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2016年11月06日

扉シリーズ第五章  『狂都』第十三話  「魔象」

どうせ異界だ、問題ないだろが、狂都の街を破壊しながら、真っ黒な『山』が近づいてくる…

「な、何なアレよ〜!」

木林が迫り来る山を指差し、悲鳴にも似た叫び声を上げた。
近くにつれ、その巨大さがわかる…

「デカけりゃええってもんちゃうやろ〜!もうちょっと控えるべきなんよ〜!!」

木林の叫びは最もである。
巨大なそれは、目測ではあるが全高50メートル以上はあろう…
その様は、言うなれば血を這う鯨…いや違う…

象だ!!

全高50メートルを超える巨大な真っ黒い象が、狂都の街を破壊しながらこちらに迫ってきているのだ。

この霊圧はその巨体の重さに比例しているのか、地響きで足が地からうきあがりそうだ。

「ゼオンの置き土産か?」

伊田が呟いた。

「あんなデカイ土産置いていくとは、常識疑いますわ!」

木林がそれに答えて軽口を叩く。
しかし、やはり木林である、その目には闘志の炎が燃えている。
そういえば、何故かコイツは巨大なモノに対しては異様な対抗心があった…
それに、その闘志を爆発させる為の術を、コイツは持ったのだ…
あの夜、八龍に行った後に現れたズタ男達を撃退した、あの足技…あれが意のままに使えるのなら…と、武市は心強く感じた。

そうだ、今から、この明らかに殺気を放つ巨大な象を相手にせねばならないのだ…

しかし、手本を見せたとは言われたが、どうやればあの神格…梳名火明高彦命と通じる事ができるのか…?

ん?

武市は、そういえば、こんな長い名前をちゃんと覚えている自分に気づいた…
そういえば、我が名を唱えよとかなんとか言っていたような…

「そうだよ!名前を呼んだら出てきやがるよ!勿体ぶってねぇで、早く通じろや!ほら、もうそこまで来てっぞ!」

志村が檄を飛ばした。
武市とて男…檄を飛ばされれば心に火がつかないわけがない!

「やったるわ、このデカブツ!」

武市がそう叫んだ時には、もう目前に巨大な象の巨体がそびえ立っていた…

「冨ちゃん!」

「武市君!」

伊田と翔子が武市の名を叫ぶ!
しかし、その時、武市は巨大な影に覆われた…
巨大な象の巨大な足が、武市の頭上に振り下ろされる…

しかし、

「おのりゃ〜ボケカス!!」

木林の雄叫びと共に光が閃き、巨大な象はバランスを崩し、その巨体が横に倒れた!

ズシィィ〜ン!!

轟音と、足が宙から離れる程の衝撃の後、

「効いたかデカブツ!!」

再び木林の雄叫びが響いた。
木林は、右足に赤と銀の、まるで遺伝子のような螺旋を描いたオーラを纏っている…
あの夜見た時より、それはよりハッキリと武市の目に写り込んだ。

「へぇ…あの黒いの、見た事ねぇけど、ありゃ何の力だ?」

志村が誰にでもなくそう言って、カカカッと笑う。

「キバちゃん…そんな力が…」

伊田が惚けたようにそう呟くと、それに答えるように翔子が口を開く。

「木林君…SCの才能はあると思ってたけど…何なのアレ…SCとは少し違うような…」

木林は武市に振り下ろされた足と同方向の後ろ足に、その尋常ならざるミドルキックをお見舞いしたのだ。

しかし、象はまたその巨体を起こしにかかり始めた。

「嘘やろ?効いてないってか!?」

そう言いながら、木林は下半身を深く落とし、跳躍体制に入る。

『さっきは何もできんかったけど…こんな得体の知れん奴にビビッてたまるか〜よ!あづま!もっとや!もっと力を分けてくれ!』

木林が心の中でそう叫ぶと、右足の螺旋がまるでドリルのように回転を始め、その回転が早くなるにつれ、オーラの輝きが増していく…

それを察したのか、象が雄叫びをあげる!
鼓膜が破れそうな程の雄叫びに一瞬意識が飛びかけた木林だったが、ぐっと気合いを入れると、右足で跳躍する!
すでに身体を起こした象の頭部まで達した跳躍は、少なくとも40メートル以上には達している!
その跳躍力は人類の範疇を遥かに越えていた…

素早い体捌きをもって、空中で体制を整えた木林は、象の顔面に再度強烈なミドルキックをお見舞いした!

しかし、そのキックはまるで水の詰まった皮袋のように、ドプンと音を立てて震えたに過ぎなかった。

「どないなっとんねん、コイツの肉体よ〜!」

木林はそう叫びながら、また体制を立て直して蹴りを入れた。

飛んでいる…?

木林の身体が、空中を自由に飛んでいるように、武市には見えた。

「顔〜!顔顔顔顔顔、顔〜!!」

木林はそう叫びながら、象の顔面に蹴りを連発している。

その姿が、再び武市の心に火をつけた!

『木林が必死に戦ってるのに何もできぬとはゴリラとしては面目丸つぶれ…頼む、梳名火明高彦命…この冨田武市…いや、ゴリラに相応しい力を与えてくれっ!!』

武市が心の中でそう叫ぶと、

ギィ…

と、武市の中で木製のドアが開いたような音が響いた…

その直後、

『その渇望に、我応えん…!』

聞き覚えのある、神々しい声が響き、武市の身体が燃えるように熱くなる!
心臓でまた核爆発が起こったような感覚を覚え、また、全ての血液が変異し、それが光の粒子となり、武市の全身を駆け巡る…
その輝きが武市の身体の内部から皮膚を透過して溢れ出し、武市の全身がまるで宝石のような輝きを放っている…!
全身の毛が逆立ち、武市の全身に古代文字のような紋様が浮かび始めた…さらに、その形相が憤怒相へと変じ…その瞳は、金色に輝いていた…

続く










扉シリーズ第五章  『狂都』第十二話  「生命3」

大聖別日御火回天明妃(たいせいことのひみほかいてんみょうき)…
明妃、とは明王の女性型。
明王、明妃は仏尊。つまり仏の化身である。
しかし、仏尊でありながら日本神話の神格を思わせるその名は、伊田の記憶にはない。
しかし、目の前にある存在から感じる神々しさは紛い物ではなく、明らかに神性を持っている。
伊田は己の娘の中にいるもう一つの霊体については、もっと禍々しいものであるように思っていた…
それとは真逆の慈愛に満ちたその顔立ちには、母性すら感じるのた…

「アンタは…神か?」

伊田は目の前の存在に尋ねてみた。
答えは一目瞭然だが、確認の為にである。

『そう呼びたければそう呼べばよい…我は汝の娘を抑える為、汝の娘の身体に宿りし者…しかし、その戒めも破られ、今やこの娘は秘めたる力に飲まれてしまった…その上、この娘とこの世を繋ぐ鎖たる汝そのものをなくしては、もはやその力、止まる事を知らぬだろう…』

どういう意味だ…?

美弓の秘めた力…?

フタナリである美弓に宿っていたもう一つの霊体が目の前の神格であり、それが美弓を抑えていた…?
フタナリとは、そういうモノだったのか?

それに、自分の娘は、一体何者だと言うのだ…?

「美弓は…一体何なんだ?」

伊田はその答えを聞くのが空恐ろしく思ったが、尋ねずにはいられなかった。

『この世には時として生まれくるのだ…悠久の時を経、星々が定められた位置に整う時、その者、星々を砕き、その欠片すら塵へと還す破壊者がな…』

破壊者…?

使命…?

「使命って…誰から与えられた使命なんだ?」

神格は、静かに答えた。

『コトアマツガミ…』

コトアマツガミ…

アマツガミとは、日本神話における高天原起因の神格だと知っている…
コトアマツガミ…
それは国造神よりも前の世代の神格を指す。
その正体は謎に包まれているらしいが…

『汝にも使命はある…』

神格の静かながら重みのある声が響いた。

『この娘の霊、この世の理に囚われた中であれば抑えは効く…しかし、一度解き放たれたなら、それを抑える術はない…汝は娘をこの世に繋ぐ鎖…親子の絆とはそれほど深き縁だと知るがよい…しかさそ、この娘は今、我の戒めを破り、更に鎖たる汝を失い、この世の理から解き放たれた…見よ、時は動き始め、破壊の力が動き出している…』

伊田の目には、コマ送りのように、生雲大社が崩れゆく様が見える…
傍に美弓がいる…
大地に足をつけ、その小さな身体から禍々しい輝きを放ちながら、泣いている…
その足元には、胸から上が吹き飛ばされた己の肉体が転がっている…

『時間がない…汝伊田源二よ、汝に我が生命を分け与えよう…それにより汝は蘇る…しかし、それは仮初めの生命…伊田源二の生命ではない…我が眷属として、我の与えし名が、今より汝の真名となる…その名は何人にも教える事なかれ…そして、我が命は絶対である…汝の真名は生雲火魂鎖命(イククモホタマクサリノミコト)…ゆめゆめ忘るる事なかれ…』

