。
何かそこだけ異質な空間のような気がする…
そんなの、感じた事ありませんかね?

山下君、ズカズカと中に入り込んで、あちこち懐中電灯で照らしてるんですよね…

でも、幽霊なんか見えやしない…

松浦君、勝ちほこったように、ほらな、とか言うわけだ。

そこからまあ、しばらくは作法室でおしゃべりしてたんですけど、カラオケにでも行こうや、って事になってね、彼等の冒険も終わりを迎えたわけです。

で帰ろうとして入り口を懐中電灯で照らす。

すると、引き戸が閉まってる。

あれ?

海野君思いました。

そういえば海野君、もし何かあったらと、引き戸を開けっぱなしにしていたはずなんですよね…

それが、閉まってる。

あれ〜?閉めたのかな?閉めなかったかな?

海野君がそんな事思ってると、松浦君が引き戸に手をかけてる。

ガチャガチャ

音はするけど、引き戸が開かない!

待てよ〜ふざけんじゃないよ〜

て、海野君も引き戸を開けようとしてみたが、やっぱり開かない。

どうなってんだ?
もしかして、知らない間に先生に見つかって、罰として閉められたなんて事は…
それはないだろうなあ…普通、見つけたら、声かけて叱るよなあ〜

三人一緒に引き戸を開けようとしても、さっぱり歯が立たない…

おい、やめろよ〜
何で開かないんだよ〜

海野君達、さっきまでの楽しい気分なんか吹き飛んじゃって、もう、ここから出たい一心になった。

そうしてるとね、なんか背筋が寒くなってきた。
うっすら鳥肌立ってきちゃったりする。

シャカシャシャカシャカ

何か背中の方で音がする。

何だよ〜、勘弁してくれよ〜

海野君にはね、その音がね、茶筅で茶碗をかき混ぜてる音に聞こえた。

シャカシャシャカシャカ

ずっと聞こえてくる。
山下君と松浦君にも聞こえてるみたいでね、もう三人共、そこに金縛りになったみたい動けない。

シャカシャシャカシャカ

まだ聞こえる。

どう聞いても、茶碗をかき混ぜてる音にしか聞こえない。

は〜、は〜

もう三人共呼吸すらままならない緊張感に包まれて、ずっとその音を聞いているしかない…

シャカシャシャカシャカ
シャカシャシャカシャカ
シャカシャシャカシャカ
シャカシャシャカシャカ

もう頭がおかしくなりそうだ。

三人は目で合図して、一斉に振り返る事にした。

シャカシャシャカシャカ
シャカシャシャカシャカ
シャカシャシャカシャカ
シャカシャシャカシャカ

いっせっ〜の、せっ!

三人が一斉に振り返る。

でも、何もいないんですよね…

確かに音は聞いた。
三人共聞こえた。
でも、何もいない…
三人はしばらく振り返った姿勢のままだったんだけど、また目で合図して、引き戸の方を向き直した。

はうっ!!

引き戸の前にね、立ってたそうですよ…
青い着物を着た、自分達と同じくらいの歳の女の子が!

もう三人とも、目が釘付けになって、見たくないのに視線をそらす事が出来ない!

すると、その女の子から声がしたそうですよ。

『粗茶ですが…』

その瞬間、その女の子が

バー!

と大口を開けると、その口の中からドロドロした緑色の液体が次から次から溢れてくる!

海野君達の記憶はそこまでらしいです。
次の日の朝、目がさめると三人とも引き戸の前に倒れていた。
早く出たい一心で、引き戸を開けようとするんだけど、やっぱり開かない。
でも、そういえば窓がある。
三人は窓から外へ脱出したんですが、もうそのまま家に帰って、その日は学校休んじゃった。
で、その翌々日、学校に出ると、海野君、あのゴリラ君にこう言われたそうですよ。

「だから止めとけ言うたやろ?」

海野君、コイツには霊感か何かあるんかなあ、と思ったそうです。

こんな話、あるんですねぇ…









2016年09月25日

扉シリーズ外伝 深夜ラジオ『稲山純一のバッドナイトベイビー』打ち合わせ風景より

うんうん、そんな流れね…
わかったわかった。
まあアレだよね?
いつも通りだよね?

