2018年09月30日
十二の天使と十二の悪魔 ――The Chitoshi kingdom demands a saint――@ (おとぎストーリー天使のしっぽ 二次創作)
さて。今回より「おとぎストーリー天使のしっぽ」二次創作、新編の開始となります。
どうぞしばしの間、お付き合いの程をお願いします。
エマさーん、始まりましたよー♪
十二の天使と十二の悪魔
――The Chitoshi kingdom demands a saint――
――エロイムエッサイム
エロイムエッサイム
我は求め
訴えたり――
プロローグ
辺りは、仄かに甘い香と、舞い散る薄春色に包まれていた。
時は黄昏。夜を誘う紅空の最中。静謐の中に満ち行く薄夜闇。人の気の失せた山裾の小道。そこに、一本の桜の巨木が立っていた。所々裂けた幹と捻れた枝々が、経てきた年月の長さを伺わせる。けれど、その身に纏う春の衣は今だ色鮮やかに乱れ、満ちる生命(いのち)の力を垣間見せていた。
と、舞い乱れる花弁に隠れる様に、微かな旋律が聞こえてきた。まるで、華の舞を引き立てるかの様に流れるそれ。聴く事が叶う者がいれば、鈴音の様な少女の歌声と気づいたかもしれない。見れば、一際太い桜の木の枝に腰掛ける小さな人影が一つ。薄桜色の神衣にたなびく羽衣。腰まで流れる黒髪から覗く顔は、確かに可憐な少女。夜闇迫る黄昏の山裾。佇む桜の古木に座り、歌を奏でる少女が一人。常識で考えれば、あまりに奇異な状況。しかし、そこに人を忌ませる空気はない。満ちる空気はただただ優しく、温かい。回りの木々には小鳥がまどろみ、地面では野兎や野鼠が静かに寝息を立てている。全ての生命が安らぎ委ねる場所。現実の中、泡沫に現れた桃源郷。そんな世界が、そこにあった。
涼やかな風が吹く。
花弁が踊る。
少女が歌う。
踊る。
歌う。
生命が、栄える。
けれど、そんなささやかな宴に終わりが訪れる。
ピタリ
歌っていた少女が、不意に口を噤む。風が止み、舞っていた桜の花弁がハラハラと落ちる。微睡んでいた動物達が目を覚まし、不安げに身を竦ませる。
黄昏に染まっていた世界。それが、ゆっくりと夜に染まっていく。そして、その帳が地面にまで落ちる頃、
♪♪〜♪♪♪〜♪♪♪〜♪♪♪〜♪♪♪〜
夜闇の奥から、不可思議な音色が聞こえてきた。少女が、怪訝そうに小首を傾げる。見えない何かを見通す様に、細まる瞳。やがて、闇の向こうに動く影が見えた。
人影。小さい、子供のもの。
夜闇の奥から現れたのは、こちらもまた少女。歳の頃は11〜12歳程だろうか。黒い中折れ帽に、同色のポンチョ。そこから伸びる細い足でリズムを取りながら、踊る様な足取りでこちらに近づいてくる。
流れるメロディーは、彼女の口元から聞こえる。
オカリナ。
それを奏でながら、やがて少女は桜の根元へとたどり着く。
すると彼女は笛から口を離し、桜の上を見上げた。
「こんばんは」
笛の少女が言う。
『こんばんは』
それに応じる様に、桜の少女も言う。言って、問うた。
『君、見えるんだね』
その言葉に、笛の少女も答える。
「ええ。見えますよ」
『怖くない?』
「怖くないです。可愛いし、綺麗だと思います」
『あら、嬉しい』
そう言って、桜の少女はコロコロと笑う。そして、もう一度問う。
『で、そんな私が見える君は、何なのかな?』
「ボクですか?」
『そう。君』
「ボクは、救世主(メシア)です」
『あら』
それを聞いた桜の少女は、またコロコロと笑う。それはまた、ひどく楽しそうに。
その様を、笛の少女も笑いながら見上げる。こちらもまた、ひどく楽しそうに。
『随分、大きく出たね』
「でも、本当ですから」
笑う桜の少女。だけど、その目はもう笑ってはいない。彼女は言う。今までとは違う、冷めた声で。
『その言葉が意味する事は、分かってる?』
「心得ています」
