2021年06月23日
映画「バルカン超特急」ー 列車という密室、消えた婦人を追って展開するサスペンス・ミステリー
「バルカン超特急」(The Lady Vanishes)
1938年 イギリス/アメリカ
監督アルフレッド・ヒッチコック
脚本アルマ・レヴィル
シドニー・ギリアット
フランク・ラウンダー
原作エセル・リナ・ホワイト
撮影ジャック・コックス
〈キャスト〉
マーガレット・ロックウッド メイ・ウィッティ
マイケル・レッドグレイヴ
列車内で姿を消した老婦人をめぐるサスペンスで、翌年の「岩窟の野獣」を最後にハリウッドへ渡ったヒッチコックのイギリス時代の、文字通りサスペンス映画の傑作。
第二次世界大戦を間近に控え、世界情勢が混沌とするヨーロッパ、バンドリカ(架空の国)の山中。
雪のために列車が立ち往生して、乗客たちは仕方なく駅の近くのホテルへ宿泊することになります。
乗客たちの中には、クリケットの試合を観戦することを最大の楽しみにいているイングランド人の二人組、カルディコット(ノウントン・ウェイン)とチャータース(ベイジル・ラドフォード)。
弁護士トッドハンター(セシル・パーカー)とその愛人(リンデン・トラヴァース)は不倫関係。
家庭教師のミス・フロイ(メイ・ウィッティ)。
結婚を控え、独身時代の最後の旅行を楽しもうとしているアイリス・ヘンダーソン(マーガレット・ロックウッド)たちがいて、ホテルへの不満を口にしながら夜を過ごすことになります。
しかし、上の階のクラリネットの音や、床を踏み鳴らす音がうるさくて、アイリスは眠ることができません。
我慢ができなくなったアイリスは、支配人に頼んで静かにしてもらうように言いますが、上の階のクラリネット奏者ギルバート(マイケル・レッドグレイヴ)は、民族舞踊を記録するための大事な仕事なんだと主張。
支配人とモメた揚げ句、ギルバートは部屋を追い出されてしまいます。
やっと静かになったと喜んだアイリスでしたが、そこへ、部屋を追い出されたギルバートが入り込み、君のためにこうなったと、今度はアイリスとひと悶着。
仕方なくアイリスはギルバートを元の部屋へ戻してもらうよう支配人に頼むハメに。
列車の運行が決まり、客室に乗り込んだアイリスは、ミス・フロイと名乗る老婦人と同室になり、一緒に食堂車へ出かけて食事を楽しみます。
客室へ戻ったアイリスはひと眠りしますが、目を覚ますとミス・フロイの姿は無く、ミス・フロイの座っていた席には見知らぬ女性、クマー夫人が座っています。
ミス・フロイはどこへ行ったのかと、アイリスは他の乗客に尋ねますが、そんな女性は知らないという言葉しか返ってきません。
同乗していたエゴン・ハーツ医師からは、あなたはホテルを出たとき、鉢植えで頭を打ったから、その後遺症で記憶障害を起こしているのだ、と言われる始末。
納得のいかないアイリスは、列車内の他の乗客にも訊いてみますが、誰もが自分たちの事情を抱えていて他の問題に関わりたくないために、そんな女性は知らないと答えます。
そんな中、昨夜のトラブルの相手、クラリネット奏者のギルバートとバッタリ出会います。
ちょっと風変わりなギルバートは、アイリスの言葉を信じ、アイリスと一緒にミス・フロイ捜索のために危険の中へ乗り出すことになります。
原題は「消えたレディ」。
誰もが、そんな女性は知らないという、自分でも、本当はミス・フロイという人間は存在していなかったんじゃないか、そんなことを思い始めた矢先、食堂車の窓ガラスにミス・フロイが自分を紹介するために書いた名前、“フロイ”の文字跡がクッキリと浮かび上がる場面は秀逸で、そのため、列車の乗客すべてが嘘をついていると気づいた瞬間に、サスペンスの緊張感が一気に高まります。
しかし、緊張感の中にもユーモアを織り交ぜ、シャーロック・ホームズを気取ったギルバートと、助手役のアイリスの素人探偵コンビの軽妙さは、まるで子どもの探偵ごっこのような雰囲気を生み出して、ユーモア好きなイギリス人気質を持ったヒッチコックならでは。
アイリスとギルバートの男女設定は、最初はお互いに悪感情を持ったものの、事件に巻き込まれながらも、お互いに協力して最後には結ばれるというパターンで、ロマンティック・コメディとしての要素を持っていて、見ていても微笑ましく気持ちよく楽しめます。