再び光に包まれ、伊田はその光に溶けるような感覚の中、また記憶が途切れた。
そして、目をさますと娘の鳴き声が聞こえた。
地面が激しく振動している。
地震だ。
伊田が倒れたまま辺りを見渡すと、時間が正常に動き出したのか、風景は一変し、世界遺産認定直前だった生雲大社は見る影もなく崩れ去っている。
伊田は倒れていた地面から起き上がり、娘を抱きしめた。

「美弓!大丈夫だ!お父さんここにいる!ここにいるぞ!」

地震が止まった。
それと同時に美弓の身体から力が抜けた。
ぐったりとする娘の身体を抱きしめながら、改めて周りを見渡すと、どうやら被害はかなり広範囲に渡っている事を感じた。
生雲大社を後にし、町に出ると、風景はもはや戦場であった。
あちらこちらで火の手があがり、悲鳴や怒号が飛び交う。
瓦礫の下には何人の人が助けを待っているのか…
破壊とは、こういう事なのだ…
この破壊の力が、今腕の中にいる娘に宿っている…
何故、娘なのか?
こんな重すぎる業を、何故自分の娘が背負わされているのか?
答えの出ない疑問を抱えたまま、伊田は、何とか横浜にたどり着いた。
この震災は『西日本大震災』と名付けられ、被害は中国地方から近畿地方、北九州に及び、死者九千人超となる未曾有の大惨事となった。
しかし、美弓には生雲大社に着いてからの記憶が完全に抜け落ちていた。
おそらくはあの大聖別日御火回天明妃が、あの記憶を封印ないし抜きとってくれたのであろう。
伊田も肉体的には何ら変わりはなかった。
しかし、時折あの明妃の声が聞こえるようになった。
また、分けられた生命から新たな感じた事のない力が湧いてくる。
その力も徐々に理解し、コントロールできるようになった。
しかし、この生命が仮初めのモノである事もわかる。
すでに寿命は尽きている。
使命を終えれば、自然に失われるモノなのだろう…
それまでは、娘を繋ぎとめ、守らねばならない。
しかし、それを脅かす存在がある事も、明妃から教えられた。
また同時に、美弓の『破壊の力』を相殺する術がある事も教えられた。

「しかしね…申し訳ないけど、そいつは話せないわけがあるんだ…まあ、話した通り、今のオレの生命は使命を全うする為に与えられたものだ…翔子、お前も生命を与えられたんなら、お前にも使命があるんだよな?」

語り終えた伊田は、翔子にそう尋ねた。
翔子は一つうなづくと、

「はい…でも、源さんと同じく、それは明かせませんけど…」

と、少し表情を緩めた。

あの美弓さんにそんな力が…

何やら重い業を背負わされているような自分と重ね合わせ、武市は言葉が出なかった。

「う、う〜ん」

志村が目を覚ましたようだ。
一同が志村に目をやると、志村は気だるそうに身体を起こして、周囲を見渡す。

「やれやれ…何だよ…吹き飛ばしたと思ったら、まだ異界のど真ん中かよ…あ、アンタ等無事だったんだな…」

志村が立ち上がりながらそう口にする。
しかし、その直後…

ゾォン

圧倒的な霊圧を、武市は感じた。

ゾォン

ゾォン

ゾォン

まるで巨大な何かが大地を踏みしめるように、霊圧が強くなる。
巨大な何かが、こちらに近づいてくるのを感じる。

「あ〜あ…オレ今は力出せねぇぞ…おい甘ちゃんゴリラ!」

志村が頭を掻きながら、武市に声をかけた。

「手本は見せたろ?次、テメーでやれや…」

志村の一言に、武市は霊圧ではない、嫌な圧力を腹部に感じた…

続く










2016年11月03日

扉シリーズ第五章  『狂都』第十一話  「生命2」

伊田の一人娘、伊田美弓…

一つの肉体に二つの霊体が宿る特異体質『フタナリ』と呼ばれる重い宿命を背負って生まれた悲運の女性である。

外見や物腰にはそれを微塵も感じさせず、人前に出る女優という職業を選び、美人ではあるが、歳相応の普通の女性にしか見えない…

その美弓さんが、あの大震災を引き起こした…?

いや、それは…

「伊田さん、それは…美弓さん本人ではなく、美弓さんの中にいるもう一つの霊体が、という意味ですよね?」

と、武市は、冷静に考えてもそうとしか考えられないという思いをもってそう尋ねた。
しかし、伊田は首を横に振り、

「いや、あれは紛れもなく、美弓自身が起こした事だよ…あいつは何一つ覚えちゃいないだろうけどね…」

武市は驚愕した。
木林も目を丸くしている…
しかし、翔子の表情は「やっぱりそうか」と言わんばかりだ…

「あ、あの…わかりませんわかりません!霊体とか神格とかの力じゃないとしたら、普通の人間が、どうやったらあんな事ができるって言うんですか!?」

武市はそう言いながらも、頭の中では「超能力」という言葉が躍っている。
「超能力」であるとしたなら、それは念動、所謂サイコキネシスにあたるのだろうが、そんな出力のサイコキネシスを振るう人間がこの世に存在するとは到底思えない…

伊田は武市の言葉を受けて黙り込む…数秒の後、伊田は翔子の方をチラリと見やる。
翔子は何を察したのか、一つうなづいた。
それを受け、伊田は口を開いた。

「聞いてくれるかい?」

伊田は武市と木林の顔を見た。
二人は見た、伊田の瞳の中にもあの紋様が刻まれているのを…
しかも、その紋様は生き物のように見える…
まるで、瞳の中を蛇がのたうっているかのように見えるのだ。

二人は伊田のその目に込められた形容し難い気迫に言葉を失い、首を縦に振るのが精一杯だった…

「ありがとう…」

伊田は二人にそう言うと、遠い目をしながら語り始めた…

「十年前の秋…美弓が突然言い出したんだ、生雲大社に行きたいってね…なんで生雲なんだって聞いたんだけど、特に理由はないって言うんだ…オレは仕方なく生雲に行く事にした…近場への親子旅行は珍しくなかったんだけど、当時は横浜に住んでいたからね、あいつにとっては大冒険だったのか、えらくはしゃいでたよ…で、オレ達は生雲大社に到着した…到着した瞬間、あいつは「帰ってきた」って口にしたんだ…その時のあいつの目は子供の目じゃなかった…老人の目に見えたよ、まるで何百年も生きてきたような、重みを感じる目をしていたんだ…」

帰ってきた…?
生雲大社に…?

一般的に知られている生雲大社は神無月には日本神話の神々が集まる聖地だと認識されており、高天原から降臨した皇祖たる天津神とは違う土着の国津神の為に建てられた神殿だ。

その生雲大社に帰ってきた?

「その日の生雲は観光客で賑わっていたんだけど、あいつがそれを口にした途端、時間が止まった…信じられない事だけど、確かにあの時、完全に世界が止まっていたんだ…オレ達二人を覗いてね…」

時間が止まった…
武市は、それに似た事は何度か経験している…
武市はそれを一時的に限定された空間が時空から隔絶されていたのだろうと考えているが、伊田の口ぶりから、それは限定された空間のみではなく、世界そのものの時間が止まったという意味ではないかと思った…
しかし、いくら超能力者だったとしても、そんな事が人間に可能なのだろうか…
いや、どう考えても、そんな事ができるのは神をおいて他に見当たらない…

「伊田さん、それもアレですか?美弓さんがやったと?」

木林が伊田に尋ねた。

「そうかも知れないし、そうじゃないかも知れない…人間が時を止めるなんて、考えられない事だし、正直な所はわからない…でも、その時、あいつはもう、オレの知っている美弓じゃなくなってた…美弓はその時こう言った…私、世界を壊す、ってね…」

次々に入ってくる情報を整理するので手一杯になりつつあるが、何とかついていかねばならないと、武市は伊田の話に集中する。
伊田がその時、美弓とこんな会話を交わしたという…

「美弓…これ、お前がやったのか?」

「…わかんない…ただ、お父さんとずっと一緒にいられたらいいな、時間が止まればいいなって思っただけ…」

「思っただけって…とりあえず、お前がやったんならすぐに元に戻しなさい、これはいけない事だ…」

「いけない事?」

「そ、そうだよ…じ、時間を止めるなんて、人間がやっちゃいけない事なんだ…わかるだろ?」

「…わかんないよ…時間が止まってる事なんて、私達以外にはわからないでしょ?別に悪い事じゃないよ…それに、やろうと思ってやったんじゃないもん…ねえお父さん、私、何でこんな事ができるの?」

「…」

「ねえ、教えてよ、お父さん!?」

「そ、それはお父さんにもわからないよ…」

「お父さん、私恐い…身体の奥から熱いのが溢れてくるの…もう、爆発しそうなの…お父さん、この熱いの何なの!?熱い!熱いよ、お父さん!」

「美弓!どうした?どうしたんだよお前!?」

「ああ〜!出る!溢れる!」

目の前が光に包まれ、伊田さんの記憶は一時そこで途切れたらしい…

次に目を覚ました時、目の前に神々しい光を放つ女性の姿があったという。

伊田さんは瞬時に理解した。

この女性は、フタナリである美弓の中に住まうもう一つの霊体…
それは、神を持たぬ伊田さんにも、明らかに『神格』であると理解できるほどの神々しい輝きを放っている…
その神格は伊田に語りかけてきた。

「汝、死したる孤独の魂よ…死したればこそ明かそう…我こそは大聖別日御火回天明妃…」

伊田は、そう名乗る神格に告げられ、ようやく自らの死に気づいたのであった…

続く






扉シリーズ第五章  『狂都』第十一話  「生命」

一度…死んだ?