『証は、ある?』
「これを」
そんな言葉と共に、笛の少女が懐から手を出す。そこに握られていたのは、先だって彼女が吹いていた笛。それを、桜の少女に見せる様に掲げ持つ。
『ソロモンの笛……』
「信じて貰えましたか?」
桜の少女が呟くのを聞いて、笛の少女はまたニコリと笑った。
フワリ
桜の少女が羽衣をなびかせ、笛の少女の前へと降り立つ。周囲の大気が、甘い香と共にさざめいた。
『そんな”時”は、まだ先の事だと思っていたけれど……』
「確かに、”時”はまだです。けれど、”彼ら”はもう動き出している……」
何処か憂いを帯びた目で言う少女に、もう一人の少女は静かに答える。その口調はそれまでの少女らしいものとは違い、妙に大人びた不思議な響きを持っていた。その響きのままに、少女は語る。
「”時”は遠けれど、静観すべきではありません。”彼ら”の思惑を、少しでも挫く必要があります。それが、ファウスト博士の御意志です」
『……何が、始まっているのかな……?』
「狙われています」
『何が?』
「聖者様です」
『!』
笛の少女が口にした言葉に、桜の少女の顔から色が消えた。一瞬垣間見える、動揺の色。一呼吸してそれを収めると、桜の少女は静かに問う。
『それは、悟郎くんの事?』
「はい。聖者、『睦悟郎』です」
『”彼ら”って、誰?』
その問いに、笛の少女の目が細まる。まるで、次の自分の言葉を忌む様に。一拍の空白。そして、彼女は紡ぎ始める。
”かの者”の存在を、示す言葉を。
「……汝ら、己が為に財寶(たから)を地に積むな。ここは、蟲と錆とが損い、盗人うがちて、盗むなり。汝ら、己がために財寶(たから)を天に積め。かしこは蟲と錆とが損なわず、盗人うがちて盗まぬなり。汝の財寶(たから)のある所には、汝の心もあるべし。人は、二人の主に兼ね事(つか)うること能わず。或いはこれを憎み、彼を愛し、或いはこれに親しみ、彼を輕(かろ)しむべければなり。汝ら神と富とに兼ね事(つか)うること能わず……」
歌う様に紡がれた言葉。それを聞いた桜の少女は、目を見開く。まるで、その詩(うた)の向こうに“かの者”の姿を見る様に。
『それは……』
「『マタイによる福音書』、6章の19節から21節,及び 24節の独唱です」
『確か、その詩が示す存在は……』
「はい」
そして、少女は口にする。あまりにも禍しき、かの者の名を。忌むべき響きと諸共に。
「聖者、睦悟郎を狙うは、レメゲトン72柱が一席。”魔王『マモン』“です」
……世は、常に二極の対峙によって形作られる。昼は必ず夜へと代わり、季節は夏から冬へと移ろう。生は常に死と共にあり、光は闇と対となって世界を織り成す。
其に倣わぬ理はなく、其に沿わぬ術もまたありはしない。
そして、それは人智を超える存在もまた然り。
『魔王』。
それは、読んで字の如く。”魔の神の王”。
この世を司る、神と呼ばれる存在の反位在。本来、現世において顕現を成すものではない。されど、事象には全て例外がある。
事は、今より数ヶ月前の話。とある国の、とある街。そこで起きた変事。その場において、”其”は現れた。
あまりに異端。
あまりに強大。
そして、あまりに奔放。
この世のありとあらゆる理を嘲笑い、覆し、その場に在した幾人もの”神”を、掌上の砂塵の如く翻弄した。
けれど、真に驚異だったのはその力ではない。
最も恐るべきは、その意識。
かの者には、悪意がなかった。敵意はおろか、害意すらも持っていなかった。
あったのは、欲望。ただひたすらに己の享楽を求める、欲望のみ。
その為に、数多の者の運命を狂わせ、あらゆる理を弄んだ。まるで、玩具遊戯に興じる子供の様に。
あまりにも違い過ぎる、存在の位相。例えれば、巨大な竜巻と卑小な蟻が対峙するに等しい。同じ世界に立つ事すら、叶わない。それが、魔王。
しかも、此度の存在は明確な害意を持って迫っていると言う。
