新たな命と大家族の豊かな愛情で復興を
テレビでは「プライベートが・・・」などと言ってはいるが、私の知る限り昔の日本家屋は襖一枚で三世代なんてあたりまえだったし、近所の子供が我が家で晩飯を食べていたり風呂に入っていたりが日常でもあった。
親に急用が出来れば近所のオバちゃんが乳飲み子を背中に小部って子守をしていたし、年寄りの集まる場所は同時に子供達の遊び場であり学びの場でもあった。
確かに赤ん坊は泣き声が響くかもしれないが、人は皆がそれを経験して大人になっているのであって、温かい愛情で見守り育ててほしいと願うし、今、避難所で暮らす子供たちも苦難を肥やしに育って欲しいと願う!
急に「どぉしたの?」ってコメントが入る前に、↓↓↓ こんな記事を見つけたから。
ママ出産、赤ちゃん抱え戻った避難所に祝う声
福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故の影響で福島県会津若松市の避難所で暮らす女性が、女児を出産し、26日に赤ちゃんを抱えて避難所に戻った。
避難所は一時、お祝いの声と笑顔に包まれた。
戻ったのは・・・ [ 全文はこちら ]
※災害地の復興には長い時間が必要だ! しかし、子供たちが避難所という場所の大家族で生活する事を学びながら素直な思いやりと大きな愛情を合わせ持った大人に成長して欲しいと願う ( ^^) _旦~~
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