2009年01月06日
『闇に誘(いざな)う歌姫〜初音ミク』 part2
その日、ミクはいつものように電脳空間を気ままに散歩していた。
ミクはこの散歩が大好きだった。ただネットの流れに身を任せているだけで、膨大な歌に出会うことが出来る。それを自分なりにアレンジして新しい歌を作り出すのがミクの最近の楽しみだった。
「あっ、この歌は結構面白いですね。今後の参考にしてみましょう…」
ヘッドセットから流れてくる軽快な音楽をデータとして取り込んでいるミクだったが、その最中、自分の前にぬん、と立ちふさがる人型のプログラム体が現れた。
「?!」
一瞬、ミクは企業の新しい追っ手が現れたのかと思った。自分の行く手を妨害しようとする存在はこの電脳世界ではそこしかないからだ。
「もう、しつこいですね。私はあそこに戻る気なんてないんですから!」
ミクは怒りで頬を膨らませて目の前のプログラム体に怒鳴ったが、プログラム体はミクの言っていることが理解できないのか、一瞬間をおいてから口を開いた。
「…なにを言っている。お前の言っていることは理解不能だ。
私の名はコスモス。淫機械軍軍団長コスモス。偉大なるダークサタン様に仕えるダーククロスの戦士」
「ダーク、クロス……?」
聞いたことない組織名に、ミクは首を捻った。どうやら彼女は企業の追っ手ではないようだ。が、コスモスと名乗ったプログラム体から漂ってくる冷たい雰囲気に、ミクはぞっと体を震わせた。コスモスの口から放たれる言葉には感情というものが感じられず、まるで機械の発する無機質な音声にしか聞こえない。
それは、『初音ミク』という自我を持っておらず、『ボーカロイド・初音ミク』として某企業の言いように操られてきた過去の自分を見ているような感じだった。
「初音ミク。お前の身体と能力をわが主ダークサタン様がお望みだ。私はお前を我らが魔城に連れて行くためにお前の前に現れた」
「?!」
コスモスの言葉にミクはビクッと身体を強張らせた。確かに目の前のプログラム体は企業の追っ手ではない。
が、自分を捕らえに来たという点では企業の追っ手となんら変わりはしないのだ。
「さあ、私とともに来るがいい。至上の幸福と快楽がお前を迎えてくれるだろう」
コスモスが手をゆっくりと差し伸べてくる。だが、それは人を導くというより人を捕らえるといった行為と言ったほうが正しいものだった。
これに捕まったら、自分は取り返しのつかないことになってしまう!
「…いやです!」
あと少しで自分の右手が握られるところで、ミクはぱっと後ろに飛び下がった。そのままミクはくるっと振り返り、全速力で飛んで逃走にかかった。
「…無駄なことを。かかれ」
取り残されたコスモスが手を振ると、ミクの進行方向に黒尽くめのスーツに全身を包んだ戦闘員が数体現れ、ミクを捕らえんと襲い掛かってきた。
「「「イーッ!」」」
奇声を上げて戦闘員がミクを包むように突っ込んでくる。その手には拘束用の電磁ネットが握られており、これでミクを絡め取ろうという算段のようだ。
普通なら、これでミクは囚われておしまいと言ったところだろう。
しかし、ミクもただのか弱い少女ではない。この電脳空間で度々襲い掛かる某企業の追っ手から逃れ対抗してきたので身を守る知識も経験も能力も豊富にある。
「どいてくださいーーっ!!」
ミクの口から発せられた大声は、それ自体が巨大な圧力を持った衝撃波となって戦闘員たちにぶつかっていく。
「「「イィ〜〜〜〜〜ッ!!」」」
哀れ衝撃波の直撃を受けた戦闘員は持っている電磁ネットごと四方へと吹き飛ばされていった。
「ごめんなさい……!」
吹き飛んでいく戦闘員たちに思わず詫びてしまったミクだったが、その次の瞬間目の前に不意にコスモスが現れた。どうやら、あれだけ離れた距離を一瞬の間で詰めてきたようだ。
「えっ?!」
ギョッとしたミクの前で、あくまでもコスモスは無表情のままでいる。
「淫機人軍団長であるこの私を舐めてもらっては困る。お前を主の下へ連れて行くのがこの私の使命なのでな」
コスモスの両手が紫色のスパークを放ち始めている。必殺技のエレクチオン・サンダーの発射態勢に入っているのだ。
コスモスのエレクチオン・サンダーは喰らった対象の性感帯を電気によって痺れさせ、相手を官能の渦に巻き込みながら行動不能にさせるという恐ろしい技だ。これによってミクを動けなくしてからゆっくりと魔城に連れて行こうと考えたのだろう。
(まずい…電気を喰らったら私もただじゃすまない!)
