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2016年11月01日

扉シリーズ第五章  『狂都』第九話  「紫の空の下」

地に落ちた雷神は、ピクリとも動かない…

いかに5〜6メートルの高さとはいえ、打ち所が悪ければ最悪の場合も考えられる。

武市達は一瞬思考が停止したものの、動かぬ雷神の元に駆け寄った。
どうやって今の状況を知り、どうやってここに侵入し、どういう経緯であんな強大な力を持つに至ったのか、どうやればあのように神通力を意のままにできるのか?
聞きたい事は山ほどあるし、彼が自分達を救ってくれたのだから、恩人である。
恩人を死なせるわけにはいかない。
武市は必死に彼を揺り起こそうとした。

「志村さん!志村さん!」

「さとし君!さとし君!」

「おい、さとし!しっかりしろよ!」

武市に続いて旧知の仲であると思われる翔子と伊田も志村の身体を揺さぶった。

すると志村は、耳障りな異音を発し始めた。

「ぐぉ〜…ぐぉ〜…ぐぉ〜」

武市達は安堵した。
明らかにイビキである。
しかし、少々ボリュームが大きく非常に耳障りであるが…

「威かしっこ無しだぜ、この野郎…」

伊田がペタリと座り込んで、溜息と共に笑気を漏らした。

「源さん…アレって…あの力って…神通力ですよね?」

翔子は、志村の寝姿を眺めながら、伊田に尋ねる。
翔子から伊田に言葉をかけた事を、武市は少し微笑ましく思った。
伊田は、顎を撫でながら答える。

「そうかも知れないなぁ…それはオレより、直接コイツの面倒見てたお前の方がよく知ってるんじゃねえのか?」

翔子は刹那の間の後、軽くうなづいて答えた。

「彼は、三角綾の紹介で筋海道場に来て、一年足らず私が直接面倒を見ていました…彼は、師匠から元々霊感が鋭い上に超能力者でもあると聞かされていました…でも…筋海大師匠はこう言われていたそうです…コイツの力は神に通じている、いい霊能者になると…」

翔子は、さとしに懐かしむような眼差しを送った…
しかし、このパンク男とあのAYAさんが知り合い…?
武市は、どのような経緯で知り合いになったのかが気になったが、それ以上に、『繋がる』事が空恐ろしく感じた。
何故、こうも自分の周りに異能の者が現れるのか…?
この間、神格と重なった時、神格を宿すがゆえに、何らかの陰謀の渦中に引きずり込まれるのかと、その理由の一端を垣間見たような気はしたが、物事はシンプルでは無さそうな気がする…
それと同時に、翔子の話を聞いて、幽体離脱の前に翔子が言っていた霊力と超能力を兼備し、修行中に姿をくらました少年…それがこの志村であると、武市は直感した。

「翔子さん…この人ですか、前に言うてはった人は?」

翔子は武市の問いに答える。

「えっ?…そうよ…彼がその子…志村さとし君…何故、今ここにいるのかしら…?」

翔子の目が懐古から疑惑の眼差しに変わった…

翔子はあの夜以来、何か物事を懐疑的に見るようになったな、と武市は思った。
頭の切れる人だから、色々考えを巡らせる結果そうなるのかも知れないが、翔子は神性に触れた事によって、何かを知ってしまったのかも知れない…それに、伊田もだが、二人は自分に関する何かの秘密も知っているようだ…
いつか、それを打ち明けてくれる時が来るのか…?
いや、それは叔母の口から直線半ば聞いた方がよいのだろうか…
しかし、今は土雲晴明とやらに会う事が目的でこんな所にいるのだ。
彼に会う事で、善くか悪くかはわからないが、また新しい道が開けるに違いない。
彼に会う為には、ゼオンが造ったこの世界から脱出する方が先決である。

「しかし、神通力って身体に負担かかるもんなんですね…」

耳障りなのだろう、木林が両耳を塞いだ姿で誰にともなく呟いた。

武市は、自分が神と重なった後に気絶したのを思い出した。
初めて味わった全てのエネルギーを使いきったような異常な倦怠感は忘れようもない。
あんな事を繰り返していたら、そのうち、命まで失ってしまいそうだ…
しかし、彼の寝顔は安らかに見える…
あの倦怠感を感じていたなら、こんな安らかな表情で眠る事はできないだろうと思うが…

この男は、霊能者としての修行をした事で、神と通じる術を会得したのか、それとも、自力でそれを会得したのか…
自分はこの男から学ばねばならない…
自分にもあんな力がコントロールできたら、周囲の人間を理不尽から守る事ができるだろう。

武市は決めた。

この男を師としよう。

幸い、そのルックスとは裏腹に、この男からは微塵も悪意を感じない。
目を覚ましたら、色々聞いてみようと武市は心に決めた。

「それに伊田さん、ゼオンが言うてたアマツガミとオヌノカミって一体何なんすかね?神様ってのはわかるんですけど…?」

木林は伊田の隣に座り込んで尋ねた。
伊田は、志村に目をやりながら答える…

「オヌノカミってのはわからないけど…アマツガミってのは、あれだな、日本神話で高天原っていう所から出てきた神格をそう呼ぶな…てかキバちゃん、大学ではそんな事を学んでるんじゃないのかい?」

伊田は笑気を含んだ声でそう返した。

「いや、そうなんですけど、あんまり大学行けてないから…なあ武市!」

木林は笑気を漏らしつつ武市に話を振った。
しかし武市は、

「ゼオンは我等アマツガミって言うてましたよね…じゃあ魔星っていうのは、アマツガミの集団なんすかね?」

と、伊田に尋ねる。

「あ〜ん、スルーされるって、気持ちのええもんちゃうんよ〜!」

木林は笑いながら武市の背中に軽い蹴りを入れた。

「そうかもしれない…でも、鵜呑みにはできないよ…神を名乗る悪霊なんかは、それこそいつの時代にも、どんな所にもいるからね…オレには悪霊に見えたけどね…まあ、力の次元は絶望的に違うけど…あ、そういやオヌノカミ…オヌってのは隠れると書いてオヌと読む…大昔は目に見えない超常的な存在をオヌと呼んで、オヌはのちにオニになったって聞いた事あるなぁ…」

伊田はまた顎を撫でながらそう答えた。

オニ…鬼…
日本では角が生えた異形の怪物を指すが、古来、中国では鬼は幽霊を指す言葉だったと聞いた…
鬼の神…
幽霊の神…
よくわからないが、人間と通じて力を与えてくれるなら、それは神と呼んで差し支えないのは事実でろう…
しかし、言葉そのままに解釈するなら『隠れた神』とも言える…
武市は自分と通じた梳名火明高彦という神格の名は聞いた事も書物で目にした事もない。
梳名家の祖神だというのだから、かなりマイナーな神格なのかも知れないが…
武市は基本的に無神論者であったが、通じたという事実はその認識を吹き飛ばすには十分過ぎた。

「伊田さん…神格って、神って何なんすかね?」

武市はそう言いながら伊田を見たが、その問いに、伊田の口角が少し上がったように見えた。

「神か…冨ちゃん、オレは霊能者として致命的な欠陥があってその道を諦めたって話したよね?その欠陥ってのが、それ、神格さ…」

伊田の答えの意味がわからぬ武市は、素直に首を傾げた。

伊田はそれにまた、口角をあげると、静かに語り始めた…

続く






2016年11月02日

扉シリーズ第五章  『狂都』第十話  「紫の空の下2」

伊田が『霊能者』を諦めた理由…

それは非常に気になる所だ。
武市から見れば、伊田は『霊能者』を名乗ってもよいほどの知識と実力を兼ね備えているように見えるのだが、それでも自分を『霊能者』ではなく『霊具職人』と呼び、一線を引いている…
巷には、そんな力を持たずに『霊能者』を名乗る輩も少なくないと言うのに、伊田は何故、一線を引いているのだろうか…?

