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2021年07月13日
映画「ダイヤルMを廻せ!」− 予期せぬ誤算, 犯人の側からみた推理劇
「ダイヤルMを廻せ!」(Dial M for Murder)
1954年 アメリカ
監督アルフレッド・ヒッチコック
原作・脚本フレデリック・ノット
撮影ロバート・バークス
音楽ディミトリ・ティオムキン
〈キャスト〉
レイ・ミランド グレース・ケリー
ジョン・ウィリアムズ ロバート・カミングス
ハリウッドへ渡ったヒッチコックの18本目の監督作品で、イギリス時代の監督デビューからを含めれば43本目となる作品。
かなり余裕を持って作られた印象が強く、殺人を扱ったミステリーというよりは、犯人の側に立って事件を追いかけてゆく倒叙形式を取っており、後年の傑作TVシリーズ「刑事コロンボ」と同じく、周到に組み立てられた犯行を暴き、どうやって犯人を追い詰めてゆくのかが見どころ。
元プロテニスのスター選手であるトニー・ウェンディス(レイ・ミランド)はテニス界を引退して地道に働き出したが、金銭的には思うようにいかない。
妻のマーゴ(グレース・ケリー)は、かつて夫がテニスのツアー中に留守になる寂しさから、推理作家のマーク・ハリディと不倫の関係になり、トニーとは義理にキスは交わしても冷めた気持ちは変わらず、離婚を持ち出そうと考えています。
トニーは妻とマークの関係を薄々知っており、離婚話が持ち出されて自分が妻と別れた場合、資産家の娘で、現在も妻の財産で生活をしているような自分は、マーゴと離婚した途端、生活の破綻は目にみえています。
もし、マーゴが誰かに殺されるようなことがあれば、妻の財産はすべて自分のものになる。
自動車を売りに出しているスワン(アンソニー・ドーソン)はある日、車を買いたいという電話を受けてトニーのアパートへ。
待っていたトニーは、スワンを部屋へ招き入れ、スワンがかつての大学の先輩だったことを初めて知るが、これはあらかじめトニーが書いた筋書きで、初めて気づいたように見せかけて実は、大学時代におけるスワンの悪癖や、その後の女性関係から起きた金銭トラブルについて、スワンの人となりをすべて調べ上げていた。
過去の事情を洗いざらい話し出すトニーの態度にいぶかしさを感じ始めたスワンに、トニーは穏やかに、報酬1000ポンドで妻の殺害に手を貸してほしいと持ちかける。
そんなことはできないと撥(は)ねつけるスワン。しかし用意周到なトニーは、室内に残ったスワンの指紋をたてに、マーゴ殺害の実行をスワンに請け負わせることに成功。
マーゴ殺害計画のその夜、マーゴをひとりで部屋に残すため、マークと連れ立ってパーティーに出かけたトニーは、スワンが部屋の鍵を使って忍び込み、机の奥のカーテンの陰に隠れて、トニーが電話を掛ける手はずになっている11時には少し間があることを腕時計で確認。
しかし、再び確認した時間は少しも動いておらず、時計が止まっていることを知って、慌ててロビーの公衆電話へ。
部屋の電話が鳴り、ベッドから起き上がったマーゴが机の上の受話器を手に取っている隙に、カーテンの陰に隠れたスワンはストッキングを手に、マーゴを絞殺する一瞬の隙をうかがい、首に巻き付けたストッキングでマーゴの首を締め上げるが、そこに思わぬ誤算が…。
とても面白く、よくできた映画なのだけど、どうしてこうなるのだろうという疑問を一つ。
マーゴ殺害計画の現場。
スワンがストッキングをマーゴの首に巻き付け、締め上げる。マーゴは机の上にのけ反り、苦しみながらも机の上のハサミをつかむと、スワンの背中へグサッと一突き。
驚きと激痛の表情を浮かべながら、そのまま仰向けに床に倒れたスワン。背中のハサミを突き立てているため、そのままズブズブとハサミはスワンの背中に突き通ってスワンは絶命。
