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2016年03月11日

魚とキリスト教徒 Jesus fish

聖書(キリスト教)の物語を主題とした西洋絵画で食卓のシーンが描かれる場合、テーブルの上に並べられた食材や料理の中に「魚」が書きこまれることが少なくない。



レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」
言わずと知れたダヴィンチの代表作。縦4メートル超、横9メートル超の巨大な壁画で、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院(ミラノ)の食堂に描かれた。タイトルの「晩餐」という文字の通り、テーブルの上にはそれぞれに食事の用意がなされている。





1977年から1999年にかけて行われた大規模な修復作業により、表面の汚れが落とされ、後世の修復家の加筆は取り除かれた。その結果、レオナルドのオリジナルの線と色彩がよみがえり、テーブルには魚料理が並んでいたことが新たに発見された。

カラヴァッジオ「エマオの晩餐」

バロック期のイタリア人画家カラヴァッジョ(カラヴァッジオ)による代表作「エマオの晩餐」(1601年)。旅人だと思っていた人物が、実は復活したキリストであったことに気付いて驚く弟子たちや宿屋の主人を描いた宗教画。ナショナル・ギャラリー(ロンドン)蔵。この直後、イエスの姿はかき消すように、彼らの視界から消え去ってしまう。



陰影が強く表れたテーブルの上をみると、手前の果物カゴが落とす影にはっきりと魚のシルエットが浮かび上がっているのがわかる。

キリスト教のシンボルとしての魚は、こうした有名な絵画の目立たない所にそっと描写されていることがあるので、他の宗教画を鑑賞する際は、このような細部にまで意識を向けてみると、きっと興味深い発見に出会えるだろう。






クリスチャン以外の日本人には馴染みがないが、実は魚とキリスト教の結びつきには古くて長い歴史がある。一体どのような経緯で魚がキリスト教と関連づけられたのだろうか?その理由としては、当時ヨーロッパを支配していたローマ帝国の存在が大きく関係している。




ローマ帝国から迫害を受けていたキリスト教


ローマ帝国が皇帝ディオクレティアヌス(Diocletianus/244-311)の治世にあった頃、徐々に信者の数を増やしつつあったキリスト教は、警戒感を抱いた皇帝により抑圧・迫害され、ローマ帝国に対して公然と反抗した一部急進派が次々と処刑された。その数はローマ全土で数千人を数えたという。

迫害の時代の中、キリスト教徒たちは、お互いが同じ信仰を持った同士であることを暗示的に伝える手段として、魚のマークを用いた。



なぜ魚のマークがキリスト教徒?

魚のマークが何故キリスト教徒を示すことにつながるのか?その答えは、次のようなギリシャ語の文章の中に隠されている。

ΙΗΣΟΥΣ ΧΡΙΣΤΟΣ ΘΕΟΥ ΥΙΟΣ ΣΩΤΗΡ
<イエス キリスト 神の 子 救い主>

この文章を構成する各単語の頭文字を順番に集めると、「ΙΧΘΥΣ」となり、これはギリシャ語で「魚」を意味する単語となるのだ。

曲線を重ねて魚を描く

ある人が、地面に何本かの直線や曲線をランダムに描くと、もう一人の人が、その中の曲線に線対称の曲線を交差させて、魚のマークをひそかに完成させる。

こうして魚のマークを示すことは、すなわち「イエス・キリスト、神の子・救い主」という文章を示すことと同義であり、それは自らがキリスト教徒であることを相手に暗示する確かな意味合いを持った行為となるのだ。

その後のキリスト教

後継の東方正帝ガレリウスによって弾圧が終わりを告げると、311年に寛容令が発令された。これを受けて西方正帝コンスタンティヌス1世(Constantinus I)は、全帝国民の信教の自由を保障したミラノ勅令(Edict of Milan)を発布。キリスト教を中心としたすべての宗教の自由を認めた。

380年にはテオドシウス1世によってキリスト教はローマ帝国の国教とされた。キリスト教を公認したコンスタンティヌス1世は、正教会、東方諸教会、東方典礼カトリック教会では、聖人として崇敬の対象となっている。

ジーザス・フィッシュ キリスト教のシンボル

キリスト教またはキリスト教徒のシンボル・象徴となった魚のマークは、今日では「ジーザス・フィッシュ Jesus Fish」(神の魚、イエスの魚)、または「クリスチャン・フィッシュ Christian Fish」などと呼称されている。

他にもギリシャ語の発音から、イクトゥス、イクテュス、イクトス、イクソス(ichthys/ichtus)などとも表記される。

最初は二本線のみのマークだったが、後世になって、魚の身の部分に十字架や「ΙΧΘΥΣ」、「JESUS」などの文字が追記された図案も使われるようになった



ダーウィン・フィッシュのパロディも

ジーザス・フィッシュ(Jesus Fish)と見た目が良く似たものとして、魚の内側に「ダーウィン Darwin」の文字が入った「ダーウィン・フィッシュ Darwin fish」というマークがある。よく見ると魚に足が生えている。



ダーウィン・フィッシュは魚が進化して足が生えたマークであり、アンチ創造論を象徴するシンボルではあるが、進化論を否定しないキリスト教徒も少なくないことから、ダーウィン・フィッシュは必ずしも嫌キリスト教を意味するわけではない。




聖書と魚 漁師だった使徒ペトロ
キリスト教の聖書の中には、魚に関連した物語がいくつか登場する。魚のマーク誕生と聖書の記述も決して無関係ではないだろう。ここでは参考までに、漁師であったペトロ(ペテロ)がイエスに付き従うきっかけとなった場面についての聖書の記述をご紹介したい。

今からあなたは人間をとる漁師になるのだ 〜ルカによる福音書より〜

さて、群衆が神の言を聞こうとして押し寄せてきたとき、イエスはゲネサレト湖畔(ガリラヤ湖)に立っておられたが、そこに二そうの小舟が寄せてあるのをごらんになった。漁師たちは、舟からおりて網を洗っていた。





その一そうはシモンの舟であったが、イエスはそれに乗り込み、シモンに頼んで岸から少しこぎ出させ、そしてすわって、舟の中から群衆にお教えになった。

話がすむと、シモンに「沖へこぎ出し、網をおろして漁をしてみなさい」と言われた。

シモンは答えて言った、「先生、わたしたちは夜通し働きましたが、何も取れませんでした。しかし、お言葉ですから、網をおろしてみましょう」。

そしてそのとおりにしたところ、おびただしい魚の群れがはいって、網が破れそうになった。

そこで、もう一そうの舟にいた仲間に、加勢に来るよう合図をしたので、彼らがきて魚を両方の舟いっぱいに入れた。そのために、舟が沈みそうになった。

これを見てシモン・ペテロ(ペトロ)は、イエスのひざもとにひれ伏して言った、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者です」。

彼も一緒にいた者たちもみな、取れた魚がおびただしいのに驚いたからである。

シモンの仲間であったゼベダイの子ヤコブとヨハネも、同様であった。すると、イエスがシモンに言われた、「恐れることはない。今からあなたは人間をとる漁師になるのだ」。

そこで彼らは舟を陸に引き上げ、いっさいを捨ててイエスに従った。








posted by AZARASHI at 06:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 魚と歴史
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