「冨ちゃん…キバちゃんもよく聞きなよ…霊能者って連中はね、自覚がある、無いに関わらず、必ず何らかの神格ないし、神格に近い力のある霊体の神威によって霊力を得て、除霊や浄霊を行っているもんなのさ…
甲田福子然り、三角綾然り、翔子だってそうさ…ほとんどがそれぞれの一族の祖神を信仰し、その力を分けてもらってるのさ…でも、たまにね、そこの志村さとしみたいに、神格に見込まれる奴もいる…ある日突然神のお告げを受けて、なんて話聞いた事あるだろ?コイツはそのタイプに当てはまると思う…何を基準に選んでるのかわからないし、コイツにも自覚なんか無かったろうけどね…で、オレはそのどちらでもなく、信仰すべき神を持たない…だからオレは、霊具職人としてサポート役に回る事にしたのさ…」

神を持たない…

それは今までの自分にも言えるし、木林だってそうだろう…

しかし、自分は確実に神と通じた。
それも、梳名家の祖神に…
甲田の血を引いているのだ、甲田家に祖神がいるなら、それと通じて然るべきだが、何故梳名家の神が…?
翔子を救う為の事だったのか…それとも、偶然自分が見込まれただけなのだろうか…

武市がそんな事を考えていると、

「私はそうは思いません…」

翔子が伊田の言葉に噛み付くように声を発した。

「どういう意味だよ?」

伊田は飄々とした態度で翔子に尋ね返した。

「源さん…私は昔から思っていました…貴方は師匠と互角以上の霊力を持っている…」

翔子は明らかな疑惑の目を伊田に向けている。

「えっ?何言ってんだよお前は…霊力ってのは神格起因の力だろ?そんなもん、オレにあるわけないだろ?確かにオレは常人より鋭い霊感と、準神格クラスの霊体から力を拝借して霊具を作る事はできる…でも、お前等みたいに祖神を持ってるような連中とは根本的に差があるんだよ…」

伊田は笑気を含んではいるが、ハッキリと翔子の言葉を否定した。
しかし、伊田がかなり高度な霊能者の技を使うのには、武市も疑問を覚えた。
呪詛の進行を遅らせる儀式、念話、ただ霊感が鋭いというだけで、そんな事が簡単にできるとは思えない…
自分には神格が宿っているのだ、念話に対応できたのはそれで説明がつく。
しかし、伊田が神を持たないというなら、どう説明をつけるのか…?

「どうして嘘をつくんですか?だから貴方を信用できないんです…!」

翔子は疑惑の眼差しと怒気を含んだ威圧的な声をあげた。

「嘘なんかついてないよ…それにな、オレはお前に信用してくれなんてお願いした覚えもないよ…」

伊田の声にも怒気が含まれだした…少しゆるんでいた両者間の緊張が再び張り詰め、険悪なムードが漂う…
しかし、

「伊田さん、伊田さん儀式とか念話とかできますよね?あれって霊力とは違うんですか?」

と、武市は純粋な疑問を伊田にぶつけてみた。
武市自身、そのわけを知りたくもあり、翔子も知りたいはずだし、木林も気になっているはずだ。

伊田は少し表情をゆるめると、

「はははっ、冨ちゃんあれはね…模倣だよ…」

と、笑って答えた。

「模倣?」

武市はおもわず復唱した。
思いもよらない解答だ。
そもそも、あんな事を模倣できるものなのか?

「方法さえわかれば、ある程度の事は模倣できる…人間は肉体的にも精神的にも基本的には同じ造りだからね…どこをどう使えば、それができるのかわかれば、できるだろ?…例えば、走るという行為…走り方はわかるよね?でも、走ってみて、差が出る。誰でもできる事だけど、誰でもオリンピックに出られるわけじゃない…つまりはそう言う事さ…でも、念話や儀式の方法を理解するのには、かなり鋭い霊感を持ってないとできない…幸い、感じる力は常人より鋭かったからね…これで答えになるかな?」

納得したような、しないような、不思議な心持ちだ…
自分を言いくるめたのか、はたまた、それが真実なのか…
よくわからないが、用意していたような、淀みない伊田の口調にいささか引っかかりを感じた。

「それで誤魔化したつもりですか?」

翔子は疑惑を超えた敵意に似た眼差しを伊田に向けた。

「誤魔化したつもりはねぇよ…で?結局お前は何が言いてぇんだ?」

伊田は面倒くさそうに吐きすてるように翔子に尋ねた。

「源さん…貴方が何故嘘をつくのかは正直どうでもいい…大事なのは、貴方が何をしようとしているか…そこです。」

翔子は真っ直ぐな目で伊田を見つめる。
伊田ははっと笑気を吐き出すと、翔子と同じような真っ直ぐな目で、

「お前はオレが何をしようとしてると思ってるんだ?」

と、乾いた声で尋ね返す。

翔子は、それを受けて初めて気圧されたような表情を見せた。
いや、気圧されているのは伊田にではなく、翔子が考えている事、それ自体にかも知れない…
武市の目には、そんな風に見えた。

「どうした?言ってみろよ?」

威圧的ではない、伊田には受け止める覚悟があるように見える。
しかし、やはり翔子にはそれを口に出す踏ん切りがつかないようだ…

「翔子…一度口にしたんだ、それを話すのは責任ってやつだぜ?安心しろ、オレ達ゃ同門の兄妹だ…兄弟子としてちゃんと受け止めてやるよ…」

今のは伊田の本心であろうと、武市は感じた。
伊田が優れた人格の持ち主である事は間違いない。
それは付き合いの長い翔子の方がよく知っているだろう。
それだけに翔子は自分の中でわだかまる疑惑を晴らしたいのだろう…

「源さん…美弓ちゃんは元気ですか?」

翔子が口を開いた。
伊田はそれに対し、少し拍子抜けしたような表情を見せながら、

「あ?ああ…あいつ今、そんなメジャーじゃないけど劇団で女優やってるよ…まあ元気…」

と、そこまで言うと一瞬眉間にシワを寄せ、すぐにまた表情を緩めると笑気を吐き出した。

「はははっ、大丈夫だよ翔子…もうあんな事は起こらない…それにあれは、悪い夢だ…その証拠に、オレはちゃんと生きてるだろ?」

話が要領を得ない…
どういう意味だ?

それを聞いた翔子は俯いた。

「あ?どうしたんだ翔子?」

伊田は心配そうな表情で翔子を包むような声でそう尋ねた。

「やっぱりそうなんだ…源さん、私達は同じです…」

ますます要領を得ない。

「えっ?お前何を………あっ…」

伊田は翔子の言葉を意味を理解したようだ。

「そうです源さん…私も一度、死にました…」

何がなんだかわからない…
しかし、武市の目に再びあの光景が飛び込んできた。

翔子の全身に現れたあの紫色の紋様…
あれがまた翔子の全身に現れ、この世ならざる神秘的かつ不気味な輝きを周囲に撒き散らしていた…

続く






2016年11月03日

扉シリーズ第五章  『狂都』第十一話  「生命」

一度…死んだ?