でもこのお便りの話、なかなかのもんじゃない?
いいネタ集まってくるようになってきたよね〜
怪談ってさ、眠ってるもんだよね〜

えっ?
ああ、わかっちゃった?
何かさだからさぁ、ちょっと調子悪いんだよね…
商売柄、頭痛とか吐き気とかしょっちゅうだからね、そんなのは気にならないんだけどさぁ…
突然鼻とか耳とか、出血したりするのは勘弁して欲しいよなぁ〜

病院行けって?
行っても治りゃしないよ〜
これ、明らかに霊障なんだからさ〜
霊能者に見てもらえって?
でもな〜甲田先生、まだ入院してらっしゃるんだろ?
AYAさんも連絡つかないらしいじゃない?
椿ちゃん、他に信頼できる霊能者知ってる?

そうだろ?

まあ仕方ないよ〜
まあ相談できる人はいるからさ〜
心配してくれてありがとうね。

あ、椿ちゃんさ、オレ、この間『八龍』って名前のさ、心霊スポット行ったの見た?

そうそう、王阪のさあ、有名だよね、あそこ。
オレ、初めて行ったんだけどさあ、あそこ、ヤバイなあ…
所謂、本物だよね、あそこ…
オレ、変なもん色々見ちゃってたんだけどさあ、言えやしないよ〜

えっ?
番組なのに何でかだって?
余裕ないよ〜あんなの〜
そこら中に黒い人影がさあ、蠢いてるしさあ〜
あそこ、3階建てでね、普通行くじゃない、3階まで…
でもさ、スタッフや演者のみんな、3階が無いみたいに振る舞うの…
みんな、3階があるのに気づいてないんだ…
でもね、あるんだよ、3階への階段は…
でもその階段、途中で消えちゃってんだよね…

うん、消えちゃってるんだ。

どうなってるのかって?

例えばさ、黒い画用紙に階段の絵を書いて、途中から消しゴムで消したみたくなっちゃってるって感じかなあ…

まあ、そんな状況、普通じゃないよね?

しかもその階段の辺り、やけに胃がムカムカしてくるんだよね〜
だからさ、オレ、黙ってる事にしたんだ…
もう、早く終わらせたかったからさあ…
長居したらダメだよ、あそこは…

まあ、撮れ高も十分になったって事でね、何とか無事に終わるのは終わったんだけどさ…

何か持って帰っちゃってたんだろうなぁ〜

それ以来調子悪いんだよ〜

あ、それとさあ、アレ以来見るんだ、変な夢を…

もう毎晩くらい見てるからさ、かなり覚えてきちゃったんだけど…

オレねぇ、何だか田舎の村にいるんだなぁ…

あ、もちろん夢の中でね?

ほら、よく時代劇とかに出てくるじゃない、田んぼや畑があってさ、水車なんかがグルグルと回ってたりして…牛とか鶏の鳴き声が聞こえてさ、村人は野良仕事に精を出してる…とまあ、こんな村にいるだよねぇ…

オレはさぁ、何でそこにいるのかわかんないんだよね…

でさ、フーラフーラフーラフーラその村の中を彷徨ってんだよね…

その村の人達、オレに気づかないんだよね…いや、見えてないのかなぁ…

で、その村人達、何か違うんだよねぇ…
着物を着てるんだけどね、何か時代劇に出てるのと比べると、デザインが違うっていうのかなぁ…
家とか見ても、何か違う…
何が違うって聞かれたら答えに困るんだけど、何ていうのかなぁ、文化が少し違うんだよね…
立ち話してる女の人とかも見るんだけど、何話してるのか聞こえないんだ…
田んぼや畑見ても、何か違和感があるんだよねぇ…
まるでさぁ、平行世界…パラレルワールドってやつ、そんなとこに迷いこんだような、妙な違和感があるんだ…

で、歩き回ってるとさぁ、数えてみると八軒、他より大きな家がある。
あと、それより大きい、武家屋敷みたいな凄い家があるんだ。
他はみんな、同じくらいの大きさの小さくて粗末な家なんだけどね…
その、全部で九軒の家だけ別格。
でも何か、その九軒の家からは嫌〜な雰囲気がするんだよね…

嫌だな〜
近づきたくねえな〜

って思うんだよ。

オレは村外れのちょっと小高い丘みたいなとこまで歩いていく。
そこから、村の様子がよく見えるんだよねぇ。
でね、オレは疲れてきて、よっこらしょっと、そこにある切り株みたいなとこに腰を下ろして、ボーと村を見下ろしてるんだ…

するとね、さっき言ってた八軒の家から例えようのない色の…ダイヤモンドの輝き、あるじゃない?それが柱になって天まで伸びていくんだ…もう、どこまで続いてるんだってくらい、見えないくらいまで天まで伸びてる…

うわぁ、何だろコレ、綺麗だけど、何だか恐ぇなぁ〜

何て思って見てると、一番大きな家からさ、同じような光の柱が伸び始めるんだ…
それが凄ぇの何のって、その柱がさ、どんどんどんどん太くなって、村全体を包んでいくんだなぁ〜
もう眩しくて恐くてさ、見てられなってオレは地面に這いつくばるんだけど、背中にも眩しさを感じるくらいの眩しさなんだよね。
でさ、何だかわかんないんだけど、

助けて下さい!許して下さい!