首を絞められて喘いでいる女性が、コートを着ている男の背中へハサミを突き立てられるものなのだろうか。
しかもスワンは、コートの下は背広、もちろんその下にはシャツや下着を着けているわけで、夏の暑い盛りにTシャツ一枚の体へハサミを突き立てるというのならともかく、それが鋭利なハサミであったとしてもコートの上から、というのはどうなのかな。
しかもスワンは、ハサミが突き通りやすいように都合よく仰向けに倒れている。素直に考えれば、背中に異物が突き刺さっている場合、うつ伏せに倒れるのが普通ではなかろうか。
それに、スワンの死因はなんなのだろう。
出血は少しなので、出血による死亡でもない。背中から心臓までハサミが通ったとも思えないし、このあたりは適当に誤魔化されてしまった感じで、ヒッチコックともあろう人が、どうしてこんな不自然なシーンで落ち着いてしまったのだろう。
疑問は疑問として置いといて。
トニーとマーゴのキスシーンで始まるこの映画は、くちびるを話してからの二人の態度がヘンによそよそしく、夫婦の間があまりうまくいっていないことを思わせながらも、体裁上は、二人が円満な夫婦を演じていることを匂わせているうまい導入部。
やがて、マーゴの不倫の発覚と、それに気づいたトニーのマーゴへの脅迫の手紙などが明るみに出始め、マーゴ殺害計画へと話が移っていきます。
しかし最大の誤算は、マーゴが殺されずに、逆に実行犯のスワンがマーゴによって殺されてしまったことで、話の展開が読めなくなってしまう。
「ダイヤルMを廻せ!」の面白さはここからで、冷静に事態に対処しようとするトニーは、素早くマーゴに罪を着せようと考え、そのための工作を始めます。
スワンが使ったストッキングを暖炉で燃やし、代わりにマーゴのストッキングを机の上にそれとなく隠して置き、マーゴの不倫相手マークの手紙をスワンのポケットに忍ばせる。
トニーの一連の行動は、ゲームを楽しんでいるようにも見え、実際、事件に乗り出したハバード警部(ジョン・ウィリアムズ)によってトニーの計画が崩れ去ったのち、犯人のトニーは、マーク、マーゴ、ハバード警部たちに、お酒でもどうだい、と言っているのですから、チェスでも楽しんで、自分の敗北を認めた対局者の余裕すら見せています。
主演のトニーに、「失われた週末」(1945年)でアカデミー賞主演男優賞、カンヌ国際映画祭男優賞、ゴールデングローブ賞男優賞を受賞したレイ・ミランド。
妻マーゴに、「真昼の決闘」(1952年)で注目を集めたグレース・ケリー。
美貌と知性と気品をあわせ持った稀有な女優で、その後、ヒッチコック作品には「裏窓」「泥棒成金」(1955年)と立て続けに出演。
モナコ公国の大公レーニエ3世に見初められて1956年に結婚。モナコ公妃となりましたが、1982年に脳梗塞による自動車事故で亡くなっています。
「ダイヤルMを廻せ!」は、下手をすれば地味な映画になってしまうところで、それを救っているのがグレース・ケリーの華やかな魅力といってもいいと思います。
マーゴの不倫相手で推理作家のマーク・ハリディに、「逃走迷路」(1942年)以来、12年ぶりのヒッチコック作品となるロバート・カミングス。
マーゴを殺すはずが、逆に殺されてしまう不運な実行犯のスワンに、「007/ドクター・ノオ」(1962年)、「レッド・サン」(1971年)、「バラキ」(1972年)で悪役として活躍したアンソニー・ドーソン。
事件の鍵となるのが、文字通りの“鍵”で、犯人しか知るはずのない場所に鍵が置かれていたことからトニーの犯行が暴かれるラストは推理ドラマの真骨頂。
続けて撮った「裏窓」と同じく、ほとんどが部屋の中での展開で、それだけに、ストーリーのテンポの良さや、「見知らぬ乗客」以降ヒッチコック作品の常連となったロバート・バークスによる撮影、また、登場人物の性格設定なども見ていて楽しく、特に、英国紳士然としたハバード警部の登場などは、ディクスン・カーやF・W・クロフツの小説に出てくるスコットランドヤードの警部といった風情で、口ひげをひねりながら思索にふける、茫洋とした姿は味わい深いものがありました。