翔子の言葉の意味が理解できない…

だって、生きてるじゃないか…

ちゃんと息をしていて、肉体もある…

今目の前にいる翔子が死人でいるわけがない…

「な、何を言うてるんですか翔子さん?そ、それよりそれ、何なんですか?」

木林が翔子の身体を覆う紋様を指差し、口元を引きつらせながら笑気を漏らす。
この紋様は木林にも視認できているようだ…
伊田にも見えているようだが、一瞥して目を伏せた。

「これは…これが私が一度死んだ証…一度砕けた生命を繋ぎ止めるための魂帯(たまおび)…」

何を…
本当に何を言っているんだ、この人は…

「翔子さん、嫌な事言わんとってくださいよ!生きてますよ!翔子さんバッチリ生きてますって!」

武市はもうその話を聞きたくなかった。
考えたくもないが、例え一度死んでいたとしても、今生きているのだから、それでいいじゃないか!と言う意味でもあるが、もう一つ
、武市にはわかるような気がするのだ、翔子の話の意味が…
もし翔子が一度死んだとすれば、あの幽体離脱の夜だ…
あの後、翔子は…いや、翔子の生命が変わったように思うのだ…
そして、その変化した生命は、どういうわけか、神性を帯びている…

「翔子さん、武市の言う通りっすよ!生きてますて!翔子さんみたいな綺麗な幽霊なんかいてないでしょ!?」

木林もこの話が嫌なのだろう。
その声には「もうやめてくれ」というメッセージが込められているように武市には感じられた…

「違うの木林君…私は一度死んだ…でも、私は生き返ったのよ…存在そのものが変異したから、厳密には私と呼べないかも知れないけど…」

翔子は優しい口調で諭すようにそう言ったが、その目には悲しみが溢れているように、武市には見えた。

しかし、生き返ったとは何だ?

人間は死んだら生き返る事はない。

生き返ったとしたら、それは奇跡だ…

いや…奇跡なら何度か目の当たりにした…

この紋様も、言わばその一つだ…

存在自体が変異したというのも、何となくだが意味はわかる…
今、翔子は、翔子のモノではない生命で生きている…
それはおそらく、何者かから与えれた生命…
それは、『人間の生命』ではない…
『人間の生命』ではない『生命』を持って生きる人格を何と呼べばいいのか…
翔子は、そういう存在へと変異したのだ…

「翔子さん…仮に翔子さんが一度死んでいたとして…一体何が翔子さんを生き返らせてくれたんですか?」

武市には余計な情報は必要なかった…いや、その情報を得たら、武市は己を責める事になる。
武市はもう確信しているのだ、あの夜、武市が幽体離脱している間に、翔子が一度死んだ事を…

「ごめんね。それは言えない…この事に関してはこれ以上は言えない…でも、それは貴方も同じですよね、源さん?」

翔子はその悲しみに満ちた瞳で伊田にそう尋ねた。
伊田は、俯いたまま静かに語り始めた。

「そうだったのか…そうか翔子、お前もか…ああ、オレもあの日、一度死んだ…お前の言う通りだよ…そして…」

そこまで言うと、伊田の身体に翔子のモノとよく似た紫色の紋様が現れた。
しかし、翔子のモノとは紋様の形
が違う、より複雑怪奇な形をしている…

「オレもこの魂帯で繋ぎ止められてる…」

伊田は笑ってみせたが、その目には翔子と同じ悲しみが満ちていた…

木林は話についていく気もないようだ…
生きているからそれでいい、木林はおそらくそう思っているはずだ。
それをアピールするように、イラついた表情でタバコに火をつけた。
しかし、気になるのはさっき翔子も口にしていた「あの日」「あの時」という言葉だ…

「あの、すみません…「あの日」とか「あの時」とか…昔、何かあったんですか…?」

武市は気になった事のみを尋ねてみた。
伊田は何かを考えるように黙り込む。
すると、

「キバちゃん…タバコ一本頂いてもいいかい?」

と、木林に声をかけた。
木林は無言でタバコを差し出すと伊田はそれを一本抜きとって口に咥える。
木林がライターで火をつけた。
伊田は一服入れるとフーと細長い紫煙を吐き出した。
そして、タバコの先の火を見つめながら、口を開いた。

「十年前になるね…冨ちゃんとキバちゃんはまだ小学生だね…覚えてるだろ、あの震災を…?」

十年前…武市達が小学校三年の時に起こった縞根県を震源として近畿から北九州までに及び甚大な被害をもたらした巨大地震…通称『西日本大震災』…
伊田のいう震災とは、おそらくそれを指すのだろうと、武市は理解した。

「あの震災は…自然災害…いや、ある意味そうだと言えるのかも知れないが…あれは、ある者の意思によって起こった事なんだよ…」

ある者の意思…?

マグニチュード8.0以上を記録ささたあの地震により縞根はまだ復興半ば…世界遺産に選ばれた直後だった生雲大社もほぼ全壊したが、町の復興が優先されている為、まだその傷跡を残したままだ…
平島の核廃記念ドームも崩れたまま…被災した地域は未だ被災地であり続けている…
武市達の泉州地方は奇跡的に大した被害が出ていなかったが、あれ程の巨大地震が何者かの意思によって起こされたものだと言うのか?

それは、絶対に許される事ではない!

「伊田さんは知ってるんですか、その何者かを?」

武市の声に、珍しく怒気が含まれているのを木林は感じた。
自分が声を発していたら、その声にも武市と同じく怒気が含まれていただろうと、木林は思った。
伊田はまた紫煙を吐き出すと、少し間をおいて意を決した表情で武市の問いに答えた。

「オレの娘…美弓さ…」

続く







扉シリーズ第五章  『狂都』第十一話  「生命2」

伊田の一人娘、伊田美弓…

一つの肉体に二つの霊体が宿る特異体質『フタナリ』と呼ばれる重い宿命を背負って生まれた悲運の女性である。

外見や物腰にはそれを微塵も感じさせず、人前に出る女優という職業を選び、美人ではあるが、歳相応の普通の女性にしか見えない…

その美弓さんが、あの大震災を引き起こした…?

いや、それは…

「伊田さん、それは…美弓さん本人ではなく、美弓さんの中にいるもう一つの霊体が、という意味ですよね?」

と、武市は、冷静に考えてもそうとしか考えられないという思いをもってそう尋ねた。
しかし、伊田は首を横に振り、

「いや、あれは紛れもなく、美弓自身が起こした事だよ…あいつは何一つ覚えちゃいないだろうけどね…」

武市は驚愕した。
木林も目を丸くしている…
しかし、翔子の表情は「やっぱりそうか」と言わんばかりだ…

「あ、あの…わかりませんわかりません!霊体とか神格とかの力じゃないとしたら、普通の人間が、どうやったらあんな事ができるって言うんですか!?」

武市はそう言いながらも、頭の中では「超能力」という言葉が躍っている。
「超能力」であるとしたなら、それは念動、所謂サイコキネシスにあたるのだろうが、そんな出力のサイコキネシスを振るう人間がこの世に存在するとは到底思えない…

伊田は武市の言葉を受けて黙り込む…数秒の後、伊田は翔子の方をチラリと見やる。
翔子は何を察したのか、一つうなづいた。
それを受け、伊田は口を開いた。

「聞いてくれるかい?」

伊田は武市と木林の顔を見た。
二人は見た、伊田の瞳の中にもあの紋様が刻まれているのを…
しかも、その紋様は生き物のように見える…
まるで、瞳の中を蛇がのたうっているかのように見えるのだ。

二人は伊田のその目に込められた形容し難い気迫に言葉を失い、首を縦に振るのが精一杯だった…

「ありがとう…」

伊田は二人にそう言うと、遠い目をしながら語り始めた…

「十年前の秋…美弓が突然言い出したんだ、生雲大社に行きたいってね…なんで生雲なんだって聞いたんだけど、特に理由はないって言うんだ…オレは仕方なく生雲に行く事にした…近場への親子旅行は珍しくなかったんだけど、当時は横浜に住んでいたからね、あいつにとっては大冒険だったのか、えらくはしゃいでたよ…で、オレ達は生雲大社に到着した…到着した瞬間、あいつは「帰ってきた」って口にしたんだ…その時のあいつの目は子供の目じゃなかった…老人の目に見えたよ、まるで何百年も生きてきたような、重みを感じる目をしていたんだ…」

帰ってきた…?
生雲大社に…?

一般的に知られている生雲大社は神無月には日本神話の神々が集まる聖地だと認識されており、高天原から降臨した皇祖たる天津神とは違う土着の国津神の為に建てられた神殿だ。

その生雲大社に帰ってきた?

