2016年08月12日
扉シリーズ 第四章 『覚醒』第十話 「タケイチ7」
その夜、オレはなかなか寝付けなかった。
風呂上がりの翔子さんの姿の色っぽさに多少興奮していたのだろう…
翔子さんにとって、ウチは親戚に近い感覚なのだろう。
おそらくオレは従兄弟のように思われている。
もしくは、十も離れているのだから、いつまでたっても子供のイメージがあるのだろう…
でなければ、風呂上がりにタンクトップとショートパンツという露出の多い刺激的な格好でオレの前をウロウロしたりしないはずだ。
…
…
…
思い出すと悶々とするので、違う事を考えようとすると、昼前の出来事が頭を支配する…
無心になって寝ようとすると風呂上がりの翔子さんの姿が…
そんな事を繰り返しているうちに、何時かと時計を見れば午前2時を過ぎていた…
流石に本気で寝ようと、仰向けのまま、腹を冷やさぬよう胸までタオルケットを被った瞬間、
ゾオン!
と、部屋中に霊圧を感じた。
しかも、身体が動かない。
金縛りだ。
大した霊圧ではないが、身動き一つできない。
まあ、こんな程度は日常茶飯事なので、金縛りを解除しようと、丹田に気を集中し、
「ふん!」
と気合を入れてみた。
大方の金縛りはそれで解除できるのだが…
動けない…
さて、どうしたものかと寝た姿勢のまま、天井を仰ぎみた時、そこに見覚えのあるモノを見た。
仰向けになっているオレと対面する形で、天井にあの女が浮かんでいる。
北尾の絵画の中で、おそらくは『正一』という名前であると思われる中心に描かれていた男に踏みつけられている全身傷だらけの女…
AYAさんがショートカットになる原因になった、あの女だ…
電気を消しているというのに、全身からヒカリゴケのように淡い青色の光を放って、オレに見せつけるように天井に浮いている…
何故今ここに?
何をしにきた?
しかも、あの時感じた凄まじい霊圧の十分の一も感じない。
女はただ天井に浮かび、オレを見下ろしている…
この程度の霊圧から生じる金縛りなら気合だけで解除できるはずだが…
オレは女から視線をそらせぬまま、睨みあう…いや、見つめあっているような形で数分間そうしていた。
そうやって女を見ていて、オレは気づいた。
『この女、誰かに似ている…』
誰に似ているのかはわからない。
しかし、女の顔がよく見知っている女性にそっくりだと、漠然とだがそう思うのである。
知人の女性の顔を頭の中で再生し、目の前の女の顔と比べるが、誰とも照合しない。
しかし、その代りに、頭の中にある光景が浮かんできた。
時代劇に出てきそうな、あまり豊かでない寂れた農村…
次は神社のような風景…
その次に、かなり背の高い杉の木が群生する暗く大きな森…
その森の中でも一番立派な杉の木…
その杉の木に目隠しをされて、縛り付けられている白い着物の女…
次のシーンではその白い着物の女と思われる女が全裸にされ、まるで十字架にかけられたキリストのように両手と両足に五寸釘を打たれて杉の木に磔にされている。
その次のシーンでは、その女の全身にミミズ腫れのような傷が…
この女だ!
しかし、この頭に浮かぶ光景はなんだ!?
しかも、何故この女を見知っていると感じるんだ、オレは!?
しかも、
今、嫌な文字が…いや、嫌な名前が頭に浮かぶ…
糸…
甲田 糸…
明らかに、この女の名前であろう…
何で『甲田』なんだ!?
と、思った瞬間、顔にポタリと何かが落ちてきた。
ビクッとして意識を女に戻すと、無数にある女の傷から赤い血液ぐ滲み出し、それが寝ているオレに滴り落ちてくる!
ポタ、ポタ、ポタ…
『うあああああっ!!』
オレは声なき叫びを上げた。
ポタポタポタポタポタポタ…
全身から湧き出るように血液を滴らせる女の姿に、オレは素直に恐怖した。
それと同時に、『甲田糸』という文字がオレの脳内にまるで細胞分裂するように増殖していく。
『甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田…』
『甲田糸』という文字が洪水となり、オレの記憶や人格そのものを押し流してしまいそうだ!