1954年 アメリカ
監督アルフレッド・ヒッチコック
原作・脚本フレデリック・ノット
撮影ロバート・バークス
音楽ディミトリ・ティオムキン
〈キャスト〉
レイ・ミランド グレース・ケリー
ジョン・ウィリアムズ ロバート・カミングス
ハリウッドへ渡ったヒッチコックの18本目の監督作品で、イギリス時代の監督デビューからを含めれば43本目となる作品。
かなり余裕を持って作られた印象が強く、殺人を扱ったミステリーというよりは、犯人の側に立って事件を追いかけてゆく倒叙形式を取っており、後年の傑作TVシリーズ「刑事コロンボ」と同じく、周到に組み立てられた犯行を暴き、どうやって犯人を追い詰めてゆくのかが見どころ。
元プロテニスのスター選手であるトニー・ウェンディス(レイ・ミランド)はテニス界を引退して地道に働き出したが、金銭的には思うようにいかない。
妻のマーゴ(グレース・ケリー)は、かつて夫がテニスのツアー中に留守になる寂しさから、推理作家のマーク・ハリディと不倫の関係になり、トニーとは義理にキスは交わしても冷めた気持ちは変わらず、離婚を持ち出そうと考えています。
トニーは妻とマークの関係を薄々知っており、離婚話が持ち出されて自分が妻と別れた場合、資産家の娘で、現在も妻の財産で生活をしているような自分は、マーゴと離婚した途端、生活の破綻は目にみえています。
もし、マーゴが誰かに殺されるようなことがあれば、妻の財産はすべて自分のものになる。
自動車を売りに出しているスワン(アンソニー・ドーソン)はある日、車を買いたいという電話を受けてトニーのアパートへ。
待っていたトニーは、スワンを部屋へ招き入れ、スワンがかつての大学の先輩だったことを初めて知るが、これはあらかじめトニーが書いた筋書きで、初めて気づいたように見せかけて実は、大学時代におけるスワンの悪癖や、その後の女性関係から起きた金銭トラブルについて、スワンの人となりをすべて調べ上げていた。
過去の事情を洗いざらい話し出すトニーの態度にいぶかしさを感じ始めたスワンに、トニーは穏やかに、報酬1000ポンドで妻の殺害に手を貸してほしいと持ちかける。
そんなことはできないと撥(は)ねつけるスワン。しかし用意周到なトニーは、室内に残ったスワンの指紋をたてに、マーゴ殺害の実行をスワンに請け負わせることに成功。
マーゴ殺害計画のその夜、マーゴをひとりで部屋に残すため、マークと連れ立ってパーティーに出かけたトニーは、スワンが部屋の鍵を使って忍び込み、机の奥のカーテンの陰に隠れて、トニーが電話を掛ける手はずになっている11時には少し間があることを腕時計で確認。
しかし、再び確認した時間は少しも動いておらず、時計が止まっていることを知って、慌ててロビーの公衆電話へ。
部屋の電話が鳴り、ベッドから起き上がったマーゴが机の上の受話器を手に取っている隙に、カーテンの陰に隠れたスワンはストッキングを手に、マーゴを絞殺する一瞬の隙をうかがい、首に巻き付けたストッキングでマーゴの首を締め上げるが、そこに思わぬ誤算が…。
とても面白く、よくできた映画なのだけど、どうしてこうなるのだろうという疑問を一つ。
マーゴ殺害計画の現場。
スワンがストッキングをマーゴの首に巻き付け、締め上げる。マーゴは机の上にのけ反り、苦しみながらも机の上のハサミをつかむと、スワンの背中へグサッと一突き。
驚きと激痛の表情を浮かべながら、そのまま仰向けに床に倒れたスワン。背中のハサミを突き立てているため、そのままズブズブとハサミはスワンの背中に突き通ってスワンは絶命。
首を絞められて喘いでいる女性が、コートを着ている男の背中へハサミを突き立てられるものなのだろうか。
