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2016年11月25日

扉シリーズ第五章  『狂都』第二十五話  「澪7」

澪は、都古井静馬の霊能者然とした所を初めて見た。

澪は、土雲家が土雲家の祖神を信仰しているように、都古井家にも信仰すべき神がいて、静馬はその神から力を分け与えられた立派な霊能者なのだと、今更ながらそれを再確認した。

しかし…

確かに今日は『変な物』に見たり、触れたりしている。
母親に関しては、澪の母親なのだ、静馬のいう『ヤベーもん』であるはずがない…
ならば、心当たるのは、あの集合写真に写り込んでいた蛇のような男だ…
あれは、明らかに悪霊の類のモノである。
しかし、それが写る写真を見ただけで影響を受けてしまうものなのだろうか…?
憑かれているという事は、呪詛の類ではなく、その霊体から直接霊障を受けている事になるが、自覚症状は全くない…

しかし、静馬の顔つきの変貌ぶりからして、決して冗談やおふざけでない事はわかる。

「心霊写真…見た」

泣いた事に繋がって欲しくないという思いから母親の姿を見たり、声を聞いた事を伏せたからか、片言になってしまったが、1番無難な回答であると、澪はそう答えた。
静馬は眉間にシワを寄せながら、腕組みして椅子に深く腰掛けなおすと、

「どんな写真だ?」

と、前のめりで尋ねてきた。

「私の部屋にね、お母さんが残したアルバムがあって…」

澪がそう言いかけると、静馬は眉間のシワを更に深くした。

「それに、土雲家の集合写真みたいなのがあって…子供の頃の晴明とアンタも写ってた…もちろんお母さんもね…で、そこに写ってるお母さんにね…何か、蛇みたいな男が…」

澪の話を聞き終わらないうちに、静馬はスマホを取り出すと、誰かに電話し始めた。
相手はすぐに出たようで、静馬が話を始めた。

「晴明、オレだ…ああ、それはいいよ…てか、早く帰ってこい!澪があの写真見ちまったようだ…ああ、憑かれちまってんな…とにかく、やれる事はやっとくから…ああ、早くな!」

相手は外出中の晴明だった。
静馬は電話を切ると、ふっと立ち上がり、澪を見た。

「澪、神殿に行くぞ…」

静馬はそう言うと、乱暴に澪の腕を掴む。

「ちょっと何よ?何すんのよ!?」

澪は静馬の手を振り解こうとするが、男の腕力には敵わない。

「いいから、言う事聞いとけ…マジでヤベーからよ!」

静馬はそう言うと無理矢理澪を立たせる。

「あ、あのっ…」

はるかは狼狽して静馬を止めにかかるが、

「アンタは神殿に入る資格ねぇから、悪いけどここにいてくれ…」

と言う静馬の言葉に逆らう事ができずに下唇をかみしめた。

澪の身に何が起こったのか?

それの想像もつかないはるかは、胸が締め付けられる思いがしたが、自分の奥底から

『彼に任せて』

という声が聞こえた気がして、静馬と澪を見送った…

『神殿』とは、土雲神社の御神体が鎮座する地下室の事である。
ここには、土雲本家の血筋の者と『認められた者』のみが入る事が許される…
『認められた者』とは、即ち土雲家の臣家、都古井家の当主を指す。

都古井家の祖神、俗名『呪神(トコイガミ)』は、土雲家の祖神である俗名『雲神(クモガミ)』の従属神である為、入殿が許されているのだ。
資格のない者が入殿すると、その者には雲神の祟りがあるとされる。

神殿、つまり地下に降りる階段は土雲宅の真ん中を通る廊下の突き当たりにある。
階段のある場所は観音開きの扉に締めきられた小部屋になっており、毎朝、晴明が祝詞と供物を奉納するのと、年に四回ある祭祀以外の時には厳重に施錠されている。
その鍵を持つのは、晴明と静馬の二人だけである。

その観音開きの扉の前に、静馬と澪はやってきた。
扉は黒檀でできた仏壇の扉のような作りで、いかにも神秘的な黒い輝きを放っている。

静馬は懐からジャラジャラとキーホルダーを取り出しながら、

「お前…初めてだよな?」

と、目線も合わせずに尋ねる。

「うん…」

扉の重厚さが澪の声を緊張感させていた。

「ふふっ、初めての相手がオレとはな…」

声には笑気を乗せながらも、静馬の表情は固いままだ。

「変な言い方しないで…」

静馬の冗談の意味を察して切り返した澪だが、その声もまた張り詰めたままだ。

静馬はキーホルダーの中から、一つを、絵馬程の大きさもある、見るからに頑丈そうな南京錠に差し込んだ。
南京錠に見合う大きさで、何やら紋様のような装飾が施されている。

澪は、その大きさと装飾に目を奪われた。
静馬が鍵を回すと、

ガッ、チャン

という、重厚な音がして南京錠が外れた。
静馬はそれを、扉に備え付けてある棚のような所へ置くと、両手で扉の取っ手を掴むと、

「雲神の君、御願い奉る…」

と、感情のない、作業的な声色で呟いた。
おそらく、決まり事なのだろうと澪は思った。

静馬がゆっくりと扉を開く。
見た目より軽いのか、手入れが行き届いているのか、扉は重厚な見た目より簡単に開いた。

扉が開いた隙間から流れてきた香の匂いに、澪は何故か懐かしさをおぼえる。
この匂いは時々、晴明からも感じるものだ…

中は暗黒の世界だ。
しかし、不思議とその暗黒が気にならないくらいに、見える。

「何で…?」

澪は無意識にその疑問わ声にしていた。
その意味を察したのか静馬が、

「普通の人間なら何も見えやしねぇだろうな…見えるなら、それが土雲本家の人間だって証だ…」

暗黒の中、そう言った静馬の口元が笑ったように見えた。

「さ、降りるぞ…」

暗黒の中、何の躊躇もなく、静馬は階段を降り始めた…

あの静馬の背中が、やけに頼もしく見える事に、澪は小さな溜息をつき、静馬の後に続くのだった…

続く






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