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2020年06月27日

季節のおすそ分け。

サクランボを頂いた。


お向かえのお宅のキッチンの隣の部屋の窓から声がかかり、窓越しに受けとった。

出盛りの果物だけにまだ高価なものだ。

だから、凄く嬉しくて、猫が近づくのを嫌がっていたが、何とか受け取った。

DSC_1959.JPG


早朝の猫散歩をしていた時に声が掛かった。

彼女は自営業なので、朝が早い。

もう、午前6時頃には掃除機の音がする。


お店を開ける前に自宅の家事は全て済ませているようだ。

私は、そんな彼女の生活スタイル(垣間見るだけだけど)が好きだ。

キッチンが道路に面しているので、朝食の支度の音、多分昼食や夕食の仕込みも

同時にしているかもしれない、匂いなども漏れてくる。


お客さんがいない時は家の周りの鉢植えや植木の手入れなども小まめにされている。


ご主人を数年前に亡くしたので、その後のお店は独りで切り盛りし、ご主人と手入れをしていた庭も以前と変わりなく保っている。

お店の周りの鉢植えの花は季節を先取りして植え替えられている。

本当に、何時するんだろうと不思議に思うほどだ。


そして、凄いことが義理のお母さんとに二人暮らしになった後も、よく面倒をみていて、

「お母さんがいてくれるから寂しくなくて助かっている。」

と話してくれる。


そんな家族と道路隔ててお向かいに住むようになって、何かとお互いに季節の物とか

頂き物がある時は”お裾分け”し合うようになって、こんなことが時々巡ってくる。


時々世間話をする時も、お互いの植木の手入れなどの話題になり、最後には、

「あははは〜!」

と大きな笑い声で締めて、元気を振りまいてくれる素敵なお向かいの奥さんなのだ。


一粒食べてみたら、と〜〜ても甘かった!ご馳走様!














2020年06月26日

焼き肉鍋。

食事会での会話。

恒例の食事会はいつも通り行われた。


涼し気な前菜。

DSC_1960.JPG


その時の会話の中から。

よく”お家焼き肉”をするという人の焼肉鍋がどんなものか気になった。


其の鍋をネット検索してみた。

話を聞くとこういう形で「無煙ロースター」のようだ。

dantotsu-online_3254000638[1].jpg

焼肉が好きなご家族のようで、何かというと使っていて、煙が出ないのでお気に入りのようだ。


ただ、私が気になったのが、使うのはいいが、立体的なので収納方法に疑問が湧いた。

そのことを訊くと、

「買った時に入っていたダンボールに収めて、その収納場所が無いのでキッチンの

床に置きっぱなしになっている。」

と、返ってきた。


「そうか、床にか・・・・。」

と、その様子を想像してしまった。


その方はあまりお掃除とか片付けの得意な人ではない。

(いろんな機会に話を聞いた限りでは)