しかもスワンは、コートの下は背広、もちろんその下にはシャツや下着を着けているわけで、夏の暑い盛りにTシャツ一枚の体へハサミを突き立てるというのならともかく、それが鋭利なハサミであったとしてもコートの上から、というのはどうなのかな。
しかもスワンは、ハサミが突き通りやすいように都合よく仰向けに倒れている。素直に考えれば、背中に異物が突き刺さっている場合、うつ伏せに倒れるのが普通ではなかろうか。
それに、スワンの死因はなんなのだろう。
出血は少しなので、出血による死亡でもない。背中から心臓までハサミが通ったとも思えないし、このあたりは適当に誤魔化されてしまった感じで、ヒッチコックともあろう人が、どうしてこんな不自然なシーンで落ち着いてしまったのだろう。
疑問は疑問として置いといて。
トニーとマーゴのキスシーンで始まるこの映画は、くちびるを話してからの二人の態度がヘンによそよそしく、夫婦の間があまりうまくいっていないことを思わせながらも、体裁上は、二人が円満な夫婦を演じていることを匂わせているうまい導入部。
やがて、マーゴの不倫の発覚と、それに気づいたトニーのマーゴへの脅迫の手紙などが明るみに出始め、マーゴ殺害計画へと話が移っていきます。
しかし最大の誤算は、マーゴが殺されずに、逆に実行犯のスワンがマーゴによって殺されてしまったことで、話の展開が読めなくなってしまう。
「ダイヤルMを廻せ!」の面白さはここからで、冷静に事態に対処しようとするトニーは、素早くマーゴに罪を着せようと考え、そのための工作を始めます。
スワンが使ったストッキングを暖炉で燃やし、代わりにマーゴのストッキングを机の上にそれとなく隠して置き、マーゴの不倫相手マークの手紙をスワンのポケットに忍ばせる。
トニーの一連の行動は、ゲームを楽しんでいるようにも見え、実際、事件に乗り出したハバード警部(ジョン・ウィリアムズ)によってトニーの計画が崩れ去ったのち、犯人のトニーは、マーク、マーゴ、ハバード警部たちに、お酒でもどうだい、と言っているのですから、チェスでも楽しんで、自分の敗北を認めた対局者の余裕すら見せています。
主演のトニーに、「失われた週末」(1945年)でアカデミー賞主演男優賞、カンヌ国際映画祭男優賞、ゴールデングローブ賞男優賞を受賞したレイ・ミランド。
妻マーゴに、「真昼の決闘」(1952年)で注目を集めたグレース・ケリー。
美貌と知性と気品をあわせ持った稀有な女優で、その後、ヒッチコック作品には「裏窓」「泥棒成金」(1955年)と立て続けに出演。
モナコ公国の大公レーニエ3世に見初められて1956年に結婚。モナコ公妃となりましたが、1982年に脳梗塞による自動車事故で亡くなっています。
「ダイヤルMを廻せ!」は、下手をすれば地味な映画になってしまうところで、それを救っているのがグレース・ケリーの華やかな魅力といってもいいと思います。
マーゴの不倫相手で推理作家のマーク・ハリディに、「逃走迷路」(1942年)以来、12年ぶりのヒッチコック作品となるロバート・カミングス。
マーゴを殺すはずが、逆に殺されてしまう不運な実行犯のスワンに、「007/ドクター・ノオ」(1962年)、「レッド・サン」(1971年)、「バラキ」(1972年)で悪役として活躍したアンソニー・ドーソン。
事件の鍵となるのが、文字通りの“鍵”で、犯人しか知るはずのない場所に鍵が置かれていたことからトニーの犯行が暴かれるラストは推理ドラマの真骨頂。
続けて撮った「裏窓」と同じく、ほとんどが部屋の中での展開で、それだけに、ストーリーのテンポの良さや、「見知らぬ乗客」以降ヒッチコック作品の常連となったロバート・バークスによる撮影、また、登場人物の性格設定なども見ていて楽しく、特に、英国紳士然としたハバード警部の登場などは、ディクスン・カーやF・W・クロフツの小説に出てくるスコットランドヤードの警部といった風情で、口ひげをひねりながら思索にふける、茫洋とした姿は味わい深いものがありました。