2018年03月30日
【QOL】休職夜話 39歳の夏休み 第七夜
前回までの「39歳の夏休み」は
第一夜
第二夜
第三夜
第四夜
第五夜
第六夜
もちぞうは生田から与えられた仕事を必死にこなしていった。
その仕事ぶりから、次第に生田の信頼を取り戻していった。
生田と二人きりで酒を酌み交わすことはなかったが、忘年会などで一緒になると、
もちぞうは鉄板ネタとして、その当時の二人の関係を笑いながら話せる関係となっていた。
しかしながら、たった一度の強烈な印象というものはそう易々と払拭できるものではない。
もちぞうにとって生田の存在はその後も大きなプレッシャーとなっていた。
仕事で言い合う際には、理屈で説き伏せることができなかった。
生田の理解を得ることができなければ業務を円滑に進めることができない
仕組みがすでに部全体に構築されていた。
生田の態度は、もちぞう対してのみならず、上司にあたる勝本に対しても、
時には部長の今泉に対しても同様に厳しい態度で当たっていた。
後輩は生田に呼ばれると萎縮し、戦々恐々とした面持ちでやってきくる。
生田からダメ出しをされた後輩は、ひどく気分が落ち込むことが多い。
隣から聞こえてくる内容を察して、もちぞうは落ち込んでいる後輩を誘い、
業後の飲みにケーションと称し、彼らのフォローをしたことも多々あった。
後輩の愚痴を聞いてやることで、彼らのガス抜きをすることが日課となっていった。
3年前からは、生田が主として担当していた、
社内のシステム構築をもちぞうが担当することとなり、
生田は実質、開発から手を引き、企画に席をおくこととなった。
その頃のもちぞうが生田に抱く感情や関係性は、ただ単に嫌いといった感情よりも、
師匠とか恩師ともいえる存在といったほうが良いかもしれない。
生田もまた、もちぞうに対して自分の技術や知識だけでなく情報を共有するようになっていった。
10年という年月をかけて、もちぞうと生田の関係はこういった土台の上に成り立っていった。
順風満帆とは言わないが、もちぞうにとっても居心地が良いといってもいい
環境のなか仕事に精をだしていた。
いっぽう私生活でもちぞうは、携わっていたプロジェクトの終結を迎えたこともあり、
以前より考えていた計画を遂行しようと考えていた。
10年間住んでいた賃貸住宅が手狭に感じてきたこと、
40歳という節目を迎えることからマンションの購入を考えはじめていた。
2013年の年が明けてからはマンション購入に向けてパンフレットを取り寄せ、
精力的にモデルルームに出向く。
住宅会社の商談ルームに出向くと、多くの来客が夫婦連れでやってきており、
方々の商談ブースからは奥さんの意見におしながされそうな夫の声が聞こえてくる。
もちぞうは独身であり、当然ながら一人で住宅会社に出向く。
独り身でマンション展示場に訪れるお客はそう多くなかったため、
少々気恥ずかしさを感じたりもしたが、それでも充実した休日を楽しんでいた。
いくつか回っている中で、自宅マンションからそう遠くない場所に新築されるマンションにひかれた。
立地、日照ともによく、また広さも60平米、2LDKで4800万。
都心部にしては価格も手ごろなマンション。
もちぞうは、このマンションを購入することを決めた。
マンション購入を決めてからは早かった。
売買契約を締結するまで1週間とかからなかった。
その年の12月には売買契約を締結した。
マンション売買が成立すると、6月までに住宅ローン借り入れを行うよう住宅営業マンから言われる。
6月までには4か月もあることから、切迫感は感じなかった。
住宅担当者から「マンション購入は売買契約後が楽しいですよ」とにこやかにいわれた。
たしかに、マンションの購入ばかりに目がいっていたが、
インテリアや家具、家電などを選ぶ楽しさが待っていた。
休日はインテリア展示場などにも足を運ぶ日々を送ろうと、もちぞうは思った。
一方、仕事では、パソコンのOSの保守期間が終了することにともない、
社内システムのアップグレード対応が始まろうとしていた。
ちょうどマンションの売買契約を決めた日の前後から、本格的にプロジェクトが動き出した。
このシステムのOSバージョンアップは、2013年の年明けから生田とともに、
調査をすすめていた。
4月になり、本格的なプロジェクトの開始を迎えるにあたって、
もちぞうは生田から開発責任者の権限をすべて任された。
いままでもそうであったように、大まかな注意点の説明はするものの、
多くは語らず自分で考えろというスタンスの全権委任。
いつものことだ。
もちぞうは、プロジェクトを推進することに直感的に自信があった。