「その日の生雲は観光客で賑わっていたんだけど、あいつがそれを口にした途端、時間が止まった…信じられない事だけど、確かにあの時、完全に世界が止まっていたんだ…オレ達二人を覗いてね…」

時間が止まった…
武市は、それに似た事は何度か経験している…
武市はそれを一時的に限定された空間が時空から隔絶されていたのだろうと考えているが、伊田の口ぶりから、それは限定された空間のみではなく、世界そのものの時間が止まったという意味ではないかと思った…
しかし、いくら超能力者だったとしても、そんな事が人間に可能なのだろうか…
いや、どう考えても、そんな事ができるのは神をおいて他に見当たらない…

「伊田さん、それもアレですか?美弓さんがやったと?」

木林が伊田に尋ねた。

「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない…人間が時を止めるなんて、考えられない事だし、正直な所はわからない…でも、その時、あいつはもう、オレの知っている美弓じゃなくなってた…美弓はその時こう言った…私、世界を壊す、ってね…」

次々に入ってくる情報を整理するので手一杯になりつつあるが、何とかついていかねばならないと、武市は伊田の話に集中する。
伊田がその時、美弓とこんな会話を交わしたという…

「美弓…これ、お前がやったのか?」

「…わかんない…ただ、お父さんとずっと一緒にいられたらいいな、時間が止まればいいなって思っただけ…」

「思っただけって…とりあえず、お前がやったんならすぐに元に戻しなさい、これはいけない事だ…」

「いけない事?」

「そ、そうだよ…じ、時間を止めるなんて、人間がやっちゃいけない事なんだ…わかるだろ?」

「…わかんないよ…時間が止まってる事なんて、私達以外にはわからないでしょ?別に悪い事じゃないよ…それに、やろうと思ってやったんじゃないもん…ねえお父さん、私、何でこんな事ができるの?」

「…」

「ねえ、教えてよ、お父さん!?」

「そ、それはお父さんにもわからないよ…」

「お父さん、私恐い…身体の奥から熱いのが溢れてくるの…もう、爆発しそうなの…お父さん、この熱いの何なの!?熱い!熱いよ、お父さん!」

「美弓!どうした?どうしたんだよお前!?」

「ああ〜!出る!溢れる!」

目の前が光に包まれ、伊田さんの記憶は一時そこで途切れたらしい…

次に目を覚ました時、目の前に神々しい光を放つ女性の姿があったという。

伊田さんは瞬時に理解した。

この女性は、フタナリである美弓の中に住まうもう一つの霊体…
それは、神を持たぬ伊田さんにも、明らかに『神格』であると理解できるほどの神々しい輝きを放っている…
その神格は伊田に語りかけてきた。

「汝、死したる孤独の魂よ…死したればこそ明かそう…我こそは大聖別日御火回天明妃…」

伊田は、そう名乗る神格に告げられ、ようやく自らの死に気づいたのであった…

続く






2016年11月06日

扉シリーズ第五章  『狂都』第十二話  「生命3」

大聖別日御火回天明妃(たいせいことのひみほかいてんみょうき)…
明妃、とは明王の女性型。
明王、明妃は仏尊。つまり仏の化身である。
しかし、仏尊でありながら日本神話の神格を思わせるその名は、伊田の記憶にはない。
しかし、目の前にある存在から感じる神々しさは紛い物ではなく、明らかに神性を持っている。
伊田は己の娘の中にいるもう一つの霊体については、もっと禍々しいものであるように思っていた…
それとは真逆の慈愛に満ちたその顔立ちには、母性すら感じるのた…

「アンタは…神か?」

伊田は目の前の存在に尋ねてみた。
答えは一目瞭然だが、確認の為にである。

『そう呼びたければそう呼べばよい…我は汝の娘を抑える為、汝の娘の身体に宿りし者…しかし、その戒めも破られ、今やこの娘は秘めたる力に飲まれてしまった…その上、この娘とこの世を繋ぐ鎖たる汝そのものをなくしては、もはやその力、止まる事を知らぬだろう…』

どういう意味だ…?

美弓の秘めた力…?

フタナリである美弓に宿っていたもう一つの霊体が目の前の神格であり、それが美弓を抑えていた…?
フタナリとは、そういうモノだったのか?

それに、自分の娘は、一体何者だと言うのだ…?

「美弓は…一体何なんだ?」

伊田はその答えを聞くのが空恐ろしく思ったが、尋ねずにはいられなかった。

『この世には時として生まれくるのだ…悠久の時を経、星々が定められた位置に整う時、その者、星々を砕き、その欠片すら塵へと還す破壊者がな…』

破壊者…?

使命…?

「使命って…誰から与えられた使命なんだ?」

神格は、静かに答えた。

『コトアマツガミ…』

コトアマツガミ…

アマツガミとは、日本神話における高天原起因の神格だと知っている…
コトアマツガミ…
それは国造神よりも前の世代の神格を指す。
その正体は謎に包まれているらしいが…

『汝にも使命はある…』

神格の静かながら重みのある声が響いた。

『この娘の霊、この世の理に囚われた中であれば抑えは効く…しかし、一度解き放たれたなら、それを抑える術はない…汝は娘をこの世に繋ぐ鎖…親子の絆とはそれほど深き縁だと知るがよい…しかさそ、この娘は今、我の戒めを破り、更に鎖たる汝を失い、この世の理から解き放たれた…見よ、時は動き始め、破壊の力が動き出している…』

伊田の目には、コマ送りのように、生雲大社が崩れゆく様が見える…
傍に美弓がいる…
大地に足をつけ、その小さな身体から禍々しい輝きを放ちながら、泣いている…
その足元には、胸から上が吹き飛ばされた己の肉体が転がっている…

『時間がない…汝伊田源二よ、汝に我が生命を分け与えよう…それにより汝は蘇る…しかし、それは仮初めの生命…伊田源二の生命ではない…我が眷属として、我の与えし名が、今より汝の真名となる…その名は何人にも教える事なかれ…そして、我が命は絶対である…汝の真名は生雲火魂鎖命(イククモホタマクサリノミコト)…ゆめゆめ忘るる事なかれ…』

再び光に包まれ、伊田はその光に溶けるような感覚の中、また記憶が途切れた。
そして、目をさますと娘の鳴き声が聞こえた。
地面が激しく振動している。
地震だ。
伊田が倒れたまま辺りを見渡すと、時間が正常に動き出したのか、風景は一変し、世界遺産認定直前だった生雲大社は見る影もなく崩れ去っている。
伊田は倒れていた地面から起き上がり、娘を抱きしめた。

「美弓!大丈夫だ!お父さんここにいる!ここにいるぞ!」

地震が止まった。
それと同時に美弓の身体から力が抜けた。
ぐったりとする娘の身体を抱きしめながら、改めて周りを見渡すと、どうやら被害はかなり広範囲に渡っている事を感じた。
生雲大社を後にし、町に出ると、風景はもはや戦場であった。
あちらこちらで火の手があがり、悲鳴や怒号が飛び交う。
瓦礫の下には何人の人が助けを待っているのか…
破壊とは、こういう事なのだ…
この破壊の力が、今腕の中にいる娘に宿っている…
何故、娘なのか?
こんな重すぎる業を、何故自分の娘が背負わされているのか?
答えの出ない疑問を抱えたまま、伊田は、何とか横浜にたどり着いた。
この震災は『西日本大震災』と名付けられ、被害は中国地方から近畿地方、北九州に及び、死者九千人超となる未曾有の大惨事となった。
しかし、美弓には生雲大社に着いてからの記憶が完全に抜け落ちていた。
おそらくはあの大聖別日御火回天明妃が、あの記憶を封印ないし抜きとってくれたのであろう。
伊田も肉体的には何ら変わりはなかった。
しかし、時折あの明妃の声が聞こえるようになった。
また、分けられた生命から新たな感じた事のない力が湧いてくる。
その力も徐々に理解し、コントロールできるようになった。
しかし、この生命が仮初めのモノである事もわかる。
すでに寿命は尽きている。
使命を終えれば、自然に失われるモノなのだろう…
それまでは、娘を繋ぎとめ、守らねばならない。
しかし、それを脅かす存在がある事も、明妃から教えられた。
また同時に、美弓の『破壊の力』を相殺する術がある事も教えられた。