翔子の言葉の意味が理解できない…

だって、生きてるじゃないか…

ちゃんと息をしていて、肉体もある…

今目の前にいる翔子が死人でいるわけがない…

「な、何を言うてるんですか翔子さん?そ、それよりそれ、何なんですか?」

木林が翔子の身体を覆う紋様を指差し、口元を引きつらせながら笑気を漏らす。
この紋様は木林にも視認できているようだ…
伊田にも見えているようだが、一瞥して目を伏せた。

「これは…これが私が一度死んだ証…一度砕けた生命を繋ぎ止めるための魂帯(たまおび)…」

何を…
本当に何を言っているんだ、この人は…

「翔子さん、嫌な事言わんとってくださいよ!生きてますよ!翔子さんバッチリ生きてますって!」

武市はもうその話を聞きたくなかった。
考えたくもないが、例え一度死んでいたとしても、今生きているのだから、それでいいじゃないか!と言う意味でもあるが、もう一つ
、武市にはわかるような気がするのだ、翔子の話の意味が…
もし翔子が一度死んだとすれば、あの幽体離脱の夜だ…
あの後、翔子は…いや、翔子の生命が変わったように思うのだ…
そして、その変化した生命は、どういうわけか、神性を帯びている…

「翔子さん、武市の言う通りっすよ!生きてますて!翔子さんみたいな綺麗な幽霊なんかいてないでしょ!?」

木林もこの話が嫌なのだろう。
その声には「もうやめてくれ」というメッセージが込められているように武市には感じられた…

「違うの木林君…私は一度死んだ…でも、私は生き返ったのよ…存在そのものが変異したから、厳密には私と呼べないかも知れないけど…」

翔子は優しい口調で諭すようにそう言ったが、その目には悲しみが溢れているように、武市には見えた。

しかし、生き返ったとは何だ?

人間は死んだら生き返る事はない。

生き返ったとしたら、それは奇跡だ…

いや…奇跡なら何度か目の当たりにした…

この紋様も、言わばその一つだ…

存在自体が変異したというのも、何となくだが意味はわかる…
今、翔子は、翔子のモノではない生命で生きている…
それはおそらく、何者かから与えれた生命…
それは、『人間の生命』ではない…
『人間の生命』ではない『生命』を持って生きる人格を何と呼べばいいのか…
翔子は、そういう存在へと変異したのだ…

「翔子さん…仮に翔子さんが一度死んでいたとして…一体何が翔子さんを生き返らせてくれたんですか?」

武市には余計な情報は必要なかった…いや、その情報を得たら、武市は己を責める事になる。
武市はもう確信しているのだ、あの夜、武市が幽体離脱している間に、翔子が一度死んだ事を…

「ごめんね。それは言えない…この事に関してはこれ以上は言えない…でも、それは貴方も同じですよね、源さん?」

翔子はその悲しみに満ちた瞳で伊田にそう尋ねた。
伊田は、俯いたまま静かに語り始めた。

「そうだったのか…そうか翔子、お前もか…ああ、オレもあの日、一度死んだ…お前の言う通りだよ…そして…」

そこまで言うと、伊田の身体に翔子のモノとよく似た紫色の紋様が現れた。
しかし、翔子のモノとは紋様の形
が違う、より複雑怪奇な形をしている…

「オレもこの魂帯で繋ぎ止められてる…」

伊田は笑ってみせたが、その目には翔子と同じ悲しみが満ちていた…

木林は話についていく気もないようだ…
生きているからそれでいい、木林はおそらくそう思っているはずだ。
それをアピールするように、イラついた表情でタバコに火をつけた。
しかし、気になるのはさっき翔子も口にしていた「あの日」「あの時」という言葉だ…

「あの、すみません…「あの日」とか「あの時」とか…昔、何かあったんですか…?」

武市は気になった事のみを尋ねてみた。
伊田は何かを考えるように黙り込む。
すると、

「キバちゃん…タバコ一本頂いてもいいかい?」

と、木林に声をかけた。
木林は無言でタバコを差し出すと伊田はそれを一本抜きとって口に咥える。
木林がライターで火をつけた。
伊田は一服入れるとフーと細長い紫煙を吐き出した。
そして、タバコの先の火を見つめながら、口を開いた。

「十年前になるね…冨ちゃんとキバちゃんはまだ小学生だね…覚えてるだろ、あの震災を…?」

十年前…武市達が小学校三年の時に起こった縞根県を震源として近畿から北九州までに及び甚大な被害をもたらした巨大地震…通称『西日本大震災』…
伊田のいう震災とは、おそらくそれを指すのだろうと、武市は理解した。

「あの震災は…自然災害…いや、ある意味そうだと言えるのかも知れないが…あれは、ある者の意思によって起こった事なんだよ…」

ある者の意思…?

マグニチュード8.0以上を記録ささたあの地震により縞根はまだ復興半ば…世界遺産に選ばれた直後だった生雲大社もほぼ全壊したが、町の復興が優先されている為、まだその傷跡を残したままだ…
平島の核廃記念ドームも崩れたまま…被災した地域は未だ被災地であり続けている…
武市達の泉州地方は奇跡的に大した被害が出ていなかったが、あれ程の巨大地震が何者かの意思によって起こされたものだと言うのか?

それは、絶対に許される事ではない!

「伊田さんは知ってるんですか、その何者かを?」

武市の声に、珍しく怒気が含まれているのを木林は感じた。
自分が声を発していたら、その声にも武市と同じく怒気が含まれていただろうと、木林は思った。
伊田はまた紫煙を吐き出すと、少し間をおいて意を決した表情で武市の問いに答えた。

「オレの娘…美弓さ…」

続く







2016年11月02日

扉シリーズ第五章  『狂都』第十話  「紫の空の下2」

伊田が『霊能者』を諦めた理由…

それは非常に気になる所だ。
武市から見れば、伊田は『霊能者』を名乗ってもよいほどの知識と実力を兼ね備えているように見えるのだが、それでも自分を『霊能者』ではなく『霊具職人』と呼び、一線を引いている…
巷には、そんな力を持たずに『霊能者』を名乗る輩も少なくないと言うのに、伊田は何故、一線を引いているのだろうか…?

「冨ちゃん…キバちゃんもよく聞きなよ…霊能者って連中はね、自覚がある、無いに関わらず、必ず何らかの神格ないし、神格に近い力のある霊体の神威によって霊力を得て、除霊や浄霊を行っているもんなのさ…
甲田福子然り、三角綾然り、翔子だってそうさ…ほとんどがそれぞれの一族の祖神を信仰し、その力を分けてもらってるのさ…でも、たまにね、そこの志村さとしみたいに、神格に見込まれる奴もいる…ある日突然神のお告げを受けて、なんて話聞いた事あるだろ?コイツはそのタイプに当てはまると思う…何を基準に選んでるのかわからないし、コイツにも自覚なんか無かったろうけどね…で、オレはそのどちらでもなく、信仰すべき神を持たない…だからオレは、霊具職人としてサポート役に回る事にしたのさ…」

神を持たない…

それは今までの自分にも言えるし、木林だってそうだろう…

しかし、自分は確実に神と通じた。
それも、梳名家の祖神に…
甲田の血を引いているのだ、甲田家に祖神がいるなら、それと通じて然るべきだが、何故梳名家の神が…?
翔子を救う為の事だったのか…それとも、偶然自分が見込まれただけなのだろうか…

武市がそんな事を考えていると、

「私はそうは思いません…」

翔子が伊田の言葉に噛み付くように声を発した。

「どういう意味だよ?」

伊田は飄々とした態度で翔子に尋ね返した。

「源さん…私は昔から思っていました…貴方は師匠と互角以上の霊力を持っている…」

翔子は明らかな疑惑の目を伊田に向けている。

「えっ?何言ってんだよお前は…霊力ってのは神格起因の力だろ?そんなもん、オレにあるわけないだろ?確かにオレは常人より鋭い霊感と、準神格クラスの霊体から力を拝借して霊具を作る事はできる…でも、お前等みたいに祖神を持ってるような連中とは根本的に差があるんだよ…」

伊田は笑気を含んではいるが、ハッキリと翔子の言葉を否定した。
しかし、伊田がかなり高度な霊能者の技を使うのには、武市も疑問を覚えた。
呪詛の進行を遅らせる儀式、念話、ただ霊感が鋭いというだけで、そんな事が簡単にできるとは思えない…
自分には神格が宿っているのだ、念話に対応できたのはそれで説明がつく。
しかし、伊田が神を持たないというなら、どう説明をつけるのか…?

