「君を愛せる世界のすみっこで」より。
2016年08月29日投稿。
からん、ころん。
朱色の浴衣に黒の経子を合わせて、少女は縁日出店をすり抜ける。
遠くで盆踊りの謡が聞こえる。
浮わついた気持ちで出店に群がる人達。
ふと、子供の楽しそうな声にちらりと目をやると、金魚掬いに興じる男の子と女の子。
女の子にいいところを見せようとポイ握るも、上手くいかなくて口を尖らせている。
けれども、二人とも、声は楽しそうだった。
兄妹だろうか。
友達。
はたまた、恋仲かもしれないね。
少女はそこから目を逸らす。
そうしてまた、縁日出店の喧騒をすり抜けて、出店も踊りも遠くなって。
すぐそこの小山を登れば小さなお社がある。
少女はごくりと唾を飲んだ。
夜のお社には近付いてはいけないよ。
ふんわり言う声が聞こえる。
昔に聞いたその声は、今でも柔らかく、思い出の中で漂っている。
少女はそっと歩を進める。
小山をゆっくり登っていくと、ちらちらちらり、後ろに盆踊りの灯りが見えた。
すぐそこにあるはずなのに、なんて遠い灯りなんだろう。
少女は悲しくなって目を逸らす。
そして一心に、小山の上のお社を目指した。
そうして登ると、小さな小さなお社に、心ばかりのお供え物、それだけの、暗い暗い場所に出た。
少女がお供え物に手を伸ばす。
子供の好きそうな駄菓子たち。
「神様の物を食べちゃあいけないよ」
不意に、背後から声がする。
びくりと震えた肩に、食べちゃあいけないよ、もう一度、柔らかい声が聞こえる。
振り向くと、どこか懐かしい、知らない少年。少しくすんだポロシャツに、少し擦りきれた短パンを穿いて。手には、姿に不似合いな提灯を持って。
だあれ?
少女が震える声で尋ねる。
それには答えないで、少年は少女に提灯を手渡した。
「ここは暗いから、灯りを手放しちゃあいけないよ」
何故だろう、その優しい声に、少女は素直に頷いた。
提灯に描かれた金魚が揺れる。
「おいで、帰ろう?」
少年がそっと手を引いた。
ほんのり温かいその手をぎゅっと握ると、少しだけ、少年は悲しそうに笑った。
てくてく夜道を歩いていく。
真っ直ぐな小道を歩いていくと、次第に灯りが戻ってくる。
ふわふわ揺れる金魚達が、ふわふわ足下を照らしている。
真っ直ぐ真っ直ぐ進んでいく。
どこに行くのか分からない。
そもそも道は真っ直ぐだっけ?
下ることもなく、真っ直ぐ真っ直ぐ、進んでいって。
それでも、その手の温もりを手放せなくて、疑問符が頭に浮かぶ度に、その手をぎゅっぎゅと握りしめた。
金魚がゆらゆら泳いでいる。
顔のすぐそばを掠めていく。
色鮮やかな金魚達。
ふわふわゆらゆら泳いでく。
その合間を真っ直ぐ真っ直ぐ進んでいくと、気が付くと、見覚えのあるお社が目に入る。
するりと手がほどける。
しっかり握っていたはずなのに。
周りを泳いでいた金魚が一匹、提灯の中にするりと戻る。
「ゆっくりゆっくり下りるんだよ。振り返っちゃいけない、僕はもう、君と一緒にいられないんだ」
そうやって悲しそうに笑って、少年はそっと背中を押した。
一度だけ、振り返る。
ふわふわ漂っていた金魚がお社の中に消えていく。
悲しそうに笑っていた少年は、既にそこにはいなかった。
少女はどうしようもなく悲しくなって、ゆっくりゆっくり、小山を下りた。
ふわふわゆらゆら泳いでいた提灯の中の金魚も動くことを止めて。
気が付くと、また、縁日出店に戻ってきていた。
ゆっくりゆっくりその喧騒に戻っていくと、先ほど金魚掬いをしていた二人が、嬉しそうに金魚の入った袋を持っていた。
少女はゆっくり出店を辿って、盆踊りへと戻っていく。
踊り続ける人達の向こうに、いないはずの、君がいた気がした。
2022年01月08日
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