「しかしね…申し訳ないけど、そいつは話せないわけがあるんだ…まあ、話した通り、今のオレの生命は使命を全うする為に与えられたものだ…翔子、お前も生命を与えられたんなら、お前にも使命があるんだよな?」

語り終えた伊田は、翔子にそう尋ねた。
翔子は一つうなづくと、

「はい…でも、源さんと同じく、それは明かせませんけど…」

と、少し表情を緩めた。

あの美弓さんにそんな力が…

何やら重い業を背負わされているような自分と重ね合わせ、武市は言葉が出なかった。

「う、う〜ん」

志村が目を覚ましたようだ。
一同が志村に目をやると、志村は気だるそうに身体を起こして、周囲を見渡す。

「やれやれ…何だよ…吹き飛ばしたと思ったら、まだ異界のど真ん中かよ…あ、アンタ等無事だったんだな…」

志村が立ち上がりながらそう口にする。
しかし、その直後…

ゾォン

圧倒的な霊圧を、武市は感じた。

ゾォン

ゾォン

ゾォン

まるで巨大な何かが大地を踏みしめるように、霊圧が強くなる。
巨大な何かが、こちらに近づいてくるのを感じる。

「あ〜あ…オレ今は力出せねぇぞ…おい甘ちゃんゴリラ!」

志村が頭を掻きながら、武市に声をかけた。

「手本は見せたろ?次、テメーでやれや…」

志村の一言に、武市は霊圧ではない、嫌な圧力を腹部に感じた…

続く










扉シリーズ第五章  『狂都』第十三話  「魔象」

どうせ異界だ、問題ないだろが、狂都の街を破壊しながら、真っ黒な『山』が近づいてくる…

「な、何なアレよ〜!」

木林が迫り来る山を指差し、悲鳴にも似た叫び声を上げた。
近くにつれ、その巨大さがわかる…

「デカけりゃええってもんちゃうやろ〜!もうちょっと控えるべきなんよ〜!!」

木林の叫びは最もである。
巨大なそれは、目測ではあるが全高50メートル以上はあろう…
その様は、言うなれば血を這う鯨…いや違う…

象だ!!

全高50メートルを超える巨大な真っ黒い象が、狂都の街を破壊しながらこちらに迫ってきているのだ。

この霊圧はその巨体の重さに比例しているのか、地響きで足が地からうきあがりそうだ。

「ゼオンの置き土産か?」

伊田が呟いた。

「あんなデカイ土産置いていくとは、常識疑いますわ!」

木林がそれに答えて軽口を叩く。
しかし、やはり木林である、その目には闘志の炎が燃えている。
そういえば、何故かコイツは巨大なモノに対しては異様な対抗心があった…
それに、その闘志を爆発させる為の術を、コイツは持ったのだ…
あの夜、八龍に行った後に現れたズタ男達を撃退した、あの足技…あれが意のままに使えるのなら…と、武市は心強く感じた。

そうだ、今から、この明らかに殺気を放つ巨大な象を相手にせねばならないのだ…

しかし、手本を見せたとは言われたが、どうやればあの神格…梳名火明高彦命と通じる事ができるのか…?

ん?

武市は、そういえば、こんな長い名前をちゃんと覚えている自分に気づいた…
そういえば、我が名を唱えよとかなんとか言っていたような…

「そうだよ!名前を呼んだら出てきやがるよ!勿体ぶってねぇで、早く通じろや!ほら、もうそこまで来てっぞ!」

志村が檄を飛ばした。
武市とて男…檄を飛ばされれば心に火がつかないわけがない!

「やったるわ、このデカブツ!」

武市がそう叫んだ時には、もう目前に巨大な象の巨体がそびえ立っていた…

「冨ちゃん!」

「武市君!」

伊田と翔子が武市の名を叫ぶ!
しかし、その時、武市は巨大な影に覆われた…
巨大な象の巨大な足が、武市の頭上に振り下ろされる…

しかし、

「おのりゃ〜ボケカス!!」

木林の雄叫びと共に光が閃き、巨大な象はバランスを崩し、その巨体が横に倒れた!

ズシィィ〜ン!!

轟音と、足が宙から離れる程の衝撃の後、

「効いたかデカブツ!!」

再び木林の雄叫びが響いた。
木林は、右足に赤と銀の、まるで遺伝子のような螺旋を描いたオーラを纏っている…
あの夜見た時より、それはよりハッキリと武市の目に写り込んだ。

「へぇ…あの黒いの、見た事ねぇけど、ありゃ何の力だ?」

志村が誰にでもなくそう言って、カカカッと笑う。

「キバちゃん…そんな力が…」

伊田が惚けたようにそう呟くと、それに答えるように翔子が口を開く。

「木林君…SCの才能はあると思ってたけど…何なのアレ…SCとは少し違うような…」

木林は武市に振り下ろされた足と同方向の後ろ足に、その尋常ならざるミドルキックをお見舞いしたのだ。

しかし、象はまたその巨体を起こしにかかり始めた。

「嘘やろ?効いてないってか!?」

そう言いながら、木林は下半身を深く落とし、跳躍体制に入る。

『さっきは何もできんかったけど…こんな得体の知れん奴にビビッてたまるか〜よ!あづま!もっとや!もっと力を分けてくれ!』

木林が心の中でそう叫ぶと、右足の螺旋がまるでドリルのように回転を始め、その回転が早くなるにつれ、オーラの輝きが増していく…

それを察したのか、象が雄叫びをあげる!
鼓膜が破れそうな程の雄叫びに一瞬意識が飛びかけた木林だったが、ぐっと気合いを入れると、右足で跳躍する!
すでに身体を起こした象の頭部まで達した跳躍は、少なくとも40メートル以上には達している!
その跳躍力は人類の範疇を遥かに越えていた…

素早い体捌きをもって、空中で体制を整えた木林は、象の顔面に再度強烈なミドルキックをお見舞いした!

しかし、そのキックはまるで水の詰まった皮袋のように、ドプンと音を立てて震えたに過ぎなかった。

「どないなっとんねん、コイツの肉体よ〜!」

木林はそう叫びながら、また体制を立て直して蹴りを入れた。

飛んでいる…?

木林の身体が、空中を自由に飛んでいるように、武市には見えた。

「顔〜!顔顔顔顔顔、顔〜!!」

木林はそう叫びながら、象の顔面に蹴りを連発している。

その姿が、再び武市の心に火をつけた!

『木林が必死に戦ってるのに何もできぬとはゴリラとしては面目丸つぶれ…頼む、梳名火明高彦命…この冨田武市…いや、ゴリラに相応しい力を与えてくれっ!!』

武市が心の中でそう叫ぶと、

ギィ…

と、武市の中で木製のドアが開いたような音が響いた…

その直後、

『その渇望に、我応えん…!』

聞き覚えのある、神々しい声が響き、武市の身体が燃えるように熱くなる!
心臓でまた核爆発が起こったような感覚を覚え、また、全ての血液が変異し、それが光の粒子となり、武市の全身を駆け巡る…
その輝きが武市の身体の内部から皮膚を透過して溢れ出し、武市の全身がまるで宝石のような輝きを放っている…!
全身の毛が逆立ち、武市の全身に古代文字のような紋様が浮かび始めた…さらに、その形相が憤怒相へと変じ…その瞳は、金色に輝いていた…

続く










2016年11月08日

扉シリーズ 第五章  『狂都』第十四話  「魔象2」

フゥオオオオオ〜!!

