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2014年10月08日

<ノーベル賞>「中村やったらできる」…異才ついに物理学賞


 ◇中村修二さん、学閥とは無縁 自分の腕で新分野切り開く

 「異才」「異能」。今年のノーベル物理学賞に決まった米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授、中村修二さん(60)には、こんな形容詞がついて回る。ブランドや学閥とは無縁の世界で、自分の腕と信念を頼りに、光エレクトロニクスの新分野を切り開いた。社会に対しては、製法の特許権をめぐる「200億円訴訟」(2004年1月東京地裁判決、控訴審で05年1月和解)を筆頭に、挑戦的な生き方で存在感を示し、日本の技術者・研究者像を塗り替えた。

 「失敗、失敗の人生ですよ」。中村さんは、自分の半生を振り返る時、いつも笑ってこう言う。

 高校時代、理論物理学者の湯川秀樹にあこがれながら「物理じゃ食えんぞ」という担任教師の説得で電子工学科に進んだこと。京セラに内定した後で、学生結婚した妻や子育て環境のことを思って地元の四国に残る決断をしたこと。日亜化学工業に入社して10年間、三つの大きな開発を達成しながら、社内で冷遇されたこと……。

 しかし、中村さんはその「逆境」にくじけなかった。悔しさをバネに、一歩も二歩も上を目指してきた。

 青色発光ダイオード(LED)の開発を思い立ったのは、入社10年目。それまで会社の指示で手がけた仕事が、結果的には大きな利益を生まず、限界を感じ始めていた。転機を求めて1988年、フロリダ大へ留学。しかしそこでも、10歳近く年下の学生たちに「論文を書かず、博士号も持っていない」と軽く見られ、思うように成果を出せないまま帰国する。当時の日亜化学では、論文発表すれば技術が外部に漏れるため、成果の公表は控えるという慣習があった。

 「研究者は論文を書いてなんぼ、と実感した」。帰国後、猛烈な勢いで研究に没頭する。当時の小川信雄社長(故人)に青色LEDの開発を直訴、「開発費にいくらかかるか」と聞かれ「3億円」と答えた。従来の開発費を大幅に上回る金額だったが、「ええわ、やれ」の一言で実現した。「私が大企業の一研究者だったら、社長に直訴なんてできなかった」と中村さん。

 市販の結晶成長装置を購入し、午前中に改造、午後は実験。翌朝また改造するという生活を2年続けた。通常は外部の業者に頼むため、1、2カ月の中断は当たり前だが、中村さんはすべて自前でこなし、驚異的なスピードでゴールに近づいていった。成果が出れば論文にして発表。それが「ナカムラ」の名を世界に広めた。それまで10年積み上げてきた技術と知識が、注ぎ込まれた。

 青色LED(93年)、青色レーザー(95年)と次々に世界初の開発を成し遂げた後、活躍の場を世界に求めた。99年末で退社し渡米。01年、古巣の日亜化学を相手取って、製造装置に関する特許権の移転などを求める訴訟を起こした。「技術者は企業の奴隷じゃない。イチロー並みの給料を要求して何が悪い」「超難関のウルトラクイズみたいな大学受験システムが、つまらない人間をつくりだす元凶」。歯に衣(きぬ)着せぬ直言で、独創の価値を社会に訴えた。

 「中村やったらできる」と見込んで、開発を任せてくれた日亜化学の小川社長は、「エベレストに世界中から人が集まるのは、世界一高いからや。世界一を目指せ」が口癖だった。小川社長は、社報で中村さんの仕事を「今後どれだけ世界の電子工業に利用され、人々に新しい仕事を与えるか分からない」とたたえたが、弟子のひのき舞台を見ることなく、02年9月、90歳で亡くなった。

松島法相追及の蓮舫氏も4年前に「うちわ」配布、承認済みを強調

7日の参院予算委員会で選挙区内で「うちわ」を配布した松島みどり法相を追及した民主党の蓮舫元行政刷新担当相が、平成22年の参院選の際に自らも「うちわ」を配布していたことが分かった。
 蓮舫氏は7日の記者会見で「個人ビラとして届け出をし、使用することについては選挙管理委員会の承認を得ている。公職選挙法の寄付にはあたらない」と説明した。
 蓮舫氏は行政刷新担当相だった22年の参院選で、紙だけで作った円形の「うちわ」に公約などを書き込み、配布。公選法で定めた証紙も貼ってあった。
 外見はどちらも「うちわ」にしか見えないが、蓮舫氏は「松島氏が選挙でない時に、骨組みがしっかりしたもの(うちわ)を不特定多数の有権者に配るのは明らかに抵触する」と主張し、松島氏との違いを強調した。