だから床に物が置かれて増えていってもあまり気にならないようだ。


一方、我が家では同居の家族数が減ってからはよく使っていたホットプレートでさえ出番が無くなって、

買った時の箱に入れて納戸の片隅に追いやられている。


焼肉を自宅でという時に気になるのは煙と、ロースターの後始末だ。

そんなこともあって家族が少なくなると、我が家ではテーブルでの焼肉は殆どなくなった。


お家焼肉の好きなご家庭からすると楽しみがないじゃないかと思われるかもしれない。


そうなのだ、こういうキッチングッズというか、器具を揃えるのが好きな人と、そうでない、

私のような者に分かれるんじゃないかと思うのだ。

その方にはその方の暮らし方があるので、ただ話を聞いていた。


でも、私なら収納場所が無かったらその器具は買わない。

キッチングッズに限らず何か購入するのならばその収納場所を空ける。

「一つ買ったら一つ捨てる」方法と決めている。


デパートの「便利グッズ販売」で、見た物見た物を買い込むという人もいる。

私は、その時訊いてみた、

「その器具、その後も使ってる?収納に困らない?」

すると、

「あまり使わないし、溜まっていって困ってる。」

と、返ってきた。

「私は、包丁一本あれば大抵のことはできるし、いちいち器具を出してその後片付けに

手間取るものは使わないし、買わない。」

と言ってきた。


便利グッズ以外でも、何か買うとおまけが付いてくる、或いはデパートで先着順でグッズが貰えるから行って貰って来た、

などと楽しみにする人もいる。

でも、それって必要なもの?と私は思う。

只で貰えても我が家に要らない物は要らない、欲しくない。


だからかどうか、その人は何か買いそうになった時いつも私の言葉を思い出すと言う。

「包丁一本あればできることではないか?どこに置くの?収納場所はあるの?」

と。

それで、”あると便利?”と思っても、私を思い出し踏み留まるようになったと。

人の楽しみは其々だから、それで人生が生き生きするのなら必要なものだ。


私は周囲に物が散乱していたら辛いから、落ち着かないから床には不必要なものは置かない。掃除の邪魔になるだけだ。


床にあるのは猫のトイレと食事コーナーだけということになる。


そんな普段の暮らし方はその家族、そこに住む人が心地良いように暮らせばいいので

口を挟む気など全くないが、一応気になってこんな記事になってしまいました。




























2020年06月25日

父の日。

日本中(世界中?)のお父さんがお子さんたちの”何かしら”のプレゼントに感激した日、ですね。


我が家の子供と言ってももう成人、お互いに”プレゼント!”なんて感動するようなイメージはない。

只淡々と過ぎていくイメージの方が大きい。

何のアクションがなくても”そんなもの”、あったとしても”わ〜、嬉しい!ありがとう!”

なんてリアクションもわざとらしい感じ。


お互いに”家族”だということを意識して、帰れる場所、何かあった時”あそこがあるから何とかなる”と

最後の砦感覚で存在している場所としてあればいいと思っている。

天涯孤独ではない、と安心できる場所でいいのだ。


でも、遠方の息子家族からは”お花”が送られてきた。

DSC_1957.JPG


そして、ちょっと近くに住む息子は実家である我が家に顔を出し、土産物持参で世間話をし、

「美味い酒を飲めよ。」

と吟醸酒を置き、

「ボーナス出たから。」

と、何気なくお小遣いを差し出した。


其々ローン等抱える世代、その気持ちが嬉しい。

母の日に、

「父の日も一緒にね。」

と先渡ししてくれた息子もいる。


みんな性格其々でいい。


この年代になると、目覚ましく何かができるようになったなどという変化に感動というわけではないが、

このコロナ禍の社会で自力で生きていてくれることが、それだけで十分なのです。


「well done!」と、心で声掛けた。














2020年06月24日

一人の方のたった一言。

ブログのコメント投稿させて頂いた時のこと。

「愛犬の介護」の内容でした。


私のブログも読んで下さっていて、私もよく読ませて頂いている。

そのワンちゃんの為に睡眠時間もままならないことがあっても優しく介護されている様子に、

激励と感謝の気持ちが自然に起こってきてコメントせずにいられなくなったのです。


今、スマホを開くと、トップに表示されるのが動物ビデオなのです。

私の場合、動物のことが気になるからよく見ているということで結果として

「あなたが興味のあるサイトです。」

という意味で表示されるのでしょう。


そんなビデオの中には、飼い主に捨てられた、とか、苛酷な環境の中で生きていた、とか

事故で怪我をしていた、など”その後”が気になるようなものが溢れている。

その全てが実際に起きたことかは別にして、真実の物も多い事だと思う。


だから、この世に生きている動物が、特に小動物がみんな優しい飼い主に飼われて幸せに

暮らしているわけではないだろう。


だから、”運よく”優しい飼い主さんと出逢えたペットが介護されるまでお世話してもらうえるという内容に出会った時は、

嬉しくて嬉しくて、よそ様のペットなのに”ありがとう!”という気持ちになってしまいます。


DSC_0350.JPG

世界わんわんドキュ☆「ハンガリー・ドナウ河畔」(1)

