2016年12月01日
扉シリーズ第五章 『狂都』第二十八話 「雲神2」
涅槃人…
涅槃といえばニルヴァーナ…
仏教では地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天の六道…
所謂『生老病死』に起因する様々な迷い、悩みに苦しまねばならない六つの世界、または認識から脱却、つまり『解脱』したモノが至る絶対的な幸福世界、また認識の事をいう…
澪は、何かの本で読んだか、誰かから聞いたのか、記憶は曖昧だが、それがそういうモノを意味する言葉だと知っていた。
しかし、涅槃人(ネハンビト)という言葉は初耳である。
語感から、おそらく解脱した人間を指すのだろうと思うが、それならば、母親の魂はその絶対的な幸福世界に在るという事になる…
しかし、雲神も静馬も、それを喜ばしい事ではないと考えているように、澪には見える…
澪とて、先程のイメージの中の母親の姿を見るに、その場所が澪の知る涅槃であるとは考えにくいし、母親が幸福そうにも見えなかった…
「雲神様…涅槃って、涅槃人って、どういう意味なんですか?」
姿は見えないが、圧倒的なスケールの霊圧に包まれ、更に声が聞こえる神格に対し、一介の高校生である自分から声を掛けていいものか、という畏怖と尊崇の感情よりも、澪は母親が在るという『涅槃』の意味を、神格の声で確認したかった。
静馬が何も言わずに頭を垂れたままな事から、失礼には当たらないようだと判断し、澪はホッとしながら神格からの答を待った…
『澪よ…』
神格の涼やかでいて、哀しみを感じる声が響いた。
『涅槃とは…この宇宙に充満する生命を動かす渦…その渦の中心、生命が生まれ、還るべき場所なり…我等神格なれどもその理に漏れぬ…彼の地こそ、全ての苦しみより解放されし魂の揺籠…しかし、彼の時、彼の地、彼の者の猛りにより、涅槃は反転した…それにより、全ての生命は還るべき場所を無くした…涅槃へと至る道は閉ざされ、生命は還るべき場所を失った…渦は逆回りし、生命は永遠に彼の地には至れず、生命皆、すべからく永遠に苦しみの中を彷徨う運命となれり…それ全て彼の者、涅槃の王が業なり…彼の者、生きたるままに涅槃に至りし最初の者、涅槃人なり…然れども、彼の者独りなりけり…それ故、彼の者、念い呼び水に換え、意中の者が魂、彼の地に呼び込む事為すなり…汝が母、霞とて呼び水に流され、彼の地にて涅槃人となれり…』
涅槃とは、宇宙に充満している生命エネルギーの動きの起点となる渦、その中心にある生命が生まれ、還るべき場所である。
例え神格であろうとも、その原理から隔絶した存在ではない。
しかし、ある時、ある土地、ある人物の激しい感情の爆発により、涅槃は反転し、生命の渦も逆回転を始めた。
生命の渦が逆回転し始めた事により、生命は涅槃へ至る前に跳ね返され、永遠に涅槃に還る事ができなくなった。
それ故に、生命は安息を得られず永遠に苦しみの中を歩まねばならなくなった。
涅槃は、生きたまま涅槃へと至った涅槃の王の私物と化した。
しかし、涅槃の王は孤独であった為、意中の者のみを本人の意思に関係なく涅槃へと召喚される…召喚された者は、涅槃人と呼ばれる…
そういう意味なのだろうか?
その内容なら、自分達人間や生命あるモノ達は、一人の人間の激しい感情…おそらく怒りであろうが、そういう一人の人間のエゴにより、死しても尚、苦しみ続けねばならないし、生まれ変わってこれても、苦しみは終わらないのだ…
それほど絶望的な事があるか?
閉じた世界となった涅槃…
孤独の寂しさから魂を呼ぶのなら、その孤独は苦しみであるはずだ、なら、涅槃にも苦しみはあるのだ。
生命は、涅槃を無くしてしまったのだ…
イメージの中の母親も孤独に見えた…
よくはわからないが…孤独ほど耐え難い苦しみはないと思う。
意思や、意識、心と呼ばれるモノは他の存在があって初めて意味を得るものだと、澪は、昔から何と何となく考えていた。
おそらく、その涅槃の王は他者を拒絶しながらも、他者を求めるという矛盾した苦しみの只中にあるのだろう…
その溶けない呪いのような苦しみが、他者を召喚しながら、それを孤独という地獄に放り込んでいるのだ…
澪は思い至った…
涅槃の王とは、あの集合写真で母親に絡みついていた、あの蛇のような男の事ではなかろうか…?
それに、限りなく不可能だと言える事だが、母親を地獄と化した涅槃から救出してあげたい!
