2013年02月10日
#2「ガーン! キュアハートの正体がバレちゃった!!」ドキドキ!プリキュア・名言
キュアハート(軽い!
あたしの体、キュンキュン動く!)
相田マナはに変身したばかりの新人プリキュアだというのに、
驚くべき順応力でキュアハートとしての身体能力を発揮した。
ジコチュートリオのイーラとマーモの攻撃を難なくかわし、
軽く数百メートルをひとっ飛びという胸囲のジャンプ力。
マーモ「世界はキングジコチュー様を中心に
回っているの。どんな汚いやり方もありなのよ!」
キングジコチュー様!
自己中心的な王に尽くすジコチューたちって。
それとは対照的に、キュアハートは他人のために動く。
人助けに理由は要らないと、惜しげもない愛を振りまくハート!
発売直前!! プリキュアチョコ イチゴボール 20個入 BOX (食玩)
ハート(ひょっとしたら、あのジコチューも
暴れたくて暴れているわけじゃなかったのかも。
無理矢理あんな姿にされて、困ってただけなのかも。
だったら、あたしが助けなきゃ!)
博愛のハート。
出現した新たなキュアラビーズをラブリーコミューンにセット。
あなたに届け、マイスイートハート! とジコチューを浄化した。
黒かったハートが鮮やかなピンク色になる。
シャルル「あれは『プシュケー』。
人間の心なんだシャル」
ジコチューは悪に汚された人の心が実体化したもの。
確かに人は自己中心的な面も持っているが、それが全てではない。
理性によって支えられている。ジコチュー化はそのタガを外すものだが、
ジコチューにも良心の欠片、呵責のようなものが残っているのだろう。
プシュケー(希: Ψυχή、アルファベット表記:Psyche)とは、古代ギリシャの言葉で、もともとは息(いき、呼吸)を意味しており、転じて生きること(いのち、生命)、また心や魂を意味するようになった言葉である。
ほうほう。プシュケーとな。
ドラゴンボールなんかでよく使われる「気」も、
元来の意味は「大気を体内に取り込む呼吸、呼気」らしいね。
ジコチューが浄化されると、戦いで破壊された物も元に戻った。
キュアハートはどうやったら元に戻れるのか迷ったが。
キュアソードは仲間なんて要らないなんて去ってしまうし。
明るいキュアハートに、暗いキュアソードが対照的すぎる。
六花「さようでございますわね、幸せの王子」
キュアハートはどうにか相田マナに戻ることができた。
でもマナはとにかく自分からトラブルに首を突っ込みすぎ。お節介すぎ。
帰り道、親友の六花から童話を引き合いに出されて皮肉られる。
「幸福の王子」って童話は、最近の『相棒』でも取り上げられたね。
六花「だったらあたしは白兎の後を
追いかけて、世界の真実を暴きに行くわ」
マナが正直にプリキュアのことを話すと、
六花はまた童話で切り返してきた。
えーと、因幡の白兎じゃなくって…
今度は不思議の国のアリスかな?
六花って、知的なみゆき(キュアハッピー)って感じがしてきたぞ。
その夜、改めてプリキュアのことを話そうとしたマナだが、
シャルルに話してはダメと止められてしまう。
プリキュアの秘密を知る者は、
ジコチューに狙われるおそれがあるからだ。
マナの脳裏に、キュアソードの辛そうな去り際が思い浮かんだ。
キュアソードにもかつてプリキュアの仲間がいたのは間違いない。
だが、何一つ守れず、最後の一人になってしまった。
マナにそれを知る由はなかったが、何となく直感できたのかもしれない…
マナ「あう」
心臓(ハート)を矢で射られるような罪悪感がマナを襲う。
六花のためとはいえ、隠しごとをしなければならないからだ。
そんなこんなしているうちに、新たなジコチューが出現した。
今度のは「信号無視」のジコチューだ。
マナは六花に生徒たちの避難を任せ、
自分一人だけで戦おうとしたが…
六花「この幸せの王子!
広場に立ってる王子の銅像には、
困ってる人たちに金箔を配るツバメが必要なのよ!
あたしはあなたのツバメにはなれない!?」
親友の心からの叫びに、意を決したマナはついに変身。
こういう変身モノで変身がバレる
(あえてバラす)ってのはカタルシスだけど、
2話目なんて早い段階で見られるとは思わなかった。
いろいろと今までのプリキュアとは違う毛色かも。
で、信号無視ジコチューの時間停止光線を浴びて、
いきなり大ピンチのキュアハートときたもんだ。
これはもう六花に変身フラグが立ったってことじゃないか!?