「どうして嘘をつくんですか?だから貴方を信用できないんです…!」

翔子は疑惑の眼差しと怒気を含んだ威圧的な声をあげた。

「嘘なんかついてないよ…それにな、オレはお前に信用してくれなんてお願いした覚えもないよ…」

伊田の声にも怒気が含まれだした…少しゆるんでいた両者間の緊張が再び張り詰め、険悪なムードが漂う…
しかし、

「伊田さん、伊田さん儀式とか念話とかできますよね?あれって霊力とは違うんですか?」

と、武市は純粋な疑問を伊田にぶつけてみた。
武市自身、そのわけを知りたくもあり、翔子も知りたいはずだし、木林も気になっているはずだ。

伊田は少し表情をゆるめると、

「はははっ、冨ちゃんあれはね…模倣だよ…」

と、笑って答えた。

「模倣?」

武市はおもわず復唱した。
思いもよらない解答だ。
そもそも、あんな事を模倣できるものなのか?

「方法さえわかれば、ある程度の事は模倣できる…人間は肉体的にも精神的にも基本的には同じ造りだからね…どこをどう使えば、それができるのかわかれば、できるだろ?…例えば、走るという行為…走り方はわかるよね?でも、走ってみて、差が出る。誰でもできる事だけど、誰でもオリンピックに出られるわけじゃない…つまりはそう言う事さ…でも、念話や儀式の方法を理解するのには、かなり鋭い霊感を持ってないとできない…幸い、感じる力は常人より鋭かったからね…これで答えになるかな?」

納得したような、しないような、不思議な心持ちだ…
自分を言いくるめたのか、はたまた、それが真実なのか…
よくわからないが、用意していたような、淀みない伊田の口調にいささか引っかかりを感じた。

「それで誤魔化したつもりですか?」

翔子は疑惑を超えた敵意に似た眼差しを伊田に向けた。

「誤魔化したつもりはねぇよ…で?結局お前は何が言いてぇんだ?」

伊田は面倒くさそうに吐きすてるように翔子に尋ねた。

「源さん…貴方が何故嘘をつくのかは正直どうでもいい…大事なのは、貴方が何をしようとしているか…そこです。」

翔子は真っ直ぐな目で伊田を見つめる。
伊田ははっと笑気を吐き出すと、翔子と同じような真っ直ぐな目で、

「お前はオレが何をしようとしてると思ってるんだ?」

と、乾いた声で尋ね返す。

翔子は、それを受けて初めて気圧されたような表情を見せた。
いや、気圧されているのは伊田にではなく、翔子が考えている事、それ自体にかも知れない…
武市の目には、そんな風に見えた。

「どうした?言ってみろよ?」

威圧的ではない、伊田には受け止める覚悟があるように見える。
しかし、やはり翔子にはそれを口に出す踏ん切りがつかないようだ…

「翔子…一度口にしたんだ、それを話すのは責任ってやつだぜ?安心しろ、オレ達ゃ同門の兄妹だ…兄弟子としてちゃんと受け止めてやるよ…」

今のは伊田の本心であろうと、武市は感じた。
伊田が優れた人格の持ち主である事は間違いない。
それは付き合いの長い翔子の方がよく知っているだろう。
それだけに翔子は自分の中でわだかまる疑惑を晴らしたいのだろう…

「源さん…美弓ちゃんは元気ですか?」

翔子が口を開いた。
伊田はそれに対し、少し拍子抜けしたような表情を見せながら、

「あ?ああ…あいつ今、そんなメジャーじゃないけど劇団で女優やってるよ…まあ元気…」

と、そこまで言うと一瞬眉間にシワを寄せ、すぐにまた表情を緩めると笑気を吐き出した。

「はははっ、大丈夫だよ翔子…もうあんな事は起こらない…それにあれは、悪い夢だ…その証拠に、オレはちゃんと生きてるだろ?」

話が要領を得ない…
どういう意味だ?

それを聞いた翔子は俯いた。

「あ?どうしたんだ翔子?」

伊田は心配そうな表情で翔子を包むような声でそう尋ねた。

「やっぱりそうなんだ…源さん、私達は同じです…」

ますます要領を得ない。

「えっ?お前何を………あっ…」

伊田は翔子の言葉を意味を理解したようだ。

「そうです源さん…私も一度、死にました…」

何がなんだかわからない…
しかし、武市の目に再びあの光景が飛び込んできた。

翔子の全身に現れたあの紫色の紋様…
あれがまた翔子の全身に現れ、この世ならざる神秘的かつ不気味な輝きを周囲に撒き散らしていた…

続く






2016年11月01日

扉シリーズ第五章  『狂都』第九話  「紫の空の下」

地に落ちた雷神は、ピクリとも動かない…

いかに5〜6メートルの高さとはいえ、打ち所が悪ければ最悪の場合も考えられる。

武市達は一瞬思考が停止したものの、動かぬ雷神の元に駆け寄った。
どうやって今の状況を知り、どうやってここに侵入し、どういう経緯であんな強大な力を持つに至ったのか、どうやればあのように神通力を意のままにできるのか?
聞きたい事は山ほどあるし、彼が自分達を救ってくれたのだから、恩人である。
恩人を死なせるわけにはいかない。
武市は必死に彼を揺り起こそうとした。

「志村さん!志村さん!」

「さとし君!さとし君!」

「おい、さとし!しっかりしろよ!」

武市に続いて旧知の仲であると思われる翔子と伊田も志村の身体を揺さぶった。

すると志村は、耳障りな異音を発し始めた。

「ぐぉ〜…ぐぉ〜…ぐぉ〜」

武市達は安堵した。
明らかにイビキである。
しかし、少々ボリュームが大きく非常に耳障りであるが…

「威かしっこ無しだぜ、この野郎…」

伊田がペタリと座り込んで、溜息と共に笑気を漏らした。

「源さん…アレって…あの力って…神通力ですよね?」

翔子は、志村の寝姿を眺めながら、伊田に尋ねる。
翔子から伊田に言葉をかけた事を、武市は少し微笑ましく思った。
伊田は、顎を撫でながら答える。

「そうかも知れないなぁ…それはオレより、直接コイツの面倒見てたお前の方がよく知ってるんじゃねえのか?」

翔子は刹那の間の後、軽くうなづいて答えた。

「彼は、三角綾の紹介で筋海道場に来て、一年足らず私が直接面倒を見ていました…彼は、師匠から元々霊感が鋭い上に超能力者でもあると聞かされていました…でも…筋海大師匠はこう言われていたそうです…コイツの力は神に通じている、いい霊能者になると…」

翔子は、さとしに懐かしむような眼差しを送った…
しかし、このパンク男とあのAYAさんが知り合い…?
武市は、どのような経緯で知り合いになったのかが気になったが、それ以上に、『繋がる』事が空恐ろしく感じた。
何故、こうも自分の周りに異能の者が現れるのか…?
この間、神格と重なった時、神格を宿すがゆえに、何らかの陰謀の渦中に引きずり込まれるのかと、その理由の一端を垣間見たような気はしたが、物事はシンプルでは無さそうな気がする…
それと同時に、翔子の話を聞いて、幽体離脱の前に翔子が言っていた霊力と超能力を兼備し、修行中に姿をくらました少年…それがこの志村であると、武市は直感した。

「翔子さん…この人ですか、前に言うてはった人は?」

翔子は武市の問いに答える。

「えっ?…そうよ…彼がその子…志村さとし君…何故、今ここにいるのかしら…?」

翔子の目が懐古から疑惑の眼差しに変わった…

翔子はあの夜以来、何か物事を懐疑的に見るようになったな、と武市は思った。
頭の切れる人だから、色々考えを巡らせる結果そうなるのかも知れないが、翔子は神性に触れた事によって、何かを知ってしまったのかも知れない…それに、伊田もだが、二人は自分に関する何かの秘密も知っているようだ…
いつか、それを打ち明けてくれる時が来るのか…?
いや、それは叔母の口から直線半ば聞いた方がよいのだろうか…
しかし、今は土雲晴明とやらに会う事が目的でこんな所にいるのだ。
彼に会う事で、善くか悪くかはわからないが、また新しい道が開けるに違いない。
彼に会う為には、ゼオンが造ったこの世界から脱出する方が先決である。

「しかし、神通力って身体に負担かかるもんなんですね…」

耳障りなのだろう、木林が両耳を塞いだ姿で誰にともなく呟いた。

武市は、自分が神と重なった後に気絶したのを思い出した。
初めて味わった全てのエネルギーを使いきったような異常な倦怠感は忘れようもない。
あんな事を繰り返していたら、そのうち、命まで失ってしまいそうだ…
しかし、彼の寝顔は安らかに見える…
あの倦怠感を感じていたなら、こんな安らかな表情で眠る事はできないだろうと思うが…