またおそらく、自分にも、その呼び水がもたらされているのだ…
「その通りだよ、澪…」
澪の耳に、聞き慣れた優しい低音が響いてきた。
振り向くと、自分の背後に土雲晴明が立っていた…
続く
涅槃といえばニルヴァーナ…
仏教では地獄、餓鬼、畜生、修羅、人、天の六道…
所謂『生老病死』に起因する様々な迷い、悩みに苦しまねばならない六つの世界、または認識から脱却、つまり『解脱』したモノが至る絶対的な幸福世界、また認識の事をいう…
澪は、何かの本で読んだか、誰かから聞いたのか、記憶は曖昧だが、それがそういうモノを意味する言葉だと知っていた。
しかし、涅槃人(ネハンビト)という言葉は初耳である。
語感から、おそらく解脱した人間を指すのだろうと思うが、それならば、母親の魂はその絶対的な幸福世界に在るという事になる…
しかし、雲神も静馬も、それを喜ばしい事ではないと考えているように、澪には見える…
澪とて、先程のイメージの中の母親の姿を見るに、その場所が澪の知る涅槃であるとは考えにくいし、母親が幸福そうにも見えなかった…
「雲神様…涅槃って、涅槃人って、どういう意味なんですか?」
姿は見えないが、圧倒的なスケールの霊圧に包まれ、更に声が聞こえる神格に対し、一介の高校生である自分から声を掛けていいものか、という畏怖と尊崇の感情よりも、澪は母親が在るという『涅槃』の意味を、神格の声で確認したかった。
静馬が何も言わずに頭を垂れたままな事から、失礼には当たらないようだと判断し、澪はホッとしながら神格からの答を待った…
『澪よ…』
神格の涼やかでいて、哀しみを感じる声が響いた。
『涅槃とは…この宇宙に充満する生命を動かす渦…その渦の中心、生命が生まれ、還るべき場所なり…我等神格なれどもその理に漏れぬ…彼の地こそ、全ての苦しみより解放されし魂の揺籠…しかし、彼の時、彼の地、彼の者の猛りにより、涅槃は反転した…それにより、全ての生命は還るべき場所を無くした…涅槃へと至る道は閉ざされ、生命は還るべき場所を失った…渦は逆回りし、生命は永遠に彼の地には至れず、生命皆、すべからく永遠に苦しみの中を彷徨う運命となれり…それ全て彼の者、涅槃の王が業なり…彼の者、生きたるままに涅槃に至りし最初の者、涅槃人なり…然れども、彼の者独りなりけり…それ故、彼の者、念い呼び水に換え、意中の者が魂、彼の地に呼び込む事為すなり…汝が母、霞とて呼び水に流され、彼の地にて涅槃人となれり…』
涅槃とは、宇宙に充満している生命エネルギーの動きの起点となる渦、その中心にある生命が生まれ、還るべき場所である。
例え神格であろうとも、その原理から隔絶した存在ではない。
しかし、ある時、ある土地、ある人物の激しい感情の爆発により、涅槃は反転し、生命の渦も逆回転を始めた。
生命の渦が逆回転し始めた事により、生命は涅槃へ至る前に跳ね返され、永遠に涅槃に還る事ができなくなった。
それ故に、生命は安息を得られず永遠に苦しみの中を歩まねばならなくなった。
涅槃は、生きたまま涅槃へと至った涅槃の王の私物と化した。
しかし、涅槃の王は孤独であった為、意中の者のみを本人の意思に関係なく涅槃へと召喚される…召喚された者は、涅槃人と呼ばれる…
そういう意味なのだろうか?
その内容なら、自分達人間や生命あるモノ達は、一人の人間の激しい感情…おそらく怒りであろうが、そういう一人の人間のエゴにより、死しても尚、苦しみ続けねばならないし、生まれ変わってこれても、苦しみは終わらないのだ…
それほど絶望的な事があるか?
閉じた世界となった涅槃…
孤独の寂しさから魂を呼ぶのなら、その孤独は苦しみであるはずだ、なら、涅槃にも苦しみはあるのだ。
生命は、涅槃を無くしてしまったのだ…
イメージの中の母親も孤独に見えた…
よくはわからないが…孤独ほど耐え難い苦しみはないと思う。
意思や、意識、心と呼ばれるモノは他の存在があって初めて意味を得るものだと、澪は、昔から何と何となく考えていた。
おそらく、その涅槃の王は他者を拒絶しながらも、他者を求めるという矛盾した苦しみの只中にあるのだろう…
その溶けない呪いのような苦しみが、他者を召喚しながら、それを孤独という地獄に放り込んでいるのだ…
澪は思い至った…
涅槃の王とは、あの集合写真で母親に絡みついていた、あの蛇のような男の事ではなかろうか…?
それに、限りなく不可能だと言える事だが、母親を地獄と化した涅槃から救出してあげたい!
またおそらく、自分にも、その呼び水がもたらされているのだ…
「その通りだよ、澪…」
澪の耳に、聞き慣れた優しい低音が響いてきた。
振り向くと、自分の背後に土雲晴明が立っていた…
続く
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