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2016年11月14日
扉シリーズ第五章 『狂都』第十七話 「金剛界2」
「何勝手に乗っとんねんオッサン!!」
車中に木林の怒声が響いた。
「はっはっは、これは失礼…しかし、なかなか乗り心地のよいお車ですな…随分お若いが、このお車は貴方の持ち物で?」
突然何が起こったのか理解できない木林に、ゼオンの飄々とした声色は刺激の強いものであった。
「誰のでもお前に関係ないやろ!!ああ、くそっ!意味わからん!一体何がどうなっとんねん!」
目が血走り、その肩の緊張具合から怒りの程を察した翔子が後方から声をかける。
「危ないわ、木林君落ち着いて…」
しかし、その翔子の声すら木林の怒りを抑えきれず、
「不可能でしょっ!何でコイツがここにおるんすか!とりあえず降りろ!お前降りろや!」
と、高速走行中でありながら隣のゼオンの方を向いて怒りをぶつける。
「はっはっは、いたいけな老人に対して随分無理をおっしゃる御仁だ…ほれほれ、前を見ないと危ないですぞ?」
木林はハッと前を見る。
前方の車の後部がすぐそこまで狭っていた。
「おわぁっ!」
木林はハンドルを切って追突を回避した。
「周りに車いてなくて良かった!すみません翔子さん!」
木林は乱れた鼓動を落ち着けるように無意識にヒッヒッフーというラマーズ呼吸法を行いながらルームミラーで翔子の顔色を確認する。
「落ち着いて…」
翔子の静かな声と氷のような視線が、木林の怒りを抑え込む。
「混乱なさるのは無理もない…改めて自己紹介致します。小生、月形ゼオンと申します…職業は考古学者とでもしておきますかな…」
ゼオンの言葉に木林と翔子は同時に声を上げた。
「職業!?」
自らを天神と名乗り、あの超越的な力を持つ者が職業…しかも考古学者!?
二人は目を丸くして絶句した。
「おや、意外でしたかな?若い世代からはよく、それっぽいと言われたりしますが?」
その正体を知らなけば、見えなくもないだろう…
しかし、あれを見、更に今の今までゼオンの世界にいた木林と翔子には、到底理解できない話だ。
「はははっ、いかに神格と言えども人界で生くるには収入が必要でしてな…まあ考古学者は見栄をはりましたかな…その実、各地の大学にて講義をして回って何とか食い繋ぐ毎日を送っております…はっはっは」
木林は思った。
コイツは何を言っているんだ?
「住まいは東京の立川でしてな…築三十年になる1LDKのアパートにて佗しい一人暮らし…ああ、しかし最近隣に越してきた女子大生と意気投合しましてな…」
本当に、コイツは何を言っているんだ!?
そんな生活感漂う神格が何処の世界にいるんだ!?
「貴方、な、何を言ってるの?」
後方から木林の心中を代弁するように、翔子が声を発した。
ゼオンはウッと黙り込む。
しかし、数秒の沈黙の後に静かに口を開いた。
「いわゆるドン退きというヤツですかな、そのリアクションは…」
ドン退きには違いない…
しかし、そんな問題ではない!
