2021年05月11日
ー残暑 C―(半分の月がのぼる空・二次創作)
久方ぶりの投稿です〜。
八尺様で忙しかったから……(言い訳)
こちらから→
※作:ぐみホタル様
「駄目だ……もう、駄目だ……」
その日は、僕と里香が演劇部と言う修羅の国に取り込まれて初めての土曜日。運命の山上祭まで、あと一週間。あの鬼畜独裁者かつ演劇教信者である綾瀬が、休日なんて認める筈も無く。演劇部一同、朝も早から駆り出され。ガッツリ準備に稽古にと絞られた。午前だけで解放はされたものの、もうヘトヘトだ。
「もう、だらしないなぁ」
「いや……寧ろ何で里香は平気なんだよ……?」
呆れ顔で突っ込んでくる里香を横目で睨み、ぼやく。
まあ、確かに綾瀬は里香の身体の事は理解してるし、気遣っている。
決して無理な事はさせないし、あてがった役だって所謂『安楽椅子探偵』。少なくとも、今回の劇の中ではさして激しい演技はない。
とは言え、人間本意ではない拘束なんてそれだけで疲れるモノだと思うんだけど……。
「なら、答えは出てる」
僕の疑問に、答えは酷くアッサリ返る。
「あたし、楽しいから。この間も、言った」
ああ、そうだった。里香は楽しんでいるんだった。この、劇中と言う非日常を。
「時間が、凄く短い。稽古の時間、もっと長ければ良いのに」
本当に、楽しそうな顔。僕と一緒にいる時とは、違う顔。
僕が知らない。
僕が与えられない。
喜びの表情。
それが、ほんの少しだけ僕の心をささくれ立たせた。
「……でもさ」
だから、ちょっとだけ。
「気づいてたか?」
ちょっとだけ。
「流石に今日は」
その笑顔に。
「他の部員の連中も、ブツクサ言ってたぞ?」
影を、射したくなったのだ。
◆
不平不満の声は、結構前から聞こえていた。
望んで入部した連中とは言え、所詮は16そこらの餓鬼だ。休みには遊びたいし、だらけたいし。何だったら、平日にだってサボりたい時もある。
怒られるのは嫌だし、しんどければ辟易するし、否定されればこの野郎と反発する。
どれもこれも、当然の事だ。
そんな当然の心理を、綾瀬は当然の真理でねじ伏せる。
望んで、演劇部(ここ)に入ったのだろう?
ならば、この時だけは全てを費やせ。
永遠ではない。長い人生の、ほんの一ヶ月。
全てを捧げろ。
逃げるな。
甘えるな。
自分で、選んだ道なのだから。
この時の全てを、泡沫の夢世の要に変えろ。
押し付けはしない。
わたしも一緒に。
紡ぐから。
正論も正論。少なくとも、そこらの小娘小僧の浅い論理や語録では、反論の一つも出来やしない。加えて、自分もその苦労を共有する事を明言し、正しく実行している。
ぐうの音も出ないとは、この事だ。
とは言え、人間の心はそれで収まる程単純じゃない。『その通り。だから余計に腹が立ち』なんて言うみたいに、正論で蓋をされれば、出所の無い鬱憤はかえって溜まる。
まして、集大成である今回の舞台で華となるのは、自分達部員じゃない。
里香と言う、外部要素だ。
去年の件を承知とは言え、納得出来ない連中もいるだろう。
溜まる一方のヘイトは、日々密度を増して。
いつかは、破裂する。
今日僕が耳にした『アレ』は、きっとその前兆。
里香は、気づいてなかったかもしれない。
得てして、夢の熱に微睡む人間は周囲の雑音に気づかない。
及ばない。
里香だって、間違いなく人の子。
だから、それもまた当然の事。
「謀反とか、起されないと良いけどな」
だから、そっとそう告げた。
然したる悪意は……いや、悪意はあった。
小さな。けれど、確かな。
僕より里香を魅了する、『舞台』と言う夢に対する悪意が。
そして、貧しくちっぽけな溜飲の代償は、すぐに返った。
「…………」
僕の言葉にハッとした様に立ち止まり、考え込む里香。やがて、顔を上げると真っ直ぐに僕を見て言った。
「あたし、ちょっと戻る」
「へ!?」
吃驚する僕に構わず、続ける。
「戻って、相場さんと話してくる。遅くなるかもしれないから、裕一は先に帰って」
「え、で、でも……」
「じゃあね」