<松島法相>「うちわ配布は公選法違反」 民主が辞任求める

 ◇蓮舫氏、参院予算委員会で追及

 松島みどり法相(衆院東京14区選出)が選挙区で「うちわ」を配ったことが公職選挙法で禁じられた寄付行為に当たる疑いがあるとして、民主党の蓮舫氏が7日の参院予算委員会で追及した。

 松島氏は「うちわのように見えるかもしれないが、価値のあるものではない」「活動報告や政策を印刷した討議資料だった」と釈明したが、安倍晋三首相は「疑いを受ける以上、配布を行わないことが望ましい」とくぎを刺した。

 松島氏は今夏、盆踊り会場などで自分の名前やイラスト、成立した法律を記した「うちわ」を配布。公選法は政治家が選挙区内で商品など「有価物」を寄付することを禁じており、蓮舫氏は「(配られたうちわは)しっかりした絵と骨組みがある。有価物だ」などと詰め寄った。

 松島氏は委員会後、記者団に「これからは配るのをやめます」と述べたが、民主党の榛葉賀津也参院国対委員長は記者会見で「公選法違反は明らかだ」として自発的辞任を求めた。

<プロ野球>退任…星野監督「最高に幸せな野球人生」

 ○オリックス3−2楽天●(延長十回 7日、コボスタ宮城)

 コボスタ宮城での試合後には、今季限りでユニホームを脱ぐ楽天・星野監督の退任セレモニーが行われた。

 大学時代からの盟友である田淵幸一氏、山本浩二氏らからのメッセージや、就任後の4年間をまとめた映像が大型ビジョンで流されたあと、主将の松井稼らから次々に花束を受け取った星野監督は「イーグルスの監督になって本当によかった。最高に幸せな野球人生を送らせてもらった」とあいさつ。

 手を振りながらグラウンドを一周し、詰め掛けた2万6000人超の観客と別れを惜しんだ。

青色LEDの開発 「故障の窯」が奏功


青色発光ダイオードの開発は、当初、青く光る半導体の結晶をうまく作ることができず、難航していました。
そんなある日、赤崎さんの研究室で研究していた天野さんが結晶を作るため熱を加えるのに使っていた窯が故障し、高い温度にならなくなってしまいました。
そこで天野さんは、故障している窯でも可能な実験をしようと、低温のまま結晶を作る研究を進めました。
その結果、偶然、青色発光ダイオードに必要な結晶ができるようになったということです。
この方法は今では「低温バッファ層技術」と呼ばれ、ノーベル賞受賞という快挙に結びつきました。

御嶽山 捜索開始早め 不明者の発見急ぐ

これまでに54人の死亡が確認され、戦後最悪の火山災害となった御嶽山の噴火で、長野県の対策本部は、8日から捜索の開始時間を早めるとともに隊員の輸送に当たるヘリコプターも増やして、行方不明者の発見を急ぐ予定です。
一方で、山頂付近は台風による雨で火山灰がぬかるんでいて、厳しい状況での捜索活動になりそうです。

先月27日に起きた御嶽山の噴火で、長野県の対策本部は天候が回復した7日に3日ぶりに捜索を再開した結果、新たに3人の死亡が確認され、亡くなった人は54人となりました。
警察や自衛隊、消防は、範囲をくいやロープで区切ったうえで探索のための棒や特殊な金属探知機などを使って行方不明者を捜しています。
ただ、山頂付近は台風18号による雨で火山灰がぬかるんだ状態で、捜索は難航しています。
捜索に当たった陸上自衛隊第30普通科連隊の寺田秀文第2中隊長は7日夜、「足場が悪いうえに標高が3000メートルと高く空気が薄いため、高山病のように体調を崩す隊員もいる。通常の3分の1程度のスピードで動くことしかできない」と捜索活動の厳しさを説明しました。
対策本部では捜索時間をより多く確保するため、8日から開始時間を早めるとともに隊員らの輸送に当たる大型ヘリコプターを2機から3機に増やすなどして、今も行方が分かっていない人たちの発見を急ぐことにしています。