ボリュームはあるし、全社に影響を及ぼすようなシステム改修ではあるが、
いままで取り組んできた仕事とそう変わりがあるものでもない。
今まで与えられた業務に対して、自分で考えうる最良のパフォーマンスで取り組んだ。
そしていくつものプロジェクトを成功させてきたという自負もあった。
滑り出しは順調。
思いつくまま、やるべきことを書き出す。それを小分けに分ける。
時系列に並べ替え、人員を割り振り、スケジュールに当て込んでいく。
生田からの指摘を受けながらもほぼ予定通りのスケジュールを進めていくことができた。
やることは明確になっていたし、遂行出来るものだと確信していた。
ところが、まず最初でつまづいた。
開発にあたって、新しいパソコンを支給されたので、ソフトウエアをインストールする。
ここで思いもよらない事態が発生した。
ソフトウエアが正しく動作しない。
発売元に電話で直接連絡をとり、ネットで調べたりと改善策を模索したが、
そのいずれも功をなさなかった。
その後も、インストールとアンインストールを繰り返しながら、トライしたが
一向に正常に動作しなかった。
当然のごとく、生田より、お前のやり方がわるいだけだと何度も指摘を受けた。
指摘自体は苦ではなかったがそれでも焦りは感じていた。
ようやくシステムの起動が確認できるようになったのは、当初予定していた4月上旬から
おおきくかけ離れた5月にはいってからのことだった。
一つつまづくと、立て続けに続くものである。
これを皮切りにして、以後のすべての作業において予想外の問題が発生し続けた。
そのつど、生田からは「お前の能力がたりなからだ」と揶揄され続けていた。
「今まで俺が対応してきた方法は、俺だからできることであって、
お前の能力では到底再現できるものではない。
圧倒的にお前はおれよりも劣っている。
同じように進めていたところで、
このプロジェクトの完遂は難しい」と強い口調で言われた。
そのころになると、もちぞうは休日も朝から晩まで自宅で
パソコンの画面を眺め続けるようになっていた。
会社から支給されたプロトタイプのパソコンを使ってトライエラーを繰り返したいところだったが、
支給されたパソコンの設定を変更するなどは許されず、
あくまで支給されたスペックと操作権限のなかで問題を打開することを要求されていた。
プロジェクトマネージャーといえど容易にパソコンの設定を変更することは許されていない。
もちぞうは、致し方なく、会社で使用される新しいパソコンと同一スペックのPC
開発プログラムを自ら購入し、休日も仕事だけが頭を支配するようになっていった。
そのころになると、寝床にはいっても、頭の中ではスケジュールがメビウスの輪のごとく、
繰り返し浮かび上がって、夜中に目を覚ましパソコンに向かう日が続き始めた。
夜眠らないことにより、日中の集中力も切れがち。
目つきも光を失い、よく部下や同僚に「大丈夫?」といわれることが多くなっていった。
生田に助言を求めたが、つれない返事がもどってきた。
「おまえは新入社員か。」
「くだらないことを聞くな」
「で、なに。どうしたいの?」
「なぜ報告しないのだ」
「そんなことはいちいち報告するな」
「おまえが決めたことだろ。」
「こうなることはわかっていたはずだ。」
「俺に助言をもとめてどうしてほしいのだ。
責任を押し付けたいのか?それとも安心したいだけなのか?」
次第にもちぞうは、生田に助言を求めることに恐怖を感じてきた。
配属当初の場面が頭のなかに蘇る。
既に良い思い出となっていたシーンが智信の心と体に巻き付いてはなれない。
「なに勝手に帰っているのだ。もうお前に教えることは何もない。一生、一人でやっていろ」
これがフラッシュバックなのだろう。
もちぞうの機能していない頭の中におくびをもたげてきた。
面と向かって話をしようとすれば、体から汗が噴き出てくる。
言葉を発しても、消え入るような大きさで、次第に声がかすれてくる。
その声の小ささに「は?わからない。もっと大きな声でいえよと」いっそう生田はなじってくる。
このころになると、もちぞうの眼はあらぬ方向の空を切っていた。
言われたことさえ頭に残らない。
部下に指示を出すにも自信がもてない。
自分がしていることすべてについて不安が頭を支配する。
一睡もできない日々が始まった。
部下に対しての注意力も散漫となっていった。
普段なら見落とすことがないような指摘すら頭に浮かばなくなった。
一度歯車が狂いだすと、その狂った歯車の速度は増していく。
もちぞうは恐怖に飲み込まれていった。
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