この男は、霊能者としての修行をした事で、神と通じる術を会得したのか、それとも、自力でそれを会得したのか…
自分はこの男から学ばねばならない…
自分にもあんな力がコントロールできたら、周囲の人間を理不尽から守る事ができるだろう。

武市は決めた。

この男を師としよう。

幸い、そのルックスとは裏腹に、この男からは微塵も悪意を感じない。
目を覚ましたら、色々聞いてみようと武市は心に決めた。

「それに伊田さん、ゼオンが言うてたアマツガミとオヌノカミって一体何なんすかね?神様ってのはわかるんですけど…?」

木林は伊田の隣に座り込んで尋ねた。
伊田は、志村に目をやりながら答える…

「オヌノカミってのはわからないけど…アマツガミってのは、あれだな、日本神話で高天原っていう所から出てきた神格をそう呼ぶな…てかキバちゃん、大学ではそんな事を学んでるんじゃないのかい?」

伊田は笑気を含んだ声でそう返した。

「いや、そうなんですけど、あんまり大学行けてないから…なあ武市!」

木林は笑気を漏らしつつ武市に話を振った。
しかし武市は、

「ゼオンは我等アマツガミって言うてましたよね…じゃあ魔星っていうのは、アマツガミの集団なんすかね?」

と、伊田に尋ねる。

「あ〜ん、スルーされるって、気持ちのええもんちゃうんよ〜!」

木林は笑いながら武市の背中に軽い蹴りを入れた。

「そうかもしれない…でも、鵜呑みにはできないよ…神を名乗る悪霊なんかは、それこそいつの時代にも、どんな所にもいるからね…オレには悪霊に見えたけどね…まあ、力の次元は絶望的に違うけど…あ、そういやオヌノカミ…オヌってのは隠れると書いてオヌと読む…大昔は目に見えない超常的な存在をオヌと呼んで、オヌはのちにオニになったって聞いた事あるなぁ…」

伊田はまた顎を撫でながらそう答えた。

オニ…鬼…
日本では角が生えた異形の怪物を指すが、古来、中国では鬼は幽霊を指す言葉だったと聞いた…
鬼の神…
幽霊の神…
よくわからないが、人間と通じて力を与えてくれるなら、それは神と呼んで差し支えないのは事実でろう…
しかし、言葉そのままに解釈するなら『隠れた神』とも言える…
武市は自分と通じた梳名火明高彦という神格の名は聞いた事も書物で目にした事もない。
梳名家の祖神だというのだから、かなりマイナーな神格なのかも知れないが…
武市は基本的に無神論者であったが、通じたという事実はその認識を吹き飛ばすには十分過ぎた。

「伊田さん…神格って、神って何なんすかね?」

武市はそう言いながら伊田を見たが、その問いに、伊田の口角が少し上がったように見えた。

「神か…冨ちゃん、オレは霊能者として致命的な欠陥があってその道を諦めたって話したよね?その欠陥ってのが、それ、神格さ…」

伊田の答えの意味がわからぬ武市は、素直に首を傾げた。

伊田はそれにまた、口角をあげると、静かに語り始めた…

続く






2016年10月30日

扉シリーズ第五章  『狂都』第八話  「異界の雷神3」

受け止めきれず、強風にはためく旗のように振動する鼓膜!

あまりの轟音に、武市は一瞬意識が飛んだ。
いや、武市だけではない、そこにいる志村とゼオン以外の人間の聴覚に耐えられる音ではなかったのだ。

それでも、落ちてはならぬと、なんとか意識を取り戻した武市の眼前に、白い世界が広がっていた…

暗黒の闇に包まれていた世界が一変、辺り一面純白だ…
闇を吹き飛ばしたのか、それとも塗り変えたのか…?

武市はおそらく前者であろうと思った。

それをやったであろう男の姿が武市達の上空にあった。

志村は、地より5〜6メートル離れた上空で浮揚していた。
伸ばされた右腕の先には、ゼオンの首がある。
武市達の意識が飛んだ刹那の一瞬、志村はゼオンの首を捕らえ、上空に浮揚したのだろう。

「神通力…」

翔子が呟いた。

「空中浮揚なんて、本当にできるんだな…」

伊田も、翔子に答えるように。機械朗読のような棒読み口調で呟く…

「あ〜ん、浮いていらっしゃってるよ、あの兄やん…」

木林も笑気を漏らしながら呟く。

人間が空中に浮揚するのは不可能であり、それは物理法則を超越した行為である。
異界とはいえ、武市達が地に足をつけているという事は、物理法則が生きているという事である。

「書き換えたの…?」

また翔子が呟いた。
武市はその呟きの意味を瞬時に理解した。
今まで武市達がいた暗黒の世界は、ゼオンが造ったものである事は明白。
おそらく、今まではゼオンがこの異界の摂理そのものであり、武市達はその摂理に縛られていた。
それはあの超越的な力を振るう志村とて同じだったのではないか?
彼は、ここに現れてから、ずっと書き換えていたのではないか…
ゼオンの摂理を自分の摂理にする為に…

「ほう…見事に吹き飛ばしてくれたものだ…志村殿…貴方の狙いは始めからこれだったのですかな?」

首を捕らえられながらも、ゼオンは余裕の笑みに唇を歪める。

「は?オレの狙いは始めからオメーの首だよ…」

志村は眼から赤い光を放ちつつ、殺意の籠った低い声で答えた。

「匹夫の勇と思いきや、貴方は意外にも思慮深い戦術家であるようだ…よぉく覚えておきましょう…」

ゼオンの余裕は変わりなく、志村はそれに答えるように右腕に力を込める。

「覚えとく必要あんのか?今から消滅する奴がよ?」

志村の全身を包む電光が右腕に収束されていく…

「今度はブラフじゃねえぞ…さあ消し炭になりなクソジジイ!絶雷!!」

志村の右腕に収束していた電光がゼオンに流れ込み、その電光がまるで化学反応を起こすように、ゼオンの身体を分解していく!

武市にはその様がゼオンが消滅していくように見えた。

「はははっ!好き哉好き哉!我等から見れば稚児にも等しき隠神がこれ程の力を持つに至るとは新たな発見!しかし…」

ゼオンはその身体がほぼ消滅しつつありながらも、武市達に声を飛ばしてきた。

「貴方が書き換えたのは広大な我が領域のほんの一部…目的地に至るその道程は、貴方方にとって絶望をもたらすものになるでしょう…そして、貴方方は諦める…だが、それでよい…最後に忠告を…志村殿、力の使い過ぎは御身を滅ぼしかねませんぞ?」

ゼオンの姿は完全に消滅した…

それと同時に、景色が変わった。

街だ…

ビルや商店が立ち並び、大きな駅が見える…

「狂都か…?」

伊田がボソリと呟いた。
その呟きに反応して、皆が周りを見渡す。

「狂都や…ははっ!あのジジイ、最後にしょうもない嘘つきやがってよ!負け惜しみも甚だしいんよ〜」

木林はまた笑気を漏らしながら、安心したような表情を見せた。
しかし翔子が、その安心を揺るがせた。

「待って…人も車も…いえ、物音一つないのは何故?それに、この空の色…」

翔子の言葉に反応して、皆が空を見る。

空が薄い紫色をしている…
そこに漂う雲も薄いピンク色をしている…

その様を見て伊田が呟いた。

「今思いだした…師匠が言ってたよ…紫色の空はヤバイってね…」

皆は空を眺めながら、伊田の言葉を聞いた。

そして、その紫色の空には、まだ志村が浮いている。
しかし、その全身からはあの輝きも電光も失われている…
その志村が、空中でぐらついた。

雷神は、地に落ちた…
受け止めきれず、強風にはためく旗のように振動する鼓膜!

あまりの轟音に、武市は一瞬意識が飛んだ。
いや、武市だけではない、そこにいる志村とゼオン以外の人間の聴覚に耐えられる音ではなかったのだ。

それでも、落ちてはならぬと、なんとか意識を取り戻した武市の眼前に、白い世界が広がっていた…

暗黒の闇に包まれていた世界が一変、辺り一面純白だ…
闇を吹き飛ばしたのか、それとも塗り変えたのか…?