武市の口から、輝きと共に、低音ハスキーである武市のモノとは思えない甲高く神聖な雄叫びが周囲に響いた。

「な、何や!?」

空中を駆ける木林の耳にも、その声は響いた。
見下ろすと、おそらく武市であろう全身が輝く異形の男が、象に向かって吠えている…

『アレ武市やろ!?あ〜ん、霊感ゴリラから進化して、ゴリ神様と思ってけつかってんよ〜!!』

木林はそう心の中で叫びながら、込み上げる笑気を堪えきれず、吹き出しながら空を蹴って、また象に攻撃を再開する。

「アレは神通化…おい翔子!お前知ってたのか!?」

伊田が驚愕の表情で翔子に尋ねた。

「ええ…数日前、彼は梳名家の祖神と通じました…でも、更に神通化が進んでるみたい…」

翔子は事も無げに落ち着いた口調で答えた。
伊田は口を開いて絶句するしかない…

「でも…ありゃちっとヤベェ感じっすけどね…」

志村がその会話に割って入ったが、話を続けようとした時、

ブォォォォォォォン!!

という、象の威嚇の雄叫びが周囲に響いた。
身体がブルブルと振動するほどの轟音だ。

「うはっ!普通の人間ならこれだけで脳までぶっ壊れるぞ!」

伊田が両耳を塞ぎながら叫ぶ。
象が、神通化した武市のオーラに反応し、威嚇の鳴き声を発したのだ。

「普通の人間なら、その前に霊圧で御陀仏っすよ…てか源さん、ゴリラはともかく、あの黒いの何なんすか?」

志村が腕組みしながら余裕を感じさせる危機感のない声でそう尋ねた。

「あ、キバちゃんか…木林君って言ってな、冨ちゃんの親友だよ…正直、オレもビビってる…」

伊田の答えに、志村は、

「へぇ…しかし…どう見ても、ただ感化されただけじゃねえっすよね、あの力は…何かの神格の力を借りてるのはわかるけど…力の出処がオレ等とは違うように思うんすよね…よくわかんねっすけど…頑張ってんだけどなぁ…相性悪ぃよ…あいつに打撃は効かねぇみたいっすね…」

と、他人事のように余裕のある態度を崩さず、所見を述べた。

志村の所見通りの事を、木林も感じていた。

『ようわからんけど…何かビーチボールでサッカーしてる気分やな…手応えあるのに全然効いてないみたいや…前にも似たようなシチュエーションに遭遇したような気がする…その時は連発して何とかなったように思うけど、コイツ、デカ過ぎるんよ〜!!』

木林は疲労を覚え、一旦距離をとり、地上に降り立った。

「おい黒いの!頑張ってっけど打撃じゃ無理だ!斬れねぇのか、オメーの蹴りは!?」

志村が木林にアドバイスを送ってきた。

『斬る…?………あ、あ〜ん!そんな事、考えもつかんかった!目ぇから鱗ポロポロ落ちてくるこの気持ち!あの兄やん、外見はニワトリみたいな頭にもかかわらず、意外にも中身はソコソコ詰まってんよ〜!』

木林はそう心で思いながらも、

「ありがとう志村さん!やってみますわ!」

と、口角を上げた。

「お、おう…」

志村は思った。
何なんだコイツ…何笑ってんだ?

見た目より喧嘩慣れしてんのか?

はたまた、コイツも好き者か?

志村はそう思いながら、口の端から笑気が漏れるのを止める事が出来なかった…

フゥオオオオオ〜ン!

象の雄叫びに応えるように、また武市の雄叫びがコダマした。

それと同時に、武市がゆっくりと一歩を踏み出した。

ミシィッ!

ミシィッ!

武市が一歩踏みしめる度に、武市の体重とはかけ離れた、何か巨大なモノが歩くような霊圧が空間を震わせる…
ゆっくり、ゆっくりと、武市は象に近づいていく…
また、武市の身体から溢れる輝きがその光度を増し、武市の姿はその体格も相まって、輝く二足歩行のゴリラと呼ぶに相応しいシルエットを形作っていた…

ブォォォォォォォン!

象は威嚇しながらも一歩後ずさる。
象は完全に気圧されていた。

バキィッ!

という、何かが壊れたような音が響いた後、武市は一瞬で象の頭部に移動していた。
そのあまりの速さに、一同、そして象も身動き一つ出来なかった。

『ミミィ〜!!!』

武市の口から、また武市のモノとは思えぬ甲高い声が響いたと思うと、武市は片手で象の巨大な右耳をつかみ、それを自分の方に引き寄せた。

ブチンという音が響いた後、

ブォォォォォォォン!

という悲鳴を上げながら、象が二歩、三歩後ずさる。
武市の手には、象の右耳がしっかりと握られている…

「ひ、引きちぎりやがった…」

志村が、初めて声に汗をかいている…
木林は、

『あ、あ〜ん…普段はオレに引っ張れる立場にありながら、あのデカブツの耳を容易に引きちぎるとは…武市、オレのお耳は引っ張らないでおくれよ…しかし、打撃、斬撃…引き千切りという手段もあるのか…攻撃のバリエーションも考えなアカンなあ…』

と、心の中でつぶやいていた。

武市が引き千切った象の耳と、その傷跡からは、血液の代わりに黒いぼんやりした影のようなモノが溢れ始めた。

「あの影、この霊圧…あの象の中には無数の霊体が…いや、霊体の集合体なのね…」

翔子が呟いた。

それを知覚しているのか、武市は今度は両手で象の鼻を掴んでいた…

続く






扉シリーズのキャスティングを勝手にしてみました

これは別ブログの、耳塚シリーズなどを連載していたサブカルチャーズマンションで以前掲載した記事なのですが、こちらでもすぐに見て頂けるように掲載させて頂きます。

以下はサブカルチャーズマンションに掲載したままの記事です。


皆さんご機嫌いかがでしょうから?
ゴリラは風邪気味です(笑)

さて、ここよりリンクできる『ゴリラと木林の心霊オカルト怪談研究部屋』にて連載しておりますホラー小説『扉シリーズ』について少し語らせて頂きたいと思います。
この作品は、ゴリラと木林が10年近く前から、ちょいちょい遊びで書いて、やり取りしていたモノがベースになっています。

主人公が冨田武市と木林博喜だと言うのは変わりませんが、当初はもっと短い話でした。
内容は、大学生の武市と木林、それにあの北尾やその仲間達で怪談大会を行います。そこで北尾が自己責任系のかなり嫌な怪談を語るのですが、それを発端として武市達はその怪談に秘められていた呪詛を受ける形となり、呪詛を解くために、その怪談に秘められた謎に挑む…というモノでした。

無論、泉州大学や耳塚南高校の面子も登場します。
それに様々な要素を盛り込んだものが現在連載中の『扉シリーズ』になっております。
どちらにせよ、ゴリラが主人公だと言う、今までになかったホラー物である事に変わりはありませんが…(笑)
物語は五章まで進み、登場人物も増えてきましたので、ここで、『もし扉シリーズが映画化されたら』と仮定したキャスティングをして遊んでみたいと思います。
しかし、年齢や身長等は無視して俳優、タレントさんの持つビジュアルイメージのみでキャスティングしています(笑)



冨田武市=ガレッジセールのゴリさん

木林博喜=中居正広さん

北尾公貴=ジョイマンの高木さん

三角綾=有村架純さん

斎藤あずさ=高畑充希さん

酒井霧子=栗山千明さん

伊田源二=団時朗さん

伊田美弓=満島ひかりさん

梳名翔子=黒木華さん

都古井静馬=松田翔太さん

月形ゼオン=草刈正雄さん

冬月カグヤ=小雪さん

志村さとし=甲本ヒロトさん

甲田福子=高畑淳子さん

土雲晴明=小栗旬さん

土雲澪=石原さとみさん

波多野雅人=神木隆之介さん

こんな感じですな!(笑)
あくまで近いかな〜というビジュアルイメージです。(笑)
月形ゼオンに関しては草刈正雄さんを譲りたくありませんが(笑)
読者の方々はこれに縛られずご自由にイメージして下さいね!
未読の方、興味が湧きましたら是非とも一読下さいませ!
それではまた、ウホウホ!