事件の鍵を握るミス・フロイとはいったい何者なのか。それはやがて映画の後半で明らかにされてゆくのですが、そもそも、走行している狭い列車の中で、人間一人をどこへ隠したのか。
列車の乗客には様々な主要な人物が登場します。
外科医のエゴン・ハーツ医師。
不倫関係のトッドハンターとその愛人。
クリケット愛好家の英国人カルディコットとチャータース。
奇術師のイタリア人ドッポ。
ハーツ医師の助手の尼僧。
アイリスとギルバートの探偵コンビは、奇術師ドッポが人を消すトリックを使うことを知り、ドッポの道具を調べようと貨物車両に潜入。床に落ちているミス・フロイの眼鏡を発見します。
そこへ現れたドッポと揉み合いの格闘。
事件は国際的スパイ団が暗躍する様相を呈してきます。
アイリスに「ミュンヘンの夜行列車」(1940年)、「灰色の男」(1943年)などの美人女優マーガレット・ロックウッド。
ギルバートに「扉の陰の秘密」(1947年)、「静かなアメリカ人」(1958年)のマイケル・レッドグレイヴ。
クリケット愛好家のノウントン・ウェインとベイジル・ラドフォードは、次回作「ミュンヘンの夜行列車」でもクリケット愛好家として登場。「バルカン超特急」と同様とぼけたユーモアを振りまいています。
エゴン・ハーツ医師に、1933年のジョージ・キューカー版「若草物語」でベア教授を演じ、「ラインの監視」(1943年)でアカデミー賞主演男優賞を受賞した演技派ポール・ルーカス。
事件の鍵を握るミス・フロイに「断崖」(1941年)、「ミニヴァー夫人」(1942年)、「ガス燈」(1944年)など、名作に顔をのぞかせるメイ・ウィッティ。
ミステリー、サスペンス、アクション、ユーモア、ラブ・ロマンス。
1時間40分ほどの時間にエンターテインメントの要素を存分に盛り込み、なお、不倫関係の二人、クリケット愛好家の二人など、脇役の存在も軽視することなく個性を持たせました。
特に、クリケットの試合に遅れることを心配するあまり、余計なことに関わろうとせず、アイリスに対しても嘘までついてクリケットの観戦に急いだカルディコットとチャータースの二人は、駅に到着して目についた広告によって、天候悪化のために試合が中止になったことを知る場面は笑わせてくれます。
次回作「岩窟の野獣」(1939年)を最後にイギリスを去り、ハリウッドへ渡って「レベッカ」(1940年)を皮切りに次々と傑作を世に送り出したアルフレッド・ヒッチコック。
渡米以降ミステリー性やサスペンスタッチはさらに深みのある充実したものになりましたが、イギリス時代の、切れ味鋭く畳み込むような展開など、何度見ても飽きさせません。
ただ、完全に褒められたわけでもないのが、アイリスの婚約者の立場の描き方。
アイリスは彼(婚約者)との結婚にあまり乗り気ではなく、ギルバートとの仲が急展開してギルバートに心が移ってしまう。
駅へ到着して、婚約者が迎えにきていないことを知ったアイリスは、イヤな男よね、とかなんとか言って彼を非難する。
そこでサッとギルバートとの抱擁とキスがあるのですが、その後アイリスの婚約者は、彼女の姿を探してホームでウロウロする後ろ姿が描かれる。
なんとも間抜けな男としてアイリスの婚約者は描かれていて、彼の立場になってみると、これほど惨めな結末はありません。
名作として名高いダスティン・ホフマン主演の「卒業」(1967年, マイク・ニコルズ監督)の、有名なラストシーンでもそうなのですが、教会での結婚式へ、エレーンの結婚を阻止しようとベンジャミンが現れる。そして二人は手に手を取って…。
しかし、相手の新郎の立場はどうなるんだろう。
彼は別に悪者でもなく、結婚を嫌がるエレーンに無理やり結婚を強要したわけでもない。
ハッピーエンドのベンジャミンとエレーンはいいとしても、挙式の最中に、見ず知らずの男に花嫁をさらわれた新郎ほど惨めで情けない立場はないでしょう。
「卒業」を手放しで称賛する気になれないのは、相手の婚約者への配慮がまったく欠けているためです。
同じことが「バルカン超特急」でもいえるようで、アイリスとギルバートのロマンスの展開を急ぎ過ぎたのか、ちょっと腑に落ちないシーンでした。
とはいえ、イギリス時代の傑作であるには変わりなく、ミステリーとスリルに満ちた、とても優れた映画です。