武市はおそらく前者であろうと思った。

それをやったであろう男の姿が武市達の上空にあった。

志村は、地より5〜6メートル離れた上空で浮揚していた。
伸ばされた右腕の先には、ゼオンの首がある。
武市達の意識が飛んだ刹那の一瞬、志村はゼオンの首を捕らえ、上空に浮揚したのだろう。

「神通力…」

翔子が呟いた。

「空中浮揚なんて、本当にできるんだな…」

伊田も、翔子に答えるように。機械朗読のような棒読み口調で呟く…

「あ〜ん、浮いていらっしゃってるよ、あの兄やん…」

木林も笑気を漏らしながら呟く。

人間が空中に浮揚するのは不可能であり、それは物理法則を超越した行為である。
異界とはいえ、武市達が地に足をつけているという事は、物理法則が生きているという事である。

「書き換えたの…?」

また翔子が呟いた。
武市はその呟きの意味を瞬時に理解した。
今まで武市達がいた暗黒の世界は、ゼオンが造ったものである事は明白。
おそらく、今まではゼオンがこの異界の摂理そのものであり、武市達はその摂理に縛られていた。
それはあの超越的な力を振るう志村とて同じだったのではないか?
彼は、ここに現れてから、ずっと書き換えていたのではないか…
ゼオンの摂理を自分の摂理にする為に…

「ほう…見事に吹き飛ばしてくれたものだ…志村殿…貴方の狙いは始めからこれだったのですかな?」

首を捕らえられながらも、ゼオンは余裕の笑みに唇を歪める。

「は?オレの狙いは始めからオメーの首だよ…」

志村は眼から赤い光を放ちつつ、殺意の籠った低い声で答えた。

「匹夫の勇と思いきや、貴方は意外にも思慮深い戦術家であるようだ…よぉく覚えておきましょう…」

ゼオンの余裕は変わりなく、志村はそれに答えるように右腕に力を込める。

「覚えとく必要あんのか?今から消滅する奴がよ?」

志村の全身を包む電光が右腕に収束されていく…

「今度はブラフじゃねえぞ…さあ消し炭になりなクソジジイ!絶雷!!」

志村の右腕に収束していた電光がゼオンに流れ込み、その電光がまるで化学反応を起こすように、ゼオンの身体を分解していく!

武市にはその様がゼオンが消滅していくように見えた。

「はははっ!好き哉好き哉!我等から見れば稚児にも等しき隠神がこれ程の力を持つに至るとは新たな発見!しかし…」

ゼオンはその身体がほぼ消滅しつつありながらも、武市達に声を飛ばしてきた。

「貴方が書き換えたのは広大な我が領域のほんの一部…目的地に至るその道程は、貴方方にとって絶望をもたらすものになるでしょう…そして、貴方方は諦める…だが、それでよい…最後に忠告を…志村殿、力の使い過ぎは御身を滅ぼしかねませんぞ?」

ゼオンの姿は完全に消滅した…

それと同時に、景色が変わった。

街だ…

ビルや商店が立ち並び、大きな駅が見える…

「狂都か…?」

伊田がボソリと呟いた。
その呟きに反応して、皆が周りを見渡す。

「狂都や…ははっ!あのジジイ、最後にしょうもない嘘つきやがってよ!負け惜しみも甚だしいんよ〜」

木林はまた笑気を漏らしながら、安心したような表情を見せた。
しかし翔子が、その安心を揺るがせた。

「待って…人も車も…いえ、物音一つないのは何故?それに、この空の色…」

翔子の言葉に反応して、皆が空を見る。

空が薄い紫色をしている…
そこに漂う雲も薄いピンク色をしている…

その様を見て伊田が呟いた。

「今思いだした…師匠が言ってたよ…紫色の空はヤバイってね…」

皆は空を眺めながら、伊田の言葉を聞いた。

そして、その紫色の空には、まだ志村が浮いている。
しかし、その全身からはあの輝きも電光も失われている…
その志村が、空中でぐらついた。

雷神は、地に落ちた…
受け止めきれず、強風にはためく旗のように振動する鼓膜!

あまりの轟音に、武市は一瞬意識が飛んだ。
いや、武市だけではない、そこにいる志村とゼオン以外の人間の聴覚に耐えられる音ではなかったのだ。

それでも、落ちてはならぬと、なんとか意識を取り戻した武市の眼前に、白い世界が広がっていた…

暗黒の闇に包まれていた世界が一変、辺り一面純白だ…
闇を吹き飛ばしたのか、それとも塗り変えたのか…?

武市はおそらく前者であろうと思った。

それをやったであろう男の姿が武市達の上空にあった。

志村は、地より5〜6メートル離れた上空で浮揚していた。
伸ばされた右腕の先には、ゼオンの首がある。
武市達の意識が飛んだ刹那の一瞬、志村はゼオンの首を捕らえ、上空に浮揚したのだろう。

「神通力…」

翔子が呟いた。

「空中浮揚なんて、本当にできるんだな…」

伊田も、翔子に答えるように。機械朗読のような棒読み口調で呟く…

「あ〜ん、浮いていらっしゃってるよ、あの兄やん…」

木林も笑気を漏らしながら呟く。

人間が空中に浮揚するのは不可能であり、それは物理法則を超越した行為である。
異界とはいえ、武市達が地に足をつけているという事は、物理法則が生きているという事である。

「書き換えたの…?」

また翔子が呟いた。
武市はその呟きの意味を瞬時に理解した。
今まで武市達がいた暗黒の世界は、ゼオンが造ったものである事は明白。
おそらく、今まではゼオンがこの異界の摂理そのものであり、武市達はその摂理に縛られていた。
それはあの超越的な力を振るう志村とて同じだったのではないか?
彼は、ここに現れてから、ずっと書き換えていたのではないか…
ゼオンの摂理を自分の摂理にする為に…

「ほう…見事に吹き飛ばしてくれたものだ…志村殿…貴方の狙いは始めからこれだったのですかな?」

首を捕らえられながらも、ゼオンは余裕の笑みに唇を歪める。

「は?オレの狙いは始めからオメーの首だよ…」

志村は眼から赤い光を放ちつつ、殺意の籠った低い声で答えた。

「匹夫の勇と思いきや、貴方は意外にも思慮深い戦術家であるようだ…よぉく覚えておきましょう…」

ゼオンの余裕は変わりなく、志村はそれに答えるように右腕に力を込める。

「覚えとく必要あんのか?今から消滅する奴がよ?」

志村の全身を包む電光が右腕に収束されていく…

「今度はブラフじゃねえぞ…さあ消し炭になりなクソジジイ!絶雷!!」

志村の右腕に収束していた電光がゼオンに流れ込み、その電光がまるで化学反応を起こすように、ゼオンの身体を分解していく!

武市にはその様がゼオンが消滅していくように見えた。

「はははっ!好き哉好き哉!我等から見れば稚児にも等しき隠神がこれ程の力を持つに至るとは新たな発見!しかし…」

ゼオンはその身体がほぼ消滅しつつありながらも、武市達に声を飛ばしてきた。

「貴方が書き換えたのは広大な我が領域のほんの一部…目的地に至るその道程は、貴方方にとって絶望をもたらすものになるでしょう…そして、貴方方は諦める…だが、それでよい…最後に忠告を…志村殿、力の使い過ぎは御身を滅ぼしかねませんぞ?」

ゼオンの姿は完全に消滅した…

それと同時に、景色が変わった。

街だ…

ビルや商店が立ち並び、大きな駅が見える…

「狂都か…?」

伊田がボソリと呟いた。
その呟きに反応して、皆が周りを見渡す。

「狂都や…ははっ!あのジジイ、最後にしょうもない嘘つきやがってよ!負け惜しみも甚だしいんよ〜」

木林はまた笑気を漏らしながら、安心したような表情を見せた。
しかし翔子が、その安心を揺るがせた。

「待って…人も車も…いえ、物音一つないのは何故?それに、この空の色…」

翔子の言葉に反応して、皆が空を見る。

空が薄い紫色をしている…
そこに漂う雲も薄いピンク色をしている…

その様を見て伊田が呟いた。

「今思いだした…師匠が言ってたよ…紫色の空はヤバイってね…」

皆は空を眺めながら、伊田の言葉を聞いた。

そして、その紫色の空には、まだ志村が浮いている。
しかし、その全身からはあの輝きも電光も失われている…
その志村が、空中でぐらついた。

雷神は、地に落ちた…





2016年10月28日

扉シリーズ第五章  『狂都』第七話  「異界の雷神2」

宝石の輝きを何百倍にもしたような眩い光を発する志村…
その光の端部では、青白い光が、まるで電気がスパークしたようなパリパリという音を立てながら煌めいている…

それを見ながら、ゼオンは手を叩いて乾いた音を響かせながら、

「お見事…雷神の貫禄を見せて頂きました…」

と言うと、右手を高々と上げ、人差し指を天に向けると…

「しからば我が力、その一端をお目にかける事としましょう…!」

と、笑気を帯びた眼差しを、殺気ある凶暴な眼差しに一変させた。
すると、周囲の闇が天を指すゼオンの人差し指の先端に吸い込まれるように渦を巻いて収束していく!

「はっ!させるかジジイ!」

志村はそれに反応して、力を溜めるように背中を丸めて身構えた!

丸めた志村の背中で激しい放電が起こり、それがゼオンに襲いかかる!

しかし、

その放電すら、ゼオンの指先の渦に吸い込まれていく!