『ううう…うあああ…はあ、はあ、う、ううう…ぎゃああああああああああ〜!!』
と、また声なき叫びを上げた所までは覚えている…
気がつくと、目の前に心配そうにオレを見ている翔子さんの顔があった。
「武市君!?」
目を開けたオレを見て、翔子さんが呼びかけてきた。
「武市君大丈夫!?」
オレは身体を起こすと、まだ意識もハッキリしないまま、
「あ、翔子さん…おはようございます…」
オレの声に安心したのか、翔子さんは俯いて、一度息を整えてから、
「無事でよかった…朝御飯できたから起こしにきたら全く応答ないから、まだ寝てるのかなって待ってたらお昼になっても起きてこないから心配になって部屋に入ったら、武市君…」
と、言って、翔子さんは口をつぐんだ。
そして、少し迷っているようなそぶりを見せてから、また口を開いた。
「武市君…宙に浮いたまま気を失ってたんだよ…」
翔子さんのその言葉で、オレは完全に意識を取り戻した。
「浮いてた?オレが?」
オレの問いに、翔子さんは初めて見る怯えた目で、
「うん…青白く、うっすら光ってるように見えた…私、正直、怖くてその場から動けずに見てたんだけど…その光がだんだん弱くなって、それと一緒に武市君の身体も地面に降りて行ったの…武市君、何があったの?」
翔子さんは叔母の秘書にして一流の霊能者である。
今まで数多く怪異を目の当たりにしてきたはずだ。
その翔子さんが、怯えている…
オレは、何者かに変化しようとしているのだろうか?
思えば最近、オレは常に超常現象の只中にあると言って過言ではない…
それら、オレに縁するすべての事象が、オレを何者かに変化させようと動いているような…
「それに…」
翔子さんの声で、また我に帰る。
「武市君…瞳の色が変わってる…」
えっ?
という表情をしたオレに、翔子さんは自分のコンパクトミラーを差し出した。
その手が震えている…
オレは、そのコンパクトミラーを受け取り、恐る恐る、それを除き込んだ。
オレの瞳はもともと少しブラウンが強い。
しかし、そのブラウンが勝ち気味になり、一瞬金色に見えた。
しかも、瞳の丸い輪郭をなぞるように赤いラインが入っている…
オレはコンパクトミラーに映る自分の瞳から長いこと目を離せずにいた…
風呂上がりの翔子さんの姿の色っぽさに多少興奮していたのだろう…
翔子さんにとって、ウチは親戚に近い感覚なのだろう。
おそらくオレは従兄弟のように思われている。
もしくは、十も離れているのだから、いつまでたっても子供のイメージがあるのだろう…
でなければ、風呂上がりにタンクトップとショートパンツという露出の多い刺激的な格好でオレの前をウロウロしたりしないはずだ。
…
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…
思い出すと悶々とするので、違う事を考えようとすると、昼前の出来事が頭を支配する…
無心になって寝ようとすると風呂上がりの翔子さんの姿が…
そんな事を繰り返しているうちに、何時かと時計を見れば午前2時を過ぎていた…
流石に本気で寝ようと、仰向けのまま、腹を冷やさぬよう胸までタオルケットを被った瞬間、
ゾオン!
と、部屋中に霊圧を感じた。
しかも、身体が動かない。
金縛りだ。
大した霊圧ではないが、身動き一つできない。
まあ、こんな程度は日常茶飯事なので、金縛りを解除しようと、丹田に気を集中し、
「ふん!」
と気合を入れてみた。
大方の金縛りはそれで解除できるのだが…
動けない…
さて、どうしたものかと寝た姿勢のまま、天井を仰ぎみた時、そこに見覚えのあるモノを見た。
仰向けになっているオレと対面する形で、天井にあの女が浮かんでいる。
北尾の絵画の中で、おそらくは『正一』という名前であると思われる中心に描かれていた男に踏みつけられている全身傷だらけの女…
AYAさんがショートカットになる原因になった、あの女だ…
電気を消しているというのに、全身からヒカリゴケのように淡い青色の光を放って、オレに見せつけるように天井に浮いている…
何故今ここに?
何をしにきた?