の録画より。

ハンガリーの動物事情についての投稿。

2018/11/15



それで、コメントしてしまいました。

そしたら、そのコメントに返信を頂いたのです。

思いがけず(失礼)、とても素敵な言葉が並んでいたのです。



ブログは毎日更新と決めて投稿しているけれど、地味に定点観測になるから続けよう、くらいな気持ちで取り敢えず頑張っている。

でも、私の生活に何か変化でも起こっているかというとそうでもない。

「このままでいいのかな?ブログから解放されたら時間的にも楽かな?」

なんて思うこともある。


でも、その返信で私のブログに感じて下さっている気持ちを知ることができたのです。

そのままの私を受け止めて読んで下さっている。


その時、すごく現金なんですが、

「あっ、このまま続けてみよう。」

と、思えたのです。

すごく嬉しかったのです。


そしてこんなことを思い出したのです。

「何千何万の人からちやほやされることと、一人の人に深く愛されることと、どちらを選ぶか。」

と言っていた人の言葉を。


こんな表現は傲慢かもしれませんが、

「世界中の誰か一人にでも読んで頂けるのなら、そして応援してくれるのなら続けて行こう。」

と思いました。


ブログ投稿する以上、より多くの人に共感を得られるようなものを、と誰でも思うでしょう。


でも、今回の一人の方の言葉は、

「続けてね!」

と、励まして下さった宝物のような言葉でした。

ありがとうございました。




















2020年06月23日

早朝の挨拶の季節。

梅雨が明けたわけではないけれど、夏日、猛暑日がシラ〜っとやって来るこの頃。

毎晩就寝までには明日の天気予報、特に気温に注意して確認して寝る。


明朝は何時に起きて、何時から”猫散歩”に出掛けるべきか予定を立てるためなのだ。

朝から雨ならば6時頃でも暑さと陽射しはそんなに変わらない。


しかし、気温が30℃越えの天気予報ならば、成るべく陽射しの高くない、気温も上がらない

内に散歩は済ませたい。


これはペットを飼っている家族ならば一様に考えているようだ。


人間より体高の低い犬や猫は暑くなったアスファルトの地面を陽射しの高い時間帯に歩かせるのは危険なことなのだ。

と、言いつつ、そういう散歩をしている飼い主さんを見かけることもあって、飼い主同士での世間話では、

「ペットが可哀想ですね。」

などと意見はよく聞く。


そんな季節の今、お互いに早朝散歩に切り替わったフレンチブルドックのミルクちゃんにも会えるようになった。

暑さの落ち着いていた季節、特に冬場は逆に寒さが和らぐ昼前などにお散歩をしていた

らしいが、最近は5時半出発と聞いていた。

DSC_1456.JPG

ご近所犬のミルクちゃん。(♀10歳)


我が家の”猫散歩”も最近は5時半が目標になっている。

だから、猫と犬が出会うことも増え、猫の方が終了していると、

「おばちゃん、いるかな〜?」

と、飼い主さんと一緒に寄って来てくれる。


ひとしきりミルクちゃんと勝手に遊ばせてもらうのは私も嬉しいし、犬も飼い主さんも

喜んでくれる。

そんな”挨拶”ができる季節が巡ってきて、早朝の楽しみが増えている。

ミルクちゃんと私が遊んでいても猫は全く興味がない、という素振りですが・・・。



そうそう、早朝会う女性の新聞配達をする人の、

「まめったいですね〜!」(よく動き働きますね、くらいの意味。私が掃除したりしてるので。)