「匹夫の勇など無駄無駄無駄!神格に上下優劣在り!猛る雷神とても所詮は隠神(おぬのかみ)…我等、天神(あまつかみ)と比ぶれば、その差雲泥!」

おぬのかみ?
あまつかみ?
武市はゼオンの口から発せられたその言葉に強烈な言霊を感じたが、それに考えを巡らす余裕はない!
自分の身体…いや、魂までもがゼオンの指先に吸い込まれそうになるのを堪えるので一杯だ…

そんな中、武市の視界に周囲の闇が晴れていく様が映りこんだ。

いや、闇が晴れていくのではない…
ゼオンは自らが作り出したであろう異界の中の異界、それそのものすら指先の渦に収束させているのだ…
その証拠に、ランタンと寝ているはずの三人がそこに見える!

「武市!何やコレ!?」

武市が異界の中の異界に取り込まれている間に起きたであろう木林が武市に気づき、叫んだ。

「ゼオンや!」

武市も木林に叫び返した。
「声」すらも、あの渦に吸い込まれていきそうだからだ。
木林達は吸い込まれそうになるのを堪えながら武市の近くに躙り寄り、

「ゼオン!?あの安っぽい手品師みたいなジジイが月形ゼオンか!?うおっ!?加えて何や!?誰やそこにおるパンクな兄やんは!?」

と、木林がオーバーリアクション気味にまた叫んだ。

「志村さんやて!」

武市がそれに答えるが、木林はこの状況下においても木林である。

「し、志村ぁっ!?ぷぷぷっ!流石は武市!こんな異界においてもまた面白そうな人物と出会ってんよ〜!」

と、木林は口から笑気を爆発させた。

「おいおいキバちゃん、状況わかってるかい!?」

伊田が半ば怒気をはらんだような声で叫ぶが、

「わかってます!でも、オモロイもんはオモロイですわ!」

と、笑気を抑える事ができない。

「志村…?」

翔子はその名を知っている…
今眼前に見える後ろ姿にも見覚えがある…
いや、間違いない…あの男だ!

「さとし君?さとし君よね!?」

翔子は確信を持って叫んだ。

「さとし…ああ、あの志村さとしか!」

翔子の叫びが、伊田の記憶も呼び起こした。

それを背中で聞いた志村は振り向きもせずに叫んだ。

「アンタ等二人いて何やってんすか!?」

声にも聞き覚えがある。
翔子はまた叫んだ。

「やっぱり志村さとし君なのね!?」

志村はその叫びを聞いて奮起したように、今度は輝く全身に青白い電光を纏い始めた。

「話は後です!先にこのジジイ…ぶちのめす!!」

そう叫んだ志村の両足が地から離れた。
全身に纏う電光が激しさを増す中、志村は、

「おおおおおおおおっ!!」

と、獣のような声を漏らしながら上昇していく…
その目はまるでルビーのように輝き、人間の形相ではない…

「さとし君…やっぱりそうだったのね…貴方も神格を宿していたのね!?」

翔子が叫んだ。

ー志村さとしー
かつて国内霊能界の最大勢力『筋海一門』にて一年程霊能者としての修行をしていたが突如姿を消した男…
翔子達から見れば、彼は『異能者』であった。
霊感は凡人より幾らか鋭い程度であったが、霊力というより、彼は『超能力』を有していたのだ。
だが、今の彼を見ればそれさえ誤りであった。
彼が有するは、『神通力』!!

ゼオンの声が響く。

「見事な神気…しかぁし!いかに猛ろうとも力の差は覆らぬ!退かぬとあらば一同まとめて闇に散るがよい…!」

ゼオンの指先の渦が収束を完了したのか、回転を止め、禍々しく揺らめく黒い焔へと変化した。

「受けよ…これこそ天罰の焔…獄焔…!」

ゼオンの声が響くと共に、焔から一筋の黒い閃光が走る。
その閃光が、武市の右肩をかすめた。
少しの熱は感じたが、苦痛という程ではない。
しかし、その触れた部位が、消滅している…

「うおわぁっ!!」

武市は言葉にならぬ悲鳴を上げた!

「アカン!これ、アカンやつや!!」

武市は叫んだ!

「武市!お前の肩、ちょっと消滅してらしょっ!!」

武市の肩を見た木林が青ざめた雄叫びをあげる!

その叫びに呼応するかのように、焔から黒い閃光が無数に伸び始めた…

誰のものかもわからない悲鳴がこだまする中、志村が丸めていた背中を更に丸めて、

「もう面倒臭ぇや…ジジイ、消し炭になりやがれ!轟雷!!!」

という叫びと共に空中でその長身を大の字に躍らせる!

その瞬間、世界は光に包まれた…

続く
















2016年10月26日

扉シリーズ第五章  『狂都』第六話  「異界の雷神」

甘ちゃんゴリラ…

『甘ちゃん』とは、精神的に自他に対して甘えを許す人間を指す。

『ゴリラ』とは、筋骨隆々たる類人猿の名詞であるが、この場合は明らかに武市を指す意味で用いられている。

武市は、たった二つの言葉を繋げるだけで、己の本質を見事に現しているその言葉を発したパンク男に対して、座布団をニ、三枚贈呈したいと思いに駆られるのと同時に、

『あ、あの…どちら様ですか?』

と、パンク男に対して心中にて突っ込みを入れた。

パンク男は暗黒の虚空を睨みながら咥えたタバコを吐き捨て、蹴られたらただでは済まなそうな先の尖ったブーツでそれを踏み消すと、ジャケットからタバコを取り出し、それをまた口に咥えると、タバコの先端を親指と人差し指でつまみ、ゆるく先端を捻ると、
タバコに火がついた。

手品なようなタバコの点火方法に少しの格好良さを感じた武市であったが、

『また吸うんかい!』

という突っ込みが頭をよぎった。

「おいジジイ…さっきから聞いてりゃ耳障りのいい事並び立てて臭ぇ息撒き散らしてんじゃねえよ…お陰でこの辺り一体臭くて臭くて仕方ねぇや…その口塞いでやっから、姿ぁ現しやがれ!」

パンク男が吠えた。
素人とは思えない、本当によく通る声だ。
見た目から、バンドのボーカルでもやっているのだろうか…
楽器は何一つマトモに演奏できないが、音楽活動に憧れを持つ武市はその声に心奪われる。

「やれやれ…また口の御悪い御仁が現れましたね…」

武市の耳にしわがれた肉声が聞こえたと思ったら、闇が形を成すようにして、車内で見た燕尾服の老人が姿を現した。

「口臭には気を使っているつもりですが、そんなに臭いますかな、志村殿?」

老人はパンク男を『志村』と呼んだ…

「だから言ってんだろ…その口開けるなっての!」

志村がそう言いながら右手をあげ、人差し指で老人の口を指差すと、その指先から青い電光がほとばしる!
その電光が老人の口を直撃し、老人は志村が臭いという口臭を吐き出す口を失った。
しかし、血の一滴流す事なく、老人はビックリしたように目をパチクリさせる。
しかし、老人の失われた口周りに周囲の闇が収束し、その闇が老人の口を再生させた。
志村はその様を冷たい眼差しで見届けていた。

「いやはや…貴方は口が御悪いだけでなく、老人に対する労わりと慈しみの心もお持ちではないようだ…」

しわがれた声、くたびれた口調だが、その響きには『敵意』が感じられる…
しかも、この二人は以前からの知り合いのようだ…
武市はこの二人の間には入れぬと、一歩後ずさる。

しかし、武市は気づいた。

『寝てる皆は、この状況の中、起きたりしてこないのか…?』

武市は周りを見渡すが、木林も、翔子も、伊田もいない…
ランタンや荷物も見当たらない…
ここは、異界の中のまた異界…
おそらくいつの間にかゼオンが作り出したのだろうが、その異界に当たり前のように現れた、この志村という男は何者なのだ?
身体から放つあの光は、あの梳名火明高彦と通じた時に武市が体験したのと同質のものである事はわかるが…
あの時、武市は意識を保てているかもよくわからないような曖昧な状態にあったが、志村は明確に自分の意識を保っているように見える。
しかも、つまんで捻るだけでタバコに点火し、指先からは電光がほとばしる…
比べて武市は、緩やかながらも生命の危機に瀕していながら、自分の中にいるはずの明高彦の存在すら感じられない…
この志村という男も神格を宿しているのだろうが、それを意のままにする方法があるのだろうか…?

