2017年03月24日
ユクスキュル&クリサート『生物から見た世界』
『生物からみた世界』は、生物に関する本の中で最も哲学的に興味深いものの一つでしょう。
実際に著者のユクスキュルは(クリサートは主に挿絵担当)、動物学者よりもむしろ哲学者の方に影響を与えたといわれています。
ユクスキュル自身も自らの環世界説を、カントの学説を自然科学的に活用しようとするものと位置づけています。
つまり、「時間と空間は生きた主体なしにはありえない」という命題が、彼の環世界説によって確認できるというのです。どういうことか、有名なダニの例を用いて解説しましょう。
マダニは茂みの枝にぶら下がって、その下を温血動物が通り過ぎるのをじっと待ち伏せます。マダニは哺乳類の皮膚腺から漂い出る酪酸の匂いをシグナルとして受け取ると、枝から身を投げます。晴れて獲物の上に飛び落ちることに成功すれば、あとは獲物の皮膚組織に頭から食い込み、たっぷりと血を吸うことができます。
まるで機械のように単純な刺激に対する一連の反応で、マダニの行動は規定されているかのようです。
しかしここで重要なことはそのことではなく、マダニにとっては「酪酸の匂い」という、われわれにはほとんど意識もされないものが、決定的なシグナルとなっている、ということです。マダニには目がありませんから、私たちが感じる新緑の美しさや水面の煌めきも、マダニにとっては全くどうでもよいことで、そもそも知覚さえされません。
マダニにとっての環境、つまりマダニの環世界(Umwelt)では、酪酸という客体との関係が本質的な重要性をもつのです。それゆえ、タイトルにある「生物からみた世界」すなわち各生物の環世界は、私たちには想像もつかないほど異質なものなのです。
私たちが普通に使う「環境」という言葉は、ただ私たち人間にとっての「環世界」を意味しているにすぎません。客体はそれぞれの主体にとって、全く違う現れ方をする。ここにカントとの親和性があります。
さらに、マダニには驚くべき能力があります。マダニは偶然獲物に出会える確立を高めるためになんと18年間も何も食べずに待ち続ける事ができるのです!
この間、マダニの世界にはほとんど何の刺激もなく、何の変化もおとずれません。いわば時間が停止し、流れていないのです。
このことからユクスキュルは、「生きた主体なしに時間はありえない」という主張を展開。さらに同様に空間についても詳細な証明を行い、生物学の見地からカントの学説を裏付けたのです。
この本の哲学的意義をわかっていただけましたでしょうか?
ユクスキュルは他にも「作用トーン」、「自然の設計」、「魔術的世界像」といった興味深い概念を数多く提唱しています。彼にはまたいずれ登場してもらうことになるでしょう。
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