「オッサン…ホンマに神なんか?」
木林がボソリと呟いた。
「それはすでに証明済みのはず…疑問にお答えしましょう…神格という者は、通常、己の領域に溶け、意識あるエネルギーとしてそこに存在しているものなのです…
しかし、我等は今は話せぬ事情により受肉し、この世に生まれ出でました…
小生は大正2年にこの世に生まれ落ち、以来、一人の人間月形平蔵として、この日本で生きてきました…
群馬県の比較的裕福な農家の次男として生まれ、不自由を感じる事なく成長し、東京の大学を卒業しました…24の時に八王子に住む遠縁の女性と結婚しました…
結婚後は八王子に移り住み、そこで嫁の家の田畑を受け継ぎ生活しておりました…
大学では農業を学んでおりましたので近隣の方に農業指導をし、地域の発展にも尽力致しておりました…
太平洋戦争にも従軍しました…
あれは本当に酷い経験でした…
人間とは恐ろしい生き物だ…
この世に物理的な地獄を作り出してしまえるのですからな…
しかし、その地獄の中にも喜びはあるもので…
共に死線を越えた戦友達との思い出は今も忘れはしません…
ほとんどは死んでしまいましたがね…
その地獄の中で小生は思い出したのです…
自分は月形平蔵ではなく、ゼオンであると…
月形平蔵という人生は太平洋戦争で終わり、終戦後は月形ゼオンとしての神生を歩み始めました…」
ゼオンの声には、その人生の重みが感じとれ、二人は妙に納得させられてしまった…
翔子は思った。
この老人からは、確かに人間味がある。
あの『明王様』とは違う…
しかし、気になるのは人間として生まれた理由だ。
しかし、それを聞いたとて真実は語るまい…
ならば、別の事から尋ねてみよう、と…
「色々と聞きたい事があるのだけど…いいかしら?」
翔子はゼオンに尋ねた。
「小生に答えられる事なら…」
ゼオンはニコリと微笑みながら答える。
その表情は、優しい老人のものにしか見えない。
木林はまだ半信半疑の表情だが、何も言わない所を見ると、止める気はないのだろうと、翔子は質問を始めた。
「まず、武市君…彼は今どういう状態なのか、答えられる?」
眠っているというよりは仮死状態のような武市の安否を、まずはハッキリさせたかった。
「うむ…先程申し上げた通り、そちらの御仁、武市殿は確かに神格と通じ、その神通力を振るっておられた…しかし、何故そうなったかは小生にもわかりませんが、彼の表面意識が吹き飛び、霊を越え、魂を越えた本質、それが露わになった…
本質とはつまり金剛界と胎蔵界…
それは全ての生命、即ち神格、人格、動植物を問わず等しく備わる二元性…
しかし、武市殿には金剛界しか存在しない…
それ故非常に巨大で大きい…
上位の神格の意識すら飛ばしてしまう程にね…
しかし、先程、小生の領域自体を残らず吸収してしまった為、さすがにその情報量に耐えきれず落ちてしまったのです…
コンピューターで言えばシャットダウンしてしまった形ですな…
しばらく時間はかかりましょうが、大丈夫。必ず復旧されますよ…」
木林は眉間にシワを寄せて聞いていたが、よく意味がわからないといった表情をして黙っている。
翔子も同じ思いだが、武市が生命に別状がないという事に安堵した。
翔子は次の質問を始めた…
続く
車中に木林の怒声が響いた。
「はっはっは、これは失礼…しかし、なかなか乗り心地のよいお車ですな…随分お若いが、このお車は貴方の持ち物で?」
突然何が起こったのか理解できない木林に、ゼオンの飄々とした声色は刺激の強いものであった。
「誰のでもお前に関係ないやろ!!ああ、くそっ!意味わからん!一体何がどうなっとんねん!」
目が血走り、その肩の緊張具合から怒りの程を察した翔子が後方から声をかける。
「危ないわ、木林君落ち着いて…」
しかし、その翔子の声すら木林の怒りを抑えきれず、
「不可能でしょっ!何でコイツがここにおるんすか!とりあえず降りろ!お前降りろや!」
と、高速走行中でありながら隣のゼオンの方を向いて怒りをぶつける。
「はっはっは、いたいけな老人に対して随分無理をおっしゃる御仁だ…ほれほれ、前を見ないと危ないですぞ?」
木林はハッと前を見る。
前方の車の後部がすぐそこまで狭っていた。
「おわぁっ!」
木林はハンドルを切って追突を回避した。
「周りに車いてなくて良かった!すみません翔子さん!」
木林は乱れた鼓動を落ち着けるように無意識にヒッヒッフーというラマーズ呼吸法を行いながらルームミラーで翔子の顔色を確認する。
「落ち着いて…」
翔子の静かな声と氷のような視線が、木林の怒りを抑え込む。
「混乱なさるのは無理もない…改めて自己紹介致します。小生、月形ゼオンと申します…職業は考古学者とでもしておきますかな…」
ゼオンの言葉に木林と翔子は同時に声を上げた。
「職業!?」
自らを天神と名乗り、あの超越的な力を持つ者が職業…しかも考古学者!?
二人は目を丸くして絶句した。
「おや、意外でしたかな?若い世代からはよく、それっぽいと言われたりしますが?」
その正体を知らなけば、見えなくもないだろう…
しかし、あれを見、更に今の今までゼオンの世界にいた木林と翔子には、到底理解できない話だ。
「はははっ、いかに神格と言えども人界で生くるには収入が必要でしてな…まあ考古学者は見栄をはりましたかな…その実、各地の大学にて講義をして回って何とか食い繋ぐ毎日を送っております…はっはっは」
木林は思った。
コイツは何を言っているんだ?
