2018年05月12日
ユダヤ人は、何故世界から迫害され差別されるのか?
〜中東の歴史を調べて居たら「ユダヤ人・ユダヤ民族」とのワードが立て続けに出て来る。私達はユダヤ人に付いてどの様な知識を持っているのか?その様に気に為ってしまったので、急遽取り上げる事に〜
モーセ
参照 週刊スモールトーク(第60話)から引用させて頂く
ユダヤ人が迫害される理由とは?
〜ユダヤ人の歴史〜
◇ユダヤ人
ユダヤ人は、何故差別され迫害されるのか?何故、多数のユダヤ人が虐殺されて来たのか?ユダヤ人の受難は何時まで続くのか?そしてこの問いは、ユダヤ人と対立するパレスチナ人にも同じ意味を持って居る。
ユダヤ人国家イスラエルとアラブ諸国との紛争は、4度の中東戦争を経て未だ終結していない。2006年7月12日から始まったイスラエルとヒズボラとの紛争では、既に1200人が死亡したが、この様な犠牲は既に日常化して居る。
ユダヤ人が最新兵器でパレスチナ人に対抗するのは、彼等のテロを怖れての事だが、パレスチナ人がテロ的行動に出るのは、ユダヤ人の様なハイテク兵器を持た無いからである。「人を殺すのは間違っている」的論法で解決出来る世界に彼等は生きて居ない。
彼等は、迫害と虐殺の被害者であり、同時に加害者でもあるのだ。そして、何時終わるとも知れ無いこの戦いは既に3000年の歴史を刻んで居る。この歴史の底流には個体を超えた民族遺伝子が潜んで居る。
ユダヤ人は、ヘブライ人・イスラエル人とも呼ばれるがその定義は難しい。宗教的要素と人種的要素の二つの面を持つからである。一般論として、
1.ユダヤ教徒である事
2.母親がユダヤ人である事
のどちらかを満たせばユダヤ人と為る。前者は宗教的要素から、後者は人種的要素から定義されて居る。実際、イスラエルの国会は、 「ユダヤ人とは、ユダヤ人乃至(ないし)ユダヤ教への改宗者を母として生まれた者」と云う定義を立法化して居る。この様な、ユダヤ人のアイデンティティへの拘りは、迫害・差別・虐殺の歴史によって居るのかも知れ無い。
◇迫害の始まり
「ユダヤ人」から連想されるのは、アウシュビッツ強制収容所・ホロコースト・ナチス・ヒトラー・人種差別・迫害・虐殺、どれもこれも暗く陰惨なものばかりだ。そして、これら全ては足った1つのキーワードに集約される・・・差別と迫害。
ユダヤ人に対する差別と迫害の歴史は古くて長い。歴史上最初に確認される迫害は、紀元前13世紀の「出エジプト」である。
内容は、旧約聖書の「出エジプト記」に詳しいが、チャールトン・ヘストン主演の映画「十戒」で日本でも知られる様に為った。この頃、ユダヤ人の一部はエジプトの地で暮らして居たが、既にエジプト新王国による差別と迫害を受けて居た。やがて予言者モーセが現れ、ユダヤの民を率いエジプトを脱出。その後、聖なるシナイ山の頂上で神ヤハウェとの契約を授けられた。これが後のユダヤ教へと繋がる。
この出来事は、ユダヤ人に取って取り分け重要な意味を持って居る。何故なら、これがユダヤ人への最初の迫害でありユダヤ教の起源と為ったからである。
モーセの死後、後継者ヨシュアに率いられたユダヤ人は、ヨルダン川を渉りイェリコの町とその地域を征服する。その後紀元前11世紀頃には、サウル王の下で建国を成し遂げ、後継者ダビデ王及びソロモン王の治世で最盛期を迎える。処が、その繁栄も長くは続か無かった。
ソロモン王の死後、王国は北方の北イスラエル王国と南方のユダ王国に分裂したのである。その後、 北イスラエル王国はアッシリア帝国に(紀元前8世紀)、ユダ王国は新バビロニア王国に(紀元前6世紀)夫々征服された。
この時、ユダ王国の人々はバビロンに強制移住させられたが、これが教科書にも出て来る「バビロンの捕囚」である。只「捕囚」とは言え、全員が捕虜に為った訳では無い。多数のユダヤ人が虐殺されて居る。出エジプトに続く、第2のユダヤ人迫害であった。
処が、その新バビロニアもアケメネス朝ペルシャに滅ぼされてしまう。新しい支配者ペルシャは、新バビロニアやアッシリアに比べ寛大な帝国であった。納税を怠らず謀反や反乱を起こさ無ければ、生活は勿論、習慣や文化も保護されたのである。一方、アッシリアは歴史上最も過酷な属国支配で知られて居る。反乱でも起こそうものなら、首謀者と側近は身体の皮を剥がされ壁に貼り着けられた。これ以上の見せしめは無いだろう。
ペルシャの寛大さはユダヤ人に平和をもたらした。紀元前538年、ユダヤ人はエルサレムに帰還する事が許されたのである。彼等は帰還後、神殿を再建し、その後、唯一神ヤハウェを信じるユダヤ教が成立した。これ以降、彼等はユダヤ人と呼ばれる様に為った。
◇イエス
「出エジプト」と「バビロン捕囚」を観れば、ユダヤ人が3000年も前から差別と迫害を受けて居た事が判る。しかも、国や集団では無く「民族」と云う括りで。更にその1000年後、ユダヤ人迫害を決定付ける歴史的大事件が怒る、イエス・キリストである。何故、イエス キリストがユダヤ人迫害を決定付けたのか?映画「パッション」を観れば2時間で理解出来る。
この映画のテーマは足った一つ、イエス・キリストの受難。イエスは只管ムチ打たれ、血塗れに為り、ゴルゴダの丘で十字架刑に課せられる。そして、イエスをローマ帝国に告訴したのはユダヤ教徒。更に、銀貨30枚でイエスを売ったユダもユダヤ人。イエスを迫害し抹殺したのは、ローマ帝国でもヘロデ王でも無くユダヤ人であると云う主張がそこにある。
この事は、キリスト教本流を為す宗派やイスラム教の信者達に、ユダヤ教徒への根強い不信感と憎悪を植え着けた。そして、このユダヤ人への黒いフィルタは、差別と迫害と共にイエスの死後2000年経過した現代まで存続して居る。神道や仏教そして、クリスマスまで祝う無宗派的日本人には理解し難いだろう。
イエスの死後、キリスト教はヨーロッパで急速に広まって行った。ローマ帝国時代キリスト教徒は様々な差別・迫害・虐殺を受けたが、313年ミラノ勅令が公布される。この勅令で、キリスト教が公認されただけでは無く、教会がそれ迄受けた損害の賠償まで保証されたのである。こうして、キリスト教は完全な勝利を収め、それに反動する様にユダヤ人への差別と迫害が始まった。
その2につづく
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