しかも、あの時感じた凄まじい霊圧の十分の一も感じない。
女はただ天井に浮かび、オレを見下ろしている…
この程度の霊圧から生じる金縛りなら気合だけで解除できるはずだが…
オレは女から視線をそらせぬまま、睨みあう…いや、見つめあっているような形で数分間そうしていた。
そうやって女を見ていて、オレは気づいた。
『この女、誰かに似ている…』
誰に似ているのかはわからない。
しかし、女の顔がよく見知っている女性にそっくりだと、漠然とだがそう思うのである。
知人の女性の顔を頭の中で再生し、目の前の女の顔と比べるが、誰とも照合しない。
しかし、その代りに、頭の中にある光景が浮かんできた。
時代劇に出てきそうな、あまり豊かでない寂れた農村…
次は神社のような風景…
その次に、かなり背の高い杉の木が群生する暗く大きな森…
その森の中でも一番立派な杉の木…
その杉の木に目隠しをされて、縛り付けられている白い着物の女…
次のシーンではその白い着物の女と思われる女が全裸にされ、まるで十字架にかけられたキリストのように両手と両足に五寸釘を打たれて杉の木に磔にされている。
その次のシーンでは、その女の全身にミミズ腫れのような傷が…
この女だ!
しかし、この頭に浮かぶ光景はなんだ!?
しかも、何故この女を見知っていると感じるんだ、オレは!?
しかも、
今、嫌な文字が…いや、嫌な名前が頭に浮かぶ…
糸…
甲田 糸…
明らかに、この女の名前であろう…
何で『甲田』なんだ!?
と、思った瞬間、顔にポタリと何かが落ちてきた。
ビクッとして意識を女に戻すと、無数にある女の傷から赤い血液ぐ滲み出し、それが寝ているオレに滴り落ちてくる!
ポタ、ポタ、ポタ…
『うあああああっ!!』
オレは声なき叫びを上げた。
ポタポタポタポタポタポタ…
全身から湧き出るように血液を滴らせる女の姿に、オレは素直に恐怖した。
それと同時に、『甲田糸』という文字がオレの脳内にまるで細胞分裂するように増殖していく。
『甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田糸甲田…』
『甲田糸』という文字が洪水となり、オレの記憶や人格そのものを押し流してしまいそうだ!
『ううう…うあああ…はあ、はあ、う、ううう…ぎゃああああああああああ〜!!』
と、また声なき叫びを上げた所までは覚えている…
気がつくと、目の前に心配そうにオレを見ている翔子さんの顔があった。
「武市君!?」
目を開けたオレを見て、翔子さんが呼びかけてきた。
「武市君大丈夫!?」
オレは身体を起こすと、まだ意識もハッキリしないまま、
「あ、翔子さん…おはようございます…」
オレの声に安心したのか、翔子さんは俯いて、一度息を整えてから、
「無事でよかった…朝御飯できたから起こしにきたら全く応答ないから、まだ寝てるのかなって待ってたらお昼になっても起きてこないから心配になって部屋に入ったら、武市君…」
と、言って、翔子さんは口をつぐんだ。
そして、少し迷っているようなそぶりを見せてから、また口を開いた。
「武市君…宙に浮いたまま気を失ってたんだよ…」
翔子さんのその言葉で、オレは完全に意識を取り戻した。
「浮いてた?オレが?」
オレの問いに、翔子さんは初めて見る怯えた目で、
「うん…青白く、うっすら光ってるように見えた…私、正直、怖くてその場から動けずに見てたんだけど…その光がだんだん弱くなって、それと一緒に武市君の身体も地面に降りて行ったの…武市君、何があったの?」
翔子さんは叔母の秘書にして一流の霊能者である。
今まで数多く怪異を目の当たりにしてきたはずだ。
その翔子さんが、怯えている…
オレは、何者かに変化しようとしているのだろうか?
思えば最近、オレは常に超常現象の只中にあると言って過言ではない…
それら、オレに縁するすべての事象が、オレを何者かに変化させようと動いているような…
「それに…」
翔子さんの声で、また我に帰る。
「武市君…瞳の色が変わってる…」
えっ?
という表情をしたオレに、翔子さんは自分のコンパクトミラーを差し出した。
その手が震えている…
オレは、そのコンパクトミラーを受け取り、恐る恐る、それを除き込んだ。
オレの瞳はもともと少しブラウンが強い。
しかし、そのブラウンが勝ち気味になり、一瞬金色に見えた。
しかも、瞳の丸い輪郭をなぞるように赤いラインが入っている…
オレはコンパクトミラーに映る自分の瞳から長いこと目を離せずにいた…
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最近中々こちらに来れていなく
昨日から今日で続きを一気読み
しました。
かなり話がディープになってきましたね。
そして私好みの紳士、伊田さんの今後
の活躍にも期待してしまいます。
冨田さんに至りましては、今後の
更新を応援しつつもお身体ご自愛くださいね。