「住まいは東京の立川でしてな…築三十年になる1LDKのアパートにて佗しい一人暮らし…ああ、しかし最近隣に越してきた女子大生と意気投合しましてな…」
本当に、コイツは何を言っているんだ!?
そんな生活感漂う神格が何処の世界にいるんだ!?
「貴方、な、何を言ってるの?」
後方から木林の心中を代弁するように、翔子が声を発した。
ゼオンはウッと黙り込む。
しかし、数秒の沈黙の後に静かに口を開いた。
「いわゆるドン退きというヤツですかな、そのリアクションは…」
ドン退きには違いない…
しかし、そんな問題ではない!
「オッサン…ホンマに神なんか?」
木林がボソリと呟いた。
「それはすでに証明済みのはず…疑問にお答えしましょう…神格という者は、通常、己の領域に溶け、意識あるエネルギーとしてそこに存在しているものなのです…
しかし、我等は今は話せぬ事情により受肉し、この世に生まれ出でました…
小生は大正2年にこの世に生まれ落ち、以来、一人の人間月形平蔵として、この日本で生きてきました…
群馬県の比較的裕福な農家の次男として生まれ、不自由を感じる事なく成長し、東京の大学を卒業しました…24の時に八王子に住む遠縁の女性と結婚しました…
結婚後は八王子に移り住み、そこで嫁の家の田畑を受け継ぎ生活しておりました…
大学では農業を学んでおりましたので近隣の方に農業指導をし、地域の発展にも尽力致しておりました…
太平洋戦争にも従軍しました…
あれは本当に酷い経験でした…
人間とは恐ろしい生き物だ…
この世に物理的な地獄を作り出してしまえるのですからな…
しかし、その地獄の中にも喜びはあるもので…
共に死線を越えた戦友達との思い出は今も忘れはしません…
ほとんどは死んでしまいましたがね…
その地獄の中で小生は思い出したのです…
自分は月形平蔵ではなく、ゼオンであると…
月形平蔵という人生は太平洋戦争で終わり、終戦後は月形ゼオンとしての神生を歩み始めました…」
ゼオンの声には、その人生の重みが感じとれ、二人は妙に納得させられてしまった…
翔子は思った。
この老人からは、確かに人間味がある。
あの『明王様』とは違う…
しかし、気になるのは人間として生まれた理由だ。
しかし、それを聞いたとて真実は語るまい…
ならば、別の事から尋ねてみよう、と…
「色々と聞きたい事があるのだけど…いいかしら?」
翔子はゼオンに尋ねた。
「小生に答えられる事なら…」
ゼオンはニコリと微笑みながら答える。
その表情は、優しい老人のものにしか見えない。
木林はまだ半信半疑の表情だが、何も言わない所を見ると、止める気はないのだろうと、翔子は質問を始めた。
「まず、武市君…彼は今どういう状態なのか、答えられる?」
眠っているというよりは仮死状態のような武市の安否を、まずはハッキリさせたかった。
「うむ…先程申し上げた通り、そちらの御仁、武市殿は確かに神格と通じ、その神通力を振るっておられた…しかし、何故そうなったかは小生にもわかりませんが、彼の表面意識が吹き飛び、霊を越え、魂を越えた本質、それが露わになった…
本質とはつまり金剛界と胎蔵界…
それは全ての生命、即ち神格、人格、動植物を問わず等しく備わる二元性…
しかし、武市殿には金剛界しか存在しない…
それ故非常に巨大で大きい…
上位の神格の意識すら飛ばしてしまう程にね…
しかし、先程、小生の領域自体を残らず吸収してしまった為、さすがにその情報量に耐えきれず落ちてしまったのです…
コンピューターで言えばシャットダウンしてしまった形ですな…
しばらく時間はかかりましょうが、大丈夫。必ず復旧されますよ…」
木林は眉間にシワを寄せて聞いていたが、よく意味がわからないといった表情をして黙っている。
翔子も同じ思いだが、武市が生命に別状がないという事に安堵した。
翔子は次の質問を始めた…
続く