って、必死に思うんだよね…
あれ、神様か何かの光なのかねぇ…

で、かなり長い間光ってたんだけど、それも落ちついてさあ、オレは恐る恐る、ゆっくりと顔を上げるんだけど…

無いんだ…

さっきまでそこにあった村が、まるまる無くなっちゃってんの…

まるで村なんか無かったみたいに、そこがさ、大きな森になってんの…

どうなってんだ!?
一体なんだったんだ!?

って、オレは呆然としてるんだけど、背中にね、凄い大きなものがいる気配がする…

振り返っちゃいけないって思うんだけど、まるで吸い寄せられるようにさ、そちらを振り返っちゃうんだよ、オレ…

そこにはね…

ん?
鼻血?
あら、本当だ、全然気づかなかったよ、オレ、あ、ごめん!ティッシュもらえる?
あれ?
椿ちゃん、アンタも耳から出てるよ、血が!

あ、ごめんごめん!
ありがとうね!
椿ちゃん、アンタもティッシュ使いな!

うん、うん、もう出てこないみたいだね…

この話、しちゃいけないんだろうね…
喋るって、そういう事だと思うよ…
ごめんね椿ちゃん、この話、ここまでにしとこうや。
もちろん、番組の中でも喋んないよ。
リスナーさんに何かあったら洒落になんないからね…
今何時?

オンエアまで、あと20分ほどあるじゃない…

椿ちゃん、コーヒー飲みにいこうや…

でもさ椿ちゃん…オレ何だかさあ、嫌な予感するんだよね…なんかさ、世の中に嫌〜な事が起こりそうなさぁ…
そんな予感がさあ、するんだよねぇ…

終わり







2016年09月27日

扉シリーズ外伝『綾とサツキ』

「三角ぉ〜」

四時間目の化学が終わった瞬間、佐山さつきの少し太めの低音が教室に響いた。
佐山さつきは169センチと長身で、ショートカットが似合うボーイッシュな外見そのままに運動神経抜群なのだが、スポーツが苦手でなく、嫌いだという素直と言えば素直、天邪鬼と言えば天邪鬼な性格である。
また、裏表なく、思った事をズバズバと口にする面もあり、味方は多いが、敵も多い。
父親は国土交通省の官僚、母親は中学教師。
お堅い家庭環境ながら、姉御肌な佐山さつきである。

声をかけられたのは三角綾。
実家は平安時代から続くと言われ、代々強力な霊能者を輩出し、歴史上に現れた歴代の為政者から保護されてきた家柄である。
父親は貿易会社を経営し、母親は専業主婦。
祖母の三角景子はその筋では有名な霊能者であり、現三角家当主。
父は入り婿であり、三角家の経済的援助を受けて成功した人物であり、霊能力は皆無。
母親は常人より多少霊感が鋭いが、霊能者の才能は無かった。
しかし、その娘である綾には、祖母の力が隔世遺伝したのか、生まれつき強力な霊能者になる素質があった為、2歳から7歳までは祖母に育てられた。
特殊な生い立ちにある綾は、中学までは他を寄せ付けない面があったが、佐山さつきとの出会いで本来は明るく女性らしい素の感情を表現できるようになった。