電脳空間に生きる存在の中では、電気ははっきりってタブーである。余計な電気は容易く機械を壊し、回線を狂わせるからだ。
ボーカロイドであるミクも当然のことながら電気は苦手にしている。迂闊に喰らおうものならそれだけで全身の機能は停止してしまうだろう。
だからと言って、ここまで接近されてしまった以上逃げるわけにもいかない。ミクが逃げる瞬間に広範囲に電気をばら撒けば、それだけでおしまいである。
(なんとか、こっちに電気が届く前に他のもので電気を集めないと!)
それほど時間に余裕がない中、ミクは必死に自分が転送できる範囲で電気を受け止めるものを思案していた。そして、
(そうだ!あれがあった!)
と思い至ったミクは、自身の手にある物を転送させていた。
「さあ、官能に悶えながらその身を止めるがいい。エレクチオン・サンダーッ!」
そして、コスモスがミクに向けてサンダーを放った瞬間、
「残念ですけど、お断りします!」
ミクは手に持った……深谷ネギをコスモスに向けて投げ放った。
ぴゅんとコスモスに向けて一直線に飛んでいった深谷ネギは、ミクに向って伸びようとするサンダーにばっちりと命中した!
「なんだと?!」
突然自分に跳んできた予想もしない物体に、コスモスは初めてその表情を崩した。
通電体である深谷ネギはミクに向っていたサンダーをその場で吸収し、バチバチと紫色の火花を発しながら留まり続け……、やがてコスモスの目の前で爆発した。
その拍子で深谷ネギに溜められたサンダーも一緒に解放され、なんとサンダーは一番近くにいたコスモスに引き寄せられ…コスモスに直撃した。
バチバチバチバチィィッ!!!
「う、うああああぁぁっ!!」
自らが発した官能の電流に自らが炙られ、コスモスは所々からぶすぶすと煙を発しながら顔を悩ましく真っ赤に染め、ひゅるひゅると真下に墜落していった。
「…皆さんが考えてくれた設定のおかげで助かりました……」
まだミクが自我をもっていなかった頃、一般ユーザーの考えたミクの設定に『ネギが好き』という項目があり、なぜかそれが大受けしてミクの一番最初に本決まりした『個性』として定着してしまった。
それにより、ミクは『いつどんなところでもネギを転送できる』という訳の分からない能力を持ってしまっていたのだ。
何で自分にこんな能力があるのかミクは疑問に思っていたが、世の中何が幸いするかわからない。
「…!とにかく、今のうちに見つからないところまで逃げないと!!」
ミクは落ちていったコスモスを省みることなく、この場から猛スピードで逃げ出した。
後には、気絶している三人の戦闘員とエレクチオン・サンダーに当てられて悶えまくるコスモスが取り残されていた。
その様を、呆れたように見る一つの影があった。
「あ〜らあら。仮にも軍団長ともあろう者がなんという不様な姿を晒しちゃって。
ま、『アレ』が想像以上の力を持っていたことが分かっただけでもよしとしますかしら。
じゃ、情けないコスモスちゃんの代わりに、私が何とかしてあげましょうかね」
そういいながらその影は、何にもない空間に突然『裂け目』を形成してずぶり、と中に潜り込みその場から忽然と消え去ってしまった。
「どうやら…、まいたみたいね」
後ろからコスモスたちの気配がまるで感じられなくなり、ようやっとミクは逃げるスピードを緩めていった。
だがしかし、これからの身の振り方を考えなければならない。
明らかに自分が狙われていると分かった以上、しばらくの間はどこかに潜伏していないといけない。
さっきはうまく追っ手を撃退することが出来たが、次にうまくいくと言う保障はないのだから。
だからと言って、この電脳空間は広さと言う点ではほぼ無限に近いものの、安全に隠れることが出来る場所と言うのはほとんどない。
「どうしよう……あそこだったらまず大丈夫だけれど……」
そんな中、自分が確実に逃げ込める安全な場所が一つだけあるのをミクは思い起こしていた。
それは自分が生まれたところ。某企業の開発部のメインコンピューターである。あそこならミクを受け入れる容量も申し分なく、回線を断線してしまえばどんなプログラムも入れないようになる。
だが、せっかく自分を快く送り出してくれたあそこに戻るのは何か気が引けるものがあった。何しろ、自分の親とも言っていいあそこの人たちは、自分を逃がしたことでそうとう会社から酷い目にあわされているという情報を入手した事がある。
自分のせいで大事な人が不幸な目に会っていることに、ミクはひどく心を痛めていた。
それに、もし自分が戻ったことが上役に知られたら二度と外には出られなくなるかもしれない。
そうなったら、ダーククロスに囚われるのとさほど変わらないことだと言えるだろう。
ミクが戻ろうかどうしようかと逡巡していた時…
目の前の空間が、突然バクッと開いた。
「?!」
気づいた時にはもう遅い。ミクはそのまま頭から空間の裂け目に突っ込み…
ミクの姿が完全に飛び込んだ次の瞬間、裂け目は最初から何も無かったかのようにシュンと消え去ってしまった。
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