も、久々に聞いて、

「ああ、またいつもの夏が来たな〜。」

と、実感している。

早朝挨拶し合う人達とは何となく気持ちが通じ合う感じがして、爽やかな時間となっている。




















2020年06月22日

魔女の雑草。

新聞のコラム欄から。

2020/06/14の記事。



農作物の養分を吸い取って枯らしてしまう「魔女の雑草」と呼ばれる寄生植物がアフリカで蔓延[まんえん]している。

ハマウツボ科の「ストライガ」で、長年人々を苦しめてきた。だが、日本人研究者らの手で撲滅への光明が見えてきた。


 ▼ストライガは、トウモロコシやソルガム(キビの一種)など主食となる穀物に寄生し、畑を丸ごと枯らすという。

被害額は年間1兆円を超える。種は直径0・2ミリと小さく、万単位でばらまかれるため取り除くのは困難。

土の中では何年も宿主を待ち続ける執念深い魔女だ。

yjimage[7].jpg

 ▼作物の根が出す植物ホルモンを感じると発芽して寄生する。そこでホルモンに似た物質をまき、

勘違いで発芽させる研究が進んでいる。発芽しても宿主がいないと枯死するため「自殺発芽」と呼ばれる。

早期の実用化を願いたい。


 ▼アフリカは貧困と飢えに加え、新型コロナウイルス感染症の拡大にもさらされている。

先進国は自国の感染抑止と経済再建に躍起だが、今こそ国際社会の連帯と援助が求められることを忘れてほしくない。


 ▼ストライガは乾燥地に生きながら水分を体内に保持しておく仕組みを放棄したとされる。

あえて葉から水分を蒸散させ続けることで宿主から養分を吸い上げる力にしているとみられている。

宿主にしてみれば、たまったものではない。


 ▼寄生されて困るのは巨額予算となった新型コロナ対策費も同じだ。原資は借金で、次世代も含めた国民が返済することになる。

不正に養分を吸い取られないか、しっかりとしたチェックは欠かせない。


上記引用


記事を読んで、魔女の雑草「ストライガ」が日本の政府に思えてきた。

最後の部分、

「寄生されて困るのは巨額予算となった新型コロナ対策費も同じだ。原資は借金で、次世代も含めた国民が返済することになる。

不正に養分を吸い取られないか、しっかりとしたチェックは欠かせない。」

という部分、次代への借金なのだ。


先の電通へ丸投げした件、

「持続化給付金 電通「中抜き」の構図」

https://www.jcp.or.jp/akahata/aik20/2020-06-14/2020061401_02_1.html

という、電通と子会社ぐるみでの委託費「中抜き」が疑われていることがすぐに

脳裏に浮かんだ。


平穏な時には見えてこないことが、こんな時に見えてくる。

私達が知らぬ間に寄生されていないか、本当にチェックしていたいものだと思う。








2020年06月21日

今年の初クーラー。

今年の初クーラーは6月12日(金)だった。

yjimage[4].jpg


ここでまた、昨年の記事定点観測。

2019/06/30の記事。

「暑いっ!蒸すっ!初クーラー!」

https://ameblo.jp/kickbell/entry-12487431738.html



去年は、もう蒸し蒸しして耐えられずクーラー作動となったようだ。

今年の猛暑日はもう既に来ていて、それも天気予報の記録中最速だったということだ。



今年も、この時期蒸し蒸し、ベタベタ暑かったり、かと思うと急に気温は低下したりと、

また、梅雨だからといって”シトシト降る”なんてことではなくて梅雨入りの途端に各地で、

特に西日本で道路冠水なんてニュースも伝えられた。


今年はコロナ禍の中にいて”ウィズコロナ”と言うコロナと付き合いながら新しい生活スタイルを模索しようという現在だ。


だから、毎年どこかで起きていて、被害が出た洪水や災害への対策の中に、コロナと災害時における両方をどうするかという点に

どこの自治体でも苦慮している。


去年の同時期の記事で、今年がこんな事態を迎えるなんて危惧らしいことはこれっぽっち

もない。

未来の予想なんてできないのだから当たり前なのだ。

でも、その、

「暑いっ!蒸すっ!初クーラー!」

とそのことだけを考えていればよかったことが、妙に健康的?だったように思える。


「暑いね!」

と、単純に言っていられたことが幸せだったように聴こえてくるのだ。















2020年06月20日

‘’ひ(も)の‘’正平さんとお地蔵さま。

こころ旅。NHKBS旅番組。

2014年夏、佐渡。佐渡市西三川。

プレイバック版。


干物屋さん前で、

「火(も)野正平」です、と並んだ"干物"の横で笑う。

ジョ━ク好き。



佐渡市真野「梨の木地蔵」へが目的地。

佐和田から出発。


途中の登り坂に苦戦して音を上げていた。

それでも甘草(漢方薬)の花をみつけると、

「甘草(肝臓と言い換え、良いとされる漢方の名称)を増やすには○○!」なんてギャグ連発。

頭の回転の速い人だと、いつも思いますよ!正平さん!



