百一歳で爺さんがなくなりました。
百歳の誕生日の日、呼びかけに反応しなくなったと施設勤務の医師から連絡があり、みんなで駆け付けました。
夫が呼びかけると、その声に反応し目を開け手を握ってきました。
そのあと娘さんや私の呼びかけにも、うんうんと首を振ってうなづいてくれました。
先生も驚き、「やはり家族の励ましが一番ですね」と。
これくらい元気があるなら大丈夫だろうと、いくらかほっとして帰ってきました。
ですが次の日、亡くなったとの一報が入りました。
誕生日にみんなを呼んだのでしょうね。
いい誕生日プレゼントになりましたね。
スタッフの方々から声をかけていただきました。
夫と二人で爺さんを迎えに行き、葬祭場に安置させていただきました。
田舎町では三週間おいてから仏送りをするのですが、常々爺さんに対し恨みつらみの言葉ばかり発していた夫は、一日で送るからと公言していました。
なので私もそのつもりでいました。
ところが葬儀屋やお寺さんの都合で、爺さんは4日間葬儀場で過ごすことになりました。
その間一人にしておくのは忍びなかったのか、夫はずっと泊まり込んで爺さんと過ごしました。
あんなに暴言を吐いていたのに、やはり親子なんだなと思わされました。
濃密な4日間を共にし、夫と爺さんは何を思いあったのかー。
二人の関係は、きっと幼かったころの親子関係に戻ったに違いありません。
次々親族が顔を出しに来てくれました。
みんなが口々に優しい爺さんだったと言うのを聞いて、複雑な思いでいたのは私だけだったでしょう。
どこが優しかったの?
私にはこれでもかというほど暴言を吐いて怒鳴りつけ厳しかったのにな。。。(夫がそっくり)
人を人として見ていなかったのにー。
悪いけど涙の一滴もこぼれず、悲しみの気持ちもわきませんでした。
淡々と義務的に嫁として葬儀の務めを果たしました。
爺さんの遺影は、いつも私を怒鳴りつけていた怖い顔にしか見えませんでした。
いつも怒られているようで、その写真は嫌だと夫には言いました。
変えてもらおうとほかの写真を探しても笑ってる顔はみつかりませんでした。
不思議なことに、ほかの人たちには笑ってる顔に見えるようです。
今は雪のため納骨ができず、自宅にお骨を置いています。
納骨、一周忌、三回忌がすんだら、自分の好きなように生きていこうと思っています。
▼ランキングに参加しています▼
![にほんブログ村 その他生活ブログ 貧乏・生活苦へ](https://b.blogmura.com/life/poor/88_31.gif)
![にほんブログ村 その他生活ブログ 借金・借金苦へ](https://b.blogmura.com/life/debt/88_31.gif)
にほんブログ村
人気ブログランキングへ
スポンサードリンク