2016年11月09日

扉シリーズ第五章  『狂都』第十四話  「魔象3」

象という獣のアイデンティティたる長い鼻を掴んだ武市は、そのままそれを引き千切った。
すると、またその傷口から、黒い影が漏れ出す。
黒い影は、空中に漂いながらも武市を目指して浮遊していく。

「年代も、性別も関係ない…よくこれだけの怨念が集まったものね…」

翔子が呟く。
それを耳にした志村が翔子の言葉に答えた。

「集まったんじゃなくて、集めたんすよ…どうやら、あの魔星の奴等は各々で『領域』ってやつを持ってるらしくてね…その『領域』ってのは、平たく言えば『地獄』っすわ…つまり、今オレ達は、ゼオンの『地獄』にいるわけだ…」

志村の言葉に、翔子は激しい憤りをおぼえた…
翔子は、師匠である甲田福子から『地獄』というモノについて講釈を受けた事がある。
それによると地獄とは、苦しみの中に光明、つまり希望を見出せない霊魂が集合し、形成される。
そこに集合した霊魂に、生死の別はない。
今、生命があり生きている人間でも、日々の生活の中で希望を見出せぬ者は、生きたまま霊的には地獄に落ちている…
また、その苦しみに囚われたまま生命を無くした場合も、変わりなく地獄に落ちたままであると…

ゼオンは…いや、魔星は、そういう苦しみ続ける霊魂達を意のままにし、道具として用いる慈悲の心等微塵もない輩なのだ…!

「許せない!!」

翔子は、心底からそう思った。
それを聞いた志村は、

「同感っす…」

と一言答えた。
その一言に、翔子は自分と同じく、苦しむ霊魂達を弄ぶ魔星への激しい憤りを感じた。
何故急にこの場に現れたのか、翔子はそれに対して何らかの陰謀ありと疑念を抱いていたが、少なくとも、敵ではないと認識できた事に安堵した。
短い期間であったが、同門の後輩を疑いたくなかったのだ…
翔子は久々に自分の表情が緩むのを感じていた…

武市を目指して浮遊する影は黒い霧のようになり武市の周囲にまとわりつく。
しかし、武市から放たれる輝きに触れると、その輝きに溶け込むように、次々と消滅していく…
翔子はその様を見ながら、あの黒い霧のようなモノは、おそらく念…怨念である。
その念が、まるで光に集まる羽虫のように、武市に集まり、消滅しているのだ。

あれは『救済』なのだろうか…?

そうでなければ、あれはどういう現象なのだろう?

翔子は、『救済』であって欲しいと、心底思いながら、両手を合わせて祈りを捧げる。

それを横目で見ていた伊田は、その現象の正体を知っている。

その現象は、『救済』なんて生易しいものではない…
あれは、食っているのだ…
神格は、人の『思い』をその力の糧にしている。

自身を信仰している者の祈り、また怨念…

『思い』の傾向に『味』があるのは謎だが、それに関して、神格は雑食であり、貪欲だ…
今、翔子が武市に対して何を祈っているのかはわからないが、その『思い』さえ、今の武市には贄であり、供物となるのだ…

魔星であろうが、梳名の祖神であろうが、それに関して神格に差異はないのだ…

伊田は心の中でそう思いながら、口の端から笑気を漏らした。

伊田の心中の声に応えたのか、武市はまた驚くべき行動をとった。

引き千切った鼻を口元に持っていくと、それに歯を立て、かぶりついたのである。
肉…いや、それも怨念の塊なのだろうが、それを食いちぎると、それを咀嚼して、ゴクリと飲み込む。
武市が食い千切った部分から、鮮血が迸るように、怨念が溢れ出す…
それもまた、武市の中に吸収されていくのだ…

「あ、あ〜ん武市…野生的なんも程々にしとくべきなんよ〜!」

木林は口から笑気を漏らしながらも、目は笑えていない事を自覚していた…

象は体制を整えると、鼻を食う武市めがけて右足を振り下ろすが、武市は右手に持つ鼻にかぶりつきながらも、片手で象の右足を受け止めると、それを跳ね返す。

ドズゥゥウン!

象は轟音と共に、また地面に倒れた。

武市は食べかけの鼻を投げ捨てると、ノシノシと倒れた象に近づくと、止めと言わんばかりに、象のこめかみに右手を打ち込んだ。

少しバタバタと暴れた後、象の動きが停止した。

武市が右手を引き抜くと、そこから大量の怨念が勢いよく吹き出す!
それを浴びながら、武市は右、左と次々にパンチを繰り出し、象の頭に無数の穴が穿たれていく…

「うぇっ」

武市が繰り広げる光景は木林にとってはスプラッター映画のワンシーンに見えた。

武市はパンチをやめると、次に、少し体制を後退させる。
そして、まるで弓のように身体を後ろしならせると、次の瞬間、全身を、まるで放たれた矢のように
して、象の体内へと飛び込んだ。
武市が飛び込んだと同時に、象の体内から何かの圧力が加わっているように、象の身体が風船のように膨らんでいく。
そして、張り詰めた象の体皮をつき破り、一筋、二筋と、閃光が走る。

次々と無数に増えていく閃光…
そしてついに、象の身体が膨張の臨界点に達し、

ドパァァァァァァァン!!

という轟音を立てて、象は爆散した。
象の中に詰まっていた怨念が血しぶきの如く飛散し、身構える木林達だったが、それが木林達に降り注ぐ前に、それらは光の粒子になり、消滅していく…

そして、それら怨念の霧の中に、武市が立っている…

怨念を吸収した為か、身長180センチに満たない武市の身長が明らかに2メートルを越えているのを、そこにいた全ての者が見た。

フゥオオオオオ〜!!

先ほどよりも遥かに音量をました雄叫びが辺りにこだまする…

その姿が、木林の目にはゼオン等問題にならない禍々しい怪物に見えた…

続く





2016年11月11日

扉シリーズ第五章  『狂都』第十五話  「素」

武市の姿は、最早、武市ではなくなっている…

身長は2メートルを超え、髪が逆立ち、瞳は金色に輝いて、まるで自動車のヘッドライトのように、周囲を照らす。
その円形の光の輪郭には、赤いラインが走っている…明王眼だ。
口からは宝石の輝きのような光が漏れ出し、急速に発達した全身の筋肉により、衣服は破れ、神格というより怪物を思わせる凶暴な形相には、普段柔和な武市の面影が見当たらない…

『あ、あ〜ん武市!最早ゴリラ以上のゴリラ…世にも禍々しき姿に変貌してけつかってんよ〜!』

木林は心の中でそう呟きながらも、身体が半歩退いている己に気づいた。
身体が、『危険』を感じているのだ、親友である武市に対して…

「おい黒いの…」

いつの間にか自分の隣に立っている志村の声に、木林は応える。

「な、何すか?」

志村は木林の背後に周り、両肩を掴むと顔を近づけ、

「あの甘ちゃんゴリラ、オメーの親友だろ?オメーには今のヤツがどう見える?」

と囁くように尋ねてきた。

「い、いつもとは大分違いますね…」

木林は眼だけ志村に向けて、そう答えた。

「だろうな…けど、ありゃあ…オレが見た所、ヤツの『素』だぜ…?』

『素』…?
志村の言葉に、木林はバッと身を引き、志村に対面した。

「素?素って何ですか?」

木林は理解できぬ言葉の意味について尋ねた。

「そのままさ…アレがヤツの正体って事さ…」

木林は、志村の答えの意味が、よく理解できない。

「えっ?あの、ちょお待って下さい…アレ、神格の力で変身してるんじゃないんですか!?」

志村はタバコに火をつけ、紫煙を一筋吐き出すと、横目で武市を見ながら答えた。

「オレも最初はそう思った…オレはもう卒業したが、まだ神格と折り合いつかねぇ間は肉体に神格の影響が出るからな…ヤツは今、確かに神格と通じてる…しかし、どういうわけか、あの力はヤツ自身の力だ…ベラボーに高い出力のヤツ自身の霊力だよ、ありゃあ…」