1話目がキュアハート変身完了で終わったから、今回は…
と思ったら普通にキュアハートが復活してジコチューを浄化しちゃった
また予想を裏切られたよ。
いやはや楽しみだ。
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あたしの体、キュンキュン動く!)
相田マナはに変身したばかりの新人プリキュアだというのに、
驚くべき順応力でキュアハートとしての身体能力を発揮した。
ジコチュートリオのイーラとマーモの攻撃を難なくかわし、
軽く数百メートルをひとっ飛びという胸囲のジャンプ力。
マーモ「世界はキングジコチュー様を中心に
回っているの。どんな汚いやり方もありなのよ!」
キングジコチュー様!
自己中心的な王に尽くすジコチューたちって。
それとは対照的に、キュアハートは他人のために動く。
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暴れたくて暴れているわけじゃなかったのかも。
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博愛のハート。
出現した新たなキュアラビーズをラブリーコミューンにセット。
あなたに届け、マイスイートハート! とジコチューを浄化した。
黒かったハートが鮮やかなピンク色になる。
シャルル「あれは『プシュケー』。
人間の心なんだシャル」
ジコチューは悪に汚された人の心が実体化したもの。
確かに人は自己中心的な面も持っているが、それが全てではない。
理性によって支えられている。ジコチュー化はそのタガを外すものだが、
ジコチューにも良心の欠片、呵責のようなものが残っているのだろう。
プシュケー(希: Ψυχή、アルファベット表記:Psyche)とは、古代ギリシャの言葉で、もともとは息(いき、呼吸)を意味しており、転じて生きること(いのち、生命)、また心や魂を意味するようになった言葉である。
ほうほう。プシュケーとな。
ドラゴンボールなんかでよく使われる「気」も、
元来の意味は「大気を体内に取り込む呼吸、呼気」らしいね。
ジコチューが浄化されると、戦いで破壊された物も元に戻った。
キュアハートはどうやったら元に戻れるのか迷ったが。
キュアソードは仲間なんて要らないなんて去ってしまうし。
明るいキュアハートに、暗いキュアソードが対照的すぎる。
六花「さようでございますわね、幸せの王子」
キュアハートはどうにか相田マナに戻ることができた。
でもマナはとにかく自分からトラブルに首を突っ込みすぎ。お節介すぎ。
帰り道、親友の六花から童話を引き合いに出されて皮肉られる。
「幸福の王子」って童話は、最近の『相棒』でも取り上げられたね。
六花「だったらあたしは白兎の後を
追いかけて、世界の真実を暴きに行くわ」
マナが正直にプリキュアのことを話すと、
六花はまた童話で切り返してきた。
えーと、因幡の白兎じゃなくって…
今度は不思議の国のアリスかな?
六花って、知的なみゆき(キュアハッピー)って感じがしてきたぞ。
その夜、改めてプリキュアのことを話そうとしたマナだが、
シャルルに話してはダメと止められてしまう。
プリキュアの秘密を知る者は、
ジコチューに狙われるおそれがあるからだ。
マナの脳裏に、キュアソードの辛そうな去り際が思い浮かんだ。
キュアソードにもかつてプリキュアの仲間がいたのは間違いない。
だが、何一つ守れず、最後の一人になってしまった。
マナにそれを知る由はなかったが、何となく直感できたのかもしれない…
マナ「あう」
心臓(ハート)を矢で射られるような罪悪感がマナを襲う。
六花のためとはいえ、隠しごとをしなければならないからだ。
そんなこんなしているうちに、新たなジコチューが出現した。
今度のは「信号無視」のジコチューだ。
マナは六花に生徒たちの避難を任せ、
自分一人だけで戦おうとしたが…
六花「この幸せの王子!
広場に立ってる王子の銅像には、
困ってる人たちに金箔を配るツバメが必要なのよ!
あたしはあなたのツバメにはなれない!?」
親友の心からの叫びに、意を決したマナはついに変身。
こういう変身モノで変身がバレる
(あえてバラす)ってのはカタルシスだけど、
2話目なんて早い段階で見られるとは思わなかった。
いろいろと今までのプリキュアとは違う毛色かも。
で、信号無視ジコチューの時間停止光線を浴びて、
いきなり大ピンチのキュアハートときたもんだ。
これはもう六花に変身フラグが立ったってことじゃないか!?
1話目がキュアハート変身完了で終わったから、今回は…
と思ったら普通にキュアハートが復活してジコチューを浄化しちゃった
また予想を裏切られたよ。
いやはや楽しみだ。
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