1938年 イギリス/アメリカ
監督アルフレッド・ヒッチコック
脚本アルマ・レヴィル
シドニー・ギリアット
フランク・ラウンダー
原作エセル・リナ・ホワイト
撮影ジャック・コックス
〈キャスト〉
マーガレット・ロックウッド メイ・ウィッティ
マイケル・レッドグレイヴ
列車内で姿を消した老婦人をめぐるサスペンスで、翌年の「岩窟の野獣」を最後にハリウッドへ渡ったヒッチコックのイギリス時代の、文字通りサスペンス映画の傑作。
第二次世界大戦を間近に控え、世界情勢が混沌とするヨーロッパ、バンドリカ(架空の国)の山中。
雪のために列車が立ち往生して、乗客たちは仕方なく駅の近くのホテルへ宿泊することになります。
乗客たちの中には、クリケットの試合を観戦することを最大の楽しみにいているイングランド人の二人組、カルディコット(ノウントン・ウェイン)とチャータース(ベイジル・ラドフォード)。
弁護士トッドハンター(セシル・パーカー)とその愛人(リンデン・トラヴァース)は不倫関係。
家庭教師のミス・フロイ(メイ・ウィッティ)。
結婚を控え、独身時代の最後の旅行を楽しもうとしているアイリス・ヘンダーソン(マーガレット・ロックウッド)たちがいて、ホテルへの不満を口にしながら夜を過ごすことになります。
しかし、上の階のクラリネットの音や、床を踏み鳴らす音がうるさくて、アイリスは眠ることができません。
我慢ができなくなったアイリスは、支配人に頼んで静かにしてもらうように言いますが、上の階のクラリネット奏者ギルバート(マイケル・レッドグレイヴ)は、民族舞踊を記録するための大事な仕事なんだと主張。
支配人とモメた揚げ句、ギルバートは部屋を追い出されてしまいます。
やっと静かになったと喜んだアイリスでしたが、そこへ、部屋を追い出されたギルバートが入り込み、君のためにこうなったと、今度はアイリスとひと悶着。
仕方なくアイリスはギルバートを元の部屋へ戻してもらうよう支配人に頼むハメに。
列車の運行が決まり、客室に乗り込んだアイリスは、ミス・フロイと名乗る老婦人と同室になり、一緒に食堂車へ出かけて食事を楽しみます。
客室へ戻ったアイリスはひと眠りしますが、目を覚ますとミス・フロイの姿は無く、ミス・フロイの座っていた席には見知らぬ女性、クマー夫人が座っています。
ミス・フロイはどこへ行ったのかと、アイリスは他の乗客に尋ねますが、そんな女性は知らないという言葉しか返ってきません。
同乗していたエゴン・ハーツ医師からは、あなたはホテルを出たとき、鉢植えで頭を打ったから、その後遺症で記憶障害を起こしているのだ、と言われる始末。
納得のいかないアイリスは、列車内の他の乗客にも訊いてみますが、誰もが自分たちの事情を抱えていて他の問題に関わりたくないために、そんな女性は知らないと答えます。
そんな中、昨夜のトラブルの相手、クラリネット奏者のギルバートとバッタリ出会います。
ちょっと風変わりなギルバートは、アイリスの言葉を信じ、アイリスと一緒にミス・フロイ捜索のために危険の中へ乗り出すことになります。
原題は「消えたレディ」。
誰もが、そんな女性は知らないという、自分でも、本当はミス・フロイという人間は存在していなかったんじゃないか、そんなことを思い始めた矢先、食堂車の窓ガラスにミス・フロイが自分を紹介するために書いた名前、“フロイ”の文字跡がクッキリと浮かび上がる場面は秀逸で、そのため、列車の乗客すべてが嘘をついていると気づいた瞬間に、サスペンスの緊張感が一気に高まります。
しかし、緊張感の中にもユーモアを織り交ぜ、シャーロック・ホームズを気取ったギルバートと、助手役のアイリスの素人探偵コンビの軽妙さは、まるで子どもの探偵ごっこのような雰囲気を生み出して、ユーモア好きなイギリス人気質を持ったヒッチコックならでは。
アイリスとギルバートの男女設定は、最初はお互いに悪感情を持ったものの、事件に巻き込まれながらも、お互いに協力して最後には結ばれるというパターンで、ロマンティック・コメディとしての要素を持っていて、見ていても微笑ましく気持ちよく楽しめます。
事件の鍵を握るミス・フロイとはいったい何者なのか。それはやがて映画の後半で明らかにされてゆくのですが、そもそも、走行している狭い列車の中で、人間一人をどこへ隠したのか。