「そりゃ再生するわな…どのみちオメー等にゃ口なんてもん必要ねぇだろうが?」

志村はまたタバコを投げ捨て、それを踏み消すと、またタバコを取り出し、さっきと同じように点火した。

『まだ吸うんかい!?』

武市はまた心の中でそう突っ込みながらも、おそらくヘビースモーカーであろう志村の健康を心配する。

「何を言いますか…我々にも口は必要不可欠…ほれ、このように…」

ゼオンはそう言いと、口からドロドロとした白い煙のようなモノを吐き出した。
武市は、それがエクトプラズムという現象であると、瞬時に理解した。
エクトプラズムとは、霊体が物質化した者である。
現象を起こした本人の霊体である場合もあれば、その人間に憑いている、もしくは呼び寄せたモノである場合もある…
ゼオンが吐き出したエクトプラズムに、人間の顔のパーツ、目、鼻、口等が現れ、それが細胞分裂のように凄まじい速さで増殖していく…
そして、その無数の口々から

『神、神、神、神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神…』

と、頭がおかしくなりそうな合唱が繰り出される。
武市はその声から発っせられる霊圧に耐え切れず、片膝をついた。
胃の辺りが圧迫され、胃液が逆流してくる。
しかし、志村は涼しい顔で、

「神神神神うるせぇよ…」

と呟くと、今までより身体の輝きを増した。
おそらく、意図的にそれができるのだ。
その光からは圧倒的な霊圧を感じるが、不快ではない。
その光りがエクトプラズムから発っせられる不快な霊圧をかき消しているようだ…

『神、神、神、神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神様〜!!!』

エクトプラズムは無数の人面に分散し、まるで光に群がる羽虫のように一斉に志村に向かって殺到した!
武市が自宅で体験したあの出来事に酷似している…

志村は、無数のエクトプラズムに覆い尽くされた!
しかし、武市には何をどうしたらいいのかもわらない…ただ呆然とそれを見ているしかできないのだ…
ゼオンは微笑みをたたえ、武市にウインクを飛ばしてきた。
志村はエクトプラズムに覆い尽くされたまま身動き一つしない…いや、できないように武市には見えた。

しかし、

エクトプラズムの一部が、まるで内側から跳ね飛ばされるように志村から剥離した。
そこから凄まじい閃光が煌めく!
引き剥がされたエクトプラズムはその光りに当てられ、光の粒子に変わり、闇の中へと散華していく…

それが一部、また一部と徐々に引き剥がされては散華していき、ついには、激しい閃光の中、全てが爆発したように引き剥がれて、散華していく…

目を開けていられない…いや、目を閉じたとて瞼を通して感じるほどの眩い光の中、タバコを咥えた志村が平然と立っている…

「神か…そんなもんにすがってるから、永久に成仏できねぇんだよ、オメー等はよ…」

志村は、口から紫煙を吐き出しながら、そう呟いた…

続く






2016年10月25日

扉シリーズ第五章  『狂都』第五話  「異界3」

武市の視界に現れた、ドアの覗き窓程の極々小さな世界…

その小さな世界に、武市は見た…

宇宙…

星々が輝く宇宙空間が映し出されている…

その宇宙空間を細長く、巨大な何かが、彗星のように光を放ちながら切り裂いて飛んでいる…

龍?

その物体は武市の目には龍のように見えた…

武市は更に目を凝らす。

すると、ドアの覗き窓程だったその映像が一気に広がり、武市はそこに映し出された宇宙空間へと飲み込まれた。

武市の眼前に、龍の姿が現れた。

数多輝く星々が小石程度に見える程巨大な身体を波打つようにくねらせながら、太陽の輝きよりも更に鮮烈な光を放つ巨龍…

今、自分が何を見ているのか…
何故コレを見ているのか…
武市には全く理解できない…

しかし、その姿を見て、武市は自分という存在…
いや、地球の支配者を気どっている人類そのものが余りにもちっぽけな存在であり、この宇宙にこんな巨大な生物が実在するなら、戯れの一撃で人類はその住処を無くす事になるだろうと漠然と思った…

『貴方の考えは正しい…』

聞き覚えのあるしわがれた男性の声が武市の頭に響いてきた。

『ゼオンか?』

武市は声に尋ねた。

『貴方と通じるのはこれで三度目…見えたのですね、アレが?』

おそらくゼオンに間違いない…
しかし、その声には何故か温かみを感じる…

『貴方方が明王眼と呼ぶその目で無ければ見る事に叶わぬ尊い御姿…アレこそ我等の神…いや、我等の崇めし真なる神のその一柱…』

神…

また『神』か…

今も目に映る輝く巨龍…神と言われれば、そうであろうという説得力に満ち満ちている…
しかも、今ゼオンは『神々の一柱』だと言った…
神を数として現す単位は『柱』だ…
あんな巨大なモノが、何柱も存在すると言うのか?
武市は余りに巨大な存在を前にして、ただただ自我を保つ事で精一杯であった。

『貴方は何故、狂都へ…土雲晴明の元へ行かれるのか?』

ゼオンの問いが頭に響いた。

そう言われれば、そうである…
自分は何故、狂都へ行くのか…?

AYAさんが受けた呪詛を解く為の手助けか?

そうだ、それが理由だ…

『AYAさんに呪詛を送ってるのは、アンタ等なんか?』

武市は、それを確認しておきたかった。
今の所、ゼオンが明確な敵であるかどうかは漠然としている。
それに、何故かはわからないが、ゼオンの声にはやはり温かみを感じるのだ…

『呪詛…いや、違いますな…アレは狭間の王たる者の現世に残したる残穢にして、永久に死毒を撒き散らす徒花…我等の他にアレを摘み取る事のできる者の存在はありません…』

不可解だ…
狭間の王…?
その言葉には異常な言霊を感じる…
それに…

『もしかして、アンタはその徒花とやらを摘んで回っているのか?』

わからない事はどうでもいい、今確認しておくべきは、ゼオンが敵かどうかだ…

『そうだと言えばそうであり、違うと言えばそうである…』

この爺さんは何故こんな謎めいた喋り方をするのか?
武市は少しイラツキながらも、一番確認したい事を尋ねた。

『アンタはオレ等の敵なんか?』

武市の問いに、ゼオンは温かみのある声で応えた。

『敵…先にも申し上げた通り、我々に敵意はありません…』

やはりそう来たか!

『じゃあ、何でオレ等をこんなトコに引きずり込んだんや!?』

武市は声なき声で、ゼオンに問うた。

『これは慈悲…貴方が彼の者と見えれば、必ずや我々に対して敵意を抱く事になる…天に唾する者は吐いた唾をその身に受ける事となるのです…ならば永久に我が領域を彷徨うか、彼の者と会う事を諦めるか…最良は後者…今までと変わらぬ営みに帰る事こそ、貴方方にとっては至福と言えるのです…』

諦めるれば、ここから脱出できると言う事か?
しかし、土雲晴明と会う事によってゼオン達…つまり魔星と敵対する事になる?
そんな事、わからんだろう?
少なくとも、オレは土雲晴明にいい印象を持っているわけじゃないのだ…
しかし、問題は魔星の存在意義だ…
それだけは確かめておきたい…

『アンタ等魔星は…何をしようとしてるんや?』

武市の問いに、ゼオンは答えた。

『我等の崇めし神々の意思の執行…我等の存在意義はそのほかにはありません…』

武市は、ゼオンが神と呼ぶ巨龍を指差し、更に問うた!

『その神は、一体何を望んでるんや!?』

ゼオンは答えた!

『神々の望みはただ一つ…破壊されし秩序の回復…』

秩序の回復…?
普通、漫画やゲームの世界でそんな言葉が出ると、罪深き人類を滅ぼすとか、全てを無に帰すとか、人類の滅びに結びつく事が多い。
しかし、現実…今の状況を現実と呼んでいいのかはわからないが、現実の中でそんな言葉を聞くと、何故か笑いが込み上げる。

『人類を滅ぼすって意味か?もしそうやったら、今すぐに敵意持つ事になるで?』

武市は状況に構わず、口から笑気を漏らしながらそう尋ねた。

『神はそれを望んではいません…いや、そのような事を望む存在はいかなる世界にも存在しないでしょう…明確に言葉にしておきましょう…我々は貴方方の敵ではありません…彼の者との会見を止め、健やかな生活に戻られる事を、私は渇望します…』

武市は、よくわからなくなってきた…
このままゼオンの言う事を聞けば、何事もなく家に帰る事ができるのではないか…?
土雲晴明と会わなくても、ゼオンに頼めばAYAさんの呪詛も何とかしてくれるのではないだろうか?
今自分達は、無駄な事をしているのではなかろうか…?

武市がそんな事を考えいると、突如、

ガガーン!!!

落雷の様な轟音が轟き、武市の眼前に広がっていた宇宙空間が砕け散った!

「何揺らいでんだ…この甘ちゃんゴリラはよぉ…」

低音で、よく練られた通る声が武市の背後から聞こえた。
武市が振り返ると、そこには男が立っている…
暗闇の中、身長は軽く180センチを超え、痩せて手足の長い体躯を
黒革のジャケットとパンツに包み、真っ赤に染めたモヒカン頭が目を引く、明らかなパンクファッションで身を固めた男が立っている…
口にタバコを咥え、その隙間から紫煙を漏らしながら、不敵な表情をし、服で隠されていない男の身体からは、まるで宝石の輝きの様な光が発っせられている…

「退がっとけ甘ちゃんゴリラ…お喋りジジイの臭ぇ口、今すぐ止めてやっからよお…!」

男の身体から発っせられている光が一層その輝きを増した…

続く





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