「何よ佐山、弁当忘れた?」

綾は意地悪く、口角を上げながら、さつきの呼びかけに応えた。

「は?アタシを誰だと認識してる?教科書忘れても弁当忘れるわきゃないっしょ?」

さつきは腕組みしながら自信満々に答えた。
綾はププッと吹き出しながら、

「そりゃそ〜だ。じゃあ何?弁当一個じゃ足りないから、私の分もよこせっていうのかな?」

と、また意地悪そうな口調で尋ねた。
さつきは、パッと明るい表情になり、

「何?くれるの?アンタのママさん料理上手だからね!くれるんだったら食べるよ!今日のオカズは何?」

と、綾が弁当を入れている学校指定のセカンドバッグに視線を注いだ。
それに気づいた綾は、取られてはなるものかと、セカンドバッグを胸に抱えて、

「今日はオムライスだから絶対無理!」

と、綾の弁当を腹中に収めんと企んださつきの野望を完全に拒絶した。

「チッ!」

と、それを目にしたさつきがあからさまに舌打ちをした後、

「あははははっ!」

二人は同時に込み上げる笑気を開放した。
さつきは笑いながら自分の席に戻り、弁当をとってくると、空いている綾の隣の席に座り、弁当を広げた。
綾も弁当を取り出し、包みを解く。
蓋をあけると、黄金色に輝く綾の大好物であるオムライスが弁当箱狭しと鎮座している。
それに比べ、さつきの弁当箱の中身は、焼きジャケ、ミートボール、紅生姜に白米。
弁当箱の三分の二が白米。
さつきは、綾と己の弁当を比べてみて、綾の物より上回っているのは「量」だけである事に、いつものように劣等感をおぼえるのだった…

『おのれ綾め…こんな美味しそうな物を毎日毎日食べているにも関わらず、何故だ!何故太らん!?』

さつきは心の中でそう叫んでいた。

「で?何の話しようとしてたの?」

眩いばかりのオムライスにスプーンをさしながら、綾は尋ねる。
さつきはその様から視線を外す事なく、ただ白米を口に運びながら、

「あ、そうそう、今日はおババ様んとこは休みの日でしょ?アンタん家、遊びに行ってもいいかな?」

と、咀嚼音混じりに尋ね返す。
おババ様とは綾の祖母、休みとは、修行が休みだと言う事。
毎週木曜日は、修行は休みなのだ。

「あ、うん…別にいいけど…何だね?恋の相談かね?」

綾はまた意地悪そうな声で尋ねる。

「は?まあ今はアンタのオムライスに恋焦がれてはいるがね…ちょっと、視て欲しい物があんだよ…」

さつきはパクパクと白米を口の中に消しながら、オムライスから視線を外さず、そう答えた。
綾は、さつきの強力な獲物を狙う獣のような視線に耐え切れず、

「もう!ちょっとだけあげるから、その獣のような視線やめてよ!」

と、オムライスの三分の一程を切り分けた。

「おお姫様!この佐山さつき、畜生道に身を落とした甲斐がありました!では、遠慮など微塵も感じる事なく、いただきま〜す!」

さつきは切り分けられたオムライスに箸をつけると、それを一口で平らげた。

「美味!大変美味にございますぞ姫様!」

鼻息荒くオムライスを賛美するさつきに、綾は込み上げる笑気を抑える事ができない。

「あははははっ!そうであろうそうであろう、我がママ上のオムライスは天下第一であるからな!で、佐山よ、視て欲しい物とは?」

綾も吹き出しながら、時代劇口調でそう尋ねる。
さつきはオムライスを飲み込むと、ペットボトルのお茶を飲んで一息ついた後、

「いやぁね…アタシの幼馴染にしょうもない馬鹿男がいるんだけどね、そいつがさ、この間心霊スポットに肝試しに行ったらしいんだけど…それから、朝目が覚めたら、枕元に決まって緑色のクレヨンが転がってるって言うんだよ…で、昨日さ、そのクレヨンをウチに持ってきやがって…前にさ、アンタの話ちょっとした事あってね…何とか視てもらえないかってね…」

さつきにかかれば大抵の男の子は『馬鹿男』にされてしまうのだが、そのクレヨンは気にかかる…
しかし、そのクレヨンだけを視ても、何かわかるかどうか自信がない…
さつきの幼馴染なら、何とかしてあげたいし、家に呼んでも大丈夫だろう…
綾はそう思うと、

「う、うん…別にいいんだけど…クレヨンだけ見せられてもアレだし、その人も来れるなら、連れてきて欲しいかな…」

と、ボソっと答えた。
さつきは信じられないといった表情で、

「ちょっ、馬鹿男だよ?いいの?」

と、尋ねる。

「佐山にかかれば大概の男子は馬鹿男でしょ?佐山の幼馴染なら大丈夫でしょ?」

綾は笑いながらそう言ったが、

「本当にいいの?マジで馬鹿なんだけど?」

と、真顔で答えるさつきの眼力に、不安が高まる。
しかし、別に『マジで馬鹿』であったとて、ドン退きしてしまう程度であろう。

「とにかく、何とかしてあげたいなら連れてきてくれていいよ?」

そう答えた綾の口角が歪に吊りあがり、微かに震える様を見て、さつきは心中萌えていた…

続く








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