列車の乗客には様々な主要な人物が登場します。
外科医のエゴン・ハーツ医師。
不倫関係のトッドハンターとその愛人。
クリケット愛好家の英国人カルディコットとチャータース。
奇術師のイタリア人ドッポ。
ハーツ医師の助手の尼僧。
アイリスとギルバートの探偵コンビは、奇術師ドッポが人を消すトリックを使うことを知り、ドッポの道具を調べようと貨物車両に潜入。床に落ちているミス・フロイの眼鏡を発見します。
そこへ現れたドッポと揉み合いの格闘。
事件は国際的スパイ団が暗躍する様相を呈してきます。
アイリスに「ミュンヘンの夜行列車」(1940年)、「灰色の男」(1943年)などの美人女優マーガレット・ロックウッド。
ギルバートに「扉の陰の秘密」(1947年)、「静かなアメリカ人」(1958年)のマイケル・レッドグレイヴ。
クリケット愛好家のノウントン・ウェインとベイジル・ラドフォードは、次回作「ミュンヘンの夜行列車」でもクリケット愛好家として登場。「バルカン超特急」と同様とぼけたユーモアを振りまいています。
エゴン・ハーツ医師に、1933年のジョージ・キューカー版「若草物語」でベア教授を演じ、「ラインの監視」(1943年)でアカデミー賞主演男優賞を受賞した演技派ポール・ルーカス。
事件の鍵を握るミス・フロイに「断崖」(1941年)、「ミニヴァー夫人」(1942年)、「ガス燈」(1944年)など、名作に顔をのぞかせるメイ・ウィッティ。
ミステリー、サスペンス、アクション、ユーモア、ラブ・ロマンス。
1時間40分ほどの時間にエンターテインメントの要素を存分に盛り込み、なお、不倫関係の二人、クリケット愛好家の二人など、脇役の存在も軽視することなく個性を持たせました。
特に、クリケットの試合に遅れることを心配するあまり、余計なことに関わろうとせず、アイリスに対しても嘘までついてクリケットの観戦に急いだカルディコットとチャータースの二人は、駅に到着して目についた広告によって、天候悪化のために試合が中止になったことを知る場面は笑わせてくれます。
次回作「岩窟の野獣」(1939年)を最後にイギリスを去り、ハリウッドへ渡って「レベッカ」(1940年)を皮切りに次々と傑作を世に送り出したアルフレッド・ヒッチコック。
渡米以降ミステリー性やサスペンスタッチはさらに深みのある充実したものになりましたが、イギリス時代の、切れ味鋭く畳み込むような展開など、何度見ても飽きさせません。
ただ、完全に褒められたわけでもないのが、アイリスの婚約者の立場の描き方。
アイリスは彼(婚約者)との結婚にあまり乗り気ではなく、ギルバートとの仲が急展開してギルバートに心が移ってしまう。
駅へ到着して、婚約者が迎えにきていないことを知ったアイリスは、イヤな男よね、とかなんとか言って彼を非難する。
そこでサッとギルバートとの抱擁とキスがあるのですが、その後アイリスの婚約者は、彼女の姿を探してホームでウロウロする後ろ姿が描かれる。
なんとも間抜けな男としてアイリスの婚約者は描かれていて、彼の立場になってみると、これほど惨めな結末はありません。
名作として名高いダスティン・ホフマン主演の「卒業」(1967年, マイク・ニコルズ監督)の、有名なラストシーンでもそうなのですが、教会での結婚式へ、エレーンの結婚を阻止しようとベンジャミンが現れる。そして二人は手に手を取って…。
しかし、相手の新郎の立場はどうなるんだろう。
彼は別に悪者でもなく、結婚を嫌がるエレーンに無理やり結婚を強要したわけでもない。
ハッピーエンドのベンジャミンとエレーンはいいとしても、挙式の最中に、見ず知らずの男に花嫁をさらわれた新郎ほど惨めで情けない立場はないでしょう。
「卒業」を手放しで称賛する気になれないのは、相手の婚約者への配慮がまったく欠けているためです。
同じことが「バルカン超特急」でもいえるようで、アイリスとギルバートのロマンスの展開を急ぎ過ぎたのか、ちょっと腑に落ちないシーンでした。
とはいえ、イギリス時代の傑作であるには変わりなく、ミステリーとスリルに満ちた、とても優れた映画です。
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