確かに、武市は叔母である日本一の霊能者『甲田福子』に見込まれる程の潜在能力があるようだが、アレは、その域を越えているのではないか…?
いや、明らかに越えている!
アレが武市の正体だというなら、アイツは一体何者なんだ!?
木林は、今、それを目の前にしながらも、あの怪物のような存在と武市のイメージが重ならず、志村の言葉がどうしても理解できない…

しかし、翔子は確信していた。

アレは武市という人格のさらに奥深く…いや、その向こうからこちら側にやってきた武市であって武市ではない者だ…

自分の祖神である梳名火明高彦命は確かに武市の中に感じる…だが、本来なら明高彦に通じる、つまり明高彦に『感化』されて神通力を行使できるはずが、逆に明高彦が武市…いや、武市であって武市でない者に感化されているように感じるのだ…

「はははっ!」

翔子の隣で笑い声が聞こえた。
隣を見やると、伊田が年甲斐のない満面の笑みを浮かべている…

「なるほどぉ、そうか、こういう事だったんだな…」

伊田が誰かに聞かせるような声で、そう言った。
しかし、その言葉の意味が翔子にも、木林にも理解できない。

「何かわかったんすか?」

伊田の言葉に志村がそう尋ねた。

「ああ…大収穫だコノヤロー…用事は終わりだ、帰るぞさとし!」

大収穫?
用事?

帰る?

伊田が何を言っているのか全く理解できない木林だったが、翔子は

『やはり、何か企んでいる!』

と感じ、伊田の腕を掴み、

「源さん!貴方、やっぱり何か企んで…」

と言って、伊田の腕を引っ張ろうとした瞬間、

バチィッ!

という、感電したような痛みをおぼえ、翔子は後ずさった。

伊田はゆっくりと翔子の方を向く…いつの間にか、志村が伊田に寄り添うように移動していた。

「翔子ぉ…いきなり先輩の腕を掴むたぁ、偉くなったなあ、お前…」

そう言う伊田の目つきが、明らかに今までと変わっている…
挨拶を交わすように人の命を奪う冷酷な殺人鬼のような乾いた目つきだ…

「普通と違う子供を持つ親ってのは気苦労が絶えなくてな…それによぉ、オレは生来親バカみたいでな、娘の為になる事なら、何だってやってやりてぇのさ、何だってな…!」

伊田の言葉が何を意味しているか、木林には全く理解できない。

「あ、あの…伊田さん?急にどうしはったんですか?し、志村さんも…」

さすがの木林も、今の伊田の迫力に完全に気圧されていた。

「おうキバちゃん、大収穫ってのには君も入ってるんだぜ?どうだい、オレと一緒に来ないか?悪いようにはしないからさ?」

やはり伊田の言葉の意味がわからない。
悪い人ではない。
それは確実である。
しかし、この威圧感たっぷりのオーラは一体何なのだ!
出会った時から只者ではない事はわかっていたが、この豹変振りは何なのだ?
タイミングからして、『収穫』という言葉の意味が武市の事を指しているのは明白、さらに自分までも『収穫』として捉えているという事は…
木林博喜的思考で言えば、伊田は自分と武市を何者かと戦う為の『戦力』として考えている…

もしそうであるなら、正直、伊田の誘いには気がそそられる…

この人物には、何故か人を惹きつける魅力がある…

しかし、同時に心を許してはならないという、危険さも感じるのだ…

「あのぅ…誘って頂けるのは非常に光栄なんですが…伊田さんは、その何をなさるおつもりなんですかね?具体的に教えて頂かない事には、そのお誘いをお受けしていいものやら判断がつきかねますので…」

木林は、できるだけ丁寧な言葉を選びながらも、毅然とした態度で己の意思を伊田にぶつけた。
伊田は口の端から笑気をもらすと、

「キバちゃん…オレが見込んだ男だけある、その毅然とした受け応えには敬意を払うよ…だが、具体的に何をするかは、この場では言えない…ただこれだけは言っておくよ、オレの…いや、オレ達のやろうとしてる事は悪い事じゃない…オレはただ、娘に普通の幸せを与えてやりたいだけだ…そしてそれは、最終的には人類の幸福につながると、オレは確信してる…」

伊田の目は『確信』という言葉を証明するかのように、曇りが見えない。
おそらく、その『確信』が彼に不退転の『覚悟』をもたらしている…
木林は、伊田の曇りなき眼からそう感じとった。
武市を見やる。
異形の姿で仁王立ちする親友を、自分は御する事ができるのか?



いや、あんな光り輝く異形のゴリラを御する術など自分にはない…
それに、見た所、翔子にもその術はなかろう…

伊田源二…

全部ひっくるめて、この人物に委ねるのが青二才の自分には最良の選択であると思う…

しかし…

直感がささやく…

『委ねてはならない』

そうである。
自分と武市は、何より『直感』を
大事に物事を判断する。
お互いの『直感』に対する信頼関係は、強固であると確信もしている…
武市が正気であれば、こんなやり取りになるだろう。

『なあ武市て?正直気がそそられるお誘いなのやが、何故か受けたらアカンような気がする…お前はどのように思うよ?』

『うむ…お前がそう思うなら、そうなんやろう…受けぬが吉とオレも思うよ…』

おそらく、武市ならそう言うであろう。

「伊田さん、お誘いありがとうございます…でも、お断りさせて頂きます…」

木林は、丁寧に一礼しながら伊田の誘いに答えた。

「はっ、オレはどうでもいいけどよ…お前にさ、アレ、どうにかできんのか?」

志村が親指で武市を指しながら口を挟んできた。
しかし、木林は、

「アレねぇ…まあ、言う事聞かんかったら耳千切れる程引っ張ったりますわ。はははっ!」

と、笑って答えた。
その答えに伊田が吹き出す。

「あははっ!やっぱり面白い男だよキバちゃんは!だからこそ余計に側におきたくなるけどね…まあいいさ、次に会う時までによぉく考えてみてよ…」

そう言う伊田の目は、またあの冷酷な殺人鬼のように変わっていた。

「さて…じゃあ行くか、さとし?」

伊田がそう言うと、志村は一つうなづいて手で空を掴む仕草をする。

バリッ

という音がしたかと思うと、空間が少しめくれている!

呆気にとられる木林と翔子を尻目に、志村はそれを下に引きおろす。

すると、めくれたその向こうには、星々が煌めく宇宙空間が広がっている。

伊田は、躊躇なく極自然にその宇宙空間に足を踏み入れる。

「待って!」

翔子が身を乗り出して声を上げた。
伊田は動きを止めた。

「源さん…いえ、伊田源二!貴方は…いえ、貴方達は何者なの!?何をしようとしてるの!?」

木林は、伊田に対する翔子の眼に込められたものが、疑惑から敵意に変わっているのを感じた。

伊田はフッと翔子に目をやる。

「それに答える義務はねぇけど、一つ教えといてやる…オレ達は『鍵』だ…人間が開けなきゃならない扉を開ける為のな…じゃあな…」

伊田はそう答えると、宇宙空間に消えた。

志村は伊田を見送った後、自分もそこに足を踏み入れながら振り向くと、

「じゃあな、黒いの…それに、すみません翔子さん…オレ、あの人について行くって決めたんで…無事に土雲と会えたら、色々とわかるかも知れません…あっ、そろそろヤツが動き出すみてぇだ…しっかりやれや黒いの…じゃあな…」

と言い残し、宇宙空間へと消えた。
その瞬間、めくれた空間がまるでカーテンがそよぐように、また塞がった…

ズシン!

呆然とする木林と翔子の耳に、武市の足音が聞こえた。
バッと武市を見やると、武市が歩き始めていた。
何処かへ向かう武市の背中には、光の輪が形成されていた…

続く






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