2010年04月17日
コーヒー方程式
アメリカで働いてたときの職場での話。
ゼロという概念はインドで生まれたらしい。
理系でありながら数学が苦手な為、海外逃亡まで計った僕だが、
そういうトリビア的な知識は大好きである。
ちなみに苦手になったのは、やたら記号や英文字がでてきて、
それらが数字と組み合わされて式となってと、
まったくビジュアライズできない微分積分あたりからである。
ところで僕がアメリカで勤めていた会社では皆がコーヒーを飲んでいた。
僕は大のコーヒー好きで、酒よりも、水よりもコーヒー派であるが、
そんな僕に引けをとらず一緒に働くアメリカ人のみんなもコーヒーラバーズ。
とにかく飲んでのんで飲みまくる。
偶に打合にやってくるクライアントでコーヒ-を飲まない人がいるが
その人にむける皆の眼差しは、まるでサザン好きの僕の親戚一同が
『サザンあんまり好きじゃない』発言をした弟の元彼女にむけるのに似ている。
そんなコーヒー党な皆だがコーヒーを入れる事は大嫌いである。
コーヒーメーカーに水をいれフィルターをセットしてコーヒーの粉を入れる。
それらの動作が面倒くさくてたまらないのである。
そんな訳で「最後の一杯を飲んだ人がコーヒーをセットする」
というルールが作られた。
が、そんなルールは機能しないのでお勧めしない。
容器の中のコーヒーが空に近づくにつれ皆がマグカップにいれる量を減らし始める。
『まだ残ってるから』
的な表情をしながらコーヒーメーカーから去って行く。
最後の残り2、3滴になるまでみんな諦めない。
限りなく空に近くなるが決して空にはならないその様はまさに、
『コーヒーlim(x→∞)1/x』現象。
『lim(x→∞)1/x=0』
その意味は『限り無くゼロにちかい』
あ、
ビジュアライズできた。
。。。でもやっぱり数学嫌い
教訓:
数学なんて考える時間があるならその時間を
速やかにコーヒーを入れるのに費やすほうが自分の為にもなる。
とにもかくにも、めんどくさがるポイントは日本人もアメリカ人も同じだ。
ということが分かった。
おしまい。
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ゼロという概念はインドで生まれたらしい。
理系でありながら数学が苦手な為、海外逃亡まで計った僕だが、
そういうトリビア的な知識は大好きである。
ちなみに苦手になったのは、やたら記号や英文字がでてきて、
それらが数字と組み合わされて式となってと、
まったくビジュアライズできない微分積分あたりからである。
ところで僕がアメリカで勤めていた会社では皆がコーヒーを飲んでいた。
僕は大のコーヒー好きで、酒よりも、水よりもコーヒー派であるが、
そんな僕に引けをとらず一緒に働くアメリカ人のみんなもコーヒーラバーズ。
とにかく飲んでのんで飲みまくる。
偶に打合にやってくるクライアントでコーヒ-を飲まない人がいるが
その人にむける皆の眼差しは、まるでサザン好きの僕の親戚一同が
『サザンあんまり好きじゃない』発言をした弟の元彼女にむけるのに似ている。
そんなコーヒー党な皆だがコーヒーを入れる事は大嫌いである。
コーヒーメーカーに水をいれフィルターをセットしてコーヒーの粉を入れる。
それらの動作が面倒くさくてたまらないのである。
そんな訳で「最後の一杯を飲んだ人がコーヒーをセットする」
というルールが作られた。
が、そんなルールは機能しないのでお勧めしない。
容器の中のコーヒーが空に近づくにつれ皆がマグカップにいれる量を減らし始める。
『まだ残ってるから』
的な表情をしながらコーヒーメーカーから去って行く。
最後の残り2、3滴になるまでみんな諦めない。
限りなく空に近くなるが決して空にはならないその様はまさに、
『コーヒーlim(x→∞)1/x』現象。
『lim(x→∞)1/x=0』
その意味は『限り無くゼロにちかい』
あ、
ビジュアライズできた。
。。。でもやっぱり数学嫌い
教訓:
数学なんて考える時間があるならその時間を
速やかにコーヒーを入れるのに費やすほうが自分の為にもなる。
とにもかくにも、めんどくさがるポイントは日本人もアメリカ人も同じだ。
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