明治の作家、国木田独歩。37歳で没した彼の人生は、一文字で表すならば「窮」であると田山花袋は述べています。
独歩の人生に興味が尽きません。多くの短編作品を残していますが、私が好きなのは「春の鳥」です。
これは、独歩が教師として過ごした大分県の城下町での出来事を素材としています。
**************************************************************
晩秋の頃、独歩は城跡で少年と巡り合います。少年との交流で分かったのは、彼が六蔵と言う名で、歳は11〜12歳、白痴だと言うことでした。
六蔵は数の観念に欠けていて、三つまでしか数えられません。しかし、鳥には異常な関心を示します。鳥さえ見れば目の色を変えて騒ぐのです。けれども、何を見ても「カラス」と言います。いくら名前を教えても覚えません。高い木の天辺で百舌鳥が鳴いているのを見ると、六蔵は口をあんぐりあけて、じっと眺めています。そして百舌鳥の飛び立って行くあとを茫然と見送リます。六蔵には、空を自由に飛ぶ鳥がよほど不思議に思われたのでしょう。
ある日、城跡を訪れた独歩は、何者かが優しい声で歌っているのを耳にします。それは六蔵でした。天主台の石垣の角に、六蔵が馬乗りにまたがって、両足をふらふら動かしながら、目を遠く放って歌っているのでした。
空の色、日の光、古い城跡、そして少年、まるで絵です。少年は天使です。この時、独歩には、六蔵が白痴とはどうしても見えませんでした。白痴と天使、なんという哀れな対照でしょう。独歩はこの時、白痴ながらも少年はやはり自然の子であると、つくづく感じたのです。
翌年の春になりました。三月の末の事です。朝から六蔵の姿が見えません。日暮れになっても帰って来ません。独歩は非常に心配しました。そこで、城跡を捜すのが良いだろうと、小道を登って城跡に達しました。天主台の上に出て、石垣の端から下を覘いて行くうちに、最も高い角の真下に六蔵が落ちているのを発見しました。墜落して死んでいたのです。
独歩は、六蔵が鳥のように空を翔け回るつもりで石垣の角から身を躍らせたものと思いました。鳥が六蔵の目の前に来て、木の枝から枝へと自在に飛んで見せたら、六蔵はきっと、自分もその様にできると考えたに違いないと思ったのです。
亡骸を葬った翌々日、独歩は一人で天主台に登りました。そして六蔵のことを思いました。色々な人生の不思議さを思わずにはいられませんでした。人類と他の動物との相違。人類と自然との関係。生命と死などいう問題が、年若い独歩の心に深い哀しみを起こしました。
*************************************************************
人は何故、空を翔けたいのでしょうか?鳥になりたいと思うのでしょうか?
YS−11ターボプロップジェット旅客機や似非パイロットのことを書きましたが、もう一つ春の季節に想うのは国木田独歩の「春の鳥」。ロマンと深い哀しみに満ちたこの短編作品を今でも忘れる事ができません。
*************************************************************
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image
-
no image