その驚異は、明確だった。
『何故?』
桜の少女は問う。
『魔王は、果てなく位相を逸した存在。それが何故、一世界の構成要素でしかない聖者(悟郎くん)に意識の焦点を?』
笛の少女は答える。
「マモンは、”原罪”の一つを司る魔王です。その行動原理は、己の存在意義である”罪”によって決められています」
『”原罪”……。『七つの大罪』、かな?』
「はい」
『七つの大罪』。
それは、カトリックの教えにおいて、人間を死に導くとされる罪の総称である。「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憂鬱」、「憤怒」、「怠惰」、「虚飾」、「傲慢」の七つで構成され、それぞれに司る魔王が存在するとされている。
その内の一つ、「強欲」を司るとされる魔王が『マモン』だった。
「強欲を司るマモンは、常に強い物欲に駆られています。そして、その趣味は価値ある魂の収集……」
『うわ、いい趣味してるなぁ〜』
思わず顔を顰める、桜の少女。笛の少女は、同意する様に頷く。
「その彼が、あの変事の際に悟郎さんの聖者としての力を目にしました」
『……あちゃ〜……』
全てを察した様に、桜の少女が米神を押さえる。
『目ぇ、付けられちゃったかぁ……』
「はい。マモンは悟郎さんの、聖者の魂を自分のコレクションに加えるつもりです」
『マジ?』
「ファウスト博士が真眼で見通しました。確かな話です」
『う〜ん……』
腕を組んで考え込む、桜の少女。その表情には、苦悩の色が濃い。
『そうだなぁ……。”あの娘達”には、どう考えても荷が重いし……』
「やめてください」
『ん?』
突然否定の言葉をかけられ、ポカンとする桜の少女。笛の少女は構わず続ける。
「それなら、自分が犠牲になって……なんて思ったでしょう?やめてください。産土神が消えれば、この地の全ての生命が絶えてしまいます」
『大丈夫だよ。わたしは”端末”だし……』
「駄目です」
『でも……』
「聞き分けてください。”冬葉”さん」
その言葉に、桜の少女――冬葉は目を丸くする。
『知ってるんだ……。わたしの真名(まな)……』
「はい。失礼ですが、見通させてもらいました」
半分申し訳なさそうに。けれど半分威圧する様に、笛の少女は言う。
「言う事を聞いて貰えないなら、この真名と笛を使って、貴女を”使役”します」
そして、少女は笛を構える。その目にあるのは、有無を言わさぬ圧力。それに気圧され、冬葉は苦笑する。
『分かった分かった。怖い子だなぁ。無茶はしません。約束しまーす』
やれやれと言った感じで、両手を上げる冬葉。それを見た少女は、「なら良し」と言って笛を収めた。
『でも、それならどうすればいいのかな?わたしに、悟郎くんやあの娘達が魔王の玩具になるのを黙って見ていろとでも?』
「違います」
些か険のこもった声で冬葉が問うと、少女は即座に首を振った。
「聖者様は、ボク”達”が守ります」
『君が?』
「聖者様は来る時において、救世主(ボク)の大事な協力者となります。その彼を、見捨てる訳にはいきません」
『でも、相手は世界の理さえ凌駕する魔王だよ?いくら救世主(君)でも……』
「はい。易い事ではありません。だから、更なる”力”が要ります」
『力?』
「はい」
小首を傾げる冬葉。そんな彼女に向かって、少女は言う。
「だからボクは、ここに来ました」
『?』
「冬葉さん。お願いがあります」
『何?』
そして、少女は帽子を取る。サラリと溢れる、黒いポニーテール。それを桜色の風になびかせ、少女は深く頭を下げる。
「貴女の内(なか)に眠る”力”、ボクに委ねてください」
その言葉に、冬葉は軽く目を見開いた。
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