「梨の木地蔵」に到着すると、そこは・・・・。

病気回復の願いや、回復御礼のための場所。

雑木林の中におびただしい数のお地蔵さまが置かれていた。

DSC_1939.JPG


DSC_1938.JPG


病気平癒を願う人々の願いが込められた静かな場所でした。

冗談を言っていた彼もただ静かに佇んでいた。


佐渡にこんな場所があるということ自体知らなかったので、強く印象に残った日でした。































2020年06月19日

猫はベランダの椅子で…。

一晩中寝るようになった。

猫専用のデッキチェアーを置いてある。


いや、一晩中かどうかはずっと観察していたわけではないから定かではないが、

私と少しの間ベッドで一緒に寝そうな様子を見せているのに、

「もう、よしよし一杯してもらったから、外に行って寝ようっと!」

と、ベランダ側のサッシ戸を開けてとせがむ。



その後、時々大きな鳴き声を家中に響かせて、

「僕はこれから一階に行くよ〜!」

とか、

「また、外に(ベランダ)に出るよ〜!」

とか、鳴いている。



どうも、家の中の行き先を教えて、その場所が出られるのかどうか確かめて欲しいようなんです。

私が、それを察して先回りして猫の通り幅を開けると、

「そうそう、それがしてあるのか確かめておきたかったのだ。」

とでも言うように堂々と通っていく。



そんな行動をする日常の中で、梅雨時で小雨位なら、外の方が風が来て気持ちがいいのか、

冬時には無かった、

「夕涼みがてら・・・。」

みたいな寝方をするようになっている。

DSC_0087.JPG


家猫と言えども、ちょっと野生っぽい行動はあるので、あくまでも猫のしたいようにするのを

最優先している。
























2020年06月18日

何故、子供の頃は炎暑下でも遊べたのか?

梅雨に入って、ジメジメと暑い毎日に閉口している。

継続していたウォーキングも、雨が降っていたり、じめっと汗をかくのが不快で休止した。


その代わりに、ジムでのウォーキングの時間を増やして何とか辻褄を合わせている。

大型スーパーで買い物をする時も歩く時間なのだと意識してウォーキングを避けている自分に言い訳したりしている。


だからいつでも”歩数計”持参で、一応結果を確認するようにしている。


そんな私でも、子供の頃は毎日外で遊んでいたし、まして夏休みなんか近くの浜辺で海に入っていたし、

かくれんぼはする、鬼ごっこはする、自転車に乘るなど、他子供の遊び方で仲間がいればできることは何でもやって過ごしていた。

yjimage[2].jpg


朝の”ラジオ体操”はきちんとスタンプ貰っていたし、宿題も忘れたり欠かすなんてことなく

提出するし、だったから親からすると”手のかからない子”だったんじゃないかな〜、なんて

自負しちゃったりしています。


何故、そんなことを思い出すかというと、そんな私が今ではジトジト感覚が不快だの、

ベタベタ汗をかく季節はいやだとか言っているからです。



人によって汗をかく部位が異なるようで、其々の人の悩みの種だったりするようです。

今の私の悩みは特に家中の掃除をしている時”首から上”顔中にポタポタ汗をかくことです。



これは加齢によって起きるようで、同年代の友人も同じように困っているとのことでした。

だから、顔に汗をかくようになると、


「ああ、この季節がやってきた〜!」

と、付き合っていく覚悟をする。



それで、では何故子供の頃は汗も気にせず遊べたのか考えてみた。

こんな記事があった。



「子供の汗の3つの秘密」

https://weathernews.jp/s/topics/201907/250205/




一部引用すると、

(赤ちゃんから成長するにしたがって)汗腺の能力は変化します。

「小学校高学年や中学生になる頃には汗をかく能力がさらに発達し、そのピークは12歳頃ともいわれています。

12歳ぐらいの子どもの手のひらや足の裏は、大人の2倍くらいの汗をかいているようです。

その後、余剰な発汗能力は淘汰され、大人の発汗量に落ち着くのです。そして40歳を超えた頃から、発汗能力に衰えが生じてきます」

「子どもと大人では汗腺の数は変わらなくても、体表面積が大きく違います。つまり、子どもは汗腺の密度が高いのです。

幼い子どもほど密集している汗腺から汗が出るので、汗っかきに見えますが、汗腺から排泄される量はそう多くありません。

幼い子どもの発汗機能は未熟なため、体温調節には皮膚の放熱も関わります。

子どもは夏の炎暑下での活動や運動した後真っ赤になりますね。血管を広げて、皮膚をラジエーターのように使って冷却しているわけです。



上記引用

40歳を超えた頃から、発汗能力に衰えが生じてきます、ということ。

他の能力だって衰えるわけだから当然のことでしょう。


でも、子供だってベタベタな汗をかくわけだし、それを気にもせず、動いていた。

タオルを用意して遊んでいた子供なんていなかったから、汗なんか気にしなかったんだろう。

(今の子供たちには付き添う親がいるから清潔に保たれるのだろうが)


こうしてみると、汗のラジエーター能力が落ち、余剰な発汗能力は淘汰された大人が汗をかけるのなら、

それを喜ばなくていけないのか?


不快でも、皮膚がベタベタしても、サッサとシャワーを活用するなりして対応すればいいのだってことなのか。

ちょっと納得して、汗と付き合うことにしま〜す!












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