【体操】日本男子団体2位!中国が大逆転V

◆体操 世界選手権第5日 ▽男子団体決勝(7日、中国・南寧)
 体操の日本男子団体は、世界選手権36年ぶりの頂点を目指したが銀メダルに終わった。第1種目の床からのリードを終始守り、中国の最終演技を待った。中国の最終演技者が15・966点の高得点をたたき出し日本を0・100点上回り大逆転で金メダル。
 0・991点差を2位中国につけ最終種目の第6ローテーションの鉄棒を向かえた日本は、加藤凌平(20)=順天堂大学=(14・200点)、田中佑典(24)=コナミ=(15・266点)、内村航平(25)=コナミ=(15・400点)の3名が演技。後から演技する中国に45・857点の差をつけ中国の最終演技を待った。日本は、最終演技者を待ち15・866点とリードしていたが、中国が15・966点で大逆転。惜しくも敗れ4大会連続の銀メダルだった。
 上位3チームの得点は以下の通り。
 ▽1位 中国 273・369点
 ▽2位 日本 273・269点
 ▽3位 アメリカ 270・369点
 内村航平「100パーセント以上を出し切った。満足はしていないが、いい演技ができたことに関してはよかった。(中国との差は)場所の分の0・1かなと思っている。今回はしょうがない」
 白井健三「本当に負けた気がしない。(中国との)0・1の差はどこでも埋められた。ラインオーバーのミスが悔しいので、種目別で修正したい」

2014年10月07日

中村氏の母校も喜びに沸く

中村修二さんは、愛媛県大洲市にある県立大洲高校を昭和48年3月に卒業しました。高校時代は、男子バレーボール部に所属し、文武両道で勉学にも励んでいたということです。高校では、教師と生徒およそ10人が校長室に集まり、ノーベル賞のホームページを開いて発表の様子を見守りました。
そして、「シュウジ・ナカムラ」と読み上げられると、「今、言った!」などと声を掛け合い、満面の笑顔で偉大な先輩の栄誉を喜び合っていました。
大洲高校の藻利毅校長は、「母校では、中村さんがノーベル賞を取る日を待ち望んでいたので、本当にうれしい。生徒たちには先輩の偉業を誇りにして、世界で活躍できる人間になってほしい」と話していました。
また、2年生の生徒会長、土居大起さん(16)は、「『修二』という名前が読み上げられて本当に驚きました。大洲高校の誇りです。先輩を見習って、目の前のテストから頑張りたいと思います」と話していました。

中村氏「信じられない」と喜び語る

ことしのノーベル物理学賞に選ばれた中村修二さんは、ノーベル財団の記者会見に電話で参加し、会場から日本語で「おめでとうございます」と呼びかけられると、中村さんも「ありがとうございます」と日本語で答えました。電話は、途中でところどころが途切れるなど回線が不安定でしたが、中村さんは「信じられない」などと述べて、ことしの物理学賞に選ばれた喜びを語っていました。

青色LEDのすぐれた特性

明るい光を出す青色のLED=発光ダイオードは、電気を通すと光を出す半導体で、電球や蛍光灯より消費電力が少なく寿命が長いといったすぐれた特性を持っています。

しかし、本格的な実用化に必要な赤、緑、青の光の3原色のうち、青色については明るい光を出すことが難しく、20世紀中に明るい青色LEDを実現するのは困難だと言われていました。
世界中の企業が開発にしのぎを削っていた平成5年、当時の常識を覆す明るさを持った青色LEDが完成したことで、LEDであらゆる色の光を作ることが可能になり、応用範囲が一気に広がりました。
光の3原色がそろったことであらゆる色の光を作ることが可能になり、実用化も進んでいて、大型のディスプレイや信号機は、色が鮮明なために日光が当たっても、くっきりと見えるのが特長です。
また、この技術は白いLEDの開発にもつながり、家庭用の照明やスマートフォンの画面のバックライトなどに利用されています。
ここ数年、特に国内では、3年前の東日本大震災による節電などの影響で家庭用の照明が大幅に普及しました。
さらに、青色LEDの技術は、より短い波長のレーザー光線の開発にもつながり、従来のDVDよりも大幅に記憶容量を増やしたブルーレイディスクの再生機に利用されるなど、大量の情報をやり取りする現代社会において欠かせない技術となっています。
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