それだけ言って、踵を返す。僕の方など、振り向きもしない。呼び止めようと思ったけど、かける言葉が出てこなかった。里香は、走る訳でもない。いつも通りの調子で、歩いて行く。その様が、余計に遠く感じて。
結局、彼女の姿が視界の向こうに消えるまで。僕はただ、突っ立って見送る事しか出来なかった。
「……何やってんだ……俺……」
途方もない虚無感と自己嫌悪に溜息をついた時、背後から。
「あら、戎崎じゃん?」
「何、黄昏てんの? 秋庭さんは? ひょっとして、フラれた?」
『誰だ?』とか『馴れ馴れしいな』とか。そんなどうでも良い事よりも、最後の言葉がグサリとえげつなく効いた。
「な、何言ってんだ!! 里香が俺を捨てるなんてそんな訳……」
「……あらま」
「ひょっとして、ドンピシャだとか?」
振り返った先で、ニヤニヤ笑う女が二人。
見覚えがある彼女達の顔に、僕は『あ』と呆けた声を上げた。
◆
「ああ、成程。そう言う事か」
「綾瀬ったら、ちゃんとあたしの遺言守ってくれてたんだねぇ……」
「良かった良かった。ほら、泣くな」
「ありがとー」
「……ぜんっぜん、良くねぇ……」
熱々の七越ぱんじゅうにかぶり付きながら、僕は目の前でじゃれ合っている柿崎奈々と相馬千佳をジロリと睨んだ。
彼女達は、去年の演劇部の部長と副部長。つまりは、僕と里香をこんな状況に巻き込んだ発端・元凶だ。
「まあまあ、そんなコワイ顔しなさんなって」
「そうよ。ぱんじゅう奢ってあげたじゃん」
そう、このぱんじゅうは柿崎の奢り。春に卒業した二人。今は一緒に、県外の大学に通っている。大学生ともなると自由にバイトも出来て、僕なんぞより懐具合は余程潤沢らしい。謳歌している様で、結構な事だ。
「ああ、でも懐かしいわね。去年の今頃も、こうやって稽古明けにこのお店でぱんじゅう食べたっけ」
「ま、お金なかったから。二人で一個ずつだったけど」
「今はこの通り、食べ放題」
等とのたまいながら、僕の前に積まれたぱんじゅうをヒョイヒョイと摘まむ。
おいコラ。ソレは僕に対する謝罪の品じゃないのか。何で僕より多く食べてるんだよ。
等と文句を言いたくなるも、流石に浅ましいし情けないので言わない。そのくらいのプライドはあるのだ。
「……にしても、綾瀬なら必ず……とか思ってたけど、期待通りだわ。あたしの目に狂いはなかったか」
ホクホクとぱんじゅうを頬張る柿崎は機嫌が良い事、この上もない。綾瀬のヤツが自分達の遺志を継いでいた事が、相当に嬉しいらしい。
結構な事だ。先人の遺した想いを、後人が継ぐ。こうして、歴史は紡がれ。世界は続いてきたのだ。
美しい。実に、美しい。人の築きし未来は、なお確かに続く。その、証左。
祝うべきである。祝福すべきである。付き合いは浅けれど、同じ世代の得た喜びを。
けど。だけど。
「お前ら、何勝手に喜んでんだぁあ!!!」
爆発した。
生憎、僕は己の苦行を差し置いて元凶を祝える程、人格者じゃないのだ。
「大体な、お前らだろ!? お前らが里香を巻き込んだから、ソレが元でこんな事になってんだぞ!! それを何喜んでんだ!? まず謝れ! 謝罪して弁解しろ!! そしてあの空想狂の異世界独裁者を何とかしろ!! 今すぐしろ!! そして俺と里香の平穏を返せぇえ!!!」
怒涛の様に吐き出す、魂の叫び。これでもかとぶつけた思いの吐露は、だけどこれでもかと言うくらい冷淡な眼差しで跳ね返された。
「な……何だよ!? その目は! お、俺達は被害者だぞ!?」
「被害者……ねぇ……」
「その姿勢、綾瀬に散々論破されたんじゃないの?」
ギク。
「確かに最初に誘ったのはあたしだけど、その後アンタが舞台をぶち壊してくれたのも歴然たる事実でしょうが」
そ、それは……。
「例え相手が罪を犯したからって、それが自分が罪を犯す免罪符になる筈ないわよね?」
そ、そりゃそうだけど……」
「大体、もう七越ぱんじゅう食べたでしょうが?」
た、食べました……。
「あたしの奢りで。六個」
た、確かにちょっと勢いに任せ過ぎたかとは……。
「それで、こっちは相殺」
そっちが決めるのかよ!?
「受け入れた時点で、手遅れ」
は、嵌めたのか……?
「アンタもあたし等に何か奢る? ガキンチョの寂しい懐で」
ガキって……歳は同じじゃないか……歳『だけ』は……。
「ランチ奢ってくれるなら、チャラにするよ? 『二光堂』のお食事処『寶来亭』の『松阪肉ステーキ牛丼御膳』。お一人様、3200円」
んな……!?
「当然、あたし達二人分」
は、払える訳ないだろ……!
絶句する僕を勝ち誇った眼差しで見下しながら、柿崎がフンと鼻を鳴らす。
「目の前の相手は痛く殴り返して来るから、なんぼでも抵抗出来なさそうな相手を焚きつけるってか?」
ギク。
「ちっさいわねぇ。ホント、男としての器が知れるわ」
グサ。
「こんな様子だと、秋庭さんに愛想尽かされる日も近そうね」
「そーねー。秋庭さん、こういうの嫌いそうだし? 先は無さそうね」
ガーン。
完膚なきまでに打ち据えられ、反撃もままならず轟沈する。
考えて見れば、コイツ等はあの綾瀬が敬愛する存在だ。師匠なのだ。上位存在なのだ。綾瀬一人倒せない僕が、太刀打ち出来る道理などなかったのだ。
例え様も無い敗北感と己の浅はかさに打ち震える僕の肩を、相馬がポンポンと叩く。
何だ? 情けなんかいらないぞ! 最後のプライドまで奪われて堪るか!!
「まあ、そうショゲなさんな。肝心の秋庭さんが楽しんでるんでしょう? なら、ソレで良いじゃない」
……まあ、そりゃそうかもしれないけど……。
「それにねぇ、あたしはちょっと嬉しかった」
濃い目の煎茶を啜りながら、柿崎が言う。
「今あたしらが無理難題言った時、突っぱねなかったよね。なら、少なくともあんたは『あの時』の事を悔いてはくれているんだ」
……そりゃ、そうだ。
だって、僕だって見ていたのだ。あの日、舞台が終わった後。降りた幕の後ろで泣いていた彼女達の姿を。
何だかんだ、忘れる事なんて出来やしない。
「それが分かっただけでも、今日来た甲斐はあったわ……」
何処かすっきりした顔で微笑む柿崎。その様を見て、ああ、やっぱりこいつらは大人になったんだな、と思った。
今だ高校(ここ)で足踏みしてる僕を置いて、ずっと先の場所へ。
悔しいとか妬ましいとかはなかった。ただ、『すげぇな』と思った。
そして、ちょっとだけ。
寂しかった。
「……それはそれとして、ちょっと訊きたい事があるんだけど……」
何処か深刻気な相馬の声が、しんみりしていた僕の意識を現に戻す。
「綾瀬(あの子)、真美のヤツを切ったって本当?」
まみ……? ああ、藤堂真美の事か。
「ああ、そうだぞ。部長権限で強制退部にしたって言ってた。俺も、引っ張り出されてから一回も会ってない」
顔を見合わせる、柿崎と相馬。
「……あちゃー……」
「確かに、綾瀬ならやりかねないか……」
「釘を刺しとくべきだったかしらね……」
深刻な顔で言い合う二人に、不穏な空気を感じ取る。
「何だよ……? 藤堂のヤツが、どうかしたのか?」
気になって問いかけた僕を、二人が見た。
「……そうね。綾瀬にも言っておくけど、あんたにも言っておいた方が良いかも」
「何だかんだ、男だしね」
向けられる二つの視線。そこに込められた昏い熱が、訳が